(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ…   作:ぶーく・ぶくぶく

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悪魔の目玉

 

 

 

 ロモス王国が魔王ハドラーの支配下に入って、三日目の朝。

 

 各地の村々に、奇妙な魔物が現れた。

 

 丸い身体。

 大きな一つ目。

 空中にふわふわと浮かび、時折まばたきをする。

 

 悪魔の目玉である。

 

 はじめ、村人たちは恐れた。

 

 魔物が来た。

 見張られている。

 何かあれば、あの目玉が魔王軍へ知らせるのだ。

 

 そう思い、家の戸を閉め、子供を隠し、老人たちは震えた。

 

 だが、悪魔の目玉は襲ってこなかった。

 

 ただ村の広場に浮かび、じっと待っていた。

 

 やがて正午。

 

 悪魔の目玉の瞳に、光が宿った。

 

 空中に映像が浮かび上がる。

 

 村人たちが息を呑む。

 

 そこに映ったのは、魔王ハドラーではなかった。

 

 ロモス王シナナである。

 

 王は、いつもの温厚な顔で玉座に座っていた。

 その両脇にはロモスの重臣たちが控え、少し離れた場所に魔王軍の将が立っている。

 

 村人たちがざわめいた。

 

「王様だ……!」

 

「ご無事だったのか!」

 

「首を斬られたんじゃなかったのか……!」

 

 悪魔の目玉を通じて、ロモス王の声が村中へ響いた。

 

『ロモスの民よ。わしは生きておる』

 

 その一言だけで、広場の空気が変わった。

 

 泣き出す者がいた。

 膝をつく者がいた。

 胸をなで下ろす者がいた。

 

 シナナ王は続けた。

 

『ロモスは魔王ハドラー殿の軍勢に敗れた。これは事実じゃ。わしはそれを隠さぬ』

 

 広場が静まり返る。

 

『じゃが、ロモスは滅びておらぬ。城も、港も、村々も、畑も、民も、まだここにある。ハドラー殿はわしに、引き続きロモスを治めよと命じられた』

 

 村人たちは顔を見合わせた。

 

 命じられた。

 

 つまり、王は魔王軍に従ったということだ。

 

 怒りを覚える者もいた。

 屈辱を覚える者もいた。

 だが、それ以上に大きかったのは安堵だった。

 

 王が生きている。

 国の形が残っている。

 今日、畑を焼かれるわけではない。

 

『民に告げる。魔王軍への無謀な抵抗を禁ずる。村を焼かせぬためじゃ。家族を死なせぬためじゃ』

 

 シナナ王の声は穏やかだった。

 だが、そこには王としての覚悟があった。

 

『税はこれまで通り納めよ。兵糧の一部は魔王軍へ送られる。役人は持ち場を離れてはならぬ。村長たちは悪魔の目玉を通じて、王都へ日々の報告を行うこと』

 

 悪魔の目玉が、まばたきをした。

 

 村の役人がぎょっとして身をすくめる。

 

『恐れることはない。この目玉は、ただの監視ではない。王都と村々をつなぐ新たな伝令じゃ。困りごと、食糧不足、病、魔物被害、税の不正、兵の乱暴。すべて報告せよ』

 

 そこまで聞いて、村人たちは初めて悪魔の目玉を別の目で見た。

 

 魔王軍の監視者。

 それは間違いない。

 

 だが同時に、王都へ声を届ける道でもある。

 

 村長が恐る恐る手を挙げた。

 

「あ、あの、王様に声は届くのか?」

 

 悪魔の目玉がくるりと向きを変えた。

 

 少し遅れて、映像の中の王都役人が答える。

 

『届いております。村名を申されよ』

 

 村人たちがどよめいた。

 

「本当に返事が来たぞ!」

 

「王都の役人と話せるのか!」

 

「早馬より早いじゃないか!」

 

 ロモス王の布告は、その日、国中へ一斉に届けられた。

 

 山間の村にも。

 港町ソフィアにも。

 魔の森に近いネイル村にも。

 北西部の町ポルトスにも。

 

 どこでも同じように、悪魔の目玉が広場に浮かび、王の声を映し出した。

 

 それは恐怖を和らげるための布告であり、同時に魔王軍による情報支配の始まりでもあった。

 

 ガンガディアは王都の行政室で、その様子を見ていた。

 

