やられ役になってたまるか〜〜 黒き魔女へと堕ちるまで 作:瑠璃1
少し薄暗い森の中、木々が風でざわざわと揺れ、小鳥がさえずり、どこか遠くから「‥ピチャン」と水の音が聞こえてくる。そんな森の中で、木々の間から溢れるように温かい日の光が、少女へ導く様に照らし出す。
白いワンピースをまとった、幼くも端正な顔立ちをしている、銀髪の少女は、微笑みを浮かべ、‥スゥ‥スゥと、規則正しい寝息を立てながら、小さく体を丸め眠っている。その傍らには、いつの間にか小鳥やリス、臆病な兎、果ては体の大きな鹿までもが、安心する様子でそっと、寄り添い身体を休めている。
その様子は、どこまでも神秘的で、人が手を出してはいけない、美しい芸術品そのものだった。
「‥‥‥ん」
ーーだが、残念な事に。
突如として、その静寂は儚い夢から醒ますように破られる。
まつ毛は揺れ動き、少女は寝惚けた眼のまま、小さくあくびをしながら、ゆっくりと起き上がる。
唐突に起き上がったことに、動物たちは驚き、一歩後ろに下がる。
眠りから覚めた少女は、小さな手で目を擦りながら、辺りを見回し、鈴の音色のような透き通る声で口を開いた。
「‥は?‥‥ここどこだよ?」
その口調は、先ほどまでの、神秘的で神聖な雰囲気を台無しにする様な、ぶっきらぼうで、ひどく人間らしい、現実に引き戻される一言だった。
〜銀髪の少女 視点〜
‥‥待て待て、一旦落ち着こう。落ち着いて、状況を整理しよう。まず俺は、五反田 吾郎 大学に通いながら、一人暮らしをしているごく普通の大学生だ。異論は認めない。まぁ、彼女はいないけどな。
え‥っと確か昨日は、徹夜しながらゲームをして、魔王討伐直前で、罠にかかって死んだことに、絶望してふて寝したはずだよな。
なのになんでこんな薄暗い森の中にいるんだ? それと俺の周りにいるこの動物達は、なんだ? あ、驚いて逃げちゃった。
‥‥うん?なんかやけに目線が、低い様な‥気のせいか?‥あれなんか、手や腕も俺ってこんなに細くてぷにぷにしていたっけ? 俺の手はもっとゴツゴツした男らしくイケメンのようだった気が(いや、別にイケメンでもなかったか)‥‥取り敢えず大声出して助けを呼ぼう。周りには、誰かしらいるだろう。
「‥‥あのーー誰かいませんか!?」
「だれか〜〜いませんか」
「だれか〜〜〜!」
ハァ‥ハァ‥誰もいないのか? いや‥‥多分、聞こえなかっただけだろ。 きっとそうだ、そうに違いない。
(本当は此処には、誰もいないんじゃないのか)
俺は、焦り跳ね上がる鼓動を、少しでも落ち着かせるために、目を閉じて、胸に手を当て深く、深く息を吸い込んだ。
「‥スゥーーーーハァーーーー」
目を開きながら、早まった心音はいくらか、落ち着きを取り戻していた。此処が森の中で周りに、人はいないと再認識して、この状況を打開するすべを考えた。
取り敢えずどこかしらに、歩いていこう‥‥いやこういう時は動かない方がいいのか? ‥‥いや、いつ助けが来るかもわからない。水の確保だけでも、しておこう。
幸い遠くから、水の音が聞こえてくる、そこに向かおう。
(‥‥いや、俺は心の何処かで、気がついていたんだろう。此処が地球ではない事も、己の体の異変にも、だがそれを認めて仕舞えば、すべてが『現実』になってしまう気がして、気がつかない振りをしていた。)
俺は、水を求めて歩き出す。自らの肉体の変化や、此処が地球ではないという現実に、懸命に目を背けながら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガサガサと、葉っぱを掻き分けた。俺は膝に手を付き、荒い息を吐き、その場に座り込んだ。
「‥ハァ‥ハァ‥なんでこんなに! 何もないんだよ!」
俺は、水場を求めて、歩き出した。 だが歩いても、歩いても、大きな木や、ポツンと咲く花、苔むした石、いかにも毒がありそうなキノコ、そんな変わり映えしない物ばかりだった。
「ハァ‥水はどこだよ? しかも食料でもあればいいなだと思ったけど、俺って食べれる野草とかキノコの知識とかないんだった」
体は地面に吸い寄せらるように寝転び、一度此処で休憩するかと半ば自暴自棄になりながら、ため息と一緒に愚痴が思わず溢れた。
(‥‥‥ドス‥)(‥‥ドスン‥) (‥ドッスン‥)
「‥うん?‥何か近づいてくる?」
鳴り響く地響きに、空気は重く澱み、草木は、危険を知らせるためにザワザワと音を立て始めた。
俺は慌てて飛び起き、横たわっている巨木の後ろに身を隠した。だが、好奇心が抑えきれず、そっと地響きがなる方へと視線を向けた。
ギシッ ギシッ
目と鼻の先の森が、唸るように悲鳴を上げながら激しく軋み出す。
次の瞬間、小動物達はヒュン ヒュンと風を切り大きな動物達はドタドタと無数の足跡を響かせ、怯え焦る顔で、こちらに見向きもせず、通り過ぎていく。
ドカーーーン!!!
まるで大地を割るような衝撃が響き渡り、思わず吹き飛び、倒れ込みそうになる。
ぶわぁぁぁッ!?
と衝撃で土埃が舞い広がり、辺り一面の視界を奪い去る。
俺は、横たわる巨木に必死でしがみつき、舞い広がってくる土埃に両腕で顔を覆った。
土埃が徐々に晴れ、ついに動物達が恐れ逃げ出した。巨大な『何か』が、姿を現す。
「グオーーーーーッ」
姿を現した時、俺は岩のように体を膠着させながら、戦慄した。全身が赤黒く染まり、黒く悪魔を思わせるツノを生やしたその巨躯は、巨大な山の様だった。
こちらを睨み付けるように目を真っ赤に染め上げ、鼻息だけで土埃が舞い散る。
その姿は、まさしく神話の中から飛び出てきたベヒモスそのものだった。
巨獣の咆哮が轟き震わせた瞬間、全身の毛穴が総毛立った、叫び出しそうになる口を咄嗟に両手で塞ぐ。しかし一歩遅かった、指の隙間から小さな、悲鳴が溢れ出た。
「‥‥‥ひっ、」
「‥‥‥ギロッ」
奴の目線が、ピタリと留まった。
じっとこちらを捉えて離さない。
口元が、裂けるように歪む。それはまるで、極上のおもちゃで遊び潰そうとする子供の笑顔だった。
(‥‥やめてくれ‥くるな‥‥‥殺さないでください!?)
倒木の下、割れて血が滲む爪を見向きもせず、ひたすら地面を掘る。
涙目で這いつくばりながら、神へと、あるいは目の前の化け物へ、届きもしない祈りを捧げた。
ズシン、ズシンと恐怖を刻むための地響きが鳴り響く
頭上は、化け物の影で徐々に覆われ始める。
化け物の大きな瞳が、こちらをジロリと見下ろした
「‥‥ あ、‥終わった」
ドスッッーーーン!!
祈りは虚しく、泥に濡れて崩れ去る
地獄が、すぐそこで手招きしている