あれからかなりの歳月が流れた。
最も警戒していた藍染は、貴族街襲撃事件以降、少なくとも表面上は目立った動きも無く五番隊の
(まあ、どうせ水面下では
副隊長から隊長になっていた藍染はその分だけ権限も大きくなっている。
原作で描写されていた実験室の様なものを隠し持っていても不自然じゃない。
ついでに、九番隊の隊長には東仙要も就いていた。
ここもやはり予定通りだったのだろうか、隊長と副隊長と同時に席官数名を失っていた九番隊では、五席の東仙が卍解を習得と同時に一気に隊長にまで上り詰めたようだ。
変化はそれだけじゃない。
終ぞとして顔を見る事はなった、鬼厳城剣八に代わり、遂に更木剣八が十一番隊の隊長になった。
……しかもその瞬間を生で見てしまった。
あれは都が逆骨から西流魂街の志波本家へ引っ越す手伝いをした帰り。
その日は、朝から妙にそわそわしていた灰猫がいつの間にか刀から出てきており、何処かへと出かけてしまっていたのだった。
そしてその気配を追ってみれば……
200人の死神に囲まれて大男と切り結んでいる更木剣八の姿。
そしてその様子を灰猫と戯れながら観戦している草鹿やちる、という光景に出くわしたのだった。
最初は灰猫を回収して即撤収しようとしたのだが……
決闘が終わり、新たな剣八の誕生を讃える十一番隊の野郎共がノリにノッたその勢いのままに全員で一番隊隊舎に乗り込もうとしていたところで私がストップをかけ、その場で隊士200名分の署名を集めた後に更木剣八を連れ、総隊長にアポを取り、総隊長への報告後は書類手続きの為にまたもや更木を連れ、瀞霊廷中を駆け回る羽目になったのだった。
大変な目にあったと、当時はその日の終わりに、天鎖斬月を折られた一護みたいな顔で縁側に黄昏てたんだけど……
今になって思えば、今まで繋がりのなかった十一番隊にも顔が繋がったし、卯ノ花さんもあれ以降何かと気にかけてくれるようになったし……
人間どこでどう繋がるか分からないものよね。
そうそう、引っ越しの話で思い出した。
漸く、と言うべきだろうか、都と海燕さんが結婚した。
貴族街での一件以降、発言権を増した五大貴族の一角である志波家と、ミミハギ様に代々仕える由緒正しい神官の家系との婚姻という事もあって、総隊長が近年稀に見ると感嘆する程の大きな祝宴になった。
私も勇音と一緒に御呼ばれしたが、あの独特のセンスの大屋敷が地下まで人で溢れ返っていたくらいだ。
まあ半分くらいは、海燕さんの妹の空鶴さんがノリで流魂街の人たちを呼んでたかもしれないけど……
そう言う事もあって、今や飛ぶ鳥も落とす勢いとなった志波家跡取りの海燕さんは、観念して予てよりの浮竹隊長の要請を受け、こちらも遂に、十三番隊副隊長に就任する事となった。
ゆくゆくは隊長に就いてもらいたいと、最近は殊更体調もいい浮竹隊長がにこにこしながら話していたっけ……
そして代替わりをしたのは六番隊。
もうすっかり原作でイメージする姿になった白哉が銀嶺さんと入れ替わりで六番隊隊長へ。
それと同時に朽木家当主の座にも就いた。
緋真さんと結婚した旨の話は聞かないが、それもその内だろう。
白哉とは当初思っていたよりも長い付き合いになったのもあって、原作では出来なかった緋真さんとの幸せな生活を是非とも手に入れて欲しい。
(そう言えばいつ頃出会うのかしら……ルキア入学の前年に亡くなったのよね確か……)
私は脳内で都と海燕さんの晴れ姿に二人の姿を重ね、心の中で拳を固く握り決意を新たにする。
そしてそんな中、我が十番隊はと言うと……
「志波三席ー!どこですか三席ー!?」
私が隊舎の縁側を歩いていると、若い女性隊士が声を張り上げながらパタパタと音を立てて走って来るのが見えた。
「ああ、松本副隊長、志波三席見ませんでした?休憩から全然戻って来なくて……!」
またか……
私は鼻を鳴らすとその娘が小脇に抱えていたお盆を借り……
「はいそこ!」
中庭に植わっている一本木の樹冠目掛けてそれを投擲した。
