(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ…   作:ぶーく・ぶくぶく

28 / 30
鉄腕●●●●村!

 ロモスで、悪魔の目玉による娯楽放送が評判になり始めたのは、誰もが予想していなかった副産物だった。

 

 最初は布告のためだった。

 

 ロモス王シナナの言葉を村々へ届ける。

 魔王ハドラーの命令を役所へ伝える。

 病、虫害、井戸水、税の不正、魔物被害を王都へ報告する。

 

 悪魔の目玉は、魔王軍による監視と行政のための魔物だった。

 

 だが、人間はいつの間にかそれを別のものとして使い始めた。

 

 王都の広場で流された魔界開拓中継。

 ジオウ衆が岩を砕き、水路を掘り、ザボエラが作物の根に住む魔界菌を解説する番組。

 魔物の子供たちが光苔の下で文字を習う映像。

 クロコダイン配下の獣人たちが魔の森の見回りをする様子。

 

 最初、村人たちは恐る恐る見ていた。

 

 だが、次第に慣れた。

 

 夕方になると、村の広場に人が集まる。

 子供は魔物の子供が転ぶ場面で笑い、大人は水路工事の説明に感心し、老人はロモス王の顔を見て安心する。

 

 そして酒場の主人たちが気づいた。

 

 これは、客を呼べる。

 

 王都の酒場では、悪魔の目玉が天井近くに吊るされるようになった。

 夜になると、客たちは酒杯を片手に放送を見る。

 

 魔界開拓記録。

 ロモス港の交易市況。

 魔の森の危険区域案内。

 各村の収穫祭。

 クロコダインによる獣王武術演武。

 ザボエラの毒草講座。

 ハドラーの短い訓示。

 

 中でも人気だったのは、ジオウ衆の土木番組だった。

 

『ここ、昨日まで岩盤やったんやけどな。水の通り道作ったら、ほら、畑になるやろ』

 

 ジョウがそんな調子で説明するたび、酒場の客は笑った。

 だが、笑いながらも聞いていた。

 

 水路。

 堤。

 排水。

 貯蔵。

 魔物避けの柵。

 畑の区画。

 

 娯楽の形をした知識が、ロモスの民へ染み込んでいく。

 

 やがて、その評判はロモスの外へ漏れた。

 

 最初に欲しがったのは、他国の酒場の主人たちだった。

 

「ロモスの酒場では、壁に魔物の目玉を吊るして、遠くの景色を見せるらしい」

 

「ただの見世物だろう?」

 

「それが客を呼ぶらしい。酒が売れる。飯も出る。噂を聞きたがる商人が集まる」

 

 次に食いついたのは商人たちだった。

 

 金になる。

 

 その一言で、商人は動く。

 

 もちろん、悪魔の目玉は他国で公式に導入されるものではなかった。

 

 あれは魔物である。

 しかも魔族の情報収集用の魔物だ。

 ロモスでは行政端末として使われていても、カール、パプニカ、ベンガーナが公然と受け入れるはずがない。

 

 神官は反対する。

 賢者は危険視する。

 王宮は諜報を疑う。

 

 だから、表向きには導入されなかった。

 

 表向きには。

 

 だが、密輸品としてなら話は別だった。

 

 夜の港。

 倉庫の奥。

 酒樽の中。

 香辛料袋の底。

 絹布の箱に紛れ込む、眠らされた悪魔の目玉。

 

 それらは商人の手で他国へ運ばれた。

 

 そして、辺境の酒場、港町の宿、商館の地下、賭場の奥に据え付けられていった。

 

「これはロモスの新しい見世物でございます」

 

「魔王軍の道具ではないのか?」

 

「ただの放送用でさ。こちらから見られるわけじゃありません。せいぜい歌と市況とロモスの土木自慢が流れるだけで」

 

 もちろん、嘘だった。

 

 悪魔の目玉は見ている。

 

 聞いている。

 

 酒場の客が酔って漏らす噂。

 商人が囁く相場。

 兵士がこぼす不満。

 役人が隠したい税の話。

 神官が語る神託への不安。

 船乗りが知る海路の異変。

 

 すべてが、目玉を通じてロモスへ流れ込んでいく。

 

 だが、それは一方的な諜報ではなかった。

 

 商人たち自身も、その情報網を利用していた。

 

 どこの港で塩が高いか。

 どの街道が安全か。

 パプニカの織物の値は上がるか。

 ベンガーナの鉄は余っているか。

 カールの宮廷が何に怯えているか。

 テランの湖畔へ向かう巡礼が増えているか。

 

 酒場に集まる噂は、商人にとって金の匂いそのものだった。

 

 彼らは悪魔の目玉を恐れながらも使った。

 

 なぜなら便利だからだ。

 

 そして便利なものは、たいてい恐怖に勝つ。

 

 ロモス王宮の軍政区画。

 

 ガンガディアは、壁一面に並ぶ悪魔の目玉の映像を前にしていた。

 

