(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ…   作:ぶーく・ぶくぶく

16 / 17
勇者じゃないアバン

 アバンは、しばらく港町ソフィアを歩いていた。

 

 魔物がいる。

 人間もいる。

 商人が荷を運び、悪魔の目玉が港の混雑を整理し、海の魔物が船を護衛している。

 

 異様な光景だった。

 

 だが、虐殺の気配はない。

 略奪の炎もない。

 魔王軍に制圧された国とは思えぬほど、港は動いていた。

 

 それでも、アバンの胸に引っかかるものは消えなかった。

 

 彼はまだ勇者ではない。

 

 カール王国に仕える若き使者であり、学者肌の剣士であり、どこか飄々とした青年だった。

 剣も使える。

 魔法も学んでいる。

 知識もある。

 だが、世界を救う者として名を上げたわけではない。

 

 今の彼は、ただ見に来たのだ。

 

 ロモスを落とした魔王ハドラーが、何をしているのか。

 魔王軍の統治とは、本当にただの恐怖支配なのか。

 それとも、もっと別の何かなのか。

 

 ロモス城で、アバンはハドラーと対面した。

 

「あなたが魔王ハドラーですね」

 

「カールのアバンか」

 

 ハドラーは玉座の間ではなく、軍議室で彼を迎えた。

 卓上にはロモスの地図と、周辺諸国の国境線が広げられている。

 

 アバンは柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「いやあ、噂よりもずっと政治がお上手で驚きました。ロモス王を殺さず、役人を使い、交易まで維持している。魔王というより、なかなかの統治者ですね」

 

「皮肉か」

 

「半分は」

 

 アバンは笑った。

 

「もう半分は本心です」

 

 ハドラーは鼻を鳴らした。

 

「剣を抜きに来たのではないのか」

 

「抜くべきかどうか、見に来たんですよ」

 

 その言葉に、部屋の空気がわずかに張り詰めた。

 

 ガンガディアが眼鏡の奥で目を細める。

 クロコダインは黙って腕を組み、バルトスは静かに控えていた。

 

 ハドラーはアバンを見据えた。

 

「見て、どう思った」

 

「難しいですね」

 

 アバンは正直に言った。

 

「あなたはロモスを滅ぼしていない。民も不必要には殺していない。王を残し、行政を動かし、交易を守っている。それは認めます」

 

「ならば何が不満だ」

 

「あなたの国が、自由な国かどうかです」

 

 アバンの笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。

 

「あなたの言う“魔のものが光の元で生きる国”に、人間の自由はありますか?」

 

 ハドラーは即答した。

 

「従う者は守る」

 

「従わない者は?」

 

「敵だ」

 

 アバンは静かに笑みを消した。

 

「そこが、あなたと私の違いですね」

 

 その言葉に、ハドラーの目が鋭くなる。

 

「何故だ?」

 

 声に怒気が混じった。

 

「人間は、魔というだけで我らを殺すではないか?」

 

 アバンは黙った。

 

 ハドラーは続ける。

 

「魔物が森にいれば討伐だ。魔族が姿を見せれば邪悪だ。人間の村に近づけば、理由も聞かずに剣を向ける。魔のものが光の下に立つことを、お前たちは許してきたか?」

 

 部屋の空気が重くなる。

 

「人間に害をなした魔物を討つ。それはよい。俺も秩序を乱す魔物は斬る。だが、人間は魔であるというだけで殺す。魔界から来たというだけで敵と決める。姿が違うというだけで化け物と呼ぶ」

 

 ハドラーの拳が卓上を叩いた。

 

 地図が震える。

 

「それでなお、人間の自由だけを問うのか、アバン」

 

 アバンは答えなかった。

 

 答えられなかったのではない。

 

 受け止めていた。

 

 ハドラーの言葉には、怒りだけでなく、長い歴史の重みがあった。

 

 魔界の飢え。

 地上への憧れ。

 魔のものが地上で生きることを許されなかった年月。

 人間から見れば魔物は脅威であり、魔物から見れば人間は光を独占する者だった。

 

「俺はロモスの民を皆殺しにはしなかった」

 

 ハドラーは言った。

 

「王も殺さなかった。畑も焼かなかった。港も守っている。従う者は人間であろうと守る。だが、俺の国を否定し、魔のものが光の下で生きることを拒む者は敵だ」

 

 ハドラーはアバンを睨んだ。

 

「それの何が間違っている」

 

 アバンはゆっくり息を吐いた。

 

「あなたの怒りは、わかります」

 

「わかるだと?」

 