乾いた高い音と共に野太い悲鳴が上がると、枝葉の間から大柄な男が騒がしく落下してくる。
「くそ、なんで分かった?!」
真一文字に赤い線の入ったおでこをさすりながら志波一心が恨めしそうにこちらを見上げてくる。
「木の葉の霊子に紛れ込もうとしたところは良かったけどね。肝心の貴方の霊圧が駄々洩れなのよ、一心」
隣に立った先程の女性隊士に、志波一心を連行するよう促す。
「部下を困らせてないで、ちゃんと仕事に戻りなさい」
「そういうお前こそ、最近隊舎に顔出してねーじゃねーか!書類仕事を全部押し付けやがって!」
「卍解習得に時間割きたいから現世任務を代わるように泣きついて来たのはどこの誰だったかしら……?」
私が笑顔でアイアンクローをかけて言い聞かせると、一心は渋い顔をして執務室の方向へと走り去って行った。
「……それで、志波三席の様子はどうなの?」
一緒にその場で見送る形になった、女性隊士にこっそりと一心の卍解習得状況を尋ねてみる。
「はい、毎日遅くまで励まれているようです……けど、その分お疲れの御様子で……」
「どうしても使い物にならなかったら帰らせておいて。現世から帰った後で私がやるから」
貴族街襲撃事件の後、一心は心機一転し霊術院に入った。
そして真面目に教育課程に取り組み、本人の希望で十番隊に。
さすが一護のパッパと言う事もあり、成績は文句無しで優秀。
当時引退を考えていた長木曽三席と入れ替わる形で、十番隊の三席入りを果たしたのだ。
因みに、長木曽さんは原作通りに十番隊の斬術指南役を務めてもらいつつ、広く
海燕さんもそうだったが、いきなりの三席での入隊に志波家を英雄視する層の盛り上がりは凄まじく、一心にも卍解習得を急がせる旨の要請が四十六室から上がったらしい。
原作の既定路線に乗せておきたい私としてもこの流れは願ったり叶ったりだったので、総隊長直々の懇請を受けた際は二つ返事で了承させてもらった。
何より当の本人が卍解の習得に前向きだったので、その点でも断る理由はない。
(やっぱり海燕さんよりいち早く卍解を習得して本家の鼻を明かしたいって事なのかしら……青春ど真ん中で男の子してるって感じがして、なんかこう……いいわね!)
そういう訳で私は、一心の卍解習得を、隊長昇進をサポートすべく日々の業務に精を出していた。
そんなある日の事だった。
「
女給さんに礼を言って受け取った代用コーヒーを一口啜ったところだった私は、思わず相手の言葉をオウム返しで聞き返した。
「はい、しかもここ最近連続で……」
テーブルを挟んで目の前に座った十番隊隊士の死神が困ったように頬を掻きながら答えた。
彼によると、担当地区において備え付けの伝令神機で虚発生の連絡を受け、いざそこへ向かってみると虚の姿はなく、だが確かに霊圧の残滓はある……という不可解な現象が続いているらしい。
本編の時代と違い個人電話の様な連絡手段がないこの時代には、連絡の行き違いや、同じ虚の討伐が重複依頼の形になってしまう事はままあった。
しかし、彼の言うように短い間にそれが連続するというのはかなり珍しいケースと言える。
これが偶然でないとして、考えられる中で厄介そうなものは、藍染の実験か、
(いずれにしても私以外の死神が対処して大事にでもなったらまずそうよね……)
早速私は報告を入れてくれた隊士と担当地区を入れ替わる形でこの状況の調査に乗り出した。
まずは虚発生のあった場所を思い出せる限りで地図に書き出してもらい範囲を絞る。
場所の当たりを付けたら、ひたすらその周辺で虚が出るまで待ちだ。
この頃の日本は虚の出現には事欠かない状態が続いていたからそれ程時間はかからないだろう。
目立つことを避ける為、義骸を駐屯所に預けてきた私は本来の霊子体に戻ると上空に上った。
そしてそこに陣取ると、まだ宵の口だというのに全ての灯りが消え、暗闇に沈んだ街を見下ろす。
(さてと、鬼が出るか蛇が出るか……)
