志波一心。
目の前にいる彼は私の知っている、黒崎家の父としての一心、その20年前の十番隊隊長としての一心、そのどちらとも違う、まんま髪を黒くした一護の様な容姿の少年一心だった。
隣では、都も私と同様に驚いた顔をしている。
彼女からしてみれば一護は知らずとも、海燕にそっくりなのだから当然だろう。
(どこぞのサイヤ人みたいな一族ね……)
その突然の登場に動揺してそんな場違いなことを考えていると、
「ま、まあ、そんなには連れていけないけどな……金髪のアンタが選んでくれ」
先程大見えを切った手前か、少し気恥しそうにしながら一心が私を指差してきた。
「――じゃあ、勇音と都、いい?」
瞬時に頭を切り替えて、両隣に立っていた友に視線を送る。
勇音は卯ノ花に確認を取ると大きく頷いた。
「当然、私も行くわ」
都も力強く良く答える。
「では……十番隊副隊長、松本乱菊です。よろしくお願いします、志波一心さん」
「一心でいい。よろしく頼むぜ、乱菊」
一心を先頭に、私達4人は貴族街へと足を踏み入れた。
勇音に一心を護衛させ、私と都で遭遇する
すると進み始めてすぐに大きな霊圧とそれに群がる虚の霊圧を感じられる場所が、全部で五つある事に気づいた。
その内に見知った霊圧がある場所が三つ。
一つは、一心が案内する先、恐らく志波家がある方向に海燕さんと浮竹隊長。
もう一つは銀嶺隊長。傍に砕蜂と大前田副隊長がいるので多分党首が不在となった四楓院家を手助けしているのだろう。
そして最後が……
「乱菊!蒼純副隊長の霊圧が!?」
勇音も気が付いたらしい。
恐らく朽木家の方角に感じる白哉と蒼純副隊長の霊圧の内、蒼純さんの方が急速に小さくなっていくのが感じられる。
「ごめんね、一心さん。思ったより急がないとダメみたい!」
私はその場に急停止すると、一足飛びで真上に飛び上がった。
「都!大技使うから援護お願い!」
貴族街を見下ろせる位置で止まると、下にいる都に向かって叫ぶ。
都が一心を引き留め、鞘に入れたままの斬魄刀を掲げて見せたのを視認し、私は解号を口にした。
廻せ 『燼・灰猫』
斬魄刀が灰へと姿を変え、私はガントレットの拳を握りしめる。
「お願い灰猫、力を貸して」
いつの間に現れたのか、私の肩の上に真っ黒な猫が立っている。
そして一つ短い鳴き声を上げると、耳裏にその額を擦りつけて来た。
「……それはダメ。今アナタの力を使う訳にはいかないわ。数の多い雑魚の虚だけを殲滅するから、虚の霊圧探知を手伝って」
瞳を合わせると、尻尾をピンと立て、まばたきをして答える灰猫。
「じゃあ……行くわよ!」
私は鎖結と魄睡に意識を込めると、
一気に霊圧を開放した。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
その瞬間、瀞霊廷に居た全ての死神、貴族、虚に至るまでが、貴族街の上空一点を見つめた。
事前に知らされていた、逆骨都と虎徹勇音以外は。
都は他の者たち同様呆気に取られていた一心を勇音に任せると、その場で上空を見上げていた虚たちに向かって納刀したまま構えを取った。
鯉口辺りを握った左手を胸の位置に引き寄せ、右手はその柄を持つ。
――幽雷寂然と閃け 『一条睡蓮』
解号と同時に、斬魄刀が鍔の無い白鞘へとその姿を変える。
その時、乱菊の姿を見上げていた虚の内数体が、彼女のその巨大な霊圧に惹かれたのか、跳躍を始め――
その勢いのまま胴と下半身が泣き別れする事になった。
いつの間に抜いたのか、またいつの間に柄を逆手に持ったのか……
都が悠然と刀を鞘に納めるのと同時に、残った虚の下半身も一斉に地へと倒れ伏すのだった。
「す、すげぇ……」
一心はどういう原理か分からないが、抜刀する度に虚を両断していく都の姿に驚嘆の声を漏らしていた。
「十三隊所属の死神ってのはどれもこんなに強いのか?」
「い、いえ、皆が皆と言う訳では……」
徐に背後から問いかけてきた一心に苦笑しながら答える勇音。
「同期でも、白哉さん、都、それに乱菊は別格でしたから……」
言いつつ、上空を見上げる勇音と、その目の先を追って顔を上げる一心。
灰雪斬颪
金髪の少女の口が音を紡ぐ。
それと同時に、少女の立っていた空中から大量の灰が噴き出した。
灰は一見するとふわふわとした雪の様にも見えたが、その実それぞれが真っすぐに目下の虚たち目掛けて殺到していく。
地上はあっという間に灰色の雪だるまにされた虚で溢れ、一斉にその虚たちの悲鳴で埋め尽くされた。
