先刻より顔を出した月に照らされ、その銀色の髪が鈍く光を返す。
同じく月光を反射する眼鏡を指で押し上げる男の背に、声をかける存在があった。
「陛下から逃げ出して何してんのかと思ったら、死神の真似事かい?石田宗弦」
石田宗弦と呼ばれた男の切れ長の双眸が鋭さを増す。
白装束を翻し、手にしていた霊子弓を構えた先には、彼が身に着けた物と同じく真っ白な外套を羽織った上裸の男が立っていた。
「ナナナ・ナジャークープ……貴様が追手だったか」
目の前の男が
「ちっ、裏切ったとは言えこの前まで仲間だったやつをよく容赦無く撃てるなてめえ!?」
ナジャークープが防御に回ったのを確認すると、宗弦は建物の屋上から屋上へ、飛廉脚で滑るように移動し、彼の視線が通らない位置の物陰に身を隠した。
「おっと、観察されないように隠れたか。流石に手の内が知れてる相手だと戦いにくいねえ……」
ナジャークープがオセロの様な色並びをした歯の間から大げさに溜息を漏らす。
「とでも言うと思ったか?」
「――?!」
溜息のすぐ後から相手をせせら笑う声。
その声の向かう先、物陰の宗弦の体には、ナジャークープに授けられた
「俺があんたを見つけてそのまま考えなしに声をかけたとでも思ったか?
俺は数日前からあんたを観察し続けて来たんだよ。すぐにでも麻痺させられるようにな」
顔の半分ほどもあるゴーグルの奥で勝ち誇ったようにその目が細められた。
「なんせ聖文字も無しに星十字騎士団入りを果たしたっていうあんたが相手だからなあ!用心に用心を重ねさせてもらったぜ?
今まで俺が観察してきたどの連中よりも長え時間だ。オメーは終わりさ、石田宗弦」
愉快そうに笑いながら宗弦が身を隠していた屋上へと飛び移るナジャークープ。
「お陰で一緒に逃げ出した連中の所在も割れた。安心しなよ、あんたを片付けた後ですぐに後を追わせてやるからよ!」
ナジャークープが物陰ごと宗弦を消し飛ばそうと、己の
しかし……
聖文字 "U"
その彼が同じく神聖弓を構えて物陰より立ち上がったのだ。
「――乱装天傀」
石田宗弦の四肢から頭上に向けて糸状の霊子が幾重にも伸びていた。
「そんなカビの生えたような技で……!」
宗弦の霊子弓から再び
「だから、無駄なんだよ!」
しかしそれはナジャークープの弓から同じく放たれた針状の矢の雨によって悉く打ち破られ、数に勝るそれは更に宗弦の体にも突き刺さっていく。
「あんたの霊圧配置は観察済みだって言ったろ。ましてやそんな霊力操作難易度の高い技を使ってんだ。今のあんたの神聖滅矢なんか簡単に霊圧スカスカの豆鉄砲に出来るんだよ!」
口角泡を飛ばす勢いで捲し立てたナジャークープが弓を構え直す。
「じゃあな……終わりだ」
「ええ、終わりよ」
「――なっ?!」
天から稲妻のように奔った金色の軌跡が、突如ナジャークープの無防備な背中を刺し貫いた。
衝撃から一呼吸。
神聖弓を構えたままだった宗弦の目に映ったのは……
心臓から抜き取った剣先を振るい、流麗な動きで鞘に納める、金髪の女死神の姿だった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「なるほど、穏健派や融和派の方々を連れて、隠れ住んでいたタカ派の
私は石田宗弦に回道をかける傍ら、彼の口から事の次第を聞いていた。
