(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ… 作:ぶーく・ぶくぶく
ヒュンケルの報告を受けた後、バーンはしばらく沈黙していた。
世界は、修正しようとしている。
そう考えるのが自然だった。
アバンは勇者ではない。
ディーノはダイにならない。
マァムは生まれない。
マトリフは、ヨミカイン古代図書に封じられたまま。
バランは魔界側で保護した。
それでも、ヒュンケルという名が、別の経路で現れた。
ならば他にもある。
原作で大きな役割を果たす者。
直接戦力ではなくとも、盤面を乱す者。
善悪ではなく、予測不能な混乱を持ち込む者。
バーンは玉座の上で、ゆっくりと目を細めた。
パプニカ。
あの国には、処理すべき駒がある。
テムジン司祭。
賢者バロン。
どちらも大局を動かすほどの強者ではない。
竜の騎士でもなく、勇者でもなく、魔軍司令級の力もない。
だが、そういう者ほど盤面を汚す。
私欲。
権力欲。
保身。
嫉妬。
小さな悪意。
それらは時に、巨大な計画より厄介な歪みを生む。
ロモスで築きつつある人と魔の共生。
ギアガの大穴を中心にした地上と魔界の新秩序。
竜の騎士バランをめぐる外交。
テラン、カール、パプニカ、ベンガーナへの働きかけ。
その中で、テムジンとバロンのような者が、己の立場を守るためだけに余計な火をつける可能性は高い。
バーンは、彼らの善悪には興味がなかった。
ただ、邪魔である。
「テムジン司祭と賢者バロン」
玉座の間に、低い声が落ちる。
控えていたミストバーンがわずかに顔を上げた。
「御前に」
「パプニカの内情を洗え。あの二人は、盤面を汚す」
殺せ、とまではまだ言わなかった。
だが、ミストバーンには十分だった。
「必要ならば、消しますか」
「うむ」
バーンは淡々と頷いた。
「事故でもよい。病でもよい。失脚でもよい。表に出ぬ形が望ましい。パプニカそのものを揺らす必要はない。むしろ、余計な動揺は避けよ」
「承知しました」
暗殺。
言葉にすれば単純だ。
だが、バーンにとってそれは怒りでも憎しみでもない。
剪定である。
枝が伸びすぎる前に落とす。
病が広がる前に切る。
盤面に泥を投げ込む者を、投げ込む前に除く。
その程度の判断だった。
バーンは次に、悪魔の目玉へ視線を向けた。
「ハドラーへ繋げ」
悪魔の目玉がまばたきし、空中にロモス王宮の映像が開く。
ハドラーは軍政区画にいた。
傍らにはガンガディア。
書類の山と地図の上を、いくつもの悪魔の目玉が飛び交っている。
『バーン様』
ハドラーが一礼する。
『何用にございましょう』
「パプニカ方面の調査を進めよ」
『パプニカを?』
「うむ。軍ではない。まずは知識と交易だ」
ハドラーの目がわずかに動いた。
戦ではなく、知識と交易。
それがバーンの命ならば、そこに意味がある。
「ヨミカイン古代図書館を調べさせよ。ガンガディアを使え」
名を出されたガンガディアが、映像の向こうで眼鏡を押し上げた。
『ヨミカイン古代図書館……古代知識の集積地ですな』
「そうだ。封じられた知識、忘れられた呪文、古代技術、古い地図、魔界や天界に関わる記述。使えるものは多い」
『承知しました。調査対象は、蔵書目録、封印区画、出入りする者、守衛、司書、管理者、写本の流通経路。このあたりからでよろしいでしょうか』
「よい」
バーンは静かに頷いた。
「封印があるなら、不用意に触れるな。まずは場所、構造、守り、記録を調べよ。開く必要はない。中身を知らずに封印を壊す者は、愚か者だ」
『御意』
ガンガディアはそれ以上、余計なことを問わなかった。
彼はマトリフを知らない。
ヨミカイン古代図書に何が封じられているのかも知らない。
ただ、バーンが古代図書館を重要視していることだけを理解し、その命令を調査項目へ落とし込んでいく。
それでよい。
マトリフの名を知る必要はない。
今のところ、あの男は原作知識を持つバーンだけが警戒していればいい存在だった。
「それと、交易路も見るがよい」
ハドラーが眉を上げる。
