ここでの夢は、もう終わりにしよう   作:みそそ

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第3話

ぶおぉぉぉ―――ん。

 

地平線の彼方から、すべてを圧殺するような不吉な角笛の音が響き渡る。

四角い世界の平穏を引き裂き、村の境界線の向こうから進軍してきたのは、邪悪な村人、「イリジャー」の軍勢だった。

 

灰色の肌に暗い防服を纏い、四角いクロスボウを構えたピリジャー。鉄の斧を掲げ、凄まじい足取りで突進してくる狂戦士ヴィンディケーター。

 

だが、エミヤの視線を釘付けにしたのは、その軍勢の先頭を蹂躙する巨大な灰色の4足歩行の怪獣―――「ラヴェジャー」だった。家々を破壊する角を持つ恐るべき巨躯。しかし、その顔だけは、普通の村人と同じ大きな鼻を持った、おぞましい「人間の顔」をしていた。

 

「おい、アーチャー。ありゃあただの獣じゃねえぞ。……かつて村人だったものをツギハギして作られた合成獣、即ちキメラ、あるいは呪いの成れの果てだ。お前のいた世界の魔術師どもが好む、悪趣味なホムンクルスと根っこは同じだな」

 

「―――知っている。反吐が出るな」

 

エミヤの体内で、変質した魔術回路が爆発的に鳴動する。生前の魔術師たちの独善的な冒涜を思い出し、強烈な嫌悪感を抱きながら、彼はカクカクの弓を強く引き絞った。

 

―――偽・偽空を穿つ螺旋の弓(カラドボルグII)。

 

放たれた空間のグリッドを歪める一撃が、進軍するピリジャーたちの頭部を正確に捉え、ブロックの破片とともにデスポーンさせていく。

 

しかし、巨獣ラヴェジャーは咆哮を上げ、その強固な突進でエミヤの防衛線を強行突破してきた。エミヤはすぐさま「干将・莫耶」を投影し、接近戦を挑む。

 

ラヴェジャーの盾を跳ね返すような唸り声が、エミヤの投影武器を衝撃波で砕くが、エミヤは冷徹に、寸分狂わぬ双剣を次々とトレースし直して肉薄した。

 

「チッ、ゲリ、フレキ! 踏み潰されんなよ!」

 

クー・フーリンが叫ぶと同時に、2匹の狼がラヴェジャーの足に猛然と噛み付く。しかし、巨獣の無慈悲な突進の前にブロックの煙を上げ、相打ちとなって消滅した。

 

クー・フーリンは木の杖を振るい、迫り来る斧戦士をルーンの衝撃波で吹き飛ばしながら、エミヤの作った肉料理をドカ食いし、瞬く間に自身の満腹ゲージと体力を最大まで戻した。

 

その足元の影から、再び何事もなかったかのように2匹の狼が再召喚されて現れる。命すら世界に還元された異様な戦場。クー・フーリンは不敵な、そして神話の最高神としての昏い知性を湛えた笑みを浮かべて言い放った。

 

「退屈な世界はごめんだぜ。だが、このローポリの世界の戦いってのも、案外スリリングで悪くねえ。神々が死に絶えた跡地で、まさかお前と背中を預けて戦うことになるとはな!」

 

戦闘に身を投じることで、その魂を輝かせるケルトの英雄。彼にとっては、この過酷な襲撃すらも生まれ変わりの世界を楽しむための舞台に過ぎない。その絶対的な自由さと強さが、未だに戦うことの義務に縛られ、自分のエゴを見つけられずにいるエミヤの胸を、より一層激しく締め付けた。

 

激しい闘争の最中、地響きとともに村の防衛システムが起動した。

地中からせり上がるように姿を現したのは、鈍い銀光を放つ鉄ブロックの巨像―――「アイアンゴーレム」だった。

 

その巨大な丸太のような腕を振るい、突進してきたラヴェジャーを正面から殴り飛ばし、ピリジャーたちを無慈悲に空中へ放り投げていく。圧倒的な殺戮の力。しかし、エミヤはその鉄の塊の「挙動」を目撃した瞬間、息の根を止められたように戦慄した。

 

ゴーレムには感情がない。それどころか、戦いの混乱の中で、村人の畑や木柵を少しでも壊しかねない動きをしたプレイヤーを視界に入れた瞬間、その赤い瞳を冷酷に発光させた。

 

「村人大勢」という最適解を維持するためなら、味方であるはずの個人の命すら、排除すべき『バグ』として無慈悲に撲殺する。それは、オートマタのように設計された防衛プログラムだった。

 

「お前も……私と同じ、『これ』なのか」

 

多数を生かすために少数を、子供すらをも機械的に間引いてきた「アラヤの守護者」としての自分自身の醜悪な在り方。それを、目の前で淡々と鉄の腕を振るう巨像に完璧に重ね合わせ、エミヤは吐き気を覚えるほどの自己嫌悪に叩き伏せられた。

 

誰とも心が通わず、ただ本能のまま増える村人たち。多数のために個を殺す鉄の塊。「お前のエゴを作れ」という自由の要求は、中身が空っぽのブリキ缶であるエミヤにとっては、精神を磨り潰すだけの拷問でしかなかった。

 

その限界の果てに、エミヤは濁った瞳で、ある種の「狂気」に救いを求めて逃げ込んだ。思考の、完全な放棄。

 

「そうか。……私は間違えていた。アラヤが私をこの世界に放り込んだ理由は、『自由を楽しめ』などということではない。この知性のない人間の雛形どもが滅びぬよう、防衛線を築き、インフラを整え、『生存の社会システムを構築せよ』という命令だったんだ」

 

そう思い込むことで、ようやく精神の安定を得たエミヤの指先が、狂ったように動き出す。

 

―――同調、開始(トレース、オン)。

 

エミヤは村の周囲の地面を、正確なグリッド単位で深く、果てしなく掘り下げていった。襲撃してきた邪悪な村人たちを、その暗黒の縦穴へと一網打尽に落下させ、水流で一箇所に集め、ピストンブロックと不透過ブロックでシステマチックに圧殺・窒息させる―――工業的間引きシステム「自動処理トラップ」。

 

それはかつて彼を縛り付けた、無機質で合理的な地獄の社会構造「アラヤの苗床」そのもののクラフトだった。

 

血の通わない効率主義の暴走。

それを見つめるエミヤの背後で、かつて手渡された白紙の『本と羽ペン』は完全に忘れ去られ、ただカクカクとした土ブロックの上に冷たく放置されていた。

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