その菊、手折られず   作:もちがゆ

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其十 アイム・ノット・ゼア 3

 薄明るくなっていく渡り廊下を砕蜂に縄を引かれ歩いていく。

 その砕蜂の前方を歩く綱彌代家を名乗る男。

 彼に連行される形で私は中央四十六室へと続く門をくぐった。

 

 そしてその正面、区画内のほぼ中心に位置するのが、四十六室の裁定が下される地下議事堂であり、そこへ下っていくための壁に囲われた長い回廊だった。

 

 男が回廊の前で一度立ち止まり振り向く。

 嘲笑しているのかそれともあれが自然体なのか、男はニヤついた笑みを浮かべるとさっさとその中へと入っていく。

 そして、砕蜂に続き私も中へ。

 

 何枚もの扉を開き入った回廊は、日の光は差さないが天井から吊るされた立方体の照明により青白い明かりに照らされていた。

 そして、壁の内側を螺旋状の坂道が地下まで伸びており、私たちはそこを下っていく。

 場所が場所だけに、そのまま冥府に続いていると言われたら信じてしまいそうなほど長大なスロープだった。

 

 私は歩を進める自分の足元を見ながら、水責めで気絶する寸前に浮かんだある考えを思い返していた。

 

 最初に遭遇した部下以降、藍染が私に誰も差し向けなかった事。

 護廷隊長の推薦状があったとは言え、余りにもすんなりと霊術院、しかも特進クラスに入学できた事。

 私が始解を習得するきっかけになった魂葬実習大虚(メノス・グランデ)襲撃事件の事。

 

 そう言えば、あの中級大虚(アジューカス)は誰かの話に乗ったと言っていた……

 

 そして今回の、私への冤罪。

 

 この全てが、藍染惣右介の思惑外のものだったとしたら……?

 

 私は原作漫画を読んでいるが為に、最初から藍染惣右介が羊の皮を被り、権謀術数を張り巡らし、目的成就の為に暗躍している事を知っている。

 しかしそれにより、この時期の尸魂界(ソウルソサエティ)には彼以外に魔物が潜んでいないと思い込んでいたとしたら……?

 見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)などより、もっと身近な瀞霊廷内に敵がいたとしたら……

 

「あ、あのー……」

 

 無音だった大空洞に私の声が響いた。

 その声に先頭の男が足を止め、砕蜂すらもギョッとした顔で私を振り返る。

 

「もし、有罪、って事になったら……私どうなっちゃうのかなーなんて……」

 

 口をパクパクさせている砕蜂を横目に、私はこちらを伺っていた男に視線を合わせた。

 男は私の顔と何もない空中との間で何度か視線を泳がせた後、沈黙を破った。

 

「一先ず殺されることはないでしょう……すぐにはね」

 

 やっぱり……

 

「まあ、死んだ方がマシだと思う目に遭わされるのとどちらが良いかは分かりかねますが」

 

 やっぱりかー……

 

 私が自分の考えに確信を持つと、男は再度押し黙り歩を進め出した。

 私の耳元で、余計な事を聞いてしまったではないか、と小声で非難を浴びせてきた砕蜂もすぐに後を追い、私たちは再び回廊を下っていく。

 

 そこからはもう一切の会話も無かった。

 

 

 

 最後の一巻きを下り、底に着いた。

 

 青白い光に照らされ、八角柱型の建物が浮かび上がっている。

 

(ここがアメリカだったらオクタゴンとか名付けられてそうよね)

 

 心中で自嘲しつつ、そんな感想が漏れたのは覚悟が決まったからか、それとも諦めだったのか……

 

 砕蜂から縄を外され、立ち止まった男に促されるまま歩を進めた私は――

 

「――あれは?!」

 

 砕蜂から上がった驚きの声にそちらを振り返った。

 

 彼女の視線を追い、見上げた回廊の中途を猛スピードの瞬歩で駆け抜ける者がいる。

 

「裏挺隊か……」

 

 砕蜂が呟くのと、その裏挺隊の隊士が私たちの間を駆け抜け、議事堂の中に突入していくのはほぼ同時だった。

 

「残念、時間切れですね。」 

 

 抑揚のない声でそう呟いた綱彌代の男が、もうこちらには見向きもせず来た道を上っていく。

 その様子を呆気に取られて見ていた私と砕蜂の元に、先程議事堂の中へと入っていった裏挺隊士が駆け付け、口早に伝える。

 

「十番隊副隊長、松本乱菊殿。たった今貴女の容疑は晴れました。ご足労頂き恐縮ですが、至急中央四十六室区画より退出ください」

 

 

 ――間に合った。

 

 

 不覚にも、安堵の息を吐いてしまった。

 

「ちょ、待って下さい!いったいどういう事ですか?」

 

