(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ…   作:ぶーく・ぶくぶく

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バーンパレス

 

 

 死の大地が、大きく揺れた。

 

 地の底から響く轟音に、近海を進んでいた商船が軋む。

 

「地震か!?」

 

「違う! 死の大地を見ろ!」

 

 見張りの叫びに、船員たちが甲板へ駆け出した。

 

 黒い岩盤が割れている。

 

 地中から白い建造物が、ゆっくりと姿を現していた。

 

 最初に見えたのは、天へ向かって伸びる巨大な尖塔だった。

 

 続いて、左右に広がる白亜の構造物が現れる。

 

 それは壁でも、橋でもなかった。

 

 巨大な翼だった。

 

 翼の中央から長い首が伸び、その先には嘴を思わせる尖塔がある。後方には、幾重にも重なった尾羽のような区画が連なっていた。

 

「鳥……?」

 

「いや、城だ!」

 

「城が空へ浮かんでいるぞ!」

 

 不死鳥ラーミア。

 

 伝説の神鳥を象った大魔宮が、死の大地から浮上していた。

 

 全長三一五〇メートル。

 

 横幅三一五〇メートル。

 

 高低差五五〇メートル。

 

 もはや、一つの城と呼べる規模ではない。

 

 空へ浮かぶ都市。

 

 無数の兵を収める巨大要塞。

 

 そして、大魔王バーンの力を地上へ示すための象徴だった。

 

 白い外壁が太陽の光を受けて輝いている。

 

 魔王の城と聞いて誰もが思い浮かべる、黒く不気味な砦とはまるで違った。

 

 明るい。

 

 美しい。

 

 だからこそ、恐ろしかった。

 

 地上の人間が築いたどの城よりも大きく、どの王宮よりも壮麗だった。

 

「……あれと戦えというのか?」

 

 船員の一人が呟く。

 

 誰も答えられなかった。

 

 ロモスの港町ソフィア。

 

 カール王国。

 

 パプニカ。

 

 ベンガーナ。

 

 各地で人々が空を見上げた。

 

 大魔王バーンの居城。

 

 バーンパレスが、ついに地上へ姿を現したのである。

 

          ◇

 

 数日後。

 

 テラン王国の宮殿前に、翼を持つ魔物たちが降り立った。

 

 彼らが運んできたのは、白と金で飾られた大型の籠だった。

 

 内部には柔らかな座席が設けられ、揺れを抑える魔法も施されている。

 

 長い旅に耐えられない者を運ぶため、バーンパレスで用意されたものだった。

 

 魔物の使者が、宮殿の前で膝をつく。

 

「大魔王バーン様、ならびにロモス国より、テラン王フォルケン陛下へ招待をお届けいたします」

 

 フォルケン王は補佐官に身体を支えられながら、使者を見た。

 

 病のために痩せた身体。

 

 立っているだけでも苦しいはずだった。

 

 それでも、その目には一国を預かる王の力が残っている。

 

「目的を聞こう」

 

「竜の騎士バラン様との会談でございます」

 

 フォルケン王の表情が変わった。

 

「竜の騎士が……本当に生きているのか」

 

「はい。現在はバーンパレスに滞在しております。妻ソアラ様と、御子ディーノ様も御無事です」

 

 王の周囲にいた者たちがざわめいた。

 

 アルキード王国で、竜の騎士と呼ばれた男が処刑されかけた。

 

 その妻も、幼い子供も殺されかけた。

 

 そこへ大魔王バーンが現れ、三人を救い出した。

 

 その報告は、すでにテランにも届いている。

 

 だが、竜の騎士が実在するという話まで、すべての者が信じていたわけではない。

 

 テランは竜の神を祀る国である。

 

 歴代の王は、竜の騎士にまつわる古い記録を守ってきた。

 

 だからこそ、フォルケン王は噂だけで判断することを避けていた。

 

「行こう」

 

