「何とかならないでしょうか。このままだと補習を組まないといけなくてトレーニングにも支障が出るかと……」
トレーナーは頭を抱える。担当のカルストンライトオの担任がやってきたときは嫌な予感がした。彼女が直線に拘るのは知っていたが、ついにトレーニングに支障が出始めたか。
「数学自体が苦手というわけではないと思うんです。ただ、なんと言いますか、こだわりというか」
わかっている。曲線だ。彼女自身算数は得意だったと言っていたから苦手意識はないんだと思うけど。
「なんとかなりませんかねぇ……。トレーナーにお願いするのも申し訳ないのですが」
「ご心労おかけし申し訳ないです……」
頭を下げるものの、どうしたものか。コーナーをいやいや曲がっている彼女に曲線の問題を解かせるイメージがわかない。
考えているとトレーナー室のドアが勢いよく開いた。
「トレーナー、さあ今日も頑張りましょう。おや、先生どうしましたか。こんなところで」
担任はバツが悪そうにしている。
「ふむ、私に何か用事があったのでしょう。早く言ってください。最速で解決しましょう」
先生は困った様子でこの前の小テストを差し出した。
「それはこの前の小テストではないですか。曲線しか出さないなんて、度し難い行動です」
「先生はライトオの数学の成績のことで相談に来たんだ」
助け舟を出す。
「このままだと補習になる」
「補習?構いません。最速で終わらせましょう何なら今やりましょうすぐやりましょう」
数学の教科書を取りに行こうとしたカルストンライトオを押さえる。
「とりあえず曲線への苦手意識が薄まるよう努力します」
「すいません、よろしくお願いします」
担任はどっと疲れたような顔をしてトレーナー室を出て行った。
グラウンドにて、準備をしながらカルストンライトオに話しかける。
「直線が何かわかるかな」
「フッ。何をわかりきったことを。世界で美しいものが直線です」
「じゃあ曲線は」
「貧弱、軟弱な線です」
「そ、そうか。じゃあ円は」
「直線を含まない図形です。忌々しい」
思ったより重症のようだ。
カルストンライトオの走る様子を見ながらどうしたものかと考えていた。トレーナ自身、学生時代に数学はできた方だが、曲線を敵視するという発想はなかった。直線的に曲線の苦手意識をなくすにはどうしたらいいんだろう。しかも相手は曲線アレルギーのカルストンライトオだ。この前水玉のネクタイをしていたら舌打ちをされたことを思い出しながら途方に暮れる。
学生時代に受けた授業を思い出しながらぼんやりとグラウンドを眺めているとキタサンブラックがタイヤを縄で引いて走っていた。ウェイトトレーニングだ。
その時、ひらめいた。早速、キタサンブラックに協力を依頼する。
「どうした、トレーナー。トレーニングの変更か?」
呼び寄せたカルストンライトオはトレーナーに尋ねる。隣には縄を持ったキタサンブラック。
「練習の邪魔をして申し訳ないが、彼女の曲線克服のためよろしく頼む」
「お任せください!私はお助けキタちゃんなので!」
縄をキタサンブラックとカルストンライトオに結びながらトレーナーは尋ねる。
「円の定義は覚えている?」
「軟弱な図形です」
「平面上のある点からの距離が一定の点の集合が円だ」
トレーナーは気にせず続ける。
「今から円を描くように走ってもらう」
「トレーナー、血迷ったか」
「いつも通りまっすぐ走っていてもらえばいい、まあやってみればわかるよ。キタサン、準備は良い?」
「はい、いつでも大丈夫です!」
よし、とトレーナーは念のため距離を取る。
「よし、じゃあ縄を左に張った状態で走ってくれ」
フッ、と息を吐きカルストンライトオはまっすぐ走る……が、縄のせいで左に引っ張られている。キタサンブラックは足を踏ん張ってその位置をキープし続ける。結果、カルストンライトオはキタサンブラックを中心に円を描くように走った。三周したあたりでカルストンライトオを止めた。
「よし、そこまで。どう?走った感想は」
「ハア、ハア……。クソッ、私が円を描くなんて何たる屈辱」
「力強い走りでした!」
キタサンブラックも近づいてくる。曲線を克服するまで協力してくれるようだ。
「さて、やってもらったのはコンパスと同じ原理だね」
「あの直線的な部品で構成されながらその場でくるくる回っているだけの雑魚か」
一旦突っ込むのはやめておこう。
「さて、円もものすごく近づいてみると直線に見えるという話をしたかったんだ」
「何を言っているのです。円に直線などありません」
「あくまで直線に近いという話だよ」
「たしか、円の接線は円の中心から降ろした線分と垂直に交わるんでしたっけ。ちょうど私とライトオさんを結んでいた縄ですね」
「その通り」
ようはライトオも円の一部になれるというところで曲線を克服してほしかったんだが。伝わっただろうか。
「なるほど。つまり円も拡大すれば直線になるというわけですね」
「まあ、そうだな」
「つまり、この世に曲線は存在せず、すべては直線であると」
「それはちょっと違うような……」
「ありがとうございますトレーナー。今日は素晴らしい真理に出会えました。そう、やはりすべては直線なのです」
変なことを言うと折角の納得が台無しになってしまいそうなので黙っていた。
「曲線克服ができたようなので私もトレーニングに戻りますね」
「あ、うん。ありがとう」
「何かあったらまた頼ってくださいね!」
そう言ってキタサンブラックも去って行った。
「そうとわかったら早速この事実を伝えて回らなければなりません。トレーナー、今日はこの辺でトレーニングを終わりにしましょう」
カルストンライトオは走り去った。優しい風がトレーナーのストライプのネクタイを揺らした。
後日、担任の先生が報告に来てくれた。
「トレーナー、ありがとうございます。カルストンライトオさんの授業態度もすごくよくなったんですよ」
「それは良かったです」
「ただ、気になる点もありまして。」
「気になる点?」
「これを」
そう言って差し出された小テスト。出来はまあまあ良く見えるが。
「これの何が問題なんです?」
「実は裏面なんですが」
裏面を見た。そこには彼女らしい直線的な文字ではっきりと書かれていた。
『私は素晴らしい真理を得た。かつてフェルマーは余白が足りないという愚行を犯したが私は最速で証明しよう。すべては直線。以上』