 事情が呑み込めない砕蜂が去ろうとしていた裏挺隊士を引き留める。

 

「流魂街魂魄消失事件、その真犯人が先程捕縛されました」

 

 それだけ言い残し、来た時と同じ見事な瞬歩で姿を消す。

 

「では……夜一様が間に合ったのだな」

 

 喜ばしい様な誇らしい様な表情で、手錠のカギを外す砕蜂に向けて、私は胸に針が刺さるような感覚を覚えながら答えた。

 

「ええ……きっと、そうですね……」

 

 

 

 

 そこからは凡そ原作通りの流れだった。

 

 四十六室の門をくぐった所で砕蜂と別れた私に、緊急の隊首会を告げる地獄蝶が現れ、その足で隊首会へ。

 

 そこには、分かっていた事だが十一番隊は元より、二番隊、三番隊、五番隊、七番隊、九番隊、十二番隊の隊長たちの姿は無く……

 

 覚悟していたはずなのに、総隊長の口から告げられた事の顛末に、私はその場に崩れ落ちてしまった。

 肌襦袢だけを纏って消沈している姿を哀れに思ったのか、京楽隊長が羽織っていた着物を私にかけてくれた事以外はまともに会議の内容は覚えていない。

 

 それから、隊首会室の前まで私を迎えに来ていた長木曽三席に付き添われ、十番隊隊舎に戻った。

 

 翌朝、再びの緊急隊首会が開かれ、改めてそこで仮面の軍勢(ヴァイザード)組のみんなが虚化実験の対象になった事、そして一連の事件の首謀者として浦原喜助と握菱鉄裁が捕縛され、審問中に脱走した事。

 その後、彼らは仮面の軍勢組を伴って現世に出奔した事が告げられた。

 

 そして、その手引きをしたのが……

 

「砕蜂さん、昨日はお世話になりました……その、夜一さんの事は……」

 

 二番隊に死覇装を取られたままだった事に気づき、返してもらうのと一緒に、私は砕蜂を訪ねていた。

 

「なんだ……私を笑いに来たのか?貴様を拷問にかけた私の滑稽な姿を嘲笑にでもやって来たのか?」

 

 睨みつけてくる砕蜂の目は泣き腫らして赤くなっていた。

 しかし、それは同じ事。砕蜂も私の顔を見て気づいただろう。

 

「じゃあ、私も笑ってやってください。私が隙を見せたばっかりに、大事な人たちが知らない所でいなくなってしまった私を」

「ああ。私たちは大馬鹿者だ。観客もいない所で踊り狂っていた……道化以下だ」

 

 砕蜂はまた込み上げて来たのか、私から顔を逸らし袖で顔を拭っている。

 

 昨日までは余裕がなくて気づけなかったが、彼女は私とそう変わらない年頃の外見だ。

 おかっぱ頭で華奢な体を震わせる少女。

 その彼女の肩に両手を置く。

 

「ねえ砕蜂、夜一さんは本当に裏切ったと思う?」

 

 私の問いに、砕蜂はいつもの勢いも無くただ首を横に振る。

 

「私もそう思う。浦原隊長の事は良く知らないけど、夜一さんはそんな人じゃない」

 

 思わず出汁に使ってしまった浦原さんに心の中で謝罪する。

 

「だから、信じて待ちましょう?夜一さんはきっと帰ってくる」

「そんな事、貴様に言われるまでも無い……」

 

 涙を拭き終わり、私の手を払って、赤い目で睨んでくる砕蜂。

 

「……ねえ、ずっと気になってたんだけど」

「なんだ」

「砕蜂ってそっちが素なの?」

「は?」

「夜一さんの前では猫被ってたって事?」

 

 向こうが猫なのに、と続ける私に今度こそ勢いを取り戻した彼女が崇拝する軍団長閣下の素晴らしさを捲し立ててくるのだった。

 

 

 

 

 ――それから半月程の時が経った。

 

 この頃には一刻も早く通常業務に戻れるよう、穴の開いた隊は副官を代理に立て定例会や行事に参加する形に落ち着いてきていた。

 そしてその中には当然、五番隊隊長代理の藍染惣右介もいたわけで……

 

「えっ、お食事……ですか……二人で?」

 

 自分でも間抜けなくらい素っ頓狂な声が出た。

 

「ええ、五番隊の事で平子隊長から松本副隊長にお願いしていた事があったと以前聞きまして。宜しければそのお話を聞かせて頂けないかと……」

 

 もちろんそんな物はない。

 

(これって、要するに内密の話がしたいって事よね……) 

 

 いつかは来るだろうとは思っていたけど……

 

「「きゃー藍染副隊長大胆!」」

「「ら、乱菊……さん……」」

 

 何もこんな往来で声をかける必要はないのでは……

 

 

 

 

 食事が出揃い、静々と頭を下げた仲居さんが退室していく。

 落ち着いたデザインの漆器や陶器に一品一品、色彩と調和を考えて盛りつけられた料理たち。

 それらが並べられた、欅の一枚板で作られた座卓を挟んで、私と藍染は向かい合っていた。

 

(こんなとこ“前”でも来た事ないっての!!)

