(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ… 作:ぶーく・ぶくぶく
魔界の城、その玉座の間に、ひとりの男が立っていた。
長い黒髪。
鍛え抜かれた腕。
魔族でありながら、戦士とも職人ともつかぬ静かな佇まい。
ロン・ベルク。
魔界随一の名工と呼ばれる男である。
彼の前には、いくつもの武具が並べられていた。
鎧の魔剣。
鎧の魔槍。
魔族の膂力にも、勇者の闘気にも耐えうる刃。
使用者を鎧で包み、武器と防具を一体とする異形の武装。
そして、一本の杖。
光魔の杖。
飾り気のない、しかし魔力を通せば恐るべき威力を発揮する武器だった。
玉座の上で、バーンはそれを手に取った。
白い指が、杖の表面をなぞる。
ロンは無言で見ていた。
彼は自分の武器に自信を持っている。
だが、誇示する気はない。
武具とは、振るわれて初めて価値を示すものだ。
言葉で飾るものではない。
バーンはしばらく光魔の杖を眺めていた。
やがて、静かに笑う。
「ロン・ベルクよ」
「何だ」
「この光魔の杖……お前は、自分で知らぬうちに最強の武器を作ったようだ」
玉座の間に沈黙が落ちた。
ロンの眉が、わずかに動く。
「……それは」
バーンは杖を握った。
次の瞬間、玉座の間の空気が軋んだ。
杖の先端に、光が集まる。
それは炎ではない。
雷でもない。
ただ、魔力そのものが圧縮され、光となって現れている。
バーンの魔力は桁が違う。
普通の魔族ならば命を削って注ぐような魔力を、彼は呼吸するように流し込む。
光魔の杖は、その魔力を受けて震え、応え、刃にも槍にも砲にもなりうる気配を放った。
「余の能力に噛み合う」
バーンは愉快そうに言った。
「魔力を注げば注ぐほど威力を増す。単純だが、それゆえに余にはよい。余の魔力を受け止め、攻撃力へ変える。流石は魔界の名工よ」
それは称賛だった。
大魔王バーンからの、最大級の評価。
玉座の間に控える者たちならば、その言葉だけで平伏しただろう。
己の作が大魔王に認められたなら、生涯の誉れとして語るだろう。
だが、ロン・ベルクは違った。
彼の顔は晴れない。
むしろ、苦々しげですらあった。
「気に入らぬか」
バーンが問う。
ロンはしばし沈黙した後、低く答えた。
「この程度のものを最高と言われては、俺の究極の武器への探求は完全に途絶えてしまう」
玉座の間の空気が凍る。
ロンは続けた。
「俺は腐りたくない」
それは、大魔王への不敬にも等しい言葉だった。
しかしバーンは怒らない。
むしろ、面白そうに目を細めた。
「ほう」
「光魔の杖は、強い。あんたが使えば、おそらく他の武器など比べ物にならん威力を出すだろう。だが、それは武器が優れているからではない」
ロンは玉座のバーンをまっすぐ見た。
「あんたが強すぎるだけだ」
その言葉に、周囲の空気が震えた。
ロンは構わず続ける。
「込めた魔力をそのまま力に変える。仕組みとしては安直だ。創意工夫もない。使い手が化け物なら化け物じみた威力になる。だが、使い手を食う。魔力を吸い上げ続ける。弱い者なら武器に殺される。強い者なら、ただ強さを増幅するだけ」
彼の声には、職人の怒りがあった。
「そんなものは、俺の求める究極ではない」
鎧の魔剣。
鎧の魔槍。
光魔の杖。
どれも名品である。
だが、ロン・ベルクにとって名品であることと、究極であることは違う。
究極の武器とは何か。
ただ強ければいいのか。
使い手の魔力を限界まで吸い上げればいいのか。
巨大な威力を出せば、それで最高なのか。
違う。
少なくともロンは、そう思っていた。
「俺は、あんたのために本気で武器を鍛えたわけではない」
ロンは言った。
それもまた、玉座の間を震わせる言葉だった。
「あんたほどの魔力を持つ者なら、棒切れでも武器になる。なら、どれほどのものを渡しても成立する。そう思った。だからこれは実験作だ。魔力を流せば強くなる。発想は単純。素材と加工で無理やり成立させただけの武器だ」
ロンは光魔の杖を見た。
その目には、嫌悪すら混じっている。
「そんなものを最高傑作と呼ばれたくない」
バーンは黙って聞いていた。
怒るでもなく、笑うでもなく。
やがて、玉座の上でゆっくりと光魔の杖を掲げた。
「ロン・ベルク」
「何だ」
「お前の言い分はわかる」
バーンは言った。
「この杖は、余にとって最強の武器となりうる。余の魔力を受け止める器としては、見事だ。実戦で振るえば、並ぶものは少なかろう」
ロンの表情は変わらない。
「だが」
バーンは続けた。
「余にとっての最高の武器ではない」
ロンの目がわずかに細くなった。
「……何?」
「最強と最高は違う。そう言いたいのだろう?」
バーンは静かに笑った。
「威力だけなら、この杖は余に合う。だが、余に尽くす武器としては粗い。余の魔力をただ喰らい、ただ吐き出すのみ。制御も、変化も、余地も足りぬ。お前が己で言う通り、発想が若い」
