(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ… 作:ぶーく・ぶくぶく
ロモスで、悪魔の目玉による娯楽放送が評判になり始めたのは、誰もが予想していなかった副産物だった。
最初は布告のためだった。
ロモス王シナナの言葉を村々へ届ける。
魔王ハドラーの命令を役所へ伝える。
病、虫害、井戸水、税の不正、魔物被害を王都へ報告する。
悪魔の目玉は、魔王軍による監視と行政のための魔物だった。
だが、人間はいつの間にかそれを別のものとして使い始めた。
王都の広場で流された魔界開拓中継。
ジオウ衆が岩を砕き、水路を掘り、ザボエラが作物の根に住む魔界菌を解説する番組。
魔物の子供たちが光苔の下で文字を習う映像。
クロコダイン配下の獣人たちが魔の森の見回りをする様子。
最初、村人たちは恐る恐る見ていた。
だが、次第に慣れた。
夕方になると、村の広場に人が集まる。
子供は魔物の子供が転ぶ場面で笑い、大人は水路工事の説明に感心し、老人はロモス王の顔を見て安心する。
そして酒場の主人たちが気づいた。
これは、客を呼べる。
王都の酒場では、悪魔の目玉が天井近くに吊るされるようになった。
夜になると、客たちは酒杯を片手に放送を見る。
魔界開拓記録。
ロモス港の交易市況。
魔の森の危険区域案内。
各村の収穫祭。
クロコダインによる獣王武術演武。
ザボエラの毒草講座。
ハドラーの短い訓示。
中でも人気だったのは、ジオウ衆の土木番組だった。
『ここ、昨日まで岩盤やったんやけどな。水の通り道作ったら、ほら、畑になるやろ』
ジョウがそんな調子で説明するたび、酒場の客は笑った。
だが、笑いながらも聞いていた。
水路。
堤。
排水。
貯蔵。
魔物避けの柵。
畑の区画。
娯楽の形をした知識が、ロモスの民へ染み込んでいく。
やがて、その評判はロモスの外へ漏れた。
最初に欲しがったのは、他国の酒場の主人たちだった。
「ロモスの酒場では、壁に魔物の目玉を吊るして、遠くの景色を見せるらしい」
「ただの見世物だろう?」
「それが客を呼ぶらしい。酒が売れる。飯も出る。噂を聞きたがる商人が集まる」
次に食いついたのは商人たちだった。
金になる。
その一言で、商人は動く。
もちろん、悪魔の目玉は他国で公式に導入されるものではなかった。
あれは魔物である。
しかも魔族の情報収集用の魔物だ。
ロモスでは行政端末として使われていても、カール、パプニカ、ベンガーナが公然と受け入れるはずがない。
神官は反対する。
賢者は危険視する。
王宮は諜報を疑う。
だから、表向きには導入されなかった。
表向きには。
だが、密輸品としてなら話は別だった。
夜の港。
倉庫の奥。
酒樽の中。
香辛料袋の底。
絹布の箱に紛れ込む、眠らされた悪魔の目玉。
それらは商人の手で他国へ運ばれた。
そして、辺境の酒場、港町の宿、商館の地下、賭場の奥に据え付けられていった。
「これはロモスの新しい見世物でございます」
「魔王軍の道具ではないのか?」
「ただの放送用でさ。こちらから見られるわけじゃありません。せいぜい歌と市況とロモスの土木自慢が流れるだけで」
もちろん、嘘だった。
悪魔の目玉は見ている。
聞いている。
酒場の客が酔って漏らす噂。
商人が囁く相場。
兵士がこぼす不満。
役人が隠したい税の話。
神官が語る神託への不安。
船乗りが知る海路の異変。
すべてが、目玉を通じてロモスへ流れ込んでいく。
だが、それは一方的な諜報ではなかった。
商人たち自身も、その情報網を利用していた。
どこの港で塩が高いか。
どの街道が安全か。
パプニカの織物の値は上がるか。
ベンガーナの鉄は余っているか。
カールの宮廷が何に怯えているか。
テランの湖畔へ向かう巡礼が増えているか。
酒場に集まる噂は、商人にとって金の匂いそのものだった。
彼らは悪魔の目玉を恐れながらも使った。
なぜなら便利だからだ。
そして便利なものは、たいてい恐怖に勝つ。
ロモス王宮の軍政区画。
ガンガディアは、壁一面に並ぶ悪魔の目玉の映像を前にしていた。
