『神になったエミヤ』VS『U-オルガマリー』〜君になれないことが俺にとっての永遠なのかもしれない〜   作:みそそ

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第4話

近未来観測レンズ『シバ』の観測室には、かつてない異常な警告音が鳴り響いていた。

 

制御コンソールに並ぶ無数のインジケーターが、血を吐くような赤色に染まって明滅を繰り返している。

 

近未来に起こり得る人理の変動を捉えるはずのシバのレンズは、今や恐怖を映し出すように激しく激動し、予測演算グラフは未来の地点で「完全なゼロ」を示す一本の冷たい平坦な直線を描いてフリーズしていた。

 

「違う……! ゲーティアの熱量じゃない! 宇宙全体の情報量が、急速に『平坦化』していく……! 何者かが、世界を閉じようとしているんだ!」

 

スピーカーから通信機越しに漏れ聞こえるロマニー・アーキマンの絶叫は、完全に裏返っていた。

 

ダ・ヴィンチが狂ったようにキーボードを叩き、世界の白紙化を阻止しようとするが、宇宙のそのものが外側から消去されていく質量を前に、カルデアの科学神秘はただ悲鳴を上げるしかない。

 

エミヤがブラックホールを塞ぐごとに、これから生まれるはずの無数の未来の記述が、宇宙から完全に削ぎ落とされていく。それは地球一切の歴史を巻き込んだ、宇宙規模の『剪定』の始まりだった。

 

己の人理式が急激に出力を失い、霧散していく現象を目の当たりにし、魔神王ゲーティアはついにその凍りついたフリーズを解いた。彼は人類の敵としての立場を一時的に忘れ、エミヤが残していった白黒の残光を追い、猛烈な速度で天空へと飛び立った。

 

大気圏を突破し、星々の光が瞬く真空の境界。先行していた黄金の英霊――ギルガメッシュの背中に追い付いたゲーティアは叫ぶ。

 

「黄金の英霊よ、答えろ! シバの演算が死んでいく! あの男は一体、何をしようとしている!?」

 

ギルガメッシュは険しい顔のまま、冷たい風を切り裂いて振り返った。その瞳には、全知の千里眼を曇らせたエミヤへの苛立ちと、一人の『神』への冷徹な裁定が宿っていた。

 

「……あの贋作者はな、ゲーティア。お前の『成れの果て』のような存在だ。守護者として数多の歴史を巡り、お前と同じように、人間の絶望の総量を見て、知って、擦り切れた男だ」

 

王は自らの背後に広がる宝物庫の輝きを抑え、エミヤの持つオリジナル武器の本質を、呪うように紡いだ。

 

「お前は部屋の模様替えを望んだ。だが、あの男は気づいてしまったのだ。完璧すぎる世界など死の停滞でしかない。どれだけ綺麗に掃除しても、生きていれば必ず誰かが部屋を散らかし、きりがない……。――だから奴はな、『家ごと無くしてしまおう』としているのだ。最初から部屋がなければ、散らかることも、掃除の苦しみもないとな!」

 

――家ごと、無くしてしまおうとしている。

 

その言葉は、ゲーティアの魂(七十二柱の魔神の総意)の根底を、激しい衝撃と共に打ち据えた。

 

エミヤを極限の虚無へと追い込み、その神化を招いた原因。それは、他ならぬ自分自身だった。自らがカルデアを蹂躙し、人間の可能性を否定し、そして――あの少女を消し去ったからだ。

 

魔神王の脳裏に、先ほど自らの熱量の中に消えていった少女――マシュ・キリエライトの、あの健気で無垢な姿が鮮烈に浮かび上がる。

 

(私は……私はただ、証明したかっただけだ。あのマシュのような無垢で、ただただ人のために尽くす『善』が、短い命のまま使い潰され、一方的に損をして泣くような世界など、絶対に間違っていると……!)

 

(人類を、あの少女を、救いたかっただけだったのに。私の怒りが、私の熱が、世界そのものを完全に消し去る『本当の怪物』を生み出してしまったというのか……!)

 

胸を焦がすのは、圧倒的な驚愕と、底の無い「後悔」。

 

自らが世界を救うために世界を燃やした結果、今度はエミヤという「世界を救うために世界を無に還す神」を生み出してしまったという、因果の凄惨な皮肉。

 

ゲーティアは己の過ちの重さに震えながら、ギルガメッシュと共に、自らの愛した人類史を守るために全速力でエミヤの元へと突撃を開始するのだった。

 

星の海の境界、光すら歪む暗黒の真空。先行していたエミヤの背中に追い付いたギルガメッシュは、その限界を疾うに超えた魔力を剥き出しの霊基に注ぎ込んだ。その手にあるのは、三つの円筒が狂気的な速度で回転を始めた乖離剣エア。

 

世界を裂き、虚無を暴き、真実の開闢を告げる最強の波動が、赤黒い終末の嵐となって真空を埋め尽くしていく。

 

「――『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!!」

 

空間そのものを削り取り、星々の運行ルールさえへし折る絶対の刃。それが幾重もの連撃となって、無防備なエミヤの背後へと肉薄する。直撃すれば、神霊級の存在であってもその因果ごと消滅しかねない原初の審判。

 

しかし、神となったエミヤは振り返りもせず、ただ淡々と、片腕を自身の背後へとかざした。彼は迫り来る開闢を外側から瞬時に解析し、書き換えていく。

 