ロンは沈黙した。
その顔に、初めて明確な不快が浮かぶ。
だが、それは侮辱された怒りではない。
図星を突かれた職人の顔だった。
「ならば、なぜ最強などと言った」
「事実だからだ」
バーンはあっさりと言った。
「この光魔の杖は、余が振るうなら最強の一角に入る。だが最高ではない。ゆえに、余はお前に求める」
玉座の間に、重い声が満ちる。
「名工として、これを最強最高の武器へ仕上げよ」
ロンは顔を上げた。
「俺に、まだあんたの武器を鍛えろと?」
「そうだ」
「断る、と言ったら?」
「去るがよい」
意外な答えだった。
ロンの目に警戒が宿る。
バーンは笑った。
「ただし、未完成のまま逃げるのか、ロン・ベルク」
その一言が、刃のように刺さった。
ロンの手がわずかに動く。
バーンは続ける。
「お前は腐りたくないと言った。ならば腐るな。安直な実験作を、余に最強と認められただけで満足して去るな。己の未熟を知ったなら、鍛え直せ。余のためではない。お前自身のために」
ロンは黙っている。
「光魔の杖は、お前の敗北だ」
バーンは断じた。
「使い手の魔力に頼りすぎている。武器としての意思がない。名工の作にしては、あまりにも余に甘えている」
ロンの眼光が鋭くなった。
空気が張り詰める。
「……言ってくれる」
「事実だ」
「俺を挑発しているのか」
「その必要があるか?」
バーンは杖をロンへ返した。
光魔の杖が、重い音を立てて床に置かれる。
「お前はすでに傷ついている。己の未完成を、誰よりもお前自身が知っているからだ」
ロンは杖を見下ろした。
確かにそうだった。
バーンのために本気で鍛えたくなかった。
この男のために、己の全霊を注ぎ込む気にはなれなかった。
だから、強いだけの武器を作った。
大魔王の莫大な魔力をそのまま暴力へ変える、単純で、乱暴で、つまらない武器を。
それが通用してしまった。
むしろ、あまりにも通用しすぎた。
だからこそ、腹立たしい。
この程度で最強になってしまう使い手が。
この程度を評価できてしまう状況が。
そして何より、この程度のものを作ってしまった自分自身が。
「良い」
バーンは言った。
「お前が余のもとを去りたいなら、いずれ去るがよい。名工とは、玉座に縛りつけておくものではない」
ロンは目を上げる。
「だが、この光魔の杖をこのまま置いていくことは許さぬ」
「なぜだ」
「未完成だからだ」
バーンは平然と言った。
「ロン・ベルクの名を刻むには足りぬ。余が持つには強い。だが、お前の武器としては低い。ならば仕上げよ」
ロンは低く笑った。
「俺が本気で鍛えれば、あんたはそれを使って何をする」
「必要な時に振るう」
「世界を支配するためか」
「世界を支えるためだ」
ロンは一瞬、言葉に詰まった。
バーンは玉座から彼を見下ろす。
「余は地上を吹き飛ばす気はない。魔界をこのまま腐らせる気もない。これから先、余には力が要る。力を制御する器も要る。お前の武器は、その一つとなる」
「……ずいぶん勝手な大計画だ」
「大魔王とはそういうものだ」
バーンは笑った。
ロンは光魔の杖を拾い上げた。
改めて見る。
強い。
間違いなく強い。
だが、粗い。
武器としての品がない。
魔力を吸い上げるだけ。
放つだけ。
使い手を助けるのではなく、使い手を試すだけの武器。
これでは駄目だ。
少なくとも、ロン・ベルクが己の名を刻むには足りない。
「……いいだろう」
ロンは言った。
「仕上げてやる。ただし、あんたのためじゃない」
「構わぬ」
「俺が、俺の未熟を許せないだけだ」
「それでよい」
バーンの目に、満足げな光が宿る。
「名工とは、そうでなくてはな」
ロンは背を向けた。
鎧の魔剣も、鎧の魔槍も、光魔の杖も、彼にとっては道の途中にあるものにすぎない。
究極の武器はまだ遠い。
それでいい。
遠いからこそ歩ける。
届かないからこそ鍛てる。
玉座の間を去り際、ロンは振り返らずに言った。
「バーン」
「何だ」
「次に持ってくるものを、この杖と同じだと思うな」
バーンは笑った。
「楽しみにしておこう」
ロン・ベルクはそのまま玉座の間を出ていった。
その背には怒りがあった。
屈辱があった。
そして、久しく鈍っていた炉に火が入る音があった。
後に彼は、別の武器を生み出すことになる。
込めた魔力に応じて威力を変え、形を変え、携行性に優れ、使い手を無闇に喰らい尽くさない黒き杖。
ブラックロッド。
それは魔法使いの護身用として最適でありながら、発想次第で無限の変化を見せる武器だった。
光魔の杖の欠点を見つめ、乗り越え、皮肉るように作られた一本。
ある意味では、ロン・ベルクからバーンへの意趣返しでもあった。
ただし、この日の玉座の間で、ロン自身はまだ知らない。
大魔王に不本意な称賛を受けた怒りが、やがて彼自身の鍛冶をもう一段深いところへ押し込むことを。
そしてバーンは、それを最初から少しだけ期待していた。