王城のとある一室。
窓から優しい陽だまりが差し込み、ふかふかのソファーで横になり本を読み込む。
う~ん、快適。
恵まれた環境を謳歌しながら、悠々自適にダラダラ過ごすこの時間が最高だ。
この時間がずっと続けば良いのに……。
『バタン』
突然鳴ったドアの開閉音に驚き、手が滑る。
「いてっ」
顔に本が落下した痛みで、鼻先を押さえる。視界を覆っていた本をずらし、横に目をやる。
ソファーの傍に、意匠を凝らした鎧を身に纏う美少女みたいな奴が立っていた。
「ここでサボってたんスね」
こいつは俺の専属騎士のルカだ。目はくりっとしていて、睫毛も長く、肩に掛かる金髪の三つ編み。他人から見れば美少女だが……実は男だ。
本人曰く、自分は可愛いから可愛い恰好をするのは当然だと言っていた。ちなみに、この格好だと敵が油断してくれる可能性が高いとも話していた。
それはさておき。
俺は本を抱えながらり、上体を起こす。
「サボりじゃない。これは戦略的休息だ……それで、何か用か?」
俺はそう問いかけながら、本のページを捲る。どこまで読んでたっけ……。
「あぁ、殿下を探していたんでスよね」
そこで俺の手がピタリと止まる。
俺は慌てずそっと立ち上がり、ソファーが小さくキュッと音を立てる。そして平静を装いゆっくりとした足取りで窓辺へと向かう。
動じた様子を見せない外面と違って、内心では少しばかり焦っていた。
……探していたって、絶対めんどくさいこと押し付けられるじゃん!
「なるほど……じゃ」
俺は窓辺から身を乗り出す。飛び出そうと手に力を籠めるが、腰に回された手に阻まれピクリとも動かない。
晴天の青空を眺める。
「なぁ、ルカ……俺の専属騎士だよな?」
「そうスよ?」
そこで俺はルカへと振り返る。ルカの表情はどこかダルそうにしている。
「なら、その手を離してくれないか?」
俺の専属騎士なら俺の意志を優先して欲しいなぁ?
そう願いを込めて見つめるが、ルカはどこか呆れながらも、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「確かに俺は殿下の専属騎士スよ。でも、俺のお給料は国王陛下のお財布から出てるんスよ?」
くそ、裏切り者め!
なんとか逃げようと体をよじるが、その細見の体格と似合わない力で振り切れる気が全くしない。一体どこにそんな力があるのやらと思わなくもないが……サボってばかりで鍛えていない俺が非力すぎるのか。
「はぁ、あんまり時間かけても怒られるのは俺なんスから……よっこいしょ」
ルカが腕に力を入れたかと思えば、俺の体が宙に浮く。そのまま浮き続け天地が入れ替わる。
「ぐへっ」
後頭部に衝撃を受け、間の抜けた声が漏れた。
痛みで身動きが取れないのを良い事に、ルカが俺の首元に手を回し襟を掴む。
「さぁ、行くっスよ」
そう言って俺を床に引き摺りながら、ルカは歩き出す。
「……どこに行くんだ?」
せめてもの抵抗の意味を込めて問いかける。まぁ、たぶんサボった授業に連れ戻されるぐらいか?
「国王陛下のとこっスよ」
ん? 父上が?
……やはり嫌な予感がする。
俺がよく戦略的休息するようになったのは、国王陛下こと父上が原因だ。
幼少の頃からありとあらゆる教育を受けさせられた。そんな生活に嫌気が差し、授業から逃亡──げふんげふん、自主的に戦略的休息を取ることにしたのだ。
最初は父上に苦言を呈されていたが、ここ最近はもう諦めたのか何も言わなくなっていた。それなのに、今俺を探している……?
「なぁ、やっぱり見逃してくれない?」
今までのどこかふざけた声色とは違い、真摯に頼み込む。
その真摯な態度に心打たれたのかルカは立ち止まり、こちらを見下ろす。その表情は慈愛に満ちた瞳で微笑みかけてくる。
「駄目っス」
俺の希望は見るも無残に打ち砕かれた。
「裏切り者めぇー!」
「はいはい、泣き言は後で聞くんで。とりあえず行くっスよ」
気付けば玉座の扉の前へと辿り着いた。
引き摺られるのは外聞が悪いので、途中で放してもらった。
放してもらったなら逃げればいいじゃんって思うだろ? 部屋に引きこもってばかりいる俺が、常に傍で目を見張らせている騎士のルカから逃げるの至難の業だ。
それでもチャンスを探っていたわけだが……気付けば玉座の前まで到着していたというわけだ。
もうここまで来たら逃げれないじゃないか……。
俺は一つ溜息を吐き、扉の前で立ち止まる。
扉の両脇に立つ騎士が合図を送ると、その重厚な扉がゆっくりと開いていく。
「第三王子、アレクシス殿下御入来!」
開かれた扉からルカを伴い、中央へと向けて歩き出す。
正面には俺の父親であり国王陛下であるラインハルト・フォン・ナーロヴァ。
そして、壁際には多くの貴族の面々が並んでいた。
貴族たちは俺の方を見つめ、眉を顰める。彼らは近くの者と手で口元を覆いながら、ヒソヒソと喋る。
「怠惰王子だ……」
「一体何しに来たのやら」
聞こえてますよ。
と言っても言い返すつもりはない。言い返したところで何の益もないし、面倒事が増えるだけだと思っていたのだが……。
「チッ、うるさいっスね」
隣でルカが悪態を吐いていた。
こらこらルカさん。聞こえるかもですよ?
それにしても……父親と宰相だけかと思っていたが、これほどまでの貴族が集まるとは只事じゃない。
コメカミを冷や汗が伝う。
玉座の間の中央付近に辿り着き、さっと片膝を付く。
「お呼びでしょうか? 陛下」
「うむ、面を上げよ」
顔を上げると、目の前に父親と隣に立つ宰相の姿が目に入る。
宰相は何とも辛気臭そうな顔をしているが、父上の表情は……読めないな。
「久しいな……して、アレクシスよ。幾つになった?」
「はっ、18になります」
俺の答えを受けて、父上は「ほぅ」と小さく息を漏らし、一つ頷く。
年齢など知っているだろうに。
「そうかそうか、もう18か……そろそろお前にも役目というものを与えなければな」
やはりそう来たか。
「陛下、そう焦らずとも──」
「お前の兄たちには役目を与え、良く頑張っておる。だというのに、お前に役目を与えなけなければ、お前を軽んじていると周囲は判断するだろう。強いては余の狭量を疑われかねん」
マズイ、父上は本気だ。
何か状況を打開する策はないものかと、必死に頭を回転させる。
そうだ! 自身の未熟さをアピールし、もっと知見を広めたいと父上にアピールすれば!
そう思い口を開きかけた瞬間。
「王命である」
父上は厳かな口調で告げた。
「アレクシス・フォン・ナーロヴァを、都市カザンドラの領主。迷境伯に任ずる」
王命を拒否することは反逆罪と同義である。それは王子の身分でも変わらない。
何も言えず頭を伏せるしかなかった。
「王命、しかと拝受しました」