高校二年目にして十件目のバイトをクビになった。俺――吹雪ハルトは背中を小さく丸めて歩く。
今回のバイト先では、落ちそうな皿に気づいて駆け寄った拍子に床のペットボトルを踏んだのだ。すっ転んでバケツの水を頭からかぶり、下準備した食材も全部駄目になった。しかも転ぶのはこれで三回目である。
俺の少し短い茶髪はバケツの水でびしょびしょに濡れている。鼻にぽたりと水滴が垂れた。
「……あーあ。記録更新か」
蝉の声が響き、夕陽が街を染めている。髪を滴る水滴に光が宿った。
ぼうっと景色を眺めていると、金色の太陽が幼馴染の髪色と重なった。俺は苦笑をこぼす。
道を引き返し、重い足取りで幼馴染のいる高校へと向かった。夏休みが始まってから行っていなかったから、会うのは二週間ぶりだ。
先々週、別れ際の彼女の視線を思い出した。
『……これからもいてね、約束。……きっともう誰もいなくなったりしないから』
「もういなくならない……か」
あの人を失った記憶が思い出されて拳を握りしめる。俺は俯いて小石を蹴った。
その時、俺の横を母親と手を繋いだ小さい子が通り抜けていった。俺は目を逸らし、頭を振る。
俺は無心で歩みを進めた。頭上をカラスが数羽、大きな羽音を立てて飛び去っていった。
小さな高校の図書館棟。ここが俺の所属する文芸部の活動場所だ。夏休みの間、幼馴染はここにいるはずだ。
二階に上がり、がらがらと空き教室の扉を開けると、見慣れた顔ぶれがパソコンに向き合っていた。その中にふわりと揺れる金髪を見つける。
彼女の対面で眼鏡の男子が厳しい口調で話していた。
「おい、久遠。お前は全く改善しないな。何度も言っているだろう。お前の文章は読んでいて面白みがないと――」
「……ちわー。お久しぶりです」
俺の声に、幼馴染——久遠スイがぱっと顔を上げた。
「……あ。びっくりした、濡れ女かと思った。男だけど。……ふふ、元気だった?とりあえず入って。ほら」
彼女はぐいぐいと俺を部室に引っ張りこむ。強引なところは、俺を無理やりこの部活に入れた時から変わっていない。
部長の真田キョウヤが眉を寄せた。
「……おい、吹雪。なぜそんなに濡れている。お前は来るたびに部室の床を汚さないと気が済まないのか?」
後輩の千夏アヤカが修理していたパソコンから顔を上げた。
「ああああーっ! 超お久しぶりっすね! 会いたかったっすよ、センパイ……!」
彼女は機械いじりを放り出し、笑顔で駆け寄ってくる。どこか笑顔が固いように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
その時、工具が机の下に落ちているのが見えた。
「千夏。そこの工具、無いと困るんじゃないか?」
「わわっ、ここにあったんすね! センパイ、よく気づきましたね?」
部長がこちらの様子を見て眼鏡を上げた。
「ふむ……」
部長の袖からのぞく古いあざや傷跡に、俺は視線を止めた。以前よりわずかに減っている。良かった、と胸の奥で思う。だが、それを本人に言ったことはない。
部長の傷を見ていると、背後からぽんと肩を叩かれた。
「よう、よく来たな。バイトはどうした?もしかして、まーたクビになったのか。はっはっは!」
豪快に笑って俺の頭を力強くかき回すのは顧問の岩セン。……俺の父親代わりのような人でもある。
「……うす。皆も元気そうで良かった」
俺は皆を見回して挨拶を返した。