(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ…   作:ぶーく・ぶくぶく

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竜の騎士

 アルキード王国の広場には、悪意が満ちていた。

 

 民衆の声。

 兵士たちの槍。

 王の怒号。

 そして、処刑台の上に立たされた男。

 

 竜の騎士バラン。

 

 冥竜王ヴェルザーを封じ、地上と魔界を救った男。

 だが、その功績を知る者はここにはいない。

 

 いや、知ろうとする者がいなかった。

 

 彼らが見ているのは、ただ一つ。

 

 人ではないもの。

 

 竜の力を持ち、人間を超えた男。

 王女ソアラを奪った、恐ろしき異形の存在。

 

「化け物め!」

 

「王女様をたぶらかした魔物だ!」

 

「殺せ!」

 

 怒号が飛ぶ。

 

 バランは何も言わなかった。

 

 その顔には、怒りよりも深い疲れがあった。

 

 人間とは、こういうものなのか。

 

 守る価値があると信じた地上。

 ソアラが愛した人の世。

 その人間たちが、今、自分を殺そうとしている。

 

 それでもバランは抵抗しなかった。

 

 抵抗すれば、この国は血に沈む。

 ソアラが愛した国を、自分の手で滅ぼすことになる。

 

 だから耐えた。

 

 だが、ソアラは耐えられなかった。

 

「やめてください!」

 

 王女の叫びが広場を裂いた。

 

 兵士の制止を振り切り、ソアラが処刑台へ走る。

 

 その顔は蒼白だった。

 だが瞳には、恐れよりも強い意志があった。

 

「この人は悪くありません! バランは私を救ってくれた人です! この国を、この世界を守った人です!」

 

 王が怒鳴る。

 

「黙れ、ソアラ! そやつは人ではない!」

 

「人でなくとも!」

 

 ソアラは叫んだ。

 

「私が愛した方です!」

 

 広場がざわめく。

 

 王の顔が怒りで歪んだ。

 

「撃て!」

 

 誰が命じたのか。

 

 あるいは、誰かが勝手に恐怖に駆られたのか。

 

 兵の一人が呪文を放った。

 

 炎が走る。

 バランへ向けて。

 

 その前に、ソアラが飛び出した。

 

「ソアラ!」

 

 バランの叫びが響く。

 

 炎が、彼女へ迫る。

 

 このままなら、ソアラは死ぬ。

 

 バランの目の前で。

 

 人間の手によって。

 

 だが、その瞬間。

 

 透明な光の壁が、ソアラの前に現れた。

 

 炎の呪文が弾かれる。

 

 放った兵士の方へ、逆流した炎が跳ね返った。

 

「ぎゃああっ!」

 

 兵士が地面に転がる。

 

 広場が凍りついた。

 

 ソアラは無傷だった。

 

 彼女自身も、何が起きたのかわからず、その場に膝をつく。

 

 バランは呆然とした。

 

「マホカンタ……?」

 

 それは高位の反射呪文。

 

 ソアラが張れるはずがない。

 バランが張ったのでもない。

 

 ならば、誰が。

 

 広場の空気が変わった。

 

 冷たい闇が、空から降りてくる。

 

 処刑台の影が深くなる。

 民衆の叫びが消え、兵士たちの足がすくむ。

 

 ひとりの老人が、広場の中央に立っていた。

 

 白い肌。

 老いた姿。

 しかし、その存在感は王など比べ物にならない。

 

 まるで世界そのものが、彼のために息をひそめているかのようだった。

 

 老バーン。

 

 大魔王バーン。

 

 アルキードの兵たちは、名を知らずとも理解した。

 

 これは、手を出してよい相手ではない。

 

「竜の騎士よ」

 

 バーンの声が静かに響いた。

 

「人の世がお主を要らぬと言うなら、魔界がその身を引き受けよう」

 

 バランの目が鋭くなる。

 

「……大魔王バーン」

 

「うむ」

 

 バーンは頷いた。

 

「久しいな、バラン」

 

 広場にざわめきが走った。

 

 竜の騎士と大魔王が、互いを知っている。

 その事実だけで、人々の恐怖はさらに増した。

 

 バランはソアラを抱き寄せ、バーンを睨んだ。

 

「何をしに来た」

 

「礼を言いに来た」

 

「礼?」

 

「冥竜王ヴェルザーを封じ、地上と魔界を救った事」

 

 バーンの声は重かった。

 

「この大魔王バーンは忘れておらぬ」

 

 バランは言葉を失った。

 

 人間たちは忘れた。

 知ろうともしなかった。

 

 だが、魔界の王は覚えていると言う。

 

 自分が何を成したのかを。

 何と戦い、何を守ったのかを。

 

 バーンはゆっくりと周囲を見回した。

 

 処刑台。

 怯える兵士。

 怒りと恐怖で歪んだ民衆。

 己の娘すら救おうとせず、竜の騎士を化け物と呼んだ王。

 

「これが人の世か」

 

 その声には、嘲りよりも深い失望があった。

 

 王が震えながら叫ぶ。

 

「だ、大魔王だと!? 兵よ、何をしている! この化け物どもを――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 

 バーンの視線が王へ向いただけで、王の声は喉の奥で凍りついた。

 

「黙れ」

 

 たった一言だった。

 

 それだけで、王は椅子から崩れ落ちるように膝をついた。

 

 バーンはそれ以上、王に興味を示さなかった。

 

 彼の視線は、再びバランへ戻る。

 

「お前たち二人の子も保護した」

 

 バランの顔色が変わった。

 

「ディーノを……!?」

 

