トーマスから貰った地図を頼りに通りを歩く。
それにしても思っていた以上に活気があるな。所せましと商店が並び、行き交う人の波は大きい。道幅が狭くなるところで肩と肩が触れ合うほどだ。
といっても、俺の装いと隣に騎士のルカがいるせいか俺たちの周りは避けられぽかんと穴が開いている。
ま、まぁ! 歩きやすくて良いんだけどな!
しかし、思ったよりも栄えているな。いや、それもそうか。今まで税とかもろくに徴収されてなかった結果として民は潤っている。だが税を収めない弊害と言うべきか街路の石畳は割れてあってもそのままだったりしているし、ゴミとかはその辺に放置されている。
なんというか……問題が山積みだな……。
「おっ、あそこじゃないスか?」
街並みを眺めていると、ルカが前方を指さす。
それに釣られて前に視線を戻すと、通りに大きな建物と堂々と「トーマス商会」と書かれた看板が掲げられている。店の前では二人の武装した男たちが立っていた。
彼らも俺たちに気づいたようで、一人が店の中に入っていく。
店の前に到着する頃には、中からトーマスが出てくるところであった。
「アレクシス殿下、お待ちしておりました。ささ、中へ」
トーマスが店の中へと手を差す。
俺は一つ頷いてから、後ろに立つルカへと振り返る。
「あぁ、ルカはここで待っててくれ」
「了解っス」
ルカももちろんと言った様子で頷く。
一応ルカは王宮からのお目付け役という設定を足したため、ここで外れて貰わなければならない。トーマスには味方だと思ってもらう必要があるしな。
ルカに近寄りこっそりと耳打ちする。
「もしかしたら私兵が喧嘩を売ってくるかもしれん」
トーマスが俺に気を利かせてルカを排除する可能性は否定できない。
「どうするっスか?」
「殺しは不味い。適当に遊んでやれ」
「……了解っス」
ルカさん、また先ほどの黒い笑みが出てますよ。
まぁ頼もしくはあるんだけどね。
「さ、行こうか」
綺麗に回れ右をして、笑みを貼り付ける。
「えぇ、どうぞこちらへ」
トーマスに導かれながら木の戸をくぐる。
「ここがわたくしめの商会でございます」
店内に入ってまず一番目を引くのは武器や防具の類だろう。おそらく、迷宮荒らしを主な顧客として見ているからだろう。鍛冶職人が叩き上げて作ったものではなく、形状や品質に差がないあたり、鋳造による量産品の類だろう。
その次に多いのが、食料品だろうか。と言っても新鮮な食品というよりも塩漬けされた肉など保存食が多いようだ。
一見すると、まともな商会のように思える。しかし……。
「奥にまだなにかあるのだろう?」
店内の規模感とトーマスの資金面で大きな差があると感じる。こういうのは、大抵表の商店ではクリーンな経営を装い、裏で稼いでいるパターンだ。
トーマスの表情を見る限りアタリのようだ。
「流石は殿下でございます。こちらへ……」
トーマスは店の奥へと向かい、武器などが吊り下げられた棚の前で立ち止まる。
なにやら店員達に合図を送ると二人がかりでその棚をズズッと音を立てながら動かした。
棚に隠された向こう側には鍵のかかった扉が。
「なるほど、隠し扉か」
「その通りでございます。何分、珍しい品や重要な物を保管しておりますので厳重に管理しております」
まぁ治安の悪い都市だ。用心するに越したことはない。
トーマスは懐から鍵を取り出すと、ガチャガチャと音を立てながら開錠する。
「こちらは普段倉庫として使っておるのですが、殿下は特別に」
そう言ってトーマスの後を追いかけるように、隠し部屋へと足を踏み入れる。
まず真っ先に気づいたのは鼻に着く薬草の匂いだ。
これは……腐り止めか。
薄暗い部屋の中には、良く分からない動物の内臓や骨董品が所狭しと並んでいる。
これらは魔物か。だが、何より目を引くのが……。
「GRRRAAAA!」
ゴブリンだ。それも生きた状態の。
「王宮暮らしの殿下とは言えど、この光景は珍しいでしょう? ここは迷宮都市ですからなぁ、迷宮荒らしに依頼することでこうやって捕獲することも出来るのです」
「……なるほど」
本来であればこれらの物品は違法な品々ではある。しかし、それを取り締まる兵士達はこの都市にいないわけで……。
トーマスは俺の横に並び立つとニヤリと笑う。
「そして、これが好事家には高く売れるのですよ」