その背後では、配下の魔物たちが忙しく動いている。
記録係の悪魔の目玉。
音声を聞き分ける小型の魔物。
商人名簿を整理するゴースト。
地図に噂を書き込む骸骨兵。
相場表を作るインプ。
人間の酒場で交わされた取るに足らぬ噂が、ここでは情報資源に変わる。
「ベンガーナ西港で鉄材の値が下がっています」
「原因は?」
「造船予定の延期。王宮予算が軍備から海路警備へ回ったためと思われます」
「記録。ロモス港で買い付けるなら今です」
別の魔物が報告する。
「パプニカ産のあまつゆの糸、今年は収量が少ないとの噂」
「裏取りは」
「三つの酒場、二つの商館、絹商人の会話が一致」
「ならば価格上昇前に押さえるべきです。ロモス商人へ流しなさい。ただし魔王軍の直接買いは避ける」
また別の目玉が瞬く。
「カール方面で、ロモスの悪魔の目玉放送を危険視する神官が増えています」
「当然でしょう」
ガンガディアは眼鏡を押し上げた。
「危険なのですから」
配下の魔物たちが一瞬だけ動きを止める。
ガンガディアは淡々と続けた。
「だからこそ、娯楽として広めるのです。危険なものを危険な顔で置けば拒まれる。楽しいものとして置けば、人は自分から近づく」
壁の一つに、ある酒場の映像が映る。
酔った商人たちが、ロモスの魔界開拓番組を見て笑っている。
その横で、別の商人が小声で値動きの話をしている。
奥の席では、兵士が上官への不満を漏らしている。
笑い声。
酒の音。
銅貨の響き。
噂。
嘘。
欲望。
それらはすべて、ロモスへ流れ込む。
「娯楽は警戒を溶かします」
ガンガディアは言った。
「商売は国境を越えます。噂は門番を避けます。そして酒場は、人が最も油断して真実を漏らす場所です」
彼は地図を見た。
ロモスを中心に、細い線が各国へ伸びている。
交易路。
密輸路。
酒場。
商館。
港。
宿場町。
線の先には、悪魔の目玉がある。
「軍を送れば城門は閉じる。使者を送れば言葉は飾られる。だが、見世物を送れば人は集まる」
ガンガディアは小さく笑った。
「実に、人間的です」
その情報は、整理され、評価され、ロモスの国策へ組み込まれていく。
どの国と交易を強めるか。
どの街道へ護衛を出すか。
どの商人を厚遇するか。
どの貴族が不満を抱えているか。
どの神官がロモスを敵視しているか。
どこに食糧不足が起きるか。
どの港が次に儲かるか。
魔の国となったロモスは、剣だけで広がっているのではない。
目で広がっている。
耳で広がっている。
そして、人間の欲で広がっている。
その報告は、やがてバーンパレスへ上げられた。
白亜の玉座の間。
大魔王バーンは、ガンガディアの報告を聞き、静かに笑った。
「娯楽放送が、諜報網となったか」
『はい』
悪魔の目玉越しに、ガンガディアが一礼する。
『酒場の主人は客を呼ぶために欲しがり、商人は金のために運びます。諸国は公式には拒みますが、非公式には止めきれませぬ』
「人は禁じられたものほど欲しがる」
『まことに』
「そして商人は、儲かるなら神官の説教より重い荷でも運ぶ」
バーンは満足げに目を細めた。
「よい。続けよ。ロモスの名を前に出しすぎるな。あくまで酒場の娯楽、商人の便利道具として広げよ」
『御意』
「だが忘れるな。目玉は見られていることを悟られてはならぬ。あまりに露骨に国策へ反映すれば、諸国も気づく」
『情報の使用には間を置きます。複数の経路で裏取りし、商人の判断に見せかけて流します』
「うむ」
バーンは玉座の肘掛けに手を置いた。
「剣で奪うだけが支配ではない。人が自ら欲し、運び、語り、広めるものこそ、最も深く根を張る」
悪魔の目玉が、玉座の間で静かに瞬いた。
それは魔物だった。
監視装置だった。
通信網だった。
娯楽だった。
商売道具だった。
そして今や、ロモスという魔の国の神経網になりつつあった。
バーンは低く笑う。
「よかろう。地上の酒場に笑いを流せ。商人に利益を見せよ。人々に便利を覚えさせよ」
大魔王の瞳が、暗く輝いた。
「気づいた時には、彼らの噂も欲望も、すでに余の盤上にある」