『神になったエミヤ』VS『U-オルガマリー』〜君になれないことが俺にとっての永遠なのかもしれない〜 作:みそそ
二柱の巨神は、ついに時間神殿の座標すら踏み越え、背後に広がる宇宙の深淵――「天の川」の渦の中へとその身を投じた。数千光年にわたって広がる星々の大河を舞台に、彼らは惑星や恒星を足場にしながら、原始的な肉弾戦を展開する。
地上に残された藤丸たち、あるいはカルデアの観測レンズ『シバ』のマクロ視点から見上げれば、それは言葉を失うほどに幻想的で、美しい光景だった。
二柱の神が拳を突き合わせ、星々に触れるたびに、天の川を構成する無数の星々がキラキラと、まるで宝石を散りばめたように瞬き、眩い輝きを放つ。
しかし、シバの観測レンズを極限までズームインし、そのミクロの光景を拡大した瞬間、ロマニーたちはその「美しい瞬き」の正体に血の凍るような絶望を覚えることになった。
キラキラとした繊細な瞬き。それは、エミヤの拳が空間を穿つたびに、「超高密度の微小なブラックホールが生まれては弾け飛ぶ」という、時空の連続性の崩壊が引き起こす刹那の明滅だった。
あるいは、オルガマリーの星の質量を宿した拳が激突した衝撃で、天体に致命的な負荷がかかり、天体が崩壊すると同時に宇宙で最も激しい爆発現象である「ガンマ線バースト」のビームが、数百万光年の彼方までを焼き尽くす死の閃光として狂ったように四方へ噴出している輝きだった。
二人の神の巨体にまともに突き飛ばされた巨大な恒星たちは、本来の宇宙の運行ルールを完全に無視して暴れ散らした。
衝撃によって極限まで圧縮された星々は、天文学的な速度で「超高速回転」を始め、凄まじい遠心力と磁場の歪みを発生させる。
超高速回転する恒星の磁極からは、狂ったように強烈な電磁波、即ちパルサー・ジェットが放出され、まるで宇宙の灯台が暴走したかのように、周囲の空間をメッタ刺しに切り裂いていった。
シバのモニターはノイズで埋め尽くされ、宇宙の物理法則そのものが二人の殴り合いの道具として消費されていく。一見すると美しい星々のまたたきは、銀河の半分を破壊と再構成し、すり潰していく巨神たちの血飛沫そのものだった。
銀河の天体を引き裂き、星々をすり潰しながら拳を交わし合う二柱の巨神。だが、世界の極限たる出力の激突の中で、両者の魂の領域が強制的にリンクを起こし、お互いが隠し続けてきた『地獄の記憶』が脳内へと直接流れ込んできた。
エミヤの脳裏に流れ込んだのは、出来損ないと呼ばれ、誰からも期待されず、ただ父親に認めてもらいたくて血の滲む努力を重ねた末、最後は誰にも看取られずカルデアスへと吸い込まれていった孤独な少女の絶望。
オルガマリーの脳裏に流れ込んだのは、他人の理想をなぞって死んだ後も、守護者として数多の世界で無数の人間をただ間引き続け、心も名前も擦り切れていった男の果てしない無限のループ。
本質はほぼ変わらない同類。なのに、なぜこれほどまでに違う神...結末に至ったのか。その問いが、剥き出しの言葉となって空間を、お互いの精神を直接殴りつける。
「――人は完璧に導くことなどできない! なのになぜ、貴様は諦めない!?」
「逆になぜ、そんなに簡単に諦めるんだ! 全てが消えたら、それこそ今までの全てが無駄になるだろ! 非効率的だ!」
「その段階など、私はとうに超えた。どうせ無駄になるのだ。ならば、これ以上人々が苦しい思いをする前に今、全てを消す。それだけだ!」
「黙れ!綺麗事を言うな! 貴様はただ、自分が辛いから、他者もまとめて巻き込んで終わらせようとしているだけだ!!」
――自分が辛いから、終わらせようとしている。
その言葉は、神となったエミヤが心の奥底に封じ込めた「衛宮士郎の悲鳴」を完璧に抉り出した。エミヤの拳に明確な怒り『人間味』の重さが乗り、オルガマリーの顔面を打ち抜く。
エミヤもまた、彼女が最も触れられたくない致命の傷口を言葉の刃で切り裂いた。
「貴様こそ――大統領などと宣いながら、その根底にあるのは『父親に認められたい』という個人的なエゴではないか! そんなちっぽけな私欲のために、これからの人類の可能性を振り回すな!!」
お互いに一番言われたくない「本質」を的確に突かれたことで、魂の基盤が激しく軋みをあげ、猛烈に傷ついた二人は、その痛みをかき消すように肉弾戦のギアを狂暴なまでに跳ね上げる。
銀河の輝きは、お互いの意地と傷の舐め合いによって引き裂かれる「神々の血飛沫」のような凄絶な光の乱舞へと変貌していく。
だが、その嵐の真ん中で、U-オルガマリーの巨大な瞳から大粒の「涙」が堰を切ったように溢れ出した。彼女は悔しさに身をよじり、泣きながら、しかしその魂を極限まで燃え上がらせて叫んだ。
「――苦しみの果てに! ようやく手に入れたこの力を……貴様のような男と相殺するために手放すのは、無念だ! 悔しくて死にそうだ! だがな、衛宮士郎! この世界が消えて、底知れない虚無に陥る光景は……私が、私が大統領になれないことよりも、遥かに恐ろしい!!」
この瞬間、彼女を突き動かしていた私欲は完全に燃え尽き、世界を守らんとする『真の地球大統領』としての本物の神威へと昇華した。彼女は全霊の力を拳に込め、まばゆい超重力の電撃となってエミヤへ突撃する。
エミヤはその突撃してくる姿――世界を焼き尽くすほどに眩しく、どこまでも純粋な「命の光」を、その冷徹だった瞳に焼き付けた。
かつてすべてに裏切られ、今また自分という怪物に心を抉られながらも、この少女はなお、他者を、人類を導くことを絶対に諦めない。その圧倒的な「生の肯定」の眩しさに、エミヤの広げていた白黒の混沌が内側から美しく融解していく。
エミヤは戦うための力を抜き、自分のニヒリズムが彼女の輝きに敗北したことを、穏やかな自嘲と共に受け入れた。感情を失っていた彼の顔に、かつての一人の男としての寂しげな笑みが戻る。
「……すごいなお前は。……裏切られても、辛い思いをしても、なお人を信じて前を向く。――お前のようになれないことが、俺にとっての、本当の永遠だったのかもしれないな。」
オルガマリーの放った全霊の「未来を肯定する光」と、エミヤの「無を求めた影」が正面から激突。二つの巨大なエネルギーが完璧に噛み合い、互いの質量を打ち消し合うように、音もなく静かに「ゼロ」へと収束していく。
巨大な神としての権能、世界の理を書き換える力。その全てを使い果たし、手放した二人の影。
再びただのちっぽけな「人間」の姿に戻ったエミヤとオルガマリーは、重力に引かれるように回転しながら、ギルガメッシュやゲーティア、そして藤丸立香たちが息を呑んで見上げる「カルデアの残党がいる地点」へと、真っ逆さまに落ちていくのだった。