「それでは……乱菊さんの三番隊隊長就任を祝しまして、乾杯っ」
小さな体から精一杯声を張り上げて、緋真さんが乾杯の音頭を取った。
私は彼女と、それから集まってくれたみんなに礼を伝え盃の中身を一気に飲み干した。
「わあ、乱菊さんいい飲みっぷり……」
自分のお茶に口をつけていた緋真さんが目を丸くして驚嘆している。
「乱菊は昔からお酒強かったわよね。あんまり飲んでいるの見た事ないけど」
「あら、お酒は好きよ。ただ飲む暇がないだけで」
緋真と同様に感嘆する都に答える私。
実際、護廷に入隊して副隊長を長い事やったが、その多忙さたるや……原作の私はよく京楽隊長と飲み友達になれるくらい暇を作れたなと感心したほどだ。
「暇がないとおっしゃってますが、それは仕事の時間以外を全て修練に充ててしまっているからでは?」
「そう言えば、私ともほぼ毎日鍛錬の時間を取っているな」
「剣ちゃんとも遊んでくれてるもんね!」
私の漏らした言葉に、疑問を投げかけてくる七緒と、それに頷く砕蜂に、手を挙げて同調してくるやちる。
「乱菊さんってやっぱり霊術院で聞いてた通りのド勤勉家なのねお姉ちゃん」
「本当、人には健康に気を付けろって言ってくるのに本人はいつ寝てるんだろう……って待って、そう言えば最近は卯ノ花隊長にも頻繁に会いに来てるけどまさか……」
お座敷の奥の方で二人でひそひそしてる虎徹姉妹。
みんな私の昇進祝いに集まってくれたのだった。
それと、この会場を手配してくれた、緋真さんの夫、白哉も。
一心が卍解習得に精を出し始めたのはまだ記憶にも新しいが、つい先日その努力が実り、彼は卍解を手に入れた。
それと同時に彼は総隊長から十番隊の新たな隊長に任じられる事になり……
そして私も、それ自体が私自身の隊首試験だったと告げられたのだった。
私を推薦したのは総隊長本人。
どうやら貴族街襲撃事件の時の様子を見て、既に私が卍解を会得していた事に気づいていたらしい。
それで後は、隊の長として下の者を導ける存在足るのかを見極めていたとの事だった。
私としては十番隊は是が非でも一心に、と思っていたので、他の隊の隊長として取り上げてもらうのは非常にありがたい事だったのだが……
(よりにもよって、三番隊とはね……)
何の因果か……いや、巡り巡って来たのか……本来ならば市丸ギンが収まるはずの場所。
しかし、私が私として歩み出したこの世界では、彼は死神にはならず、きっと今でも流魂街で暮らしている。
この結果がこの後どういう風に波及をしていくのかはまだ少し怖い所ではあるのだが……
現段階でも私は、藍染の味方ではないが、その野望の邪魔もしないという奇妙な位置関係に収まっている。
案外、今の私の存在が市丸ギンの穴埋めとなって、上手く未来が回っていくのかもしれない。
と言うのは、酒が回って来て物事を都合の良いように考えてるだけなのかどうか、果たして……
「あっ、乱菊さん、お酒無くなってますよ。私貰ってきますね」
「ああーっいいですよ朽木さん、私が貰ってきますから!」
私のお銚子が空になってる事に気づいた緋真さんが立ち上がろうとすると、一番入口の近くにいた清音が慌てて立ち上がり、仲居さんを呼びに出て行った。
「み、皆さん素早いですね。さすが死神……」
「いいんですよ、主催者はどんと構えていてください。あ、それと、あと主賓もね」
都がわざとらしく私をおまけ扱いしてきたので、乗ってやることにする。
「あーそう言えば、主催者側なのに終始ガッチガチになっていたお二人さんがいましたわねー」
私がニヤニヤと都の顔を覗き込むと、すぐさま察した都が顔を赤らめる。
「乱菊、貴女ねぇ……」
「え、何ですかそれ?」
緋真さんが食いついてくる。
「実は都と海燕さんの結婚と祝宴の席での話なんですけどね?あ、そう言えば技術開発局の人に撮ってもらった写真があるんだった!見ます?」
「ウソ、それって絶対集合で撮ったやつじゃないわよね?!」
「――見たいです!」
いつもらしからぬ胸倉を掴む勢いで迫る都と、いつもの儚げな印象とは打って変わって目を輝かせてにじり寄ってくる緋真さん。