 壁一面に、悪魔の目玉から送られてくる映像が並んでいる。

 村の広場。

 港の倉庫。

 街道の関所。

 役所の受付。

 税倉の中。

 

 これまで数日かかっていた報告が、その場で届く。

 

 どの村に食糧が足りないか。

 どの倉に米が余っているか。

 どの役人が逃げたか。

 どの兵が略奪を働きそうか。

 どの村で魔王軍への反発が強いか。

 

 すべてが見える。

 

「悪魔の目玉というものは、使い方次第ですな」

 

 ガンガディアは眼鏡を押し上げた。

 

「偵察だけに使うには惜しい。行政とは、目と耳が多いほど強い」

 

 隣にいたロモスの文官は、顔を青くしながら書類を抱えている。

 

「こ、これほどの速度で陳情が届いては、処理が追いつきませぬ」

 

「追いつかせるのです」

 

「無茶です!」

 

「無茶ではありません。これまで各村が数日、時には数週間も抱え込んでいた問題が、今この場で見えるようになっただけです。仕事が増えたのではない。隠れていた仕事が見えるようになったのです」

 

 文官は絶句した。

 

 ガンガディアは淡々と命じる。

 

「食糧不足は周辺村の余剰分と照合。魔物被害はクロコダイン配下へ通達。税の不正は王国役人と魔王軍監査官の合同で調査。病の報告はザボエラ院へ回せ」

 

「ザボエラ院……?」

 

「魔界生体研究院です。今後、疫病対策はそこを通します」

 

 文官は何か言い返そうとしたが、壁に映る映像を見て口をつぐんだ。

 

 ある村で、子供が熱を出している。

 別の村では、井戸水が濁っている。

 港町ソフィアでは、倉庫の穀物に虫が湧いている。

 

 これらが即座に王都へ届く。

 

 確かに、恐ろしい。

 だが、便利でもある。

 

 数日後には、悪魔の目玉は各地の役所に常駐するようになった。

 

 村長は朝に村の状況を報告する。

 役人は税の徴収量を王都へ送る。

 倉庫番は在庫を確認する。

 治安報告はその日のうちに王都へ届く。

 

 ロモスの行政は、否応なく変わり始めた。

 

 それだけではない。

 

 夕刻になると、悪魔の目玉は別の映像を流すようになった。

 

 最初に映ったのは、魔界の荒野だった。

 

 村人たちは息を呑む。

 

 そこは地上とはまるで違った。

 

 空は暗く、土は黒く、岩山は鋭く、遠くには瘴気が揺らいでいる。

 太陽はない。

 青空もない。

 

 そこに、魔族たちがいた。

 

 武器を持っているのではない。

 

 鍬を持っていた。

 

 黒い岩盤を砕き、溝を掘り、水を集め、光苔を植え、瘴気を抜くための塔を建てている。

 

 映像に、説明の声が重なる。

 

『これは魔界開拓第四区。ジオウ衆の指導により、岩盤畑の造成が進められています』

 

 ロモスの村人たちは、ぽかんと見上げた。

 

「魔物が……畑を作ってる……?」

 

「水路を掘っているのか?」

 

「魔界って、こんな場所なのか……」

 

 映像の中で、ジョウが岩盤を叩いている。

 

『ここは硬い。けど、水を逃がしにくい。畑にするなら表面を削って、下に排水を通すんや。水は恵みやけど、溜まったら根が死ぬからな』

 

 隣では、タイコが堤を築いていた。

 

『魔界では水が少ない。だから一滴も無駄にできん。流す水、貯める水、飲む水、畑に使う水。全部分ける』

 

 ロモスの農民たちは、いつの間にか真剣に見入っていた。

 

 魔物の話だと思っていた。

 

 だが、そこに映っているのは農作業だった。

 土の話。

 水の話。

 種の話。

 畑を守る話。

 

 自分たちにもわかる言葉だった。

 

 次に映ったのは、ザボエラだった。

 

 深緑の賢者と紹介された老魔族は、温室の中で奇妙な作物を手にしている。

 

『この黒根菜は、瘴気に強いが水に弱い。地上の根菜とは逆じゃ。水をやれば育つなどと考えるな。作物には作物の都合がある』

 

 ロモスの農夫の一人が、思わず呟いた。

 

「この爺さん、言ってることはまともだな……」

 

 別の者が頷く。

 

「ああ。うちの畑でも、水をやりすぎると根が腐る」

 

