初任務から数日後。
東京都立呪術高等専門学校――訓練場。
木刀がぶつかり合う乾いた音が響いていた。
「そこまで」
夜蛾の合図で、凛子と歌姫は木刀を下ろす。
「二人とも、最初の任務はよくやった」
「だが、あれは四級呪霊だったから通用したに過ぎない」
夜蛾は二人を見渡した。
「等級が上がれば、同じ戦い方では通用しない」
「今日からは術式だけでなく、術師としての基礎も鍛える」
「はい」
二人は揃って返事をした。
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午前中は体術だった。
受け身。
足運び。
重心移動。
木刀を持たず、ひたすら身体を動かす。
歌姫は息を切らしながらも懸命についていく。
一方の凛子は淡々と課題をこなしていた。
夜蛾が声を掛ける。
「秋山」
「ああ」
「動きは悪くないが、お前は術式に身体が引っ張られている」
凛子は首を傾げた。
「どういうことだ?」
「お前は『斬る』ことを前提に動いている」
「だから術式を使えない状況では、一瞬判断が遅れる」
夜蛾の指摘に、凛子は黙って考え込む。
(確かに……)
(私は術式を使う前提で間合いを測っている)
夜蛾は木刀を肩に担いだ。
「術式は武器だ」
「だが武器に頼り切れば、その武器を封じられた時に負ける」
その言葉は、凛子の胸に深く刻まれた。
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午後。
今度は術式の訓練だった。
訓練場の端に並べられた藁束。
夜蛾が指差す。
「秋山」
「術式を使え」
「ああ」
凛子は静かに右手を振る。
ズバッ。
離れた藁束が音もなく切断された。
さらに二つ目。
三つ目。
正確に切断していく。
夜蛾は静かに見つめていた。
「精度は申し分ない」
「だが」
凛子が振り返る。
「術式には限界もある」
「限界?」
「ああ」
夜蛾は切断された藁束へ歩み寄る。
「どれほど優れた術式にも、越えられない壁はある」
「出力、相性、術式同士の優劣」
「それらを理解しなければならない」
凛子は頷いた。
「万能ではない、ということか」
「その通りだ」
夜蛾は木刀を手に取る。
「だから剣を学ぶ」
凛子と歌姫は夜蛾を見る。
「剣は術式を支える土台になる」
「剣を鍛えれば、間合いが分かる」
「相手の動きが読める」
「迷いなく身体が動くようになる」
「その積み重ねが、術式を使う時の判断にも必ず生きる」
凛子は静かに木刀を見つめた。
(つまり、剣は術式とは別の技術じゃない。術式を活かすための基礎なのか)
夜蛾は二人を見渡す。
「強い術式だけでは、一流の術師にはなれない」
「術式を使いこなせる術師になれ」
「そのために、基礎を徹底的に鍛える」
「はい」
二人は力強く返事をした。
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夕方。
訓練を終えた帰り道。
歌姫が隣を歩く。
「秋山」
「ああ」
「先生の話を聞いて、少し考え方が変わったわ」
凛子は歌姫を見る。
「私もだ」
「術式だけ鍛えればいいと思っていた」
「でも違った」
歌姫は頷く。
「基礎があってこそ、術式も活きるのね」
「ああ」
二人は並んで坂道を歩く。
夕日が長い影を伸ばしていた。
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その夜。
寮の庭。
凛子は一人で木刀を振っていた。
一振り。
また一振り。
昼間の夜蛾の言葉を思い返す。
(剣は術式を支える土台)
(間合い、判断、迷わず動ける身体)
木刀を握る手に自然と力が入る。
(私はまだ未熟だ)
(もっと積み重ねなければ)
静かな夜風が吹く。
木刀を振る音だけが、高専の夜に響いていた。
この日、夜蛾から教わった「剣は術式を支える土台になる」という教えは、やがて凛子自身の信念となる。
そして数年後、その教えは後輩・五条悟へ受け継がれ、最強の術師へ至る大きな礎となっていくのだった。