翌朝。
おそらく、食堂として使われていたと思しき場所で集合していた。
思しき……というのは、食堂にあるはずの机とか椅子とか諸々無いからだ!
まぁ今となってはどうでもいいんだけどね……。
「さて、仕事を始める前に……自己紹介しようか」
昨日の夜も彼女らは別の部屋に泊まっており、名前を知るチャンスを逃していた。
流石に一つ屋根の下で当分一緒に暮らすというのに、名前を知らないというのは流石になぁ……。
「えっと、私の名前はティナと言います。この子たちは男の子がロロで女の子がミィと言います」
ティナの挨拶を受けて俺はしゃがみ込み子供たちに目線を合わせる。
「なるほど、宜しくな」
出来るだけ怖がらせないようにしたつもりではあるが……ロロはさっとティナの後ろに隠れてしまった。ティナも困ったように苦笑いを浮かべる。
しかし意外なことに、一番年下と思われるミィという少女はティナの後ろに隠れたりもせず、こちらのことをじっと見つめていた。
「よろちく」
ミィはバッと右手を差し出す。
俺は少々呆気に取られながらも、その小さい手を握り返した。
「……あぁ、こちらこそ」
「ぷぷっ、殿下が幼女に戸惑ってるス」
おい、聞こえてんぞ。
俺は立ち上がり、ティナへと向き直る。
「じゃあ次は俺だな……アレクシスだ。そしてこいつが幼馴染のルカ」
「どうも、よろしくっス」
ルカが笑顔で手を振る。こいつ……性格は悪いけど、外面はめっちゃいいんだよな。
俺にも臆さなかったミィが、ルカのことをじっと見つめ口を開く。
「ルカ……お姉ちゃん?」
言葉尻では確信が持てなかったのか疑問形になっており、ミィは不思議そうに首を傾げている。
「ふふん、俺は可愛いスから。勘違いしちゃうのは無理もないスねぇ」
ルカは勘違いされたのが嬉しかったのか、ニンマリと笑いながら三つ編みの先っぽをくるくると弄る。
「じゃ、ルカおにいちゃん?」
ルカは膝に手を置き、ミィの前でしゃがみ込む。
「好きな方で良いスよ?」
ミィは唇を指先で摘まんで悩んだ素振りを見せる。
「……ルカお姉ちゃん」
「ミィは良い子っスね~!」
ルカはニィと笑いミィの両脇に手を差し込み、持ち上げる。
「わぁぁあああ!」
ミィは突然のことに驚いた様子で声を上げる。しかし、怖いというよりも楽しさが勝っているような表情だ。
それにしても、ルカには子供好きな一面もあったんだな。
「僕も……」
気付けばルカの周りにはロロも吸い寄せられていた。
ロロは羨ましそうにミィのことを見上げている。
「しょうがないっスね~、順番っスよ?」
「う、うん!」
ロロという少年は元気良く頷く。
……なんだろう。この敗北感は。
いや、勝ち負けとかではないはずなんだけど……俺もできる限り親切にしたつもりなんだけど……。
「あ、あの」
「ん?」
ルカとの差を見せつけられたようで少々ショックを受けていると、ティナが話しかけてきた。
「騎士様のご迷惑じゃないでしょうか……?」
俺は改めてルカに視線を戻す。
「ん~、大丈夫だよ。ルカも楽しんでるみたいだし」
あっ。
一瞬の閃きが脳内を駆け抜け、思わず声が出そうになるのを手で必死に抑えた。
今。ルカの意識は子供たちに向かっている。
どうせルカのことだ。サボろうとしても人手が足りないと正論を並べて妨害してくるはずだ。ならば、今。そう、ルカが夢中になっている今のうちに逃げてサボるべきなのでは?
そうだ、そうしよう。
ティナの肩に手を置き、できるだけ声を抑える。
「自己紹介も済んだことだし、後は頼むよ」
「あっ、はい……」
ティナも雰囲気を察したのか控えめな声で返事をする。
俺は一つ頷いてから踵を返し、足音に気を付けながら一歩を踏み出す。
「ぐぇっ」
首元に苦しさを覚え、変な声が出た。
「サボるつもりっスか?」
俺は恐る恐ると言った感じで振り返る。
笑みを浮かべたルカが俺の襟を掴んでいた。笑ってはいるが、笑ってない。
それに、この光景どこかで見たような……。
「……ダメ?」
「ダメっスよ」
俺の逃亡計画は一歩目で挫折した。
昼過ぎぐらいまで、掃除しました。
ぐすん、王子なのに……主人なのに……。
僅かに許された昼休憩の時間で横になれる場所……ソファーやベッドなんてあるはずもなく、残されてあった硬い木の椅子を並べて横になるほかない。あぁ、王宮のソファーがどうしようもなく恋しい。
不意にドアがギィイイイと開く音が聞こえた。
「殿下、起きて欲しいっス」
やっとこの硬い椅子でも眠れる所だったのに。
「まだ時間じゃないと思うけど?」
俺の体内時計ではあと10分……いや、あと13分は休めるはずだ!
「集団がこっちに向かって来てるっス」
いつになく真剣なルカの声に上体を起こす。
「人数は分かるか?」
「二十人前後ってとこスかね、ただ気配が鋭いのが三人ほど」
なるほど、只事じゃないな。
「敵か?」
「それはまだなんとも言えないっス」
ふむ……明確な敵意はないってことか。
よし。
「出迎えるぞ」
「了解っス」
ルカを伴って玄関の方へと向かい、扉を開ける。
扉の先には、二十人の武装した集団と豪華な衣装に身を包んだ男が一人。
集団の中で一人浮いているその男は俺のことをチラリと見ると、さっと頭を下げた。
「アレクシス・フォン・ナーロヴァ殿下でしょうか?」
やはり、こいつがこの集団の首魁のようだ。風貌から察するに……商人か。
「……いかにも、して貴方は?」
「あぁ、ご挨拶が遅れ申し訳ありません。わたくし、この街で商会を営んでおりますトーマスと申します。以後お見知りおきを」
トーマスは僅かに顔を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべた。