アルティメットライフフォーム   作:感謝君

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第四話

 

 

 

グチャ! パァン! ドスッ!

 

 

不快極まりない肉の破裂音と骨の砕ける音が、絶え間なく鼓膜を叩き続けていた。

 

 

 

視界を埋め尽くすのは、狂気の一色に染まった地獄絵図だ。

 

 

 

右を見ても、左を見ても、前方の目抜き通りを埋め尽くすのはうごめく死人の群れ。

 

 

 

数え切れないほどのゾンビが、互いの身体を押し合い、擦り合わせながら、津波のようにこちらへ押し寄せてきていた。

 

 

 

人知を超えた馬鹿げた身体能力を手に入れたこの俺の肉体をもってしても、思わず「うわ、めんどくさ……」と顔をしかめ、億劫になるほどの圧倒的な質量だった。

 

 

 

立地が悪い。

 

 

ここは市街地の中心部であり、主要な駅からも目と鼻の先だ。

 

 

パンデミックが発生した瞬間、このエリアにどれほど膨大な数の人間が密集していたか、想像するまでもない。

 

 

人が多ければ多いほど、ゾンビ化した人間の数もネズミ講式に膨れ上がる。

 

 

それがこの世界の新しい、そして最悪のルールだった。

 

 

もし、俺が単独で行動していたのなら、こんな正面衝突など選ばなかっただろう。

 

 

この異常な脚力に任せて、ゾンビの波のわずかな隙間を縫うように爆速で駆け抜けることもできた。

 

 

あるいは、ビルの壁面を蹴り、跳躍によって建物から建物へとウサギのように飛び越えて行くことだって、今の俺なら造作もないはずだ。

 

 

だが、今の状況がそれを許さなかった。

 

 

「う、うわっ! なんだよこれ、多すぎるだろ……!」

 

「くっ! こっち来んな! 寄るなァ!」

 

背後から聞こえてくるのは、慎太郎たちの悲鳴と絶望に満ちた怒号だった。

 

 

彼らは必死に武器を構え、あるいは腰を抜かしそうになりながら、俺の背中の後ろで縮こまっている。

 

 

道すがら、気まぐれのように助けた手前、今さら「じゃあな」と見捨てるわけにもいかねぇ。

 

 

ここで俺が一人で逃げ出せば、あいつらは一分と経たずにあの飢えた怪物どもの胃袋に収まることになるだろう。

 

 

それは寝覚めが悪い。

 

 

「チッ……しゃあねえな」

 

 

俺は迫り来るゾンビの先頭集団の一体に、大股で踏み込んだ。

 

 

向かってきた男のゾンビの顔面に、躊躇なく右手を伸ばす。

 

 

 

その大きな頭部を、まるで大きめの熟したリンゴでも掴むかのように、指先を肉にめり込ませながら雑に鷲掴みにした。

 

 

そのまま、背負い投げの要領で腕を大きく振りかぶり、前方の分厚い群れに向けて、ピッチャーが硬球を投じるように全力投球した。

 

 

ブチッ……

 

 

凄まじい遠心力と加速。

 

 

人間の、ましてや腐肉の首の皮や筋肉が耐えきれる領域を、俺の腕力は遥かに超越していた。

 

 

投擲の軌道の途中で、鈍い千切れ音と共にゾンビの首が引きち切れ、頭部だけが千切れたロケットのようにあらぬ方向へと飛んでいってしまった。

 

 

 

だが、首を失った胴体だけでも、その破壊力は十分すぎた。

 

 

超音速に近い速度で放たれた肉塊の弾丸は、正面から押し寄せていたゾンビの群れへと直撃する。

 

 

ドガァァン!!!と、まるでボーリングのピンが爆散したかのような衝撃音が響き、直撃を受けた十数体の群れが一瞬で消し飛ぶように後方へと吹き飛んでいった。

 

 

 

肉と骨が凄まじい圧力で衝突し合い、弾け飛ぶ。

 

 

「……なるほど。これ、ありだな」

 

 

目の前で起きた現象を確認し、俺の口元が自然と歪んだ。

 

 

傍から見れば、これから悪逆非道の限りを尽くそうとする悪党のような、醜悪で酷薄な笑み。

 

 

手元に残った鉄パイプでは、一度に殴り倒せる数に限界がある。

 

 

だが、この圧倒的な膂力を「投擲」に使えばどうなるか。答えは一瞬で出た。

 

 

俺は歩み寄ると、右手に持っていた血塗れの鉄パイプを、隣で呆然としていた慎太郎の胸元へと無造作に押し付け、預けた。

 

 

「恭平……?」

 

 

慎太郎が困惑した声を漏らすが、構っていられない。

 

 

彼ら三人の周囲にある程度ゾンビがいない安全な空間が確保されているのを視線で確認する。

 

 

俺は一歩前に出ると、準備運動がてら、バキバキと音を立てて肩を軽く回した。

 