ギルガメッシュが放った、宇宙の理を割るはずの赤黒い嵐は、エミヤの差し出した手の平の上で、まるで「茹で上がったスパゲッティの麺を、フォークの先でくるくると巻き取る」かのように滑稽なほど綺麗に収束させられ、そのまま何事もなかったかのように空間から消去されていった。

 

「――っ、何だと……!?」

 

全知の王が息を呑む。

それは魔術の相殺ではない。彼が放った一撃は、エミヤの視点においては単なる「食材」に過ぎず、平然と処理されてしまったのだ。次元の違う蹂躙。

 

その圧倒的な断絶の壁を前に、ギルガメッシュの脳裏に、かつて唯一無二の友が泥へと還り、己の手の手の平から滑り落ちていったあの日の絶対的な絶望がフラッシュバックする。神々の理不尽の前に、何もかもが手からこぼれ落ちていったあの無力感。

 

だが、全知の王は諦めない。彼は知っている。どれほど不条理な絶望が襲おうとも、人間という種は泥を啜りながら明日へと足掻き、その一瞬にこそ一等星のような輝きを放つのだということを。

 

「――舐めるなよ、贋作者! 我が愛した人類は、貴様のような軟弱な『無』に跪くほど脆くはない! 例えこの刃が届かぬ無駄骨であろうとも、我が魔力が、我が霊基が尽き果てるその瞬間まで、王の裁定を止めるとでも思ったかァ!!」

 

王としての意地と、人間への絶望的なまでの愛を胸に、ギルガメッシュは血を吐きながらも、魔力の光が途絶えるまでエアを振り続ける。届かぬと知りながらも放たれ続ける、黄金の足掻き。

 

その神と王の凄絶な戦いを背後から見ていたゲーティアは、ついに完全に打ちのめされた。

自分すらゴミのように扱い、あの唯我独尊の英雄王が命を削って足掻いても傷一つつけられない、絶対的な概念の壁。

 

(勝てない。……私の三千年は、あの男の『無』の前には最初から無価値だったのだ。人類を救うために積み上げた私の歴史そのものが、何の意味も持たなかった……)

 

戦意を完全に喪失した魔神王の巨躯は、重力に引かれるように、藤丸やボロボロのクー・フーリン、マシュの盾が残された時間神殿の床へとドサリと崩れ落ちた。傲慢だった魔神王が、ただの敗北者のように深く項垂れ、指一本動かせぬまま絶望に沈む。

 

無敵を誇った魔神王が失脚し、黄金の王の光すらも途絶えかけた絶望の時間神殿。だが世界は、その物理法則の完全な崩壊をただ指をくわえて見ているほど甘くはなかった。

 

宇宙の構造そのものを平坦化し、白紙へと還そうとするエミヤを力づくで圧殺するため、星の意志が、そして宇宙の生存本能そのものが動き出す。

 

本来ならば遥か未来、異聞帯の地にて現界するはずだった究極のカウンターシステム――『U-オルガマリー』が、予定を大幅に前倒しして虚空を割り、現世へと引きずり出された。

 

光の殻を突き破って顕現したその姿は、時間神殿の座標そのものを踏み潰さんばかりに「巨大」だった。星の質量をそのまま人間の肉体に置換したかのような圧倒的な天威。

 

だが、宇宙の深淵から戻ってきたエミヤもまた、白と黒のコードを網目のように纏いながら、彼女の質量に対抗するように、同じだけのスケールへと「巨大化」を果たしていく。

 

魔力を使い果たして血を吐くギルガメッシュが、「未来は見えぬが、あの小娘に人類の未来を賭けてやる」と呟いて、地上へ撤退していく中、虚空に佇む二柱の巨神の間で、世界の天秤をかけた戦が幕を開けた。

 

先手を打ったのはエミヤだった。彼の巨大な肉体から溢れ出したのは、かつての錆びた剣の荒野ではない。それは、すべての事象が溶け合い、形を失って波打つ「カオスな、ドロドロとした白黒の固有結界」。

 

世界というすべての食材を一度ドロドロに溶かし尽くし、完全な「無」へと再構成するための混沌のスープ。空間のすべてをドロドロの虚無へと侵食していくカオスに対し、U-オルガマリーは『地球大統領』としての権能を行使した。

 

「――不確定要素を検知。これ以上の『無』への回帰は容認しない。私がこの世界を管理する!」

 

彼女が両手を広げると、見えない幾何学的な数式の壁が四方に展開され、侵食してくる混沌を四角い「規律の檻」の中に強引に抑え込んでいく。彼女の本質は「規律」と「収縮のエネルギー」。世界が形を失うことを、彼女の存在そのものが絶対に拒絶していた。

 

オルガマリーの指先から、星の寿命すら消滅させるほどの極大の雷撃が、幾千もの蛇となって放たれる。しかし、巨大化したエミヤはただ無表情のまま片手をかざした。彼が、迫り来る致命の電撃を書き換えていく。

 

直撃すれば霊基ごと消滅するはずの雷撃は、エミヤの指先が触れた刹那、かつての『熾天覆う七つの円環』を思わせる「美しい大輪の花の形の光」へと鮮やかに変質させられ、何事もなかったかのように宇宙の闇の中へとキラキラと霧散していった。

 

魔術の処理戦では決着がつかない。お互いの出力が、世界の極限で完璧に拮抗している。手段としての魔術が通じないと理解した瞬間、二柱の神は同時に構えをとり、宇宙の法則そのものを拳に宿して、原始的な肉弾戦へと突き進んでいった――。

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