アルティメットライフフォーム   作:感謝君

13 / 13
第十三話

 

 

眩しいほどに白く、無機質な実験室。

 

 

壁も、天井も、床も、すべてが殺風景な白一色で塗られたその空間は、あまりにも無機質で、生活感というものが一切削ぎ落とされていた。消毒液のツンとした臭いと、冷気混じりの人工的な風。

 

 

その冷たいコンクリートの床の上に、ペタリと両手を突いて座り込んでいる幼い少女がいた。荒い息を吐きながら、ペタンと女の子座りをしている彼女の身体は、激しい模擬戦の後だというのにどこか楽しげだった。

 

 

光を受けて神秘的に輝く、透き通った金色の瞳。そして、幼い肩を滑らかに覆う、艶やかな美しい黒髪。白衣の大人たちが「失敗作」だの「危険体」だのと忌み嫌うその部屋の中で、彼女だけがまるで一輪の花のように、可憐で瑞々しい生命感を放っていた。

 

 

『はぁ……。はぁ……っ。結局、今日も君には勝てなかったや───そう言えば、君の名前は?』

 

 

少女は胸元を押さえながら息を整えると、床に両手をぽんと置いて、興味津々といった様子でぐいっと身を乗り出してきた。

 

 

あまりにも顔が近すぎて、その金色の瞳に自分の顔がはっきりと映り込むほどだった。恭平は思わず気恥ずかしさを覚え、少しだけ身体を後ろに引きながら答えた。

 

 

「俺か……? 俺の名前は、キョウヘイだ」

 

 

『へぇ、キョウヘイ! じゃあ、その名前の由来は?』

 

 

少女は小首をちょこんと傾げ、一切の毒気を含まない、どこまでも無垢な表情で問いかけてくる。恭平は少しだけ目線を落とし、自身の硬くゴツゴツとした幼い手を見つめながら、ぼそりと呟いた。

 

 

「それは……分からないけど。最初は『キョウカヘイシ』って大人たちに呼ばれてたのが、いつの間にか略されてキョウヘイになってた。まあ、今じゃ大人たちからは『失敗作』としか呼ばれてないけどな……」

 

 

自嘲混じりに吐き捨てたその言葉。すると、少女は床にぺたんと座り直すと、小さな両眉をキュッと顰めて、あからさまに不満そうな顔を作った。

 

 

『……そっか。……でも、それは……なんかヤダなぁ。失敗作なんて名前じゃないもん』

 

 

少女は不機嫌そうに頬を膨らませていたが、不意に何かを閃いたように、パッと顔を輝かせた。

 

 

『あっ! そうだ! 私が新しい名前、付けてあげる! じゃあ、えーっとね! ───君は今日から、『オニ』ね!』

 

 

ビシッと、小さな人差し指が恭平の鼻先に向けられる。  突然の提案に、恭平は狐につままれたような顔で首を傾げた。

 

 

「オニ? なにそれ。ヘンテコな名前」

 

 

『えっとねぇ! この前、観察室の横の空き部屋でたまたま拾って読んだ絵本に出てくる、すっごく強そうな悪役なんだけどー』

 

 

「……悪役なんだ……」

 

 

あまりにもストレートすぎるチョイスに、恭平は思わず呆れたようなツッコミを入れてしまう。少女は「もー!」と可愛らしく足をバタつかせた。

 

 

『まぁまぁ、最後まで聞いてよ! その絵本に載ってる見た目がね。君が本気で戦うときの、額に角が生えて真っ赤になる姿と、すっごく似てるの!』

 

 

「へぇ。でも、悪役ってことは……物語の中じゃ、最終的にヒーローに倒されちゃうんでしょ?」

 

 

『んふふ〜、そう! だからね、君は『オニ』になって、いつか私に倒されるの!』

 

 

その遠慮の欠けらもない、どこまでも不遜で高飛車な物言いに、恭平は思わず額に青筋を立ててムッとなった。

 

 

「……でも君、めちゃくちゃ弱いじゃん。今日も俺に一回も攻撃届かなかっただろ」

 

 

『うぅ……! 今は弱くても、これから強くなるもんっ! 絶対、私がオニを倒してみせるんだからっ!』

 

 

