ここでの夢は、もう終わりにしよう   作:みそそ

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第4話

村は、完璧な安全と引き換えに、完全なディストピアへと変貌を遂げていた。

 

エミヤがクラフトした自動処理トラップにより、邪悪な村人は湧き出た瞬間にシステム的に間引かれ、仕分けられ、無機質なアイテムへと還元されていく。

 

脅威を失った村は爆発的な繁殖効率を手に入れ、同じ顔をした性別のない村人たちが、ただパンを拾い、ベッドで眠るだけのループを繰り返していた。

 

「―――フン(Hrm)」

 

誰一人としてエミヤを見る者はない。感謝も、驚きも、怒りもない。ただプログラムに従って動くNPCの群れ。その感情なき栄華を、エミヤは虚ろな瞳で見つめていた。

 

「結局、私は自分の意志で何も思いつかなかった。ここにいる本当に生きている人間は、相容れないキミしかいない。ただプログラムに従って生きるだけの人間たちを、本当に守護する価値があるのか、私にはもうわからない。……ただ、インフラだけは完璧に整えた」

 

乾いた自嘲。その告白を聞いていたクー・フーリンは、カラフルな花畑の横で静かに佇んでいた。お調子者の仮面はそこにはない。その瞳は、深淵のような冷徹さと、底知れない憐れみを孕んだ「賢者オーディン」のものだった。

 

「そりゃあお前、これは村人を守護するゲームじゃねえからな」

 

低く、しかし世界の骨組みを揺るがすような声が、エミヤの鼓膜を打つ。

 

「現実世界もそうだ。お前は叶わぬ夢を叶えるために、一人で地獄を歩み続けるようにプログラムされてる。あいつらの動きを本能と呼ぶなら、お前のその『守護者の在り方』だってアラヤに刻まれたプログラムと何も変わらねえ」

 

「―――っ」

 

「だから、ここでの夢はもう終わりにしようぜ、アーチャー」

 

クー・フーリンは木の杖を翻し、村の地下深くへと続く、暗く湿った洞窟へと歩き出した。エミヤは自らを縛る因果の答えを求めるように、その背中を追う。

 

松明を持たないエミヤの行く手を、クー・フーリンの指先が刻む「ルーンの火」だけが青白く照らし出していた。

 

打ち捨てられた苔むした地下要塞。その最奥の小部屋に、それはあった。正確な円形に並べられた十二個のフレーム。

 

その中央で、星空を切り取って嵌め込んだかのような、あるいは果てしない深淵をそのまま固定したかのような、虚空へと繋がる「エンドポータル」が静かに脈動していた。

 

「この先がお前たちの言う世界の果て『ジ・エンド』だ。そこへ行って、この歪な贋作の世界をクリアしてきな」

 

クー・フーリンの言葉に、エミヤは言葉なく頷いた。目の前の黒い星空の門は、自らを縛る過酷な現実の終わりを告げているのか、それとも更なる地獄の始まりなのか。エミヤは迷うことなく、吸い込まれるようにその深淵へと身を投じた。

 

―――そこは、真の虚空だった。

 

ポータルを抜けた先、エミヤの視界に広がったのは、漆黒のボイドに黄土色のエンドストーンが浮かぶ、絶望の島々だった。彼はそこで、世界の果てに囚われたラグナロクの残滓―――黒き終末の龍「エンダードラゴン」との死闘を繰り広げた。

 

矢を放ち、双剣を壊し、ただ生き残るために全てを尽くした果て。龍がまばゆい光の粒子となって消滅したあとの静寂。世界の果てには、ただ物悲しいBGMだけが冷たく鳴り響いていた。

 

崩壊した龍の祭壇の中心。そこには、ポツンと、カクカクとした「黒いドラゴンの卵」が遺されていた。

 

エミヤはその卵を抱え、エンドの冷たい地面に座り込んだ。温めた。自分の体温を、魔力を、ありったけを注ぎ込んで。

 

しかし何日経っても、何百日経っても、エミヤがどれだけ必死に抱きしめようとも、その黒い卵はピクリとも動かず、冷たい石のままだった。ゲームの仕様という絶対のルールとして、その卵からは絶対に、新しい命も、未来も、何も孵ることはないのだ。

 

「……さあ、もう帰ろうぜ、アーチャー」

 

いつの間にか、虚空の傍らにクー・フーリンが立っていた。木の杖を携えたその姿は、この世界のすべてを見届けた賢者のものであり、それと同時に、傷ついた友人を案じる最大限の慈悲に満ちていた。

 

「お前にとっての楽園はここじゃない。この世界は、贋作しか作れねえお前自身を映す鏡になっちまったんだ。これ以上ここにいて、冷たい石ころを温め続けたって、お前の心が摩耗して消えちまうだけだ。意志がある人間たちがいないこの世界じゃ、お前が何度世界をリセットしてやり換えたところで、結局はお前自身の手で同じ結果、アラヤの奴隷システムしか生み出せねえ」

 

「……あ、あ……」

 

エミヤの喉から、掠れた声が漏れる。絶対に孵化しない卵を抱きしめたまま、彼はついに耐えかねて、大粒の涙をその四角い頬に流し、激しく泣き崩れた。

 

「もう二度と、カルデアのような場所に呼ばれないかもしれない……!」

 

それは、彼がその胸の奥底にずっと秘めていた、狂おしいほどの郷愁と恐怖の吐露だった。

 

「人理の危機、共通の敵がいることでしか成り立たなかった歪な絆。私は……そんな地獄のような場所を、人生で唯一の『暖かい日常だった』と、愛おしい記憶として記録している。本当に不謹慎で、歪な男だ……!」

 

アーチャー……

 

「私は……私はせめて、この空っぽの世界で、新しい本物...未来が生まれるのを信じたかった……! 誰にも縛られない、私自身の奇跡が、ここにあると信じたかったんだ……!」

 

虚空の果て、孵らない卵を抱きしめて嗚咽する贋作英霊。他人のために戦うシステムでありながら、唯一「人間」として笑い合えたあの楽園への未練と、いつか訪れる絶対的な孤独への絶望。

 

エミヤが流す涙は、エンドの乾いた石床に吸い込まれ、ただ静かに消えていった。

 

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