だろうな。こういうの珍しいモノを買い集めるやつは貴族に特に多い。
トーマスの資金源はやはりコレか。
俺は一歩を踏み出し、倉庫に並ぶ物品を順々に巡っていく。
「魔物だけなのか?」
「え? えぇ、そうですな。メインはあくまで魔物です。しかし、時折人を扱うこともあります。そういうのを好むお貴族様もいらっしゃるので」
そう言ってトーマスは下卑た笑みを浮かべる。
やはりティナのこともそういった目線で目を付けていたということか。
なるほどなるほど。トーマスのことよ~く分かった。
「まぁ、俺とトーマス殿の仲だ。これ以上は聞かないことにしよう。しかし……」
「しかし?」
俺は顎に手を当て悩んでいる素振りを見せる。
「他の商会はどうしたものかと思ってなぁ」
こういった品を扱うのはトーマスの商会に限った話ではないはずだ。それこそ他の商会も同様の手口を染めている可能性が高い。
トーマスは何かを察したようで、胸に手を当てる。
「殿下、少々お待ちを」
そう言ってトーマスは部屋を去っていくが、数分後に戻って来た。
大事そうに一冊の本を抱えて。
「殿下こちらを」
そう言ってトーマスは無地の背表紙の本を差し出す。
「これは?」
受け取りながら、適当にページを開く。
そこには様々な商会の名前と、それに付随した数値が書き込まれていた。
「こういった品を取り扱う他の商会の一覧と、その規模でございます」
トーマスは俺の意図を汲んでくれたわけだ。と言ってもトーマスにとっては渡りに船であろう。他の商会が潰れればその分トーマスが販路を広げることが出来、収益も上がるからな。
「助かるよ。これを貰っても?」
「えぇ、もちろんです」
本を閉じ、懐に入れようとした瞬間に手を止める。
「……これをそのまま持ち帰るのは不味いな。誰かに見られても良くないだろうし……この本は箱の底に、上には食料品などを詰めて後ほど送ってくれるか?」
「あぁ、そうですな。では、そのように」
一時的に本を返却する。
よし! 偽装のためという口実で当面の食糧もゲットだ! ふふん、もう硬いパン食うのも飽きてきてたし、ちょうど良かった。
利用できるもんは利用しないとな。
「さてと、あまり待たせるとルカが怖い顔をするのでここらへんで失礼するよ」
「ルカ?」
トーマスは一瞬誰のことか分からなかった様子であったが、すぐに思い至ったのか「あぁ」と声を漏らして頷く。
「殿下の護衛の騎士のことですかな? しかし、恐らく大丈夫かと」
そう言ってトーマスはニヤリと笑う。やはりか……。
まぁいい。
俺は返事をせずに倉庫を抜け、店の入り口へと向かう。
「殿下~、遅いっスよ」
ルカの気の抜けた声が聞こえてきた。だろうよ。
店先では短剣を握った浮浪者の装いの群れが倒れ伏し、一つの山を形成していた。恐らく、私兵と見せかけないためのトーマスの偽装だろうな。
ルカは哀れな被害者たちの山の天辺で座り込み、頬杖を付いていた。
「なっ⁉」
トーマスが驚きの声を上げる。まぁ、まさかルカに全員負けているとは思っていなかったのだろう。だが、残念。うちのルカはこんな見た目だがかなり強いんだ。
「悪いな、待たせた」
「まぁ別に~そこまで待ってないスけどね~、こうして遊んでくれる人達も居たわけっスから」
ルカは膝をパッパと払い、ジャンプして軽やかに地面に着地する。
鎧には傷一つ無く、その姿には疲れた様子もない。
「まぁ、ルカと真剣に勝負するなら数を用意するよりも、質の高い一人を連れて来るべきだろうな。トーマス殿もそう思うだろ?」
そう言ってトーマスの方に振り返る。
「えっ? は、はぁ。その通りのようですな」
トーマスは動揺を隠せていない。おいおい、悪徳を働く商人だろう。無関係を装って笑えよ? 面の皮を厚くしとかないと。貴族の令嬢のほうがもっと厚いぞ? まぁ、面の皮というより化粧の厚さではあるが。
「それにしても、うちの騎士が襲われるとはな。この都市の治安の悪さを痛感するよ。帰りの道も心配だな」
トーマスの手引きした者たちではあろうが、今は見逃す。
「……お気をつけて」
おや、帰りの道に護衛を送ってくれるわけではないんだな。まぁ、それもそうか。トーマスの護衛は今こうやって道に転がってるわけだしな。しょうがない。
「あぁ、ありがとう。ではな」
「……」
トーマスは何も言わず頭を下げた。
そんなトーマスを尻目に俺たちは屋敷へと向かった。