予約投稿を入れ忘れていました。申し訳ありませんでした。
pixivの方も、今日日曜日20時投稿予定です。
よろしくお願いいたします。
もう迷いはなかった。
すっかり寒くなった十月末。明日が本番となった今日、プラネタリウムの特設ステージでの最終リハーサルを終えた。ゲネプロも兼ねていたリハーサル。客席にはメディア関係者や765プロの先輩方、それにプラネタリウムの職員のみなさんもいて、それなりに人の詰まった中でのステージだった。
「Starry Melody」は、もうイメージがはっきりしていて、踊ることも、歌うことも、迷うことはない。緊張一色だった「Thank You!」よりも、直前まで焦っていた「SESSION!」よりも、自信をもって臨めたリハーサルだった。
「田中さん、天海さん、お疲れ様」
「「お疲れ様です!」」
ステージの下からスーツ姿のプロデューサーが呼ぶ。答える声は重なる。客席にいた職員さんたちは、ぱらぱらと散り始める。
「よかったよ、二人とも! 音の重なりも、振り付けの静と動も、ぴったりだった。これなら本番も安心だよ」
「まだ終わったわけじゃないですよ、プロデューサー」
「そうですよ! これからが本番なんですからね! 本番!」
「あはは、そうだな」
緑と、赤と、黒。三つの点が、こうしてつながっている。私には、帰る場所がある。春香ちゃんの隣で、プロデューサーの前。それを教えてくれるこの場所、この曲は、私の今の居場所なんだ。そう思うと、胸を張って歌える。胸を張ってステージに立てる。
「琴葉ちゃん、すごくよくなりましたよね。まだ三曲目なのに!」
「本当にそうだよ。びっくりした。……まぁ、天海さんはさすがトップアイドル、って感じだけどな」
「そうですね、春香ちゃんのおかげで、ここまで頑張れてるから」
「えへへ、そう言われると恥ずかしいな……」
照れて少し困ったように笑う春香ちゃんを横目に、私も笑う。ステージに立つだけで、隣に立つだけで震えていた私が、半年もたたないうちに、こうしてこの場所に慣れているのは、間違いなく春香ちゃんのおかげだ。だからこそ、心から、そう思えて、そう言えるのだから。
いつか、プロデューサーがレッスンの時に言っていたことを思い出す。「『Starry Melody』は、調和の曲なんだ」。そんな言葉が、浮かんで、今あるこの三角形に吸い込まれていく。色は違えど、こうして結びつく三つの点は、調和と呼べる。呼んでいいと思う。少しずつ、不安は願いに変わっていく。それが、星の持つ力なのかもしれない。そう思った。
*
星空をイメージした衣装だ、と聞かされた時、紺色のドレスのようなものをイメージしていた。そこに、白がちりばめられた、色による主張が薄い、そういう衣装。
その予想は、半分正解で、半分違った。
「この衣装のデザインはさ、俺が提案したんだ」
最終リハーサルの、少し前。衣装合わせの時。春香ちゃんの衣装を見ると、私とは違う所がはっきりあった。春香ちゃんの衣装は、右胸に、赤いジュエルとコサージュ。そして大きく輝く白い星が描く蠍座。そして――
「で、田中さんの衣装は、左胸に緑のジュエルとコサージュ、それを中心として描かれる天秤座をイメージしてる」
「なるほど! 二人で一つの衣装みたいでいいですね!」
サイズを合わせてもらって初めてプロデューサーの前に出てきた時。春香ちゃんの衣装を見た時、確信する。これは、プラネタリウムで見た空そのものだ。鏡を見たときは、ただイメージカラーが入っているだけだと思っていた衣装を、今改めて確認する。二人で並ぶと、ちょうど二つの星座が並ぶ。
踊るのに邪魔にならない膝丈で開かないスカート。レースは最小限に、紺色を基調とした落ち着いた生地。その上に真っ白のスパンコール。肩を出して、代わりに胸周りをしっかりと支えるコルセット。腰、背骨が締まって息を浅くする。その周りにのしかかる二つの黒いリボンが、呼吸で揺れるほど大きい。そして、お互いの星座を描く星は、大粒の、真珠……?