霊圧感知に全神経を集中させ、私はその時を待つ。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
その日は夕方からどんよりとした雲が空を覆い、日が落ちれば月明かりさえ遮られ街の輪郭すらも溶けそうなほどの闇が地表を覆っていた。
風は無く、重い雲は微動だにしない。
どこか湿り気を帯びた空気は夜の帳と一緒になって底の方で淀んでいる。
こういう夜ほどこの街の人々は安心できた。
ああ、今日は大丈夫だ。
怯えも不安も無くゆっくり眠れる、と……
そんな気休めを抱いて、多くの人が闇と枕を共にしていた。
そこを闊歩する異形の咆哮や、追われる者の悲鳴などは耳に入る事無く……
草木さえも眠りについた頃、墨で塗り固めたような路地の暗がりを少女が駆けていた。
息を切らし、今にももつれそうな両の足をそれでも懸命に前に出し、時折後ろを振り返りながら。
何度目かの角を曲がり、少女はかつてこの街で一番の商店が入っていた建物に出た。
路地に面した勝手口をすり抜け、中へ入る。
以前は所狭しと並んでいた商品棚は、今では全て工業用の機械へと置き換わっている。
少女はその内の一台に駆け寄ると、作業台の下に空いた小さな空間へとその身を滑り込ませた。
膝を抱くように座り、なるべく体を小さくする。
息をする度にブラウスの胸元でチャリチャリと鳴る僅かな鎖の音すら気になり、両掌でそれらをギュッと握り込んだ。
少女がそうして身を潜ませていると、建物の通りに面した側、今では一面にシャッターが下りたそこに、動物の頭蓋骨を模したような白い仮面が浮かび上がった。
そして少女がそうした様に、シャッターの存在を無視して仮面の下に繋がったその巨躯を通り抜けさせてくる。
大人の三倍程もある上背の割に、最後に滑り出て来た下半身は異様な程小さい。
代わりに両肩から地面にまで届く、大木の幹を思わせるような両腕が一際目を引く異形の者であった。
仮面の異形は首を伸ばし、何度か大きく鼻を鳴らす。
その仕草は匂いで獲物を追う野生動物を彷彿とさせ、隠れながら様子を見ていた少女は余計に身を固くしていた。
更に少女にとって不運だったのは、それまで厚い雲に覆われていた筈の空がいつの間にか晴れてしまっていた事だ。
星空と共に顔を覗かせた月の光が、店の採光用に取られていた巨大な天窓から白く差し込んでくる。
異形は月明かりに照らされたフロアを見渡すと、作業台の並んだ場所で首の動きを止めた。
仮面の奥の双眸が弓なりにしなる。
その瞳が鉄で出来た台の内一つの暗がりから、木綿のスカートの裾がはみ出しているのを捉えていた。
腕を杖の様につき、異形はゆっくりと、作業台を一台一台検める素振りをしながら、少女の隠れている台に近づいていった。
一つ近づく度に、歯を象った仮面の口元がイヤらしい笑みをこらえ切れずに歪んでいく。
――そして、遂に、
仮面の異形が、そこへ辿り着いてしまった。
作業台の正面に陣取った異形が、これまで以上にもったいぶった仕草で台の下へと首を傾け伸ばしていく。
少女は体の震えを抑える事が出来なくなっていた。
浅く荒い息を繰り返し、目の前から微動だにしない二本の足を凝視する。
やがて、その視界の上部から、白い仮面が下りてきて、そこに付いた赤い眼と目が――
何か、風を切るような音が聞こえた気がした。
仮面と目が合い、大きく瞳を見開いていた少女の前で、異形は急に動きを止めたかと思うと、首を傾けた姿勢のまま横倒しに倒れ伏していく。
恐怖のあまりしばらく状況が飲み込めなかった少女は、やがて思い出したかのように止めていた息を吐きだすと、恐る恐る作業台の下から這い出してきた。
全身を弛緩させ身じろぎ一つもさせない異形の脇をおっかなびっくり通り過ぎる。
そのまま自分が入って来た建物の勝手口の前まで辿り着いた少女は、最後にもう一度、後ろを振り返った。
霊子体を保てなくなった異形の体が徐々に虚空へと霧散していく。
最後に残った頭の部分。
その仮面脇の側頭部には、一本の青白い矢が刺さっていた。