 

 確かに目の前の男はサラっとこういう事して来そうなイメージはあったけど……!

 あんな事があった後、しかも相手が藍染じゃ無ければ素直に喜べたのだが……

 

「それで、どの様なお話を聞きたいんですか?」

 

 このまま一方的に藍染のペースというのも面白くないので、料理には手を付けず先手を打つことにした。

 

「そうだね、色々とあるが……先ずは最初から……」

 

たっぷりと間をとった後、目を細めて藍染は告げる。

 

 ――どうだった、うちの三席は?

 

 

「……は?」

 

 その言葉に……

 

 完全に虚を突かれた。

 

 だって、その言葉は……

 

「キミが、恐らく一番最初に殺したであろう死神……あれは当時の五番隊の三席だったんだよ、松本乱菊」

「……やっぱり、あれは貴方の差し金だったんですね」

 

 驚愕の声を必死で飲み込み、私はあくまで平静を装い答えた。

 頭に浮かんでいたのは、勿論あの時の光景じゃなく、原作の、血濡れで笑っていた銀髪の……

 

「席官の死神が斬魄刀も持たない子供に殺害されたと知り、私はキミに興味を持った」

「それなのに、私に追撃を寄越さなかったのは?」

「キミのその特異な力が原因だよ。その力に元々目を付けていたのは私では無かった」

「綱彌代家か……」

「彼らはとある目的の為に、キミと同じくその身に霊王の欠片を宿した人間を集めている。そして素養のある人間を見つけては常に監視下に置いていた。それで一度はキミとの接触を諦めたんだ」

「じゃあ、私が霊術院の特進組に入れたのも……」

「キミが席官の死神を殺した事を知り、彼らの中でキミへの対応方針が変化したからだろう。それまでの様に強引に手に入れるのではなく、実験をし経過観察をする方向へと……まあ、曳舟桐生の推薦状が全くの意味を持たなかった訳でないだろうが」

「実験……という事はやっぱりあの時の中級大虚は……」

「平子隊長は私を疑っていたようだけどね」

 

 藍染はそこで心底可笑しそうに口を歪めた。

 

「何が可笑しいんですか、貴方がそうなるよう仕向けておいて!」

 

 私の怒気を孕んだ低い声に今日初めて藍染が意外そうな顔をする。

 

「キミはもっとこちら側の人間だと思っていたが……そうでなければ何故、この一か月平子隊長の傍にいた男を藍染惣右介として扱っていたんだい?」

 

 ――完全催眠にかかっていないにも拘わらず。

 

「くっ……」

 

 そう……私は鏡花水月を見ていない。

 

 でも、それでも誰にも、みんなが完全催眠下にある事を教えなかった。

 

 結局、あの朝の自問自答と一緒だ。

 

 目的の為に、犠牲には目を瞑る……こいつらと同じ……

 

(でも、それでも……私は……!)

 

「――だが、実際のところ、今回の成功にはキミの影響は大きかった、松本乱菊」

「え?」

「キミが尸魂界中の目を集めてくれたお陰で我々は当初の予定よりも実に動きやすかった」

 

 感情を堪えようと、机の下で握った両の拳が白くなっている。

 

「平子隊長たちは平時より冷静さを欠いていたし、四十六室の対応に追われ総隊長も身動きが取れず、隠密機動も後手に回っていた」

  

 私の瞳が暗く沈んでいくのとは対照的に、目の前の男はテストの点数を自慢する子供の様に喜色を浮かべていた。

 

「だから、キミには感謝の印を送ろうと思ってね」

「それでこの食事という訳ですか」

 

 

 

 ――いいや、もっと良いモノだよ。

 

 

 

 ゾッと、戦慄が走る程の笑顔を浮かべ、藍染は席を立った。

 

「私がいては食べ辛そうだから、ここで失礼するよ。なかなかの逸品だ、ゆっくり味わっていきたまえ」

 

 足音が遠ざかり、それが消えても、私はしばらくの間動くことも出来なかった。

 

 

 一心と真咲の出会い。

 いや、そのもっと前の海燕とルキアの別れ……

 

 現在からそこまでの、原作には描かれてない空白の時間が、私の心に暗く、大きな影を落としていく。

 

 

 「いったい……何をするつもり……藍染惣右介……!」

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