原作でも宗弦自身は死神との友好・共闘路線を掲げてはいたが、やはり内情の全てを話すのは憚られたのか、所々濁したりぼかしたりしていたが、BLEACH原作を知る私には事情が丸わかりになってしまった。
話を補足して要約すると……
しかしある日、彼は仕えるべき陛下、ユーハバッハの正体を知る。
特に同胞の命を徴収し自らの力とする
数は少なかったが、見えざる帝国内に存在していた反ユーハバッハ派閥と共に、聖別の撤廃や死神との和平交渉を求めて活動を始めた。
だが、それが目に余るようになった皇帝派が彼らに対して弾圧と粛清を開始したのだ。
宗弦は同族同士の争いで滅却師の血筋を徒に損耗するのを避ける為、派閥の仲間を説得し現世に出奔。
最初の内は見えざる帝国からも死神からも発見されないよう隠れ住んでいたが、近年の世界情勢で虚が増え続ける状況に心を痛め、せめて目の届く範囲の整の為にと虚狩りを行っていた、という事らしい。
そしてそれが私の目に留まり、裏切り者を探していた星十字騎士団にも見つかってしまったという訳だ。
(で、これらを踏まえてどう対応していくかなんだけど……)
まずはやはり、原作同様に石田家とその仲間たちには
私が間に立てば、少なくとも今現在監視下に置かれている、他の現世の滅却師たち以下の扱いを受ける事はなくなるし、何より死神の目があるとなれば、これ以上見えざる帝国の滅却師に襲われる事も無いだろう……あくまで聖別までは、だけど……
原作のお爺ちゃん宗弦がやっていたように現世における滅却師の必要性や死神との共闘手段の研究をやってくれるのであれば、それも護廷にちゃんと声を届けることが出来るかもしれない。
この場合……一番の問題点はやっぱり涅マユリになるんだけど……
「こう言っては何だが……信じたのか、今の話を?」
私がどうやってマユリを説得しようか考えていると、やや躊躇いがちに宗弦が声をかけて来た。
こうして顔を突き合わせて見てみると、その銀髪も相まって若い頃の彼は雨竜よりも竜弦にそっくりだった。
いや、竜弦が宗弦に似ているのかこの場合。
「私は、お前たち死神が相容れぬとして140余年も前に殲滅を図った滅却師なのだぞ?そんな人間の言う事を信じられるのか?」
「え、それってそんなに難しく考える必要あります……?」
どんな偶然か、私と宗弦はお互いの言葉に対して同時にキョトンとした顔になった。
「私は今、宗弦さんが話す口調、表情、仕草を見て信じられる人だと、信用に足るお話だと感じました。そこに私が死神だとか、宗弦さんが滅却師だとか関係ありませんよ。
それに貴方は危険を冒してまで整を虚から守ってくれた……そういう人を頭っから疑いたくないんです私は」
「それは、そうかもしれないが……」
それに私はこの先を知ってしまっているのだ。
貴方の大嫌いな陛下と同じ様なズルで知識を得ているだけ。
だからそんなに感心した風な顔をしないで欲しい。
「は、はい、これで治療は終わりですよ!」
なんだか居心地の悪さを感じ、気恥ずかしくなってしまった私は、宗弦に回道をかけ終わると、思わず傷口のあった場所をピシャリと打って立ち上がった。
「では、先程私からお話しした通りお仲間の皆さんと一緒に尸魂界からの監視と保護を受けて貰えますか?