 王は即答した。

 

「陛下、お身体がもちません」

 

「この機会を逃せば、次はないかもしれん」

 

 補佐官が止めようとする。

 

 フォルケン王は、その言葉を手で制した。

 

「テランは何百年もの間、竜の騎士を地上の守護者として祀ってきた」

 

 王は使者を見た。

 

「その竜の騎士が人間に裏切られ、大魔王に救われたというのだ。病を理由に背を向ければ、私は何のためにテランの王を名乗っているのかわからなくなる」

 

 補佐官たちは、それ以上何も言えなかった。

 

          ◇

 

 翼ある魔物たちに運ばれた籠が、雲を抜けた。

 

 その先に、バーンパレスが浮かんでいる。

 

「大きい……」

 

 補佐官の一人が、思わず声を漏らした。

 

 地上から見上げた姿とは比べものにならない。

 

 片方の翼だけでも、小さな王都なら覆い隠せる。

 

 無数の塔と回廊が連なり、翼の上を魔物の兵士たちが整然と巡回していた。

 

 その中央には、さらに巨大な宮殿がそびえている。

 

「これほどのものを、死の大地の地下で造っていたのか」

 

 フォルケン王が呟く。

 

「大魔王は、これから何をするつもりなのでしょう」

 

「わからぬ」

 

 王は首を横に振った。

 

「だが、地上を焼き尽くすことだけが目的なら、これほど手間をかけた城を造る必要はあるまい」

 

 籠は大きく旋回し、バーンパレスの内部へ入った。

 

 王一行は、広い謁見の間へ案内された。

 

 部屋の中央には、フォルケン王の身体に負担をかけない椅子が用意されている。

 

 魔王の城へ来たというのに、床へ跪くことも、無理に立ち続けることも求められなかった。

 

「大魔王バーン殿は、ここには来られないのか」

 

 フォルケン王が案内役へ尋ねた。

 

「本日の会談は、フォルケン陛下とバラン様のために設けられたものです」

 

 案内役は、天井付近に浮かぶ悪魔の目玉を示した。

 

「バーン様は、別室より会談を見届けられます」

 

 フォルケン王は、しばらく悪魔の目玉を見上げた。

 

「我々に自由に話させるつもりか」

 

 案内役は何も答えず、一礼して退室した。

 

          ◇

 

 バーンパレスの玉座の間。

 

 老バーンは玉座に座り、悪魔の目玉が映す光景を眺めていた。

 

 傍らにはミストバーンが立っている。

 

 少し離れた場所には、ガンガディアが控えていた。

 

「バーン様は、会談へ出席なさらないので?」

 

 ガンガディアが尋ねる。

 

「余が出れば、フォルケン王は余の考えを探りながら話すことになろう」

 

 バーンは答えた。

 

「今日は人間の王と竜の騎士を会わせる日だ。余が前へ出る必要はない」

 

「しかし、テラン王はバラン殿を疑っているのでは?」

 

「王であるなら当然よ」

 

 バーンは薄く笑った。

 

「国を預かる者が、噂だけで伝説を信じて国策を決める方が危うい。己の目で見て、己の頭で判断するがよい」

 

 悪魔の目玉の映像に、謁見の間の扉が映る。

 

 扉が開いた。

 

          ◇

 

 バランが謁見の間へ入ってきた。

 

 青を基調とした戦装束。

 

 広い肩。

 

 鍛え抜かれた身体。

 

 フォルケン王は、まずその男の顔を見た。

 

 長い戦いを知る者の目だった。

 

 同時に、決して他人を近づけようとしない、強い警戒もある。

 

 次に、王の視線はバランの腰へ移った。

 

 一振りの大剣がある。

 

 剣は鞘に収まっていた。

 

 それでも、その形を見間違えるはずがなかった。

 

 竜の頭部を思わせる柄。

 

 翼を広げたような鍔。

 