「ええ。少なくとも、理解しようとはしています」

 

 アバンは視線を逸らさなかった。

 

「人間は魔のものを恐れてきた。そして恐れは、しばしば剣になります。魔物であるというだけで討たれた者もいるでしょう。話し合う前に殺された者もいたでしょう」

 

「ならば」

 

「ですが」

 

 アバンの声が、静かにハドラーの言葉を遮った。

 

「だからといって、従わない者をすべて敵とするなら、あなたも同じことをしている」

 

 ハドラーの目が細くなる。

 

「同じだと?」

 

「はい」

 

 アバンは言った。

 

「人間が“魔だから敵”と決めつける。あなたは“従わないから敵”と決めつける。理由は違っても、相手に選択を許さないところは同じです」

 

「詭弁だ」

 

「かもしれません」

 

 アバンは少しだけ寂しそうに笑った。

 

「でも、私はそこにこだわりたい」

 

 ハドラーは黙った。

 

「あなたは強い。統治もできる。魔のものが地上で生きる道を作ろうとしている。それは、ただの破壊よりずっと大きなことです」

 

 アバンは言葉を選ぶように続けた。

 

「けれど、人間にも恐れる自由があります。疑う自由があります。従わない自由があります。あなたの国を認めない自由もある」

 

「その自由で、我らを殺すなら?」

 

「止めます」

 

「どうやって」

 

「剣で」

 

 その答えに、ハドラーは一瞬だけ目を見開いた。

 

 アバンは静かに言った。

 

「人間が魔のものを不当に殺すなら、私は止めます。魔のものが人間を不当に殺すなら、それも止めます。どちらか一方だけを正しいとは言いません」

 

「理想論だ」

 

「ええ」

 

 アバンは頷いた。

 

「でも、理想を捨てた剣士は、ただの暴力装置です」

 

 ハドラーは低く唸った。

 

 その言葉は甘い。

 あまりにも甘い。

 

 だが、目の前の男はその甘さを自覚している。

 

 そのうえで、捨てないと言っている。

 

「アバン」

 

「はい」

 

「お前は、魔のものが光の元で生きる国を認めるのか」

 

 アバンは少し考えた。

 

「認めます」

 

 ハドラーの眉が動く。

 

「ただし、それが魔のものだけの国で、人間を従属させる国であるなら、私は反対します」

 

「では、どうしろと言う」

 

「共に生きる国にすることです」

 

 部屋に沈黙が落ちた。

 

 ハドラーは笑わなかった。

 

 ガンガディアも、クロコダインも、バルトスも、誰も笑わなかった。

 

 あまりにも困難な言葉だったからだ。

 

 ハドラーはやがて、低く言った。

 

「人間は、そこまで魔を受け入れられるか」

 

「わかりません」

 

「無責任だな」

 

「はい」

 

 アバンは苦笑した。

 

「でも、わからないからこそ、私は見に来たのです。あなたが本当に何を作ろうとしているのか。そして、人間がそれをどう受け止めるべきなのか」

 

 ハドラーはしばらくアバンを見ていた。

 

 剣を抜けば、戦いになる。

 

 この男は弱くない。

 軽薄そうな笑みの奥に、鋭い刃を隠している。

 

 だが今ここで斬るべき相手ではない。

 

 ハドラーはそう判断した。

 

「よかろう」

 

 魔王は言った。

 

「見ていけ、アバン。俺の統治を。ロモスの変化を。魔のものが光の元で生きる国が、どのようなものになるかを」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、忘れるな」

 

 ハドラーの声が重くなる。

 

「俺は魔のものの生存権を守る。そのために剣を取る。人間がそれを踏みにじるなら、俺は敵と見なす」

 

 アバンは頷いた。

 

「私も忘れません。あなたが民を守る限り、私はあなたをただの悪とは呼びません。ですが、自由を踏みにじるなら、私はあなたの前に立ちます」

 

 二人はしばし見つめ合った。

 

 魔王と、まだ勇者ではない若者。

 

 だが、この時点でアバンは、ただの使者でもなくなりつつあった。

 

 彼はまだ世界を救う名を持たない。

 だが、目の前の魔王が掲げる理想と危険を見て、自分が何を守りたいのかを少しずつ知り始めていた。

 

 魔のものの生存権を背負うハドラー。

 人間と魔の双方の自由を守ろうとするアバン。

 

 どちらも譲れぬものを持っている。

 

 だからこそ、いつか必ずぶつかる。

 

 その予感だけが、ロモス城の軍議室に静かに満ちていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。