 

そして、十数メートル離れた先、ゾンビの波のなかでもひときわ体格のハッキリした、元ラガーマンか何かの大男のゾンビに目を定め、ロックオンした。

 

 

「うしっ……掃除すっか」

 

 

低く呟くと同時に、両脚の筋肉へと一気に意識を集中させる。

 

 

次の瞬間、俺の身体は弾け飛んだ。

 

 

ドンッ!!!という爆発的な破裂音が響き、俺が踏み切った地面のコンクリートは蜘蛛の巣状にひび割れ、丸く窪むほどの推進力が生み出される。

 

 

視界がブレるほどの爆速で、目星を付けた大男のゾンビの懐へと文字通り飛び込んだ。

 

 

ゾンビが反応する隙すら与えない。

 

 

突進の慣性を肉体の力だけで極限まで抑え込み、ピタリと急停止する。

 

 

そして、そのゾンビの太い両足を、骨を砕かない程度の絶妙な力加減でガッチリと掴み取った。

 

 

「ふんぬっ!」

 

 

腰を落とし、大木を引っこ抜くような勢いで、その巨体を宙へと持ち上げる。

 

 

そのまま、自らの身体を軸にして、ハンマー投げのように猛烈な回転を加えた。

 

 

強烈すぎる遠心力に耐えかねて、掴んだゾンビの膝関節が、メキメキと鈍い音を立てて曲がってはいけない方向へと直角に曲がる。

 

 

だが、そんなことは知ったことではない。

 

 

俺は体幹を固定し、目の前に広がる、少なくとも数百体は居るであろう飢えた群れの中心に向けて、その人間ハンマーを全力で投げ飛ばした。

 

 

ドガガガガッッッ!!!!

 

 

放たれた質量兵器は、ゾンビの群れを文字通り「耕して」いった。

 

 

あまりの速度と風圧によって、飛行中に空中分解したゾンビの肉体が、まるで散弾銃の散弾のように無数の細かい破片となって群れ全体に降り注ぐ。

 

 

直撃したエリアのゾンビたちは、肉の壁に押し潰され、一瞬で原型を留めない肉片へと変えられていく。

 

 

ここまでの所要時間、約二秒。

 

 

あまりの効率の良さに、俺の脳内で何かが完全に弾け飛んだ。

 

 

リミッターの消え去った脳が、過剰なまでのドーパミンを分泌し始める。

 

 

もう止まらない。止める理由がなかった。

 

 

俺は全速力で周囲を駆け巡り、ゾンビだけでなく、街中に転がっている「硬くて重そうな物」を、デカいものから片っ端から鷲掴みにしては投げまくった。

 

 

打ち捨てられた軽自動車を両手で持ち上げ、フリースローの要領で群れへ放り投げる。

 

 

歩道に設置されていた鋳鉄製の分厚いゴミ箱を、片手でフリスビーのように回転させて投げ飛ばす。

 

 

コンクリートの電柱をへし折り、槍のように投擲する。

 

 

パァン! ドガァァン! グチャ!

 

 

街のあちこちで、爆発と錯覚するような大破壊の音が連続して鳴り響く。

 

 

投げるたびに、ゾンビの群れが数十体単位で消滅し、肉飛沫が花火のように宙を舞った。

 

 

「ガハハハハッッッ!!! ゥオラァァァ!!!! シネヤァァァ!!! アヒャヒャヒャッッッ!!!」

 

 

気がつけば、無意識のうちに、悪魔の精神病患者のような狂った笑い声が、俺自身の口から狂暴に溢れ出ていた。

 

 

喉がちぎれんばかりに叫び、笑い狂う。

 

 

たまらなかった。

 

 

己の思うがままに、この馬鹿げた、神にでもなったかのような膂力を行使すること。

 

 

それによって生み出される圧倒的な暴力が、ゾンビどもの血と肉を爆散させ、圧壊させ、粉砕していく。

 

 

その一連の光景が、脳髄に直接染み渡るような筆舌に尽くしがたい爽快感をもたらしていた。

 

 

これに比べれば、将来への不安なんてものは、あまりにも矮小でくだらないゴミクズだった。

 

 

ここは市街地だ。故に、武器となる「モノ」は腐るほど溢れ返っている。

 

 

そして俺の視界には、その弾丸を叩き込むべき腐った標的共が、未だ数え切れないほど跋扈している。

 

 

狩らない理由は、どこにも無かった。

 

 

腕を振り、腰を回し、大地を蹴る。

 

 

俺自身が巨大なミキサーにでもなったかのように、周囲のすべてを破壊し、巻き込み、消滅させていく。

 

 

飛び散る血飛沫を全身に浴びながら、俺はただひたすらに世界の破壊を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

どれほどの時間が経っただろうか。

 

 

時間にすれば、おそらく数分の出来事だったのかもしれない。

 

 

ふと、我に返るように周囲を見渡したとき、あれほど道路を埋め尽くしていた無数のマト共は、跡形もなく消え失せていた。

 

 

辺りに広がっていたのは、もはやゾンビ映画のワンシーンなどではなく、大規模な爆撃の被害に遭ったかのような凄惨な廃墟だった。

 

 

 

あちこちの地面には、直径数メートルに及ぶ巨大なクレーターが幾つも穿たれ、粉砕されたアスファルトの破片や、出所不明の散乱した物体の残骸が、肉片と共に不気味に散らばっていた。

 

 

 

 

 

 

 

(……タリナイ……! モット……モットッ!)