 古い時代の武器でありながら、少しも錆びていない金属。

 

 フォルケン王は椅子の肘掛けを強く握った。

 

「その剣……」

 

 バランが足を止める。

 

「知っているのか」

 

「知識としては」

 

 フォルケン王は補佐官へ目を向けた。

 

「持ってきたものを」

 

「はっ」

 

 補佐官が、布に包まれた古い書物を取り出した。

 

 フォルケン王はその本を受け取り、何枚か頁をめくる。

 

 開かれた頁には、一人の戦士が描かれていた。

 

 額に紋章を持ち、巨大な竜へ剣を向ける男。

 

 その手にある剣は、バランの腰にあるものと同じ意匠を備えている。

 

「テランの王家に伝わる古文書です」

 

 フォルケン王は、書物をバランへ向けた。

 

「ここには、竜の騎士と共に戦い、主の命が尽きるまで決して折れぬ剣が描かれている」

 

「真魔剛竜剣だ」

 

 バランは剣の柄へ手を置いた。

 

「この剣は、代々の竜の騎士と共にあった」

 

 それだけだった。

 

 剣を抜いて力を見せようとはしない。

 

 フォルケン王も、抜くようには求めなかった。

 

 目の前の男が剣の名を知っている。

 

 古文書と同じ姿の剣を、長年使い続けた者のように自然に帯びている。

 

 それだけでも、十分に重い事実だった。

 

 フォルケン王は補佐官へ書物を返した。

 

「バラン殿」

 

「何だ」

 

「私は、あなたが竜の騎士であるかを確かめるために来ました」

 

「ならば、剣を見れば満足か」

 

「いいえ」

 

 フォルケン王は正直に答えた。

 

「剣だけでは、人を知ることはできません」

 

 バランの目が鋭くなる。

 

「私を調べるつもりか」

 

「あなたを裁くためではありません」

 

「人間の王が、私を裁かぬと言うのか」

 

 低い声だった。

 

 フォルケン王の補佐官たちが身を固くする。

 

 フォルケン王だけは、目を逸らさなかった。

 

「アルキードで何があったのか、お聞かせください」

 

「すでに報告を受けているのだろう」

 

「報告を書いた者の言葉ではなく、あなた自身の言葉を聞きたいのです」

 

 バランは、しばらく王を見ていた。

 

 やがて口を開く。

 

「私は冥竜王ヴェルザーを倒した後、傷を負ってアルキードへ流れ着いた」

 

「はい」

 

「そこでソアラと出会った」

 

 バランの後方には、ソアラが立っている。

 

 幼いディーノは侍女に抱かれ、母のそばで眠っていた。

 

「私は人間の国に仕えることを望んだわけではない。ソアラと静かに暮らせれば、それでよかった」

 

 バランの声は淡々としていた。

 

 だが、その奥に押し殺されたものがある。

 

「アルキード王は、私が人間ではないと知ると態度を変えた」

 

 フォルケン王は黙って聞く。

 

「私を化け物と呼び、兵を差し向けた」

 

「……はい」

 

「それだけではない」

 

 バランの手が、真魔剛竜剣の柄を強く握った。

 

「あの男は、実の娘であるソアラまで殺そうとした」

 

 声に怒りが混じる。

 

「私の妻を殺し、まだ何も知らぬディーノまで消せば、自分の過ちをなかったことにできると考えた」

 

 その時だった。

 

 バランの額に、淡い光が浮かんだ。

 

 竜を象った紋章。

 

 力を見せるために現したものではない。

 

 妻と子供を殺されかけた記憶が、バランの感情と共に紋章を呼び起こしていた。

 

 フォルケン王の補佐官が息を呑む。

 

 王は、古文書へ目を向けなかった。

 

 比べる必要がなかった。

 

 何百年も王家で守られてきた紋章が、目の前の男の額にある。

 

 だが、フォルケン王が見ていたのは紋章だけではない。

 