 ソアラも息を呑む。

 

「安心せよ。傷一つつけておらぬ。ミストが守っている」

 

 バランの殺気が揺らいだ。

 

 怒りと恐怖と安堵が、同時に胸へ押し寄せる。

 

「なぜだ」

 

 バランは低く問うた。

 

「なぜ、そこまでする」

 

「言ったであろう。余は忘れておらぬ」

 

 バーンは静かに答えた。

 

「ヴェルザーの黒の核晶が魔界の大陸を消し飛ばした時、お前はなお生き延び、冥竜王を封じた。あれにより、魔界はさらなる破壊を免れた。地上もまた救われた」

 

 バランは歯を食いしばった。

 

「地上は……俺を殺そうとしている」

 

「そうだ」

 

 バーンは否定しなかった。

 

「人の世は恩を忘れた。恐怖に負けた。己らを救った者を、化け物と呼んで処刑しようとした」

 

 ソアラが泣きそうな顔で父王を見る。

 

 だが、王は何も言えない。

 

 バーンは続けた。

 

「ならば、余が示す」

 

 その声が、広場全体に広がる。

 

「貴様の守った二つの世界に、それだけの価値があったと。竜の騎士よ、余が示そうぞ」

 

 バランは息を呑んだ。

 

「魔界へ来い」

 

 バーンは言った。

 

「人の世がお前を拒むなら、魔界が迎える。お前が守った世界の片方を、余が変えてみせる。光なき魔界に水を通し、飢えた民を生かし、魔のものが己を呪わず生きる世を作る」

 

「……俺に、魔界へ下れと」

 

「下るのではない」

 

 バーンは言った。

 

「見届けよ」

 

 バランは黙った。

 

 ソアラが彼の腕に触れる。

 

「バラン……」

 

 その声は震えている。

 

 怖いのだ。

 

 当然だ。

 目の前にいるのは大魔王である。

 人間にとって最大の恐怖とも言うべき存在だ。

 

 だが、ソアラは死ななかった。

 

 大魔王が守ったからだ。

 

 そして子も守られている。

 

 バランの中で、何かが軋む。

 

 このままなら、自分はアルキードを滅ぼしていたかもしれない。

 

 ソアラを殺された怒りで。

 人間への絶望で。

 この国を、地上を、すべて焼き払っていたかもしれない。

 

 だがソアラは生きている。

 

 ディーノも生きている。

 

 ならば、まだ選べる。

 

 バランはバーンを睨んだ。

 

「お前は大魔王だ。俺に何をさせるつもりだ」

 

「まずは家族を守れ」

 

 意外な答えだった。

 

 バランが目を細める。

 

「その後は?」

 

「余を見よ。魔界を見よ。ハドラーのロモスを見よ。お前が守った世界が、ただ愚かで醜いだけではないと、余が証明してみせる」

 

「もし証明できなければ」

 

「その時は好きにするがよい」

 

 バーンは静かに笑った。

 

「竜の騎士の怒りを、余が恐れると思うか」

 

 バランはしばらく黙っていた。

 

 処刑台の上で、ソアラを抱き寄せる。

 彼女は生きている。

 腕の中で震えている。

 それだけで、バランの中に燃え上がっていた破滅の炎が、少しずつ形を変えていく。

 

 憎しみは消えない。

 

 人間への失望も消えない。

 

 だが、全てを壊す理由は失われた。

 

「……ディーノはどこだ」

 

 バランが問う。

 

「安全な場所だ」

 

「会わせろ」

 

「無論」

 

 バーンは頷いた。

 

「来い。竜の騎士よ」

 

 広場に暗黒の門が開く。

 

 魔界へ通じる門。

 

 アルキードの兵たちは誰も動けなかった。

 民衆も、王も、ただ見ているだけだった。

 

 バランはソアラを抱き上げた。

 

 ソアラは一瞬、故郷を振り返った。

 

 父。

 民。

 城。

 自分が愛した国。

 

 だが、その国は夫を殺そうとし、自分を救うこともできなかった。

 

 彼女は静かに目を伏せる。

 

「行きましょう、バラン」

 

 その言葉で、バランは歩き出した。

 

 バーンの横を通る時、彼は低く言った。

 

「俺はお前に忠誠を誓ったわけではない」

 

「構わぬ」

 

「俺は魔界を信じたわけでもない」

 

「それもよい」

 

「俺が信じるのは、ソアラとディーノだけだ」

 

「ならば、まずそれを守れ」

 

 バーンは言った。

 

「守るものを失った竜の騎士ほど、始末に負えぬものはないからな」

 

 バランはわずかに目を見開き、そして無言で門をくぐった。

 

 ソアラを抱き、子の待つ魔界へ。

 

 その背を、アルキードの民はただ見送るしかなかった。

 

 彼らは知らない。

 

 いま自分たちが何を失ったのかを。

 竜の騎士の怒りによる滅亡を、大魔王の介入によって免れたことを。

 そして、地上最強の守護者が、人の世から魔界へ移ろうとしていることを。

 

 門が閉じる。

 

 広場には、沈黙だけが残った。

 

 老バーンは最後に一度だけアルキード王を見た。

 

「人の王よ」

 

 王は震えながら顔を上げる。

 

「貴様らが捨てたものを、余が拾う」

 

 それだけを告げ、バーンの姿は闇に溶けた。

 

 その日、アルキード王国は滅びなかった。

 

 だが、人の世は竜の騎士を失った。

 

 そして魔界は、バランという大きすぎる力と、ソアラという光、そしてディーノという未来を迎えることになった。

 

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