 

 

 

 

 

だが、俺の脳はまだ、その狂気的な快感を求め続けていた。

 

 

 

理性を完全に排し、ただの獣のような立ち姿のまま、肩で荒い息を繰り返す。

 

 

 

べっとりと血の涙のように顔を汚す赤黒い液体を拭いもせず、血眼になりながら、次なる肉のマトを求めて周囲をギョロギョロと見回した。

 

 

 

殺戮への渇望が、身体の内側からマグマのように湧き上がってくる。

 

 

 

すると、その静寂を引き裂くように、背後から張り裂けんばかりの声が響いた。

 

 

 

「きょ、恭平ッッッ!!!」

 

 

 

 

「──────っ」

 

 

その声には、化け物に対するものとは明らかに違う、最大級の『恐怖』の色が上擦った様子で混じり合っていた。

 

 

 

その響きが、俺の脳の奥底にくすぶっていた冷徹な理性のスイッチを、強制的にパチリと押し戻した。

 

 

 

身体の熱が、急速に引いていく感覚。

 

 

 

「も、もう敵は居ない……。だから……正気に戻ってくれ……」

 

 

 

達也が、今にも泣き出しそうな、それでいてこちらを刺激しないようにおずおずとした口調で、現状を告げてきた。

 

 

 

その声は小刻みに震えており、彼が手にした金属バットを持つ手も、ガタガタと音を立てそうなほどに戦慄いていた。

 

 

俺は錆びついた機械のような緩慢な動きで、ゆっくりと彼らの方を振り向いた。

 

 

 

慎太郎も、風弥も、達也も、全員が完全に腰を抜かしかけた状態で、俺を「言葉の通じない怪物」を見るような目で見つめていた。

 

 

 

俺は自分の両手を見つめ、それから周囲の光景を再び見やった。

 

 

 

「ぁあ? ───あぁ、そうだな……もう居ない、か……」

 

 

さっきまで脳髄を支配していた燃え盛るような激情が、まるで冷水を浴びせられたかのようにスッと引いていくのが分かった。

 

 

(……これ全部……本当に俺がやったのか……?)

 

 

改めて見渡す周囲の惨状は、自覚していた以上のものだった。

 

 

 

強固なはずの道路は至る所が陥没し、クレーターと化している。

 

 

 

周囲の商業ビルや店舗のコンクリート壁は半壊し、鉄骨が剥き出しになっていた。

 

 

 

へし折られた街頭や垂れ下がった電線は、無造作に道路に横たわり、バラバラに引きちぎられて散乱している。

 

 

 

それだけではない。

 

 

乗り捨てられていたはずの普通車から、物流用の頑丈なトラック、さらには超重量級の大型トレーラーに至るまで、それらすべての金属の塊が、まるで子供の玩具のように尽く粉砕され、ひしゃげた鉄の塊と化して転がっていた。

 

 

 

人間の筋力がどれほど向上したとしても、やっていい領域を完全に踏み越えている。

 

 

「ふっ……はは。これじゃあ……どっちが化け物か分かんねぇな」

 

 

乾いた笑いが、俺の口から漏れた。自嘲的な、冷え切った笑いだ。

 

 

俺のその言葉に対して、三人は何も答えなかった。

 

 

答える言葉を持ち合わせているはずもなかった。

 

 

彼らはただ、血塗れの俺から視線を外すように俯き、気まずそうに、そして恐怖を押し殺すようにただ、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

さっきまで旧友として辛うじて繋がっていたはずの空気が、今や完全に、圧倒的な『捕食者と被捕食者』のそれに書き換えられてしまっている。

 

 

 

元の関係に戻ることは、もう二度とないのかもしれない。

だが、今の俺にはそれすらもどこか他人事のように思えた。

 

 

 

俺はこの静寂に包まれた、血と鉄錆の臭いが充満する惨状の中心で、それ以上何も語ることはしなかった。

 

 

 

ただ無言のまま、背を向け、親父が待っているはずの市役所の方へ向かって、再び重い足取りで歩みを進める。

 

 

 

背後で、三人が小さく息を呑む気配がした。

 

 

そして、彼らもまた、その圧倒的な暴力の主から見捨てられる恐怖に抗うように、遅れて後を追うようにして、俺の背中に続いて静かに歩き出すのだった。

 

 

 

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