 妻と子供を守れなかったかもしれない男の怒り。

 

 人間を信じたことで裏切られた男の痛み。

 

 そのすべてを見ていた。

 

「人間は、自分たちを守った私から家族を奪おうとした」

 

 バランがフォルケン王を睨む。

 

「それでも貴様は、人間を信じろと言うのか」

 

「いいえ」

 

 フォルケン王は答えた。

 

「今のあなたに、人間を信じろとは言えません」

 

 バランの眉がわずかに動く。

 

「ならば何を言いに来た」

 

「人間のすべてがアルキード王と同じではないと、行動で示す機会をいただきたい」

 

「貴様も人間だ」

 

「はい」

 

「テランの王である貴様と、アルキード王に何の違いがある」

 

「今は、言葉で説明することしかできません」

 

 フォルケン王は自分の弱さをごまかさなかった。

 

「違いがあるかどうかは、これからのテランを見て判断してください」

 

「都合のよい言葉だ」

 

「その通りです」

 

 王は認めた。

 

「あなたは人間に裏切られたばかりです。そのあなたに、私の言葉だけを信じてくれと頼む方が間違っています」

 

 バランの額から、紋章の光がゆっくりと消えていく。

 

 フォルケン王は椅子の肘掛けへ手をかけた。

 

「陛下」

 

 補佐官が止める。

 

 フォルケン王は、その手を振り払った。

 

 震える足で床を踏む。

 

 身体は思うように動かない。

 

 それでも王は、自分の力で立とうとした。

 

「無理をするな」

 

 バランが言う。

 

「今だけは、立たなければなりません」

 

 補佐官に身体を支えられながら、フォルケン王は立ち上がった。

 

 竜の騎士を見上げる。

 

「バラン殿」

 

 フォルケン王は頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした」

 

「何を謝る」

 

「人間が、あなたを守れなかったことです」

 

「テランが私を襲ったわけではない」

 

「それでも、我々は何百年も竜の騎士を神の使いとして祀ってきました」

 

 フォルケン王は顔を上げる。

 

「本物の竜の騎士が現れた時、我々はその存在すら知らず、何もできなかった」

 

「貴様一人が背負うことではない」

 

「それでも、誰かが最初に認めなければならない」

 

 王の声が強くなる。

 

「アルキード王は間違っていた」

 

 謁見の間が静まり返る。

 

「あなたを化け物と呼んだ者たちが間違っていた」

 

 バランは何も言わない。

 

 フォルケン王は続ける。

 

「私は、真魔剛竜剣を見ました。竜の紋章も見ました。ですが、それだけであなたを認めるのではありません」

 

「何だと」

 

「私は今、あなた自身の言葉を聞きました」

 

 フォルケン王は、ソアラと幼いディーノを見る。

 

「あなたは力を誇るために怒ったのではない。妻と子供を殺されかけたから怒っている」

 

 王は再びバランを見る。

 

「人を愛し、家族を守ろうとする者を、私は化け物とは呼びません」

 

 バランの目がわずかに見開かれた。

 

「テラン王国は、あなたを竜の騎士と認めます」

 

 フォルケン王は宣言した。

 

「世界を守るために戦った、地上の守護者として認めます」

 

「その言葉を国へ持ち帰れるのか」

 

「持ち帰ります」

 

「民が信じるとは限らん」

 

「信じてもらえるまで伝えます」

 

「他国から嘘つきと呼ばれるかもしれんぞ」

 

「古文書があります。私のほかにも、真魔剛竜剣と竜の紋章を見た者がいます」

 

 フォルケン王は補佐官たちを見る。

 

「何より、私はこの目であなたと話しました」

 

「それでも人間は、都合の悪いことを否定する」

 

「ならば、何度でも言います」

 

 王は息を整えた。

 

「一度で変わらなくても、何もしないよりはいい」

 

 飾りのない言葉だった。

 

 大国の軍を動かす力もない。

 

