夕焼けに染まる通学路。
秋山凛子は制服のスカートを揺らしながら、一人で歩いていた。
表情はいつも通り冷静である。
しかし頭の中は、今日一日の出来事を整理するので精一杯だった。
(前世の記憶……)
(私は、男だった)
不思議と混乱は少ない。
「俺だった」という記憶は確かにある。
それでも、今の自分を「間違っている」とは思わなかった。
十五年間生きてきた秋山凛子としての記憶も、前世の記憶も、どちらも自分なのだ。
前世の記憶が覚醒した今でも、性自認は女だ。
だからこそ結論は早かった。
(……考えても仕方ないな)
「今は私が秋山凛子だ」
自然と口から出たその言葉に、自分で少し驚く。
(またか)
前世なら「俺は俺だ」と言っていただろう。
だが今は、「私」という一人称も、落ち着いた話し方も違和感なく口をついて出る。
(身体の影響か……)
それ以上深く考えるのはやめた。
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人気のない路地へ差しかかった時だった。
ゾワリ、と背筋に悪寒が走る。
視線を向けると、黒い靄がゆっくりと人の形を成していく。
昨日見たものよりも大きい。
四本の腕。
裂けた口に不自然な程に長い舌。
全身から漂う禍々しい気配。
(またか)
凛子は足を止める。
異形はこちらに気付くと、獣のような唸り声を上げた。
「ギィィ……!」
周囲には誰もいない。
(ここなら問題ない)
凛子は制服の上着を脱ぎ、近くのガードレールに静かに掛けた。
「来い」
その一言だけで十分だった。
魔族――異形の怪物が飛び掛かってくる。
凛子は半歩だけ身体をずらす。
鋭い爪が空を切った。
「遅い」
そう呟くと同時に、右手を縦に振るう。
刀は持っていない。
それでも、できるという自信があった。
ズバンッ!
空間が裂けるような音が響き、魔族の右腕が肩口から切り落とされた。
「ギャアアアア!」
(やはり昨日の力だ)
凛子は静かに分析する。
(刀がなくても斬撃を飛ばせる……いや、違う)
(空間そのものが裂けている)
直感だった。
理屈は分からないが、なんとなく分かる。
だが、自分の力は「斬撃を飛ばす」のではなく、「離れた場所を直接斬る」ものだと理解する。
まるで
「便利だな」
短く呟く。
魔族は怒り狂い、再び突進してくる。
今度は速い。
だが凛子の目には、その動きがはっきりと見えていた。
(見える)
身体が勝手に反応する。
右へ。
左へ。
紙一重で攻撃をかわし続ける。
「終わりだ」
両手で手刀を振り抜く。
目に見えない斬撃が十字を描き、魔族の身体を四つに分割した。
黒い煙となって消滅する。
場に静寂が戻る。
「……ふぅ」
軽く息を吐く。
その時だった。
「そこまでだ」
背後から、低い男の声が聞こえた。
凛子は即座に振り返る。
電柱の裏に、一人の男が立っていた。
黒いスーツ。
凛子は知る由もないが、補助監督と呼ばれる人物であった。
男は驚いたように凛子を見下ろしている。
「君……今の呪霊を祓ったのか?」
(呪霊……?)
(あの化け物の呼び名か)
(世界が違えば呼び方も違うということか?)
凛子は少し考えてから答えた。
「そうだ」
「君は術師の家系か?」
「いや、普通の家庭だ」
一通りの事を聞き終えた男は絶句した。
十五歳。
未登録。
しかも術式持ち。
あり得ない。
「少し話を聞かせてもらえるだろうか」
凛子は相手を観察する。
(この人も退魔師か)
(やはり、この世界にも魔族と戦う組織があるんだな)
心の中でそう納得すると、小さく頷いた。
「構わない」
こうして秋山凛子は、自らが「呪術師」と呼ばれる存在であることを知る。
もっとも本人は最後まで、
(呼び方が違うだけで、やっていることは対魔忍や退魔師と同じだ)
と解釈したままだった。