キーッと癇癪を起こしそうになる少女を見て、これ以上意地を張られても面倒だと悟った恭平は、呆れ顔で話の流れを無理やり変えることにした。

 

 

「はいはい……わかりました。じゃあさ、その絵本の物語で、オニを倒す側の主人公の名前は何ていうの?」

 

 

『ん? 桃太郎だけど?』

 

 

「ふーん。じゃあ、俺はこれから君のこと『桃太郎』って呼ぶよ」

 

 

『ええっ!? やだァ! なにそれ全然可愛くなーいー!』

 

 

少女は両腕をぶんぶんと振って、年相応に子供らしく駄々をこね始めた。あまりの嫌がりように、恭平は困ったように後頭部を掻く。

 

 

「えぇ……。参ったな。ん〜……じゃあ──────『モモ』ってのはどうだ?」

 

 

『っ! 『モモ』っ! 良い! モモっ! すっごく可愛い!』

 

 

その響きが一瞬で気に入ったのか、少女はまたしても目を輝かせて、身を乗り出すようにして顔を近づけてきた。

 

 

「じゃあ、俺は『オニ』で──────」

 

 

『──────私は『モモ』!』

 

 

「ふっ。よし、決まりだな」

 

 

『うんっ!』

 

 

冷たい実験室の白い空気のなかで、二人の幼い笑顔が弾けた──────。

 

 

────────────

 

 

 

「……モモ」

 

 

恭平は、かすれた声でその名を口にした。明確に、目の前の、二メートルを超える醜悪で変わり果てた彼女に向けて。

 

 

かつて白い部屋で交わした、あの愛おしい約束の記憶。  異形の恐ろしい顔面には、血みどろの皮膚とは裏腹に、驚くほど穏やかで、満ち足りた笑みが浮かんでいた。

 

 

濁っていたはずの金色の瞳が、澄み切った光を宿して、優しく恭平をじっと捉えている。

 

 

自分がついていた「嘘の敗北」。 守るためだったとはいえ、彼女に向き合わず、彼女の心を踏みにじって失望させてしまったことへの、猛烈な悔恨と罪悪感が恭平の胸を破裂させる。

 

 

「悪かった……。俺、お前にちゃんと向き合わずに……ずっと嘘つき続けて……っ」

 

 

恭平が握りしめる彼女の大きな手が、まるで役目を終えた枯れ葉のように、端から段々と灰のように儚く崩れ始めていく。生体エネルギーを使い果たした彼女の肉体が、分子レベルで崩壊を起こしているのだ。

 

 

「っ……! 一人にして悪かった……! 置いていってごめん……! これからは、これからはずっと一緒だ……!」

 

 

ボロボロと、ボロボロと形を失っていくその腕に、恭平の目から溢れ出た大粒の涙がポタポタと染み込んでいく。

 

 

「お前が望むなら、いくらでも……何回でも遊んでやるから! だから……なぁ! 頼むから消えないでくれ……っ!」

 

 

崩れ去っていく手を必死に包み込むように、恭平はその場に突伏し、顔を埋めて強く深く蹲った。とめどなく溢れ出し、止まることのない涙。胸の奥底が、生まれてから一度も味わったことがないほどに固く締め付けられ、息ができない。

 

 

灰となり、砂のようになった彼女の身体の残骸が、恭平の指の隙間からサラサラと音を立てて無情に零れ落ちていく。

 

 

「ぁああ……っ……あああああッ!!!モモっ……! モモぉッ!!」

 

 

絶望と、激しい悲しみ、自由を手に入れる前に失ってしまった喪失感が、凄まじい濁流となって恭平の精神を呑み込んでいく。

 

 

こんな筈じゃなかった。こんな事になると分かっていれば、あの時、もっとちゃんと話していれば。やり直したい。だけど、もう二度とやり直せない。

 

 

崩壊した世界で、最強の力を手に入れたはずなのに、たった一人の大切な少女すら救えず、こうして子供のように泣きわめいている自分が、惨めで、情けなくて仕方がなかった。

 

 

そんな自罰的で昏い思考の渦に完全に呑まれそうになった、まさにその時だった。

 

 

──────トントン

 

 

無造作に地面に蹲り、背中を丸めて泣きじゃくる恭平の肩を、何者かが遠慮がちに、優しく叩いた。

 

