ナイスネイチャがトレーナーと契約するまでのお話   作:灯火011

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カフェのコンサルタントと、持ち込まれた厄介事

「――とまあ、恩師からそんなことを言われてね。歴史学者を目指している人間に向かって『未来を切り開け』だなんて、全く、買い被りもいいところだ」

 

 大学近くの古びた喫茶店。使い込まれたサイフォンから漂うコーヒーの香りに包まれながら、彼は呆れたように肩をすくめ、カップの縁に口をつけた。

 

 対面でその愚痴を聞いていた小学生時代からの友人は、しかし、彼に同調するどころかポンッと手を叩いて笑い声を上げた。

 

「あー、でもわかるわかる。その教授の言うこと、すっげえ的確だわ。お前の『知識の使い道』って、昔からそういうとこあるし」

 

「どういうことだい」

 

「お前のアドバイスってさ、いつも嫌になるくらい現実的で的確だもん。サークルの予算管理から、俺のバイト先のシフトの最適化まで。おかげでいつも助かってるぜ、うちの優秀な軍師サマ?」

 

 ニヤニヤとからかうような友人の言葉に、彼はふっと苦笑いをこぼした。

 

「……友人だから、特別に過去の事例(データ)を引っ張り出してきて、ロジックを組み立ててやっているだけだ。見ず知らずの他人の人生まで背負い込むようなボランティア精神は、あいにくだが持ち合わせていない」

 

「はいはい、わかってるよ。お前が極度の面倒くさがりだってことはな」

 

 友人は空になった自分のグラスの氷をカランと鳴らし、ふと、少しだけ真面目な顔つきになって身を乗り出した。

 

「そういえばさ。お前が『的確なアドバイス』をくれるってんで、ちょうど一つ相談があるんだが」

 

「なんだい? 内容にもよるが、コンサルタント料はここのコーヒーのお代で手を打とう」

 

 彼は軽口をたたきつつ、カップをソーサーに戻し、気だるげに頬杖をついた。どうせまた、サークルの揉め事か、ゼミのレポートの構成についての相談だろう。手持ちの歴史的知見からいくつか適当な戦術(アドバイス)を提示してやれば済む話だ。そう高を括っていた。

 

 しかし、友人から飛び出したのは、彼の予想の斜め上を行く厄介事だった。

 

「実はな、うちの親戚に『ウマ娘』がいるんだよ。今年、トレセン学園の選抜テストを受けようとしてるくらい足の速い子なんだけど……」

 

 その単語が出た瞬間、彼の片眉がピクリと跳ね上がった。

 

「最近、どうにもタイムが伸び悩んでてさ。本人は根性でどうにかしようと毎日無茶な走り込みをしてるんだが、素人目に見ても空回りしてるっていうか……。で、お前のその頭脳で、どうにか原因を見抜けないかと思ってさ」

 

「……おい、待て」

 

彼は頬杖をついていた手を下ろし、極めて冷ややかな、そして断固たる拒絶の眼差しで友人を睨みつけた。

 

「私が『運動』という概念に対してどれほど無力か、長年の付き合いである君なら知っているだろう。体育の成績は万年『2』。五十メートル走では息が上がり、懸垂は一回もできない。……そんな私が、よりにもよってアスリートの頂点とも言えるウマ娘の走りにアドバイスをしろと?」

 

「いや、お前が走るわけじゃないんだから、運動神経は関係ないだろ!」

 

「関係大アリだ。私は現場の泥と汗が大嫌いなんだ。スポーツの指導など、熱血と根性が支配する私の最も苦手な領域じゃないか」

 

 ピシャリと撥ね付ける彼に対し、友人は両手を合わせて拝み倒すような姿勢を取った。

 

「そこを曲げて頼む! 別に本格的なコーチをしてくれってわけじゃないんだ。『歴史学的な観点』でも『論理的思考』でもなんでもいい。お前のその知識で、あの子の走りがなんで行き詰まってるのか、客観的な意見を一つくれるだけでいいんだよ!」

 

「……」

 

「な? お願い! ほら、今日のコーヒー代どころか、この後ファミレスで一番高いハンバーグ奢るから!」

 

 必死に食い下がる友人。彼は深く、ひどく面倒くさそうに大きなため息をついた。

 

「……いいかい。私は現場には行かない。あくまで提供されたデータと映像記録を基に、安全な後方(ここ)から推論を述べるだけだ。それで改善しなくとも、一切の責任は負わない。……それでいいなら、その子の走りの映像を見せたまえ」

 

「おっ、マジか! サンキュー、恩に着るぜ!」

 

 友人は満面の笑みで携帯電話を取り出し、動画を開いた。

 

 それが、安楽椅子に座って過去の歴史書をめくるだけだった怠惰な青年が、初めて「ウマ娘のレース」という、血と泥にまみれた過酷な戦場(リアル)のデータに触れた瞬間であった。

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