(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ… 作:ぶーく・ぶくぶく
ロン・ベルクは、長い沈黙の末にその杖を差し出した。
光魔の杖。
いや、もはやそれは、かつての光魔の杖ではない。
形は大きく変わっていない。
だが、そこに宿る圧が違った。
白銀とも黒鉄ともつかぬ芯材。
魔力を受け流すため幾重にも刻まれた紋様。
先端部には、光を閉じ込めたような結晶が静かに脈打っている。
それは武器だった。
だが同時に、生き物のようでもあった。
バーンの魔力に反応し、杖そのものがわずかに鳴る。
怯えではない。
歓喜でもない。
主を認める、静かな呼吸。
「完成したのか」
老バーンは玉座から立ち上がり、杖を見下ろした。
ロンは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「完成などという言葉は好かん。武器に終わりはない。だが、少なくとも以前のような、ただ貴様の魔力を垂れ流す筒ではなくなった」
バーンは薄く笑った。
「ほう」
「出力は絞れる。段階でも、連続でもな。貴様が雑に魔力を込めても、杖が勝手に吸い上げて自壊することはない。魔力弁も組み込んだ。逆流時の遮断もある」
ロンは杖を軽く叩いた。
「本体強度も上げた。貴様が全力で振ろうが、魔力を通そうが、そう簡単には歪まん」
「余の全力に耐えると?」
「耐えさせるために鍛えた」
ロンの声には苛立ちと誇りが混じっていた。
「素材も、構造も、魔力回路も、全部組み直した。前の光魔の杖は、発想だけなら悪くなかった。だが武器としては粗い。貴様ほどの化け物に持たせるなら、あれでは足りん」
バーンは杖へ手を伸ばした。
触れた瞬間、玉座の間に低い音が響いた。
杖が鳴った。
魔力が流れる。
だが、吸われる感覚ではない。
応える感覚だった。
バーンの魔力をただ貪るのではなく、受け止め、選び、整え、必要な形へ変えようとしている。
大魔王の膨大な魔力を前にして、折れず、焼けず、呑まれず、なお武器として在ろうとする。
バーンの目が細くなった。
「生命が宿ったか」
ロンは少しだけ顔を背けた。
「気に入らん言い方だがな。超一流の武器とはそういうものだ。使い手に従うだけではない。使い手を選び、使い手を映し、時には使い手を戒める」
「余を戒める杖か」
「必要だろうが」
ロンは即答した。
「貴様の力は大きすぎる。振るうたびに世界の方が軋む。ならば、その力を殺す武器ではなく、収める武器がいる」
バーンは笑った。
愉快そうに。
そして、わずかに満足げに。
「ロン・ベルクよ。よくぞここまで鍛えた」
「褒めるな。気色が悪い」
ロンは吐き捨てるように言った。
だが、その目は杖から離れなかった。
職人の目だった。
己が鍛えたものが、どこまで届いたかを見極める目。
「名は?」
バーンが問う。
ロンは短く答えた。
「真・光魔の杖」
玉座の間に、その名が落ちた。
真・光魔の杖。
光魔の杖の完成形。
大魔王バーンのためだけに鍛え直された、王の魔力を受け止める杖。
バーンはその名を口の中で転がすように繰り返した。
「真、か」
「気に入らんなら変えろ」
「いや」
バーンは杖を軽く掲げた。
その瞬間、杖の先端に光が灯る。
眩いが、暴れない。
強いが、溢れない。
まるで太陽の欠片を手の内に封じたような光だった。
「よい名だ」
ロンは無言だった。
バーンは杖を下ろす。
光はすぐに収まり、杖は静かに沈黙した。
まるで、今の一瞬で主を確かめたかのように。
ロンはしばらくその様子を見ていた。
そして、低く言った。
「この武器が砕けるのは、貴様が死んだ時だ」
玉座の間が静まり返った。
ミストバーンすら、動かない。
大魔王バーンの死。
その言葉を、正面から口にする者などそうはいない。
だがロン・ベルクは言った。
武器を鍛えた者として。
その武器の限界を知る者として。
「貴様が生きている限り、この杖は折れん。貴様の魔力に耐え、貴様の力を通し、貴様の意志に応える。逆に言えば、これが砕ける時は、貴様自身が終わる時だ」
バーンは、静かにロンを見た。
やがて、口元に笑みを浮かべる。
「ほう」
老いた声が、玉座の間に響いた。
「では、この杖が折れる時が世界の終わりか」
ロンは目を細めた。
冗談ではなかった。
今のバーンは、ただの大魔王ではない。
ギアガの大穴を支え、地上の海を留め、魔界の水没を防ぐ者。
世界を脅かす敵でありながら、世界を繋ぎ止める支柱でもある。
バーンが死ねば、大結界は消える。
海は落ちる。
地上は渇き、魔界は沈む。
その時、真・光魔の杖も砕ける。
ならば確かに、杖の死は世界の終わりと同義だった。
ロンは苦々しげに言った。
「そうならんように使え。俺は世界の墓標を鍛えたつもりはない」
バーンは低く笑った。
「ならば余も、墓標としては使わぬ」
真・光魔の杖を手に、大魔王は玉座へ戻る。
杖が床に触れた。
澄んだ音が響く。
それは、剣戟の音ではなかった。
王笏が世界の中心を打つ音だった。
「これは余の武器であり、余の王権であり、余が世界を支える証となろう」
バーンは玉座に座し、杖を傍らに立てた。
真・光魔の杖は、静かに光を宿している。
ロン・ベルクはそれを見て、わずかに息を吐いた。
「好きにしろ。だが忘れるな、大魔王」
ロンは背を向ける。
「そいつは貴様の力を増すためだけの杖じゃない。貴様の力を選ばせる杖だ。殺すか、抑えるか、支えるか――選ぶのは貴様だ」
バーンは答えなかった。
ただ、真・光魔の杖に手を置いた。
その杖は、確かに生きていた。
大魔王の魔力を恐れず、世界の重みに軋まず、ただ主の選択を待っている。
バーンは、見えぬ地上と魔界を思った。
海。
光。
ギアガの大穴。
神々。
竜の騎士。
勇者になり得る子供たち。
そして、まだ終わらぬ物語。
「よかろう」
大魔王は呟いた。
「余が生きる限り、この杖は折れぬ。この杖が折れぬ限り、世界もまた終わらぬ」
真・光魔の杖が、静かに光った。
それは武器の輝きであり、王権の輝きであり、世界を人質に取った大魔王の、あまりにも傲慢な誓いの輝きだった。