 

「……ぇ?」

 

 

恭平は、酷く間の抜けた掠れ声と共に、涙と泥でぐしゃぐしゃになった顔をゆっくりと跳ね上げた。

 

 

そこにいたのは───。

 

 

「ドッキリ大成功……?」

 

 

少しだけ気まずそうに疑問符を浮かべながら、ペロッと舌をちろっと出してみせる、一人の飛び切りの美少女だった。

 

 

長い黒髪を濡らし、金色の瞳をいたずらっぽく輝かせている彼女は、どこか恥ずかしそうに両腕で自身の胸元を隠しながら、小刻みに身を震わせている。

 

 

「くしゅんっ! ……さむっ。脱皮したら素裸になっちゃったじゃん。とりあえず服ちょうだい」

 

 

かつて白い記憶の中にいたあの幼い少女が、そのまま順調に成長を重ねたような、可憐で美しい姿。 脱皮した殻が崩れ去った後から、中身の本体がそのままニュッと出てきたのだと言わんばかりの、平然とした態度。

 

 

「……は?」

 

 

悲劇のヒロインとの永遠の別れから、一瞬にして繰り出された意味不明すぎる超展開。恭平は涙を流したまま、ただ口をぽかんと開けて、その場で木石のように固まることしか出来なかったのであった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……(リメイク版)(作者:感謝君)(原作:進撃の巨人)

現在連載中のリメイク版小説です。▼https://syosetu.org/novel/405932/▼リメイク元はこちら⬆▼【あらすじ】▼信じられないと思うが聞いてくれ▼俺は昨日までしがない大学生としてベッドに転がりながらいつも通り動画を見て惰眠を貪っていたんだ▼別にトラックに轢かれたとか、手違いで殺しちゃったから転生させるね!おじいさんにあった訳でもない▼…


総合評価:86/評価:-.--/連載:39話/更新日時:2026年10月08日(木) 21:00 小説情報

ワンパンマン世界で影の君主になった、サイタマは居なかった(作者:寝心地)(原作:ワンパンマン)

ワンパンマン世界に転生した主人公、しかし主人公であるサイタマは居なかった。▼主人公の居ない世界でそれでも手に入れたチート【影の君主の力(システム限定)】を使い迫り来る災厄に立ち向かう。


総合評価:505/評価:7.57/連載:29話/更新日時:2026年08月14日(金) 10:00 小説情報

レ級だけど...ここって(作者:chamira)(原作:ONE PIECE)

な〜んか目が覚めたら海の上だった...とりあえず島見つけないとな〜▼島見つからんかったらヤバいことになるぞ〜...▼あ、基本的に更新は00:15にすることにしました。更新されなかった場合は中の人が疲れてるか、書けてないか、書けないか、新たな読者層を取り込もうとして投稿時間をずらしてるかの4択なので、気長にお待ちいただけると幸いです。


総合評価:453/評価:7.52/連載:13話/更新日時:2026年10月02日(金) 00:15 小説情報

あらかじめ日記を手に入れたいから未来デパートの商品転売してるけど、魔王って呼ばれてるっぽい(作者:評価を…評価をクレメンス)(原作:ドラえもん)

ブラック企業で働く社畜、黒瀬薫。▼ ある日、Amazonを眺めていた彼のもとに届いたのは、『未来デパート』を名乗るどう見ても怪しい広告メールだった。▼ 半信半疑で購入した『もしもボックス』は、本物だった。▼「もしも、自分が人類最強の身体能力を持つ黒髪爆乳美女だったら――」▼ 試した瞬間、世界は本当に書き換わった。▼ なら、他の商品も本物なのでは?▼ どこでも…


総合評価:587/評価:7.32/連載:7話/更新日時:2026年09月28日(月) 09:37 小説情報

天獄の熾翼、墳墓の魔王(作者:マジックス)(原作:オーバーロード)

ディストピアな世界の裕福層(御曹司)に転生し、好き勝手遊んでいた男はある日、ここがオーバーロードの世界だと気づいてしまう。▼ならもっと面白いことが出来そうと、色々遊んでみることにした。


総合評価:370/評価:6.6/連載:15話/更新日時:2026年10月06日(火) 07:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>