ここでの夢は、もう終わりにしよう   作:みそそ

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第2話

―――同調、開始(トレース、オン)。

 

エミヤの体内で、四角く変質した魔術回路が微かに鳴動する。かつて『英霊の座』に刻まれた膨大な兵装の記憶、心象風景たる荒野の残滓―――それをこの世界の法則である「一メートル四方のグリッド」へとボクセル化し、小分けに切り出して現世へ出力する。

 

ガガガ、と小気味よいブロックの設置音が周囲に響いた。

彼がクラフトしたのは、マイクラの世界にある無骨な石の「かまど」ではない。生前の衛宮邸の記憶から、美しく磨き上げられたステンレスの天板、機能的に配置されたコンロとシンクをブロック単位で再現した「システムキッチン」だった。

 

さらには、この世界には本来存在しないはずの衛生概念である「水洗トイレ」や「風呂」までもが、エミヤの確かな手際によってカクカクの拠点内にトレースされていく。

 

「……信じられん。魔力消費が驚くほど軽い。固有結界をそのまま展開する大魔術とは違い、この世界の『ブロックを設置する』という基本システムに魔術を肩代わりさせているからか」

 

「だろ? 箱庭のルールをハッキングするにゃ、その小分けトレースってのが一番の効率化だ。お前、ほんとそういう裏技の構築にゃ目がないな、アーチャー」

 

システムキッチンの前に立ち、手際よくマイクラの食材を調理し始めたエミヤの背中に、キャスターのクー・フーリンが満足げな声をかける。彼らのサバイバル生活は、驚くほど合理的に噛み合っていた。

 

マイクラの夜は「暗闇=モンスターの湧く死の領域」である。通常なら無骨な松明を大量にクラフトして地面に突き刺すのが鉄則だが、彼らの拠点にそんな木切れは必要なかった。

 

クー・フーリンが指先で空間のグリッドをなぞり、のルーンを壁の木材ブロックにパッと刻み込む。それだけで、松明を遥かに凌駕する淡く神秘的な光が周囲を包み込み、完璧な安全領域を作り出すのだ。

 

「よし、満腹ゲージも体力も万全だ。ゲリ、フレキ、戻りな!」

 

クー・フーリンがエミヤのクラフトした絶品の料理をドカ食いし、ステータスを最大まで回復させた瞬間。彼の足元のカクカクとした影が不気味に蠢き、そこから何事もなかったかのように、昼間の戦いで噛み殺されたはずの二匹の狼がリスポーンされて現れた。

 

「……何度見ても異常な使い魔システムだな。私の投影魔術を消費せずに戦力を維持できるのは助かるが」

 

「気にするな。ありゃただの獣じゃねえ、俺の魔術そのものだ。飯さえ食えば影からいくらでもリバイバルできる。戦闘は俺に任せて、お前はもっと美味い飯でもクラフトしてくれや」

 

戦闘特化の神霊キャスターと、建築・調理特化の贋作英霊。完璧なバディとしての生活。しかし、拠点が文明的に整えば整うほど、エミヤの胸の奥にある「空虚な影」は、ルーンの光に逆らうようにその直線の檻を広げていた。

 

「アーチャー、見ろ。……どうやらこの空っぽの世界にも、先住民の『ログ』が残ってたらしいぜ」

 

数日後の探索の途中。クー・フーリンの杖が指し示した地平線の先に、カクカクとした木造の家々と、小麦の畑―――初めて目にする、人工的な「村」のシルエットが浮かび上がっていた。

 

「人、型の……生命体か」

 

エミヤは微かな緊張を孕みながら、カクカクとした木造の柵を越え、村へと足を踏みした。だが、そこに広がっていたのは、彼がかつて救おうとし、あるいは間引いてきた「人間社会」の営みとは、根本からかけ離れた異質なディトピアだった。

 

「―――フン(Hrm)」

 

不気味に低く、鼻を鳴らす音が周囲から響く。そこにいた住民たちには、性別という概念が一切存在しなかった。全員が大きな鼻に太い眉毛、腕を前で組んだ全く同じ顔をしている。

 

さらにエミヤを戦慄させたのは、新しく生まれたという子供の姿だった。大人の顔と大きな鼻を、3Dモデルの縮小コピーのようにそのままギュッと縮めただけの、カクカクの奇妙なミニチュア。それが生まれた瞬間から、大人と寸分違わぬ無表情でトコトコと歩き回っているのだ。

 

彼らには言葉がなかった。エミヤが彼らのために良かれと思ってトレースした近代的なインフラを提供しても、感謝も驚きもしない。ただ、そこに利用可能な機能があるから、プログラムされた本能に従って淡々とパンを焼き、夜になると意味もなく便器の上にじっと腰掛けて時間を潰している。

 

「愛の結晶でも、遺伝子の交配でもない。ベッドとパンという『条件』が揃ったから、世界にドロップされただけのオブジェクトだ……」

 

「男も女もねえ、ただ増殖のコードが走ってるだけだ。神々が死に絶えた後の世界にふさわしい、最も無駄のない、最も情熱のない『人類の成れの果て』だな」

 

横でケラケラと笑うクー・フーリンの言葉が、エミヤの心を鋭く抉る。

誰とも心が通わない、ただシステムを維持するためだけに動く「動物のような人間」。彼らを前にして、他者の理想を借り物にして生きてきたエミヤは、自身の内面の圧倒的な空虚さに怯え始める。

 

ふと見れば、クー・フーリンはそんな不気味な村の境界線に、マイクラのカラフルな花...チューリップやバラをこれでもかと大量に植樹し始めていた。

 

「……なぜそんな無駄なハデな真似をする? 衛生や防衛のインフラならまだしも、ただの装飾に何の意味がある」

 

「ケルトの男ってのはな、色が多い方が階級が上なんだよ。アロハシャツみてえなハデな国が俺の故郷さ。だから俺の周りは最高にハデじゃなきゃいけねえ。……失くした故郷の誇りって奴さ」

 

お調子者に見えて、失われた故郷の文化への深いノスタルジーを四角い花に託して大切に守っているクー・フーリン。対して、エミヤの手元にある『本と羽ペン』は、今も完全に真っ白なままだった。

 

「お前、何を作ればいいか分からなくて怯えてやがるな。正義の味方って器を引き剥がされたら、中身は空っぽのブリキ缶か」

 

カラフルな花畑の真ん中で、クー・フーリンに自身の致命的な空白を見透かされ、エミヤは四角い拳を強く握りしめることしかできなかった。

 

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