 その背後では、配下の魔物たちが忙しく動いている。

 

 記録係の悪魔の目玉。

 音声を聞き分ける小型の魔物。

 商人名簿を整理するゴースト。

 地図に噂を書き込む骸骨兵。

 相場表を作るインプ。

 

 人間の酒場で交わされた取るに足らぬ噂が、ここでは情報資源に変わる。

 

「ベンガーナ西港で鉄材の値が下がっています」

 

「原因は?」

 

「造船予定の延期。王宮予算が軍備から海路警備へ回ったためと思われます」

 

「記録。ロモス港で買い付けるなら今です」

 

 別の魔物が報告する。

 

「パプニカ産のあまつゆの糸、今年は収量が少ないとの噂」

 

「裏取りは」

 

「三つの酒場、二つの商館、絹商人の会話が一致」

 

「ならば価格上昇前に押さえるべきです。ロモス商人へ流しなさい。ただし魔王軍の直接買いは避ける」

 

 また別の目玉が瞬く。

 

「カール方面で、ロモスの悪魔の目玉放送を危険視する神官が増えています」

 

「当然でしょう」

 

 ガンガディアは眼鏡を押し上げた。

 

「危険なのですから」

 

 配下の魔物たちが一瞬だけ動きを止める。

 

 ガンガディアは淡々と続けた。

 

「だからこそ、娯楽として広めるのです。危険なものを危険な顔で置けば拒まれる。楽しいものとして置けば、人は自分から近づく」

 

 壁の一つに、ある酒場の映像が映る。

 

 酔った商人たちが、ロモスの魔界開拓番組を見て笑っている。

 その横で、別の商人が小声で値動きの話をしている。

 奥の席では、兵士が上官への不満を漏らしている。

 

 笑い声。

 酒の音。

 銅貨の響き。

 噂。

 嘘。

 欲望。

 

 それらはすべて、ロモスへ流れ込む。

 

「娯楽は警戒を溶かします」

 

 ガンガディアは言った。

 

「商売は国境を越えます。噂は門番を避けます。そして酒場は、人が最も油断して真実を漏らす場所です」

 

 彼は地図を見た。

 

 ロモスを中心に、細い線が各国へ伸びている。

 

 交易路。

 密輸路。

 酒場。

 商館。

 港。

 宿場町。

 

 線の先には、悪魔の目玉がある。

 

「軍を送れば城門は閉じる。使者を送れば言葉は飾られる。だが、見世物を送れば人は集まる」

 

 ガンガディアは小さく笑った。

 

「実に、人間的です」

 

 その情報は、整理され、評価され、ロモスの国策へ組み込まれていく。

 

 どの国と交易を強めるか。

 どの街道へ護衛を出すか。

 どの商人を厚遇するか。

 どの貴族が不満を抱えているか。

 どの神官がロモスを敵視しているか。

 どこに食糧不足が起きるか。

 どの港が次に儲かるか。

 

 魔の国となったロモスは、剣だけで広がっているのではない。

 

 目で広がっている。

 

 耳で広がっている。

 

 そして、人間の欲で広がっている。

 

 その報告は、やがてバーンパレスへ上げられた。

 

 白亜の玉座の間。

 

 大魔王バーンは、ガンガディアの報告を聞き、静かに笑った。

 

「娯楽放送が、諜報網となったか」

 

『はい』

 

 悪魔の目玉越しに、ガンガディアが一礼する。

 

『酒場の主人は客を呼ぶために欲しがり、商人は金のために運びます。諸国は公式には拒みますが、非公式には止めきれませぬ』

 

「人は禁じられたものほど欲しがる」

 

『まことに』

 

「そして商人は、儲かるなら神官の説教より重い荷でも運ぶ」

 

 バーンは満足げに目を細めた。

 

「よい。続けよ。ロモスの名を前に出しすぎるな。あくまで酒場の娯楽、商人の便利道具として広げよ」

 

『御意』

 

「だが忘れるな。目玉は見られていることを悟られてはならぬ。あまりに露骨に国策へ反映すれば、諸国も気づく」

 

『情報の使用には間を置きます。複数の経路で裏取りし、商人の判断に見せかけて流します』

 

「うむ」

 

 バーンは玉座の肘掛けに手を置いた。

 

「剣で奪うだけが支配ではない。人が自ら欲し、運び、語り、広めるものこそ、最も深く根を張る」

 

 悪魔の目玉が、玉座の間で静かに瞬いた。

 

 それは魔物だった。

 監視装置だった。

 通信網だった。

 娯楽だった。

 商売道具だった。

 

 そして今や、ロモスという魔の国の神経網になりつつあった。

 

 バーンは低く笑う。

 

「よかろう。地上の酒場に笑いを流せ。商人に利益を見せよ。人々に便利を覚えさせよ」

 

 大魔王の瞳が、暗く輝いた。

 

「気づいた時には、彼らの噂も欲望も、すでに余の盤上にある」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。