「ああ、それはちゃんとした真珠だぞ」
「ええっ!?」
私が手で触って確認しようとしたその時、プロデューサーと春香ちゃんの声が飛んでくる。まさか、と思って見つめてみるけれど、確かに真珠。黒地に白のラメがついたネイルとは対照的に、白く輝いていた。偽物か本物かは、私にはわからなかったけれど。
「これからどんどん売れていくんだ。こういう衣装は、ちゃんと記念に残しても恥ずかしくないようにしたかったんだ」
そのためにちょっと奮発したから、青羽さんに怒られたけどな、と照れ笑いするプロデューサー。二着目の衣装が、こんな衣装になるなんて。彼の気遣いが、胸元で冷たく光っている。思わず息を呑んだ。
「楽しみにしてるぞ、今からのリハも、本番も」
*
「緊張、してる?」
「ううん、大丈夫。春香ちゃんは……大丈夫そうだね」
ステージ裏。本番当日。今回は、二人で手を繋いで出ていく。握った左手が、ほんのりと温かかった。客席は既にイベントに来たお客さんで埋まっている。プロデューサー曰く、普段よりも、家族連れが多い、とのこと。プラネタリウムの需要を考えれば、確かにそうだろうな、と一人内心で納得した。衣装に着替えて、メイクを整えて、こうして並んで立っているこの時間は、永遠のように、長い。
「ね、琴葉ちゃん」
「……どうしたの?」
「私ね、琴葉ちゃんと一緒のユニットになれて、よかった! って思ってる!」
そんな長い時間に聞こえた声は、想像の斜め上を超えていて。
「え? う、うん、私も、春香ちゃんのおかげでここまで来られたし、これからも頑張れるって思ってるよ」
咄嗟のことで、何と答えていいか分からなくなるも、ただ、正直に、応える。
「うん、私も。だから、今日も、これからも、“一緒に”、頑張ろうね!」
隣を、恐る恐る見る。春香ちゃんは、前を向いたままだった。横顔は、まっすぐ、前だけを見つめている、翡翠色の瞳が、輝いていた。
「今日のステージ、最高のものに、しようね!」
「もちろん、だよ」
「よし、じゃあ、行くよ!」
合図が出て、踏み出す。その足は、今までのどのステージよりも、重い。
どうして、春香ちゃんは、こんなことを言ったのだろう。
どうして、春香ちゃんは、今、このタイミングで、そんなことを言うのだろう。
分からない。不安になる。
何もなければそんなことを思う必要はない。
ただ、一緒に、まっすぐ前だけ見て、飛び出せばいい。
だけど――そこまで考えて、ひとつだけ、思い当たる節があるから。
その感情は、足の重りとして、深くのしかかってくる。
ただ、今は、まやかしでも、虚構でも、見つめていたい。
不安を、願いに、変えてみたい。
同じ景色、同じ空、同じ星から――
*
真っ暗なステージ。踏み出した足は、もう戻らない。
「「キラリ! 夜空を踊る!」」
暗闇に踏み出すステップ。真上に伸ばした手を、胸元まで、ゆっくりと下す。二つのスポットライトが私と春香ちゃんを照らす。その光は、今抱えているこの感情すら、真っ白に塗りつぶしてくれる。次は、私から。
「星座になるMelody……」「わたし達の!」
指で描いた星は、大きく、遠くへ、このステージの、一番後ろまで――
「「Starlight!!」」
ぱっと明るくなるステージ。弾けるような音と光の演出に、歓声が上がる。その歓声に、両手で応える。紺色の衣装にちりばめられた真珠が、胸元で輝くその光を、視界の下から感じる。
「語りあう、夢の先に。いつも描いた、憧れがあって!」
私から入るパート。アイドルの、憧れをそのまま人にしたような、隣に立ってくれる優しい光。その、気持ちを。
「ひとつ夢が叶う度、近くなる!」
それを受け取った春香ちゃんが、次は私に投げかける。アイドルの夢から、もう一歩進む、その姿を。
「「“大丈夫”! 信じていたよ!」」
「ずーっと、そうして!」「一緒に!」「歩いてきたね!」「来たんだね!」
春香ちゃんから入るBメロ。明るい声に、私の声を重ねていく。真上へ突き抜けていく春香ちゃんの透明な声と、その間に響く、私の声。
「みーんな、とだから!」
「「ここまでこれたんだ!」」
「「キラリ! 輝く星の!」」「ひとつずつがMemories……」「キラキラ!」
振り付けは、思い出そうとしなくても、自然と出てくれる。声も、タイミングも、何度も聞いたこの声に合わせるだけ。今度は私のフレーズに、春香ちゃんが重ねてくれる。
照らされたステージから見える、暗闇の中にある、ステージを見つめる瞳。私たちのこの姿を見に来てくれる、ひとつひとつが、小さな星のようで。
「ココロの、軌跡!」
春香ちゃんの声が、笑顔と弾ける。春香ちゃんの動きが輝くその瞬間、腕と、足の動きをその場に止める。指先で感じる風が止み、爪先は少し強張る。ただそこにいる、それだけのことに徹する。動かないことが、動いているものを立てている。黒が、白を輝かせる。
「「つなごう! 夜空に浮かぶ!」」「わたし達のMelody……」「聞こえる!」
春香ちゃんの声に、今度は私から重ねる。聞こえる、何度も聞いた、私たちの、メロディー。視界に映る星は、ゆっくりとリズムに揺れている。
「輝きに、導かれて!」
「たどりつく!」
この光が導く先まで、行ってみたい。
