数時間後、屋敷に箱が届く。
「アレクシス様、お荷物が届いたようなのですが……」
ティナの声が部屋の外から聞こえる。しかし、ドアノブをガチャガチャと音を立てるが入ってくる気配がない。
……これ、両手に荷物抱えてドアを開けるのに苦労してるな。
椅子から立ち上がり、ドアを引っ張る。
「あっ」
ドアの前に立っていたティナと目がバッタリと合う。
少しばかり見つめ合った後、ティナは恥ずかしそうに目を伏せた。
「す、すいません。アレクシス様のお手を煩わせてしまいました」
「……いや、大丈夫。とりあえず入ってくれ。荷物は中で適当に置いてくれたらいいから」
ティナは一つ頷いてから中へと入り、部屋の中心で木箱を下ろす。
蓋を開けると、中には野菜や果物、パンが積み込まれていた。肉類は……流石にないか。まぁ肉汁とかで本が台無しになってもダメだしな。
食べ物の匂いを嗅ぎつけたのか、ヒョコっとルカが顔を出す。
ルカはそのまま駆け寄って木箱の中身を覗き見る。
「おぉ~、どうしたんスか? コレ」
「例の商人から貰ったんだよ」
俺は木箱から林檎を一つ手に取り、齧る。シャクと小気味の良い音を響かせる。
「でも本命はコレだ」
空いた手で、先ほど林檎があった場所……その更に奥を探る。
硬い何かの触感に突き当たり、それを手に取る。野菜や果物がゴロゴロと崩れ、多少の抵抗感を覚えながら引っ張り出す。
「なんスかそれ?」
「……布石、といった所かな」
本を開き、ページを捲る。あの場では深く読み込むことはできなかったが、今なら出来る。
ほぅ……思ったよりも規模が大きい。正確な売値とかは分からないので何とも言えないが、王国金貨にて5000枚を超える規模だ。平民であれば孫の孫の孫……かなり遠くまで遊べるほどだ。それに、後半の方にはざっくりとではあるが地図が描かれている。随所に注釈というべきか、おそらく各商会の位置だろうな。
これは大仕事になりそうだな。
「ルカ、ペンと紙を持ってきてくれるか」
「しょうがないっスね~」
ルカは腰に手を当て溜息を吐く。
木箱から林檎を一つ手に取り、齧りながら部屋を去っていった。
「あ、あの」
「ん?」
「アレクシス様、私にも何かお手伝いできることはないでしょうか……?」
ティナは上目遣いでこちらを見据えている。彼女なりにも報いたいという思いがあっての行動だろう。
手伝いか……。
「そうだな、じゃあロロとミィを呼んで来てくれ」
「ロロとミィですか?」
呼ぶ意味がいまいち理解できてないのか、ティナは不思議そうに首を傾げる。
俺はティナから視線を木箱の方に移す。
「みんなとご飯でも食べようかと思ってね」
「え? でも、私たちは硬いパンの一つでも頂ければ……」
ティナは良いのだろうかと言った感じで困惑している。
トーマスの送って来た食料はこの都市において上等と言える品物だ。そんな代物を頂くという事に引け目を感じているのだろう。
しかし……。
「君らの食糧の面倒は見ると言ったし、腐らせても勿体ないだろ? さぁ、行った行った」
追い払うように手を払う。
「わ、分かりました!」
ティナも半ば追い出されるような形でドアの方へと向かい、そのまま壁の向こうへと姿を消す。
俺は床を見つめ溜息を吐く。追い払うような形になってしまったが、こうでもしないと申し訳ないとか言ってごねそうだったしな、仕方ない。
「あ、あの」
「ん?」
視線を上げると、ドアの枠に手を掛け、顔を半分覗かせるティアが居た。
「……ありがとうございますアレクシス様」
ティナはそのまま返事を待たずして顔を隠す。廊下からはトテトテと走る音が聞こえてきた。
……なんか、調子狂うな。
「殿下、持ってきたっスよ~」
ティナと入れ替わるようにルカが戻って来た。その手には紙と封筒やペンが握られていた。
「あぁ、ありがとうルカ」
俺はルカからペンやら色々を受け取る。
「あ、あとコレ……必要なんじゃないスか?」
ルカが差し出してきたのは、第3王子という身分を表すための紋章をあしらったハンコ。それとワックス。
「……良くわかったな」
伝えるの忘れていたが、良く気づいてくれた。
「ふふん、何年殿下と一緒にいると思ってんスか」
ルカは自慢げに胸を張る。
俺は視線を落とし、手元の紙にサラサラとペンを走らす。
「ついでに、もう一つお願い聞いてくれないか?」
「……聞くだけっス」
「書き終えた手紙を届けてほしい」
ルカの反応を確かめるため視線を上げると、不服そうに眉を八の字に寄せている。
「……俺がいないと殿下を守る人いないっスけど?」
ルカの懸念は最もだな。だが、他に人選がいないのも確かだ。
「まぁ、ルカほどじゃないが、俺にだって剣の覚えぐらいはあるさ」
そう言って腰に携えている剣をポンと叩く。
王室の英才教育というべきかありとあらゆることを叩き込まれた。剣に魔法に、法律なども少々。まぁどれもその広さからして中途半端になりがちなんだけどね。
「でも、殿下弱いっスからね~」
そう言ってルカは悪態を吐くが、長年コイツと居るから分かる。これは俺の事を心配してくれてるのだ。素直じゃないが。
「ルカしか頼める人がいないんだよ」
「……しゃあないっスね」
ルカはそっぽ向きながらも、渋々と言った感じで頷いてくれた。まぁルカもなんだかんだ自分以外に出来る人がいないというのは理解しているのだろう。
「でも、俺がいないからってサボっちゃダメっスよ? 屋敷の掃除だってあるんスから」
俺は視線を逸らす。
「……善処シマス」
そう返事をするとルカはにじり寄って来た。ルカに恐る恐る目線を合わせると瞳が真っ黒だった。
「俺、許せないっスよ。仕事頑張ってるのに、面倒事頼んだ本人がサボってるなんて」
「アッハイ」
暫し、俺の顔をじーっと凝視した後、いつもの人懐っこい笑みを浮かべる。
「まぁ、分かってくれるなら良いんスよ」
ルカに見抜かれてしまった。うぅ、俺のサボりライフが……。
暫し心の中で泣いた。