しばらくするとそれも止み、後にはただ、死体すらなく降り積もった灰の山が残るばかりであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
貴族街中に広げた霊力探知で、標的にしていた雑魚虚の掃滅を確認すると、私はその場に片膝を着いた。
「さ、さすがにしんどかった……灰猫、回収をお願い」
再び灰猫に手助けを頼み、降らせた灰と、虚から出来た灰を一挙に引き寄せる。
そして掲げた掌に渦を巻いて吸い込まれていくそれらを霊子に変換し吸収していった。
疲労はそのままだったが、大量に虚の霊子を取り込めたことで霊力を回復させ、いつもよりも大幅に霊圧が上がったのを感じる。
(我ながら某ロボットゲームの範囲攻撃みたい……乱発できないのも含めて)
片膝から立ち上がった私はそのまま地上に降り立つ。
一心や、都と勇音の無事を確認していると、丁度そこに走って来る影が二人。
「さっきのはやっぱりお前だったのか、松本」
「最初は肝を冷やしたが、貴族街の人も建物にも影響無しとは、かなり便利な能力だな」
その二人、海燕と浮竹隊長に私は苦笑して答える。
「物凄く疲れるし、ある程度の強さ以上の虚は生き残ってるはずなので、そこまで便利という訳でも……それより、お二人がここに来られたという事は」
「ああ、こっちは粗方片付け終わったぜ」
「後は四楓院家と朽木家の方角だな。松本、白哉君の方に行ってあげなさい。四楓院家は私達が向かおう」
「では、私はお二人と一緒に参りますね」
都が四楓院家の応援に向かう事になった浮竹と海燕の方に進み出ると、そこで初めて気が付いたのか、海燕が勇音の横に並んでいた一心を指差した。
「お前、一心じゃないか!避難出来なかったのか?」
「そっちこそ、まさか宗家のぼっちゃまが貴族街の分家筋なんぞを助けに来てくれるなんてな」
差された指を差し返し、鼻を鳴らす一心。
そう言えば、あの夜に非行に走ろうとした理由で出て来た人物が海燕だったって事よね……
海燕は私たちが入学した頃から霊術院では既に伝説になってたくらいの天才児だったから、そこと毎日比較されちゃ一心もたまったもんじゃなかったでしょうね。
それにしても、見た目も海燕の方が大人に見えるのに、一心の方が叔父にあたるのよね。
尸魂界で見た目は当てにならないとは言え……やっぱり霊力の成長具合が影響しているのかしら?
一心の物言いに海燕が己の母、つまり一心の姉の名を持ち出して説教を始めている。
見かねた都が間に入り場を治めていたが、止めなきゃずっと続けてそうだったわねあれ……
兎も角、これで道中の邪魔は排除できた。
都たちと別れ、私と勇音は朽木邸を目指す。
向かう先には先程よりも小さく感じる蒼純さんと、白哉の霊圧。
(近くに感じた強い虚の霊圧を感じない……白哉が倒したの?)
私は妙に静かになった朽木家の庭へ向けた足を速めた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
乱菊が雑魚虚を一掃するより少し前。
「父様!」
それまで白打と鬼道のみで敵虚の猛攻を凌いでいた朽木蒼純が再び吹き飛ばされ、地面を転がった。
「く、来るな、白哉……先ほども言ったはずだ……こいつに触れると斬魄刀を失うと……」
駆け寄ろうとする息子を、それでも立ち上がり手で制した蒼純は、苦し気に膝に手を付きながらも視線だけは前方の虚から外さない。
「し、しかし、このままで父様が……!」
「駄目だ!今ここでお前まで斬魄刀を失えば、誰が六番隊の、朽木家の跡を継ぐ?!」
蒼純が怒声を放つと同時、虚も動き出す。
「縛道の六十一 六杖光……」
咄嗟に鬼道を唱えようとする蒼純だったが、ここまでの傷が原因か、遂には吐血し動きが止まってしまう。
――縛道の三十 嘴突三閃
再び膝を突いた蒼純目掛け飛び掛かる虚だっだが、その横合いから飛来した鳥の嘴の様な光矢に朽木邸の塀へと縫い留められる。
「びゃ、白哉……」
「退けません……父様」
見上げる蒼純の瞳に、斬魄刀を抜き放ち虚と己の間に立ちふさがる白哉が映った。
「私に朽木家を継げとおっしゃるなら尚の事……!」
いつしか、空からは灰色の雪が舞い降りて来ていた。
「貴方は私の誇りです。その誇りを捨てて得る党首の座に、生に、いったいどれほどの価値がありましょう」
縛道の拘束を引き剥がした蛸型の虚にその灰雪が襲い掛かり、動きを阻害していく。