どんな暗い道でも、歩いてみたい。
もらった言葉と、声と、メロディーと、ダンスと、衣装と、この輝きが、導く先にある――
「「憧れの場所に!!」」
*
「天海さん」
「プロデューサーさん! お疲れ様です!」
「ああ、そんなに大きな声出したら、こ……田中さん、起きちゃうよ」
「あはは……すいません」
「すっかり涼しくなったね」
「もう十月も下旬ですから」
「今日は新月らしいな」
「そうなんですか?」
「秋晴れだったからさっき屋上に出たとき探してみたんだけど、見えなかったよ」
「……ちなみに、プロデューサーさん」
「ん? どうした?」
「さっき、琴葉、って呼ぼうとしました?」
「……ノーコメント、ってのは?」
「そう判断します♪」
「……はぁ、そうだな、呼ぼうとしたよ」
「何かあったんですか?」
「いや、何もないけど、篠原さんに言われちゃってね」
「篠原さんが?」
「そろそろ二人のことは名前で呼んだら? って」
「ああ……なるほど」
「距離取ってるように見えちゃうぞ、って言われてさ」
「それは、まぁそうですね」
「……下の名前で呼ぶべきなの?」
「それを女の子に聞いちゃうあたりが駄目なんだと思います」
「そう言わないでくれよ」
「あはは……でも、そんなの気が向いたら、でいいと思いますよ?」
「そういうもんなのかなぁ」
「そうじゃない人もいるかもしれないですけど」
「どっちなんだ……じゃあ、琴葉、は、そうじゃないかもしれない、と」
「あはは! 呼ぶのすごい慣れてない感じしますね」
「やめてくれよ……恥ずかしいんだから」
「琴葉ちゃんのことは、ずっと『田中さん』で来たんですか?」
「そりゃそうだろ」
「じゃあ、私も、今、呼んでほしいな~……とか言ったら、困りますか?」
「……は、春香?」
「そう! そうです!」
「おいおい、起きちゃう起きちゃう」
「ああ、すいません……うっかり」
「ライブで疲れてるんだろうからさ、ゆっくり寝かしてあげて」
「はーい……」
「……呼び名のことは、また正式にちゃんと言うからさ」
「あ、そうそう、話はそれじゃなくて、別にあったんだよ」
「そうなんですか?」
「次の曲なんだけどさ」
「あ、そっか、今回のライブで一旦『Starry Melody』、落ち着きましたもんね」
「篠原さんから、今、言われたんだけど」
「ああ……はい」
「二人それぞれに、ソロ曲を、って」
*
目覚めた時、事務室はデスクの所だけ電気がついていた。肩には、オレンジと黄色のチェックのブランケット。ほんのりと温かいそれを取って、畳む。眠い目をこすって、体を起こしてみる。どうやら事務室のテーブルで寝てしまっていたらしい。目元には、欠伸のせいか、数粒の涙。時計を見ると、夜の九時。
「起きたかい?」
デスクの方からした声は、いつものプロデューサーの声ではない。その声は。
「篠原、さん?」
「すっかりお疲れのようだね。琴葉さん」
こちらを見ることも、デスクから立ち上がることもなく、優しい声は、響いた。
「今日のライブ、よかったよ」
「見ててくれたんですか?」
「ああ、もちろん。一応これでも総合プロデューサーだからね」
最近は「RE:FLOW」は彼に任せっぱなしだけど、と付け加えて、あははと笑った。起き上がり、立ち上がった私は、普段近寄らないデスクを覗いてみる。キーボードの上で、指が踊っている。
「どう? 演った側の感想としては」
「楽しかった、です。今までで、一番馴染んだ感じがした曲でした」
「確かに、琴葉さんの声に合ってたよね、今回の曲。今日歌ってるの聞いて、彼、いいチョイスだなって思ったよ」
「ありがとうございます。……プロデューサー、は、もう帰られましたか?」
「ん? ああ、帰ったよ。十五分前ぐらいまではいたんだけど……さすがに遅いからね」
帰って、しまった、かぁ……独りごちそうになるのを、抑える。ライブの話、少ししたかったけれど、仕方ない。
「春香とはどう? うまくやれてる?」
「はい。いつも頼りにしてます。頼りにしすぎちゃってないか、心配ですけど」
「それは大丈夫だと思うよ。春香は世話焼きだし」
確かに、と内心呟く。でも、それでいて、奥に何か抱えているような、そんな怖さもある。今日のライブの直前が、脳裏をよぎる。
『うん、私も。だから、今日も、これからも、“一緒に”、頑張ろうね!』
目を瞑ると見える、春香ちゃんの横顔。響いてくる声。何が、春香ちゃんに、こう言わせるのか――
「でもたまには、春香のことも見てやってね」
「え?」
「春香はさ、色々考えすぎちゃうから。それに、僕なんかが一年もプロデュースしたせいで、変なところだけ似ちゃってさ」
「変なところ?」
「考えすぎるのに、色々見えちゃうようになってるから。だから、僕から離れたほうがいいって思ったんだよね、春香は」
隣に立っていても一度もこちらを見ることなく、キーボードを叩き続けて――止まる。
「それに、琴葉さんも、ちょっとそういう所、似てるよね」
「そう……なんですか?」
「もう見えてるんじゃないの? 春香の何かがさ」
こちらを振り向いた篠原さんの顔は、いつもと変わらない――いつもと変わらない表情なのが、むしろ怖いくらいの――笑顔で、私を覗き込む。
「ソロ、楽しみにしてるからね」