翌朝、半ば追い出される形で馬車に詰め込められ揺られていた。
「はぁ、どうしてこうなったんだ……」
窓渕で肘を付きながら、思わず愚痴が零れる。
「自業自得じゃないスか?」
対面に座るルカから情け容赦のない正論が飛んでくる。
主人がこんなに落ち込んでいるというのに、慰めの一つもないのかと言い返したくなるが、結局手痛いしっぺ返しを食らうだけだろう。
それにしてもルカのこの落ち着き様……。
「ルカ、今回の迷境伯任命の件知っていたな?」
「そりゃ当然じゃないスか?」
なんでそんな当たり前のことを聞くんだと不思議そうに首を傾げる。
「……教えてくれても良かったじゃないか」
「教えたら殿下は逃げるスよね?」
「ぐっ」
それだけは間違いない。流石ルカだな、付き合いが長いということもあって俺のことをよく理解している。
「まぁ過去のことを悔やんでも仕方ないスよ? 大事なのはこれからどうするかっスから」
「これから、ねぇ……流石に迷境伯は予想外だったが」
腕を組み、馬車の天井を見上げる。
「俺はよく分かってないんスけど、殿下は迷境伯がどういうものか知ってるんスか?」
視線をルカに戻す。
まぁ、迷境伯ってその独自性も相まって貴族の中でもマイナーというか、数が少ないからな。知らないのも無理はない。
それに、近衛騎士の中でもルカは特殊な方だろう。あまり派閥に属するタイプではないし、何より本人にあまりそういったことに興味がなさそうだ。
「まぁ一応な。ザックリとではあるが」
「おぉ~、流石っス。サボって本ばっか読んでただけはあるっスね」
「余計なお世話だ」
悪態を吐きながら、窓辺に肘をかける。
「迷境伯というのは序列で言えば上から数えて4番目、侯爵よりは下で伯爵よりは上ってぐらいかな」
「へぇ~、まぁまぁ偉いんすね。じゃあ、領地も広いんすか?」
「いや、都市一つだけだ」
そう教えると、ルカが神妙というか……なんだろう。その視線には憐みに近いものを感じる。
「俺でも分かってきたスよ。左遷ってことスね」
「……本人を前にソレ言う?」
左遷って……。
「それにルカだって俺の専属だから似たようなもんだぞ」
「俺は別に良いんスよ? 出世に興味があるわけじゃないですし、殿下といるのは楽しいスから」
ルカはそう言って笑う。こいつ……恥ずかしげもなさくサラリと言い放ちやがった。聞いてるこっちが少し恥ずかしさを覚える。
俺はあえて視線を逸らす。
「でもまぁ、まだ左遷と決まったわけじゃない」
「そうなんスか?」
「あぁ、領地は迷宮とそれを囲むように存在する都市一個だけだが、権限は強力だ……周辺の貴族を動員する権限を持ち合わせている。簡単に言えば、俺の一言で周辺の軍隊を集めることも可能だ。条件付きだがな」
領地の規模に見合わない権限の強さ。
それこそ周辺の軍隊を統帥できる権限となると、自ずと爵位における序列も上になるというもの。
「条件?」
「魔物に関する時だ」
偶に迷宮から魔物が溢れ出す事件は数百年に一度と言われるものの、歴史上では何度か起きている。
迷境伯というのは言ってしまえば、都市を運営しながら魔物が溢れ出した際に対処する役職なのだ。
「と言っても、魔物が溢れるなんて数百年に一度だしそこまで心配することじゃない。領地こそ小さいものの序列は上位だから誰かにアレコレ言われることもないだろうし、無難に悠々自適に暮らすさ」
「まぁ、殿下がそう言うならそうなんでしょうね」
俺は両手を頭の後ろで組んで、背もたれに寄り掛かる。
迷宮がある都市は治安が悪いとは聞くが……まぁ、流石に貴族が住む館となると大丈夫だろ。
この時の俺はまだそう思っていた。