 竜の騎士を守れるほどの武力もない。

 

 病を抱え、立っていることさえ難しい小国の王。

 

 それでも、何もできないからと黙っていることだけは拒んでいた。

 

「テランは、あなたとソアラ様とディーノ様を敵として扱いません」

 

「それだけか」

 

「今のテランに約束できるのは、そこまでです」

 

 フォルケン王は率直に答えた。

 

「我が国は小さい。軍も強くありません。あなた方を守るために大国と戦うと、今すぐ約束することはできません」

 

「ならば、大きなことを言うな」

 

「だから、できることだけを申し上げています」

 

 フォルケン王は目を逸らさなかった。

 

「まずは、あなたが化け物ではないと伝えます。ソアラ様とディーノ様が、父と夫を選んだ罪で殺されかけたことも伝えます」

 

「アルキードを敵に回すことになるぞ」

 

「間違っているものを、間違っていると言うだけです」

 

「……愚かな王だ」

 

「病で長くは生きられない老人です。今さら少しくらい愚かになっても、失うものは多くありません」

 

 フォルケン王は、かすかに笑った。

 

 その場にいたテランの者たちは、誰も笑えなかった。

 

 バランは王を見つめる。

 

「私はまだ、人間を信じてはいない」

 

「それで構いません」

 

「貴様の言葉も信じたわけではない」

 

「ならば、これからのテランを見てください」

 

 フォルケン王は答えた。

 

「私が嘘をつくか。テランがあなたを裏切るか。それを見てから決めてください」

 

 長い沈黙があった。

 

 やがてバランが口を開く。

 

「……わかった」

 

 短い返事だった。

 

 それでも、フォルケン王は安堵した。

 

「もう一つ、お願いがあります」

 

「言ってみろ」

 

「いつか、テランへ来てください」

 

「何のために」

 

「湖の底に、竜の神を祀る聖域があります」

 

 フォルケン王は、補佐官が抱えている古文書へ視線を向けた。

 

「テランが守ってきたものは、あの書物だけではありません。竜の騎士が再び現れる日を待ち続けてきた場所があります」

 

「私を国の宣伝に使うつもりか」

 

「国に利益がないとは申しません」

 

 フォルケン王は苦笑した。

 

「ですが、一番の理由は、あなたに見ていただきたいからです」

 

「何を」

 

「人間の中にも、竜の騎士を忘れなかった者がいたことを」

 

 バランは少し考えた。

 

「今すぐには行かん」

 

「はい」

 

「だが、いつかソアラとディーノを連れて行く」

 

 フォルケン王の顔が明るくなった。

 

「お待ちしております」

 

          ◇

 

 フォルケン王は、天井に浮かぶ悪魔の目玉へ向き直った。

 

「大魔王バーン殿」

 

 声が悪魔の目玉を通じ、玉座の間へ届く。

 

『何用だ』

 

「この会談の場を用意していただき、感謝いたします」

 

『礼は不要だ。バランと話すために来たのであろう』

 

「はい。そして、もう一つ確かめることができました」

 

『何を確かめた』

 

「バラン殿と御家族が、この城で囚人として扱われていないことです」

 

『当然であろう』

 

 バーンは即答した。

 

『バランは余の奴隷ではない』

 

 バランが悪魔の目玉を見る。

 

『余は、アルキードに殺されかけた三人を保護した。それ以上でも、それ以下でもない』

 

「バラン殿が地上へ戻ることを望んだ場合も、止めないのですか」

 

『止めぬ』

 

 バーンの声には迷いがなかった。

 

『本人が地上へ戻ることを望むなら、好きにすればよい』

 

「では、テランが迎える準備を整えれば」

 

『バランが望めばな』

 

 バーンの声が少し低くなる。

 

『ただし、口先だけで安全を約束することは許さぬ』

 

 フォルケン王は黙って聞く。

 