「魔界の畑も同じなのか」

 

 映像は毎晩流された。

 

 魔界の水路工事。

 飢えた村へ配られる改良種。

 魔物の子供たちが光苔の下で文字を習う様子。

 ザボエラの研究院で病を診る場面。

 ジオウ衆が崩れた堤を直す様子。

 

 もちろん、これは政策だった。

 

 魔王軍は、ただ便利な情報を流しているわけではない。

 

 ロモスの民に見せているのだ。

 

 魔界はただの悪の巣窟ではない。

 魔物はただ人間を襲うだけの存在ではない。

 彼らも飢え、働き、土地を耕し、子供を育て、未来を作ろうとしている。

 

 そう思わせるための中継だった。

 

 ガンガディアはそれを隠そうともしない。

 

「民意とは、一日で変わるものではありません」

 

 彼はハドラーに報告した。

 

「しかし、毎日見せれば変わります。恐怖だけを見せれば憎悪が育つ。暮らしを見せれば理解が生まれる。理解が生まれれば、少なくとも無条件の敵意は鈍ります」

 

 ハドラーは悪魔の目玉に映る魔界開拓の映像を見ていた。

 

 そこには、かつて自分が捨てようとした魔界がある。

 

 だが今は、魔族たちが岩盤を耕している。

 水路を掘っている。

 子供たちが飢えずに済む土地を作ろうとしている。

 

「ロモスの民は、これをどう見る」

 

「最初は疑うでしょう。次に驚く。やがて、比較します」

 

「比較?」

 

「自分たちの畑と、魔界の畑を。自分たちの役人と、魔界のジオウ衆を。自分たちの医者と、ザボエラの研究院を」

 

 ガンガディアは静かに笑った。

 

「そして、こう思う者が出てきます。魔王軍の統治も、悪いことばかりではないのではないか、と」

 

 ハドラーは腕を組んだ。

 

「露骨だな」

 

「ええ。ですが効果的です」

 

「ロモス王はどう見ている」

 

「協力的です。むしろ、民に無用な反乱を起こさせぬため、自ら説明役を買って出ております」

 

 その夜、悪魔の目玉には再びロモス王シナナが映った。

 

『民よ。わしは魔王軍に敗れた。これは恥であり、悔しさでもある』

 

 王は正直に言った。

 

『じゃが、魔界の者たちもまた、苦しんでおる。あの暗き土地で、光も水も乏しい中、必死に畑を作っておる。わしらはそれを見た』

 

 村々の広場で、人々は黙って聞いていた。

 

『だからといって、すぐに心を許せとは言わぬ。わしもまだ、すべてを信じたわけではない』

 

 その言葉に、民はむしろ安心した。

 

 王は騙されているだけではない。

 疑いながら、それでも民を守る道を選んでいる。

 

『ただ、魔王ハドラー殿は約束を守っておる。無用な殺戮を禁じ、略奪を禁じ、役人の仕事を助け、病と飢えには手を貸すと申された。ならば、わしも王として、民を守るためにこの道を歩む』

 

 シナナ王は深く頭を下げた。

 

『ロモスの民よ。怒りはあろう。恐れもあろう。じゃが、どうか今は生きよ。畑を耕し、家族を守り、明日のために働け。わしもまた、この王座でロモスを守る』

 

 放送が終わった後、村々には長い沈黙が残った。

 

 誰もが魔王軍を受け入れたわけではない。

 怒りを抱く者もいる。

 反乱を考える者もいる。

 魔物と共に生きるなど吐き気がすると言う者もいる。

 

 だが、少なくとも、その日の夜に武器を取る者は少なかった。

 

 悪魔の目玉は広場に浮かび続ける。

 

 監視者として。

 伝令として。

 街頭テレビとして。

 王の声を届けるものとして。

 そして、魔界の姿をロモスへ流し込む窓として。

 

 ロモスは一夜で落ちた。

 

 だが、ロモスの民心は一夜では落ちない。

 

 それをハドラーも、ガンガディアも、シナナ王も知っている。

 

 だからこそ、魔王軍は剣だけでなく、目玉を放った。

 

 見せるために。

 聞かせるために。

 疑わせ、考えさせ、少しずつ慣らすために。

 

 魔のものが光の元で生きる国。

 

 その建国は、戦場ではなく、村の広場に浮かぶ一つ目の魔物からも始まっていた。

 

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