『交易路ですか』
「パプニカの織物は質が良い」
バーンは言った。
「あまつゆの糸、シルク草、なないろのまゆ。いずれも有望だ。魔界側では得難い素材であり、地上でも高値で動く」
ガンガディアが即座に反応した。
『なるほど。パプニカの絹織物と魔界の染料、あるいはロモス港経由の海運を組み合わせれば、新たな交易品になりますな』
「うむ」
『魔界の瘴気染めや光苔染料を使えば、夜でも淡く光る布が作れるかもしれません。防寒用、儀礼用、魔法触媒用にも転用可能です』
「やれ」
バーンの声は短い。
だが、それだけで命令は十分だった。
「パプニカは知識と布の国として扱う。剣を向ける前に、帳簿と学問で絡め取れ」
ハドラーはわずかに笑った。
『御意。ロモス商人を経由させますか』
「最初はそうせよ。魔王軍の名を前に出しすぎるな。ロモス国の交易、学術交流、海路安全保障。その名目で近づけ」
『パプニカ側の警戒を下げるためですな』
「それもある」
バーンは静かに言った。
「人は、剣より利益に門を開く」
ハドラーは深く頷いた。
『心得ました』
「ただし、先ほどの二人には注意せよ」
『テムジン司祭と賢者バロンですか』
「知っているか」
『報告には上がっております。宮廷内での権力欲が強く、パプニカ王家への忠誠よりも自身の立場を優先する傾向あり、と』
「その程度ならば、どこの宮廷にもいる」
バーンの目が細くなる。
「だが、あの二人は火種になる。放置すれば、パプニカの内側から余計な歪みを生む」
『処理を?』
「必要ならばな」
ハドラーは沈黙した。
ガンガディアは表情を変えず、ただ記録用の石板に何かを書き込む。
バーンは続けた。
「失脚で済むなら失脚。隔離で済むなら隔離。殺すしかないなら殺せ。ただし、パプニカとの正面衝突にはするな」
『御意』
「余の目的はパプニカを焼くことではない。知識と交易を得ることだ」
それは、いかにもバーンらしい命令だった。
敵を滅ぼすのではない。
使えるものは使う。
汚れた駒は盤面から除く。
価値ある資源は残す。
国そのものを壊さず、利益と情報の網へ組み込む。
大魔王の侵略は、もはや軍勢だけで行われていない。
悪魔の目玉。
交易船。
学術調査。
織物。
薬草。
図書館。
暗殺。
それら全てが、同じ盤上に置かれている。
ハドラーは深く頭を下げた。
『ロモス政庁より、パプニカとの交易拡大と学術交流を打診します。ガンガディアを調査責任者に。必要ならば、密偵も動かしましょう』
「よい」
『テムジンとバロンについては』
「ミストにも動かさせる」
玉座の傍らで、ミストバーンが静かに一礼した。
ハドラーの表情がわずかに引き締まる。
ミストバーンが動く。
それは、単なる調査では終わらない可能性があるという意味だった。
「焦るな」
バーンは言った。
「あの二人は、小物だ。小物ゆえに厄介だが、小物ゆえに処理を急ぐ必要もない。まずは周囲を見よ。誰と繋がり、何を欲し、どこを突けば崩れるかを調べよ」
『御意』
「盤面を汚される前に、筆を取り上げればよい」
悪魔の目玉の向こうで、ガンガディアがかすかに笑った。
『実に明快なご方針です』
通信が切れる。
玉座の間に静寂が戻った。
バーンは白亜の大魔宮の高みから、地上を見下ろしていた。
ロモス。
テラン。
アルキード。
パプニカ。
すべてが少しずつ、予定とは違う形で動いている。
原作は破壊した。
だが、世界はまだ抗っている。
ならば、こちらもさらに手を打つ。
ヒュンケルという名が戻ってくるなら、監視する。
ヨミカイン古代図書館に封印があるなら、確認する。
テムジンとバロンが火種になるなら、消す。
パプニカの織物が有望なら、交易で取り込む。
善悪ではない。
盤面管理である。
バーンは静かに笑った。
「さて、世界よ」
その声は、誰に聞かせるものでもなかった。
「どこまで帳尻を合わせられるか、見せてみよ」
白亜の不死鳥は、空の上で翼を広げている。
その翼の影の下で、地上の国々はまだ知らない。
大魔王が、剣より先に帳簿と暗殺者を動かし始めていることを。