『アルキードは自国の王女すら守れなかった。それどころか、自ら殺そうとした。テランが同じ轍を踏まぬと、何をもって示す』

 

「今のテランには、バラン殿を守り切る力がありません」

 

『正直だな』

 

「ですが、何もしないとは申しません」

 

 フォルケン王は悪魔の目玉を見上げた。

 

「いつか、バラン殿と御家族が安心して暮らせる国にします」

 

『ならば、まずは生きて国へ帰れ』

 

 バーンが言った。

 

『立つだけで倒れそうな身体で国を強くすると言われても、誰も安心できぬぞ』

 

 フォルケン王は一瞬驚き、すぐに小さく笑った。

 

「おっしゃる通りです」

 

          ◇

 

 会談は終わった。

 

 フォルケン王は、翼ある魔物たちの籠へ戻る。

 

 出発前、バランが見送りに現れた。

 

 腰には真魔剛竜剣がある。

 

 フォルケン王は、もう一度その剣を見た。

 

 古文書の中にしかなかった伝説。

 

 それが今、目の前にある。

 

 だが王が持ち帰るものは、剣と紋章を見たという証言だけではない。

 

 竜の騎士は一人の男だった。

 

 妻を愛し、子を守ろうとし、人間に裏切られたことで深く傷ついている男だった。

 

「フォルケン王」

 

「はい」

 

「聖域の件は、忘れない」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、私はテランを試す」

 

 バランは真魔剛竜剣の柄へ手を置いた。

 

「私と家族を迎えるという言葉が本物か、見せてもらう」

 

 フォルケン王は力強く頷いた。

 

「必ずお見せします」

 

 籠が飛び立った。

 

 フォルケン王は、遠ざかるバーンパレスを見つめる。

 

 白亜の大城。

 

 大魔王の居城。

 

 そして、人間に裏切られた竜の騎士と、その家族を守っている場所。

 

 フォルケン王は竜の騎士バランと会った。

 

 真魔剛竜剣を見た。

 

 感情と共に自然に現れた竜の紋章も目撃した。

 

 何より、バラン本人の言葉を聞いた。

 

 アルキードが化け物と呼んだ男を、テランは地上の守護者として認める。

 

 同時に、地上の人間ではなく大魔王バーンが、その守護者と家族を救い、自由を認めているという事実も持ち帰ることになった。

 

          ◇

 

 バーンパレスの玉座の間。

 

 悪魔の目玉の映像が消えた。

 

 ガンガディアが一礼する。

 

「フォルケン王は、地上へ戻れば必ず証言するでしょう」

 

「うむ」

 

「これでアルキードは、さらに苦しい立場になります」

 

 バーンは玉座に座したまま笑った。

 

「それだけではない」

 

 ミストバーンが主を見る。

 

「バランは、地上の人間すべてを切り捨てずに済んだ」

 

 バーンは静かに言った。

 

「竜の騎士は、三界の均衡を保つために生まれた者よ。人間に裏切られ、魔界へ傾きすぎれば、天界も黙ってはおるまい」

 

 窓の外では、白亜の翼が太陽を受けて輝いている。

 

 その先を、フォルケン王を乗せた小さな籠が飛んでいた。

 

「もっとも、一度失われた信頼が、言葉一つで戻るほど人の心は単純ではない」

 

 老バーンは目を細める。

 

「だが、人間の側から最初の一歩を踏ませた」

 

 薄い笑みが、その老いた顔に浮かぶ。

 

「あとは人の世が、バランに再び信じる価値ありと示せるかどうかよ」

 

 バーンパレスは、地上を見下ろしながら空を進んでいる。

 

「見せてもらおうではないか」

 

 大魔王は笑った。

 

「人間どもが、竜の騎士を二度も裏切るほど愚かであるか否かをな」

 

 白亜の不死鳥は空に翼を広げたまま、フォルケン王の帰路を静かに見送っていた。

 

 

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