もし受け入れて頂けるなら、あのような連中から絶対にお守りすると約束します。完全な理解を得られるまでは窮屈な思いをさせてしまう事にはなりますが……」
私は一度そこで言葉を切ると、麻痺と怪我から快復した宗弦が立ち上がるのを見送る。
「そして、受け入れられないという場合も、今日の出来事は全て貴方がたの敵であるこの男一人の仕業だったと報告して、宗弦さんたちの事は忘れるとお約束します」
続けた私の言葉に、宗弦は少しの間考える素振りを見せた後で答える。
「いや、私の方も貴女の、松本殿のいう事を信じてみよう。しかし、石田家以外の者の事は少しだけ待ってくれないか?彼らには彼らの考えがある。私の一存では決められない」
「分かりました。では、私はその間にこの男、ナナナ・ナジャークープの遺体を持って尸魂界へ戻り、事前の交渉を行います」
やや緊張した面持ちで宗弦が頷く。
「これでも護廷十三隊十番隊の副隊長ですからね、安心して吉報をお待ちください。
こういう時の為に日頃真面目に働いて発言権を貯めに貯めてますので」
私は軽くお道化て微笑むと、ナジャークープの体を担ぎ上げた。
「ああ、すまないが頼む、松本殿」
頭を下げた宗弦が飛廉脚でその場を離れたのを見守ってから、私は穿界門を開き現世を去った。
(さて、じゃあまずは根回しからね……)
そして断界を移動しながら、この後の作戦を考えるのであった。
端的に言えば、作戦は成功した。
まずは星十字騎士団所属の滅却師という特大の戦利品を持って技術開発局へ。
度々滅却師の被検体が欲しいと漏らしていた涅マユリに、現世で遭遇戦になったとしてナジャークープの遺体を渡した。
宗弦の話した事以上には深く話せなかったが、現世の監視付きで暮らしている滅却師の生き残りたちとは異なる奇妙な能力を使用してきたと報告も付けて。
丁度、眠計画が立て続けに失敗していた事もあり、マユリは嬉々として遺体を研究室に運ばせていた。
後は隊首会で私の出す意見に耳を傾けてくれそうな人にそれとなく探りを入れて回った。
そしてほぼその時の反応と感触通りに、実際の会議は進んでいったのだった。
まずは私から、現世にて同胞を狩る滅却師に遭遇した事と、滅却師にも派閥がある事。
そして狩られる側には死神の庇護を求めている者がいる事を強調して報告した。勿論派閥に関しては宗弦がぼかして伝えて来た内容そのままにだ。
これを受けてまず、より被検体が欲しい十二番隊副隊長、涅マユリが同胞殺しを許してはならないと、慈愛に脊髄が生えて動き回っている存在かのように主張。
十一番隊隊長、更木剣八も、私が「異様に強い滅却師と戦った」と吹聴した事もあり、保護に賛成。
次現れたら十一番隊に回せって言われたけど。
十三番隊、浮竹隊長と八番隊、京楽隊長も、護廷十三隊切っての穏健派の二人という事もあり、挨拶に行った時の感触通り賛成してくれた。
卯ノ花さんも最初滅却師を保護という部分に難色を示していた総隊長を諫め、助けを求める命に敵も味方も、貴賤も無いと言い切っていた。
流石に五番隊と九番隊にはノータッチだったのだが、藍染も東仙も表向きには穏健派で通っているので反対されることはなかった。
以上、主だった隊長たちからの支持を得られた事で速やかに提案は通り、私は宗弦に結果を知らせる為に再び現世に渡るのだった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
瀞霊廷の影。
死神たちに余りに近く、されどその意識からは遠くにあるその場所に、雌伏の時を過ごす者たちの帝国はあった。
帝国には静謐な街並みがあり、荘厳な城があった。
そして城の中には、今はただ主の復活を待つ空の玉座がある。
その玉座を背にして立った、黄金長髪にして端正な顔立ちの青年が、彼の前で頭を下げた部下からの報告を受けていた。
どちらも、ナナナ・ナジャークープ、そして石田宗弦が身に着けていたものと同じ、真っ白な外套に身を包んでいる。
「ナジャークープは戻らなかったか……」
金髪の青年は報告の内容にぽつりと漏らすと、その後は淡々と部下に指示を出していく。
「以降は石田宗弦の深追いは厳禁とする。現在は陛下が理知を取り戻しておられる重要な時期……今死神共に見えざる帝国の存在を気取られてはならない。この事を星十字騎士団全軍に伝え、徹底させろ」
青年の指令を受け、短く返事をすると部下が姿を消した。
一人になった青年は、しばしの沈黙の後で微かな冷笑を浮かべる。
「どこに逃げようと、何に守られようと、陛下からは逃れられん……分かっているだろう、石田宗弦……」
呟きと同時に、青年の姿も闇へと消える。
後にはただ、主の居ない玉座が鎮座するだけだった。