「だから守らせてください。父様と母様が何があっても私を守ると言ってくれたように、私にも……!」
蒼純の目の前で、白哉の霊圧が膨れ上がる。
「その為に鍛え上げた力です」
それは彼の知る今までの息子よりも、大きく、精強な、死神の背中だった。
散れ 『千本桜』
灰の雪が晴れ、再び触腕をしならせて虚が自由を取り戻す。
しかし、その蛸足のように伸びた幾本もの四肢を体を、今度は桜の花びらが覆いつくした。
いや、花弁に見えたそれは光を反射し舞う幾千もの細分化された斬魄刀の刀身だった。
その刃の群れがあっという間に虚を斬り取り、細切れにし、悲鳴すらも細かな刃同士が擦れ合う澄んだ音色にかき消されていく。
白哉が千本桜を再び元の刀身に戻した時には、蛸型の虚は飛び散った血の跡でさえも霊子へと還り消滅していたのだった。
「強くなったな、白哉」
刀を鞘に納め振り返った白哉に、蒼純は微笑をこぼし、そこで限界を迎えたのか突いた膝からうつ伏せに崩れ落ちた。
「父様!」
すぐに駆け寄り、助け起こそうとする白哉だったが、
「待って下さい!動かさないで!」
瞬歩にてその場に姿を現した虎徹勇音に声で、松本乱菊に手で制された。
勇音は即座に脈拍と患部の状態を検査し、回道をかけ始める。
その指示のもと、乱菊もまた同じく回道を行う。
しばらくそうしていると、危機は脱したのか、勇音が蒼純を仰向けに寝返らせる。
治療はまだ続いていたが、父の顔から苦悶の表情が消え、呼吸が安定したことで白哉も漸く安堵の息を吐いた。
「蒼純副隊長がここまで追い込まれるなんて……」
「今日は体調を崩されていたのだ……それに、」
回道を維持していた乱菊がぽつりと漏らした声に、白哉が答える。
「虚に斬魄刀を消滅させられた、と」
「――なんですって!?」
振り返った乱菊の剣幕に流石の白哉も思わず後退った。
虎徹勇音も驚愕の表情だったが、乱菊のはそれ以上、剣呑さすらあった。
「アナタが倒したのよね?どんなヤツだった?」
「触腕を幾本も生やした、蛸のような見た目だった」
白哉の答えに、乱菊は一度考え事をするかのように目を伏せると、再び顎を弾かせて彼の方に振り返った。
「戦ったのは白哉と蒼純さんだけ?」
「ああ」
「それで、体は?意識に何かおかしなところはない?」
「いや、私はない。とう、蒼純副隊長も特にそんな様子は無かったと思うが……」
再び何やら考え込んでしまった乱菊の様子を訝しんでいると、今度は勇音が彼女に問いかけた。
「何?何か気になる事があるの?」
「え、いや……浦原喜助の改造虚って聞いたから、何か仕込んでいるんじゃないかと思って……」
それきりまた黙り込んでしまう乱菊。
あとの二人は一応その答えで納得したのか、それからは蒼純に一通りの治療が済むまで沈黙がその場を支配していた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「どうだった、要」
まるで今そこに世界に生まれたかのように、黒ずくめの外套を脱いで姿を現した東仙要に、同じ外套を脇に抱えた藍染惣右介が尋ねた。
「はい、綱彌代家を殲滅し藍染様と別れた後は、件の改造を施した虚、テンタクルスの観測に努めました。
結果、六番隊副隊長の斬魄刀を消滅させることには成功しましたが、その後遠距離の攻撃にて仕留められましたので、やはり今のままでは総隊長の力を封じるのは難しいかと」
「そうか……やはり並の虚に付け焼刃の改造では限界がありそうだね……そちらは気長にいくとしよう」
「では、しばらくはあの屋敷で手に入れた……」
「ああ、霊王の欠片を使った研究を進めよう。幸いその資料も全て手に入った」
藍染は薄く笑みを浮かべると、ガラス製の容器に入った紫光を湛える玉を掲げて見せた。
目の見えぬ東仙にはもちろんその光は見えてはいなかったが、そこから発せられる強大な力を感じ取ったのか、その表情が驚きに染まる。
「藍染様、崩玉が……?!」
「要が来る前に奪った欠片を与えてみた。今までの凡百の魂魄とは比べ物にならない反応だよ」
藍染が製造中の崩玉を置くと、その光に照らされ、傍にあった霊王の欠片の研究資料が薄ぼんやりと浮かび上がった。
その一枚目には、隠し撮りされたであろう少女の白黒写真が貼り付けてある。
「資料にあった霊王の欠片が持つ、力同士を融和させる特異性は彼女とこの崩玉が証明してくれた」
後はもう一つの資料が示した、
――進化の可能性
それを私に見せてくれ、松本乱菊……