こうしていると、原作で一護たちや恋次とつるんでる時のルキアにそっくりで、何だかんだ姉妹って感じがするわね。
……それにしても。
(まさか緋真さんが私の昇進祝いを開いてくれるなんてね)
私は集まってくれたみんなと、それから終始ニコニコと笑顔を向けてくれる緋真さんを見回して、頬がだらしなく緩んでいくのを感じていた。
彼女が私の為に骨を折ってくれたのもそうだが、何より彼女が元気に過ごし、一緒にお酒の席を囲んでいるという事実が嬉しい。
そして、このお座敷の隣で、最初は気を使って遠慮したくせに、奥さんが心配で様子を見に来ている旦那もね。
あれは、そう……現世で石田家が鳴木市内に居を構えた頃だっただろうか……
「どうしたの兕丹坊さん?」
現世からの帰りに白道門を通ろうとしたら、そこにいるはずの門番の姿が無かった。
何かあったのかと辺りを見渡すと、西門の隅で巨体をおろおろさせている一貫坂兕丹坊を見つけたのだった。
「おお、あんた確か十番隊の副隊長さん!良かっただ!」
私の声に振り返った兕丹坊がその足元を指差した。
見れば着物に疎い私でも一目で高価なものだとわかる羽織を身に着けた女性、いや少女か?が地面に座り込み激しく息を吐いていた。
(――この人!?)
青い顔で苦し気に呼吸を繰り返すその人は、ルキアそっくりな彼女の姉、緋真だった。
(白哉……私達にも結婚の事黙ってたわね、あの野郎!)
心の中で悪態をついた私はすぐに緋真さんを担ぐと、なるべく刺激を与えないようにしながら、急ぎ四番隊へ向かう。
隊舎に着くとすぐに勇音を呼んでもらい緊急の治療室へ。
幸いにして大事には至らなかったが、身体の霊子構造が余りにも弱っていた為に検査入院を余儀なくされたのだった。
緋真さんが落ち着くまでの間に、私は六番隊に向かい白哉を連れて来た。
初めはなぜ緋真を知っていると問い詰められたが、譫言で貴方の名を呼んだと誤魔化して。
私が白哉を連れ病室に戻ると、ベッドから身を起こした緋真さんが白哉の名前を呼び、白哉もそれに応え駆け寄ると、二人は人目も憚らずひしと抱き合ったのだった。
「あのー、そろそろいいかしらお二人さん」
そのままにしていると、自分を責め白哉に謝罪する緋真さんと、いいや私がと自分を責め緋真さんに謝罪する白哉とが永遠にループされそうだったので割って入る。
そして処置をした勇音と、話を通しておいた方が良さそうな卯ノ花隊長に残ってもらい、後は当事者だけに人払いをしてもらう。
そうした後でやっと白哉は緋真さんが自分の妻であることを明かしたのだった。
「じゃあ、まずは勇音、二人にも分かるように病状を話してあげて」
白哉が結婚していた衝撃に固まってしまっていた勇音をせっついて説明を促す。
「で、では、なるべく心を落ち着けて聞いて欲しいのですが……」
ハッと我に返った勇音が言葉を続けていく。
緋真さんの体が弱っている原因は、虚弱体質だとか、空腹を満たせていないからだとかじゃなかった。
そもそも霊子体としての構造が欠損していたのだ。それも圧倒的に。
人間で例えると重要な内臓器官がごっそり無い状態で生活しているとでも言えばいいのだろうか。
この状態で過ごしていたら、恐らく持って数年の命だろう、と勇音は苦渋の面持ちで言葉を吐き出していた。
卯ノ花さんの反応を見るにその見立ては間違っていない様子だ。
勇音の説明に唯でさえ悪かった顔色が、夫婦揃って更に青くなっていく。
「なぜ、真央施薬院にかからなかったのですか?現在の総代なら幾らでも生かす方法を持っていたでしょうに」
卯ノ花さんが貴族病院とも言えるその名を口にする。
(そう言えば、山田清之介は最近四番隊を辞職して、今はそこの院長なんだっけ……)
「いえ、診てもらおうとはしたのですが……」
口惜しそうに顔を歪め、白哉が訥々と内情を吐露していく。
彼の話によると貴族専用の病院だから流魂街出身の彼女は受診出来ない、往診にも応じられない、と門前払いを受けたとのことだ。
とは言え、普通に考えたら唯の差別意識で四大貴族のVIPを袖にするなんて事はしないはずだ。
原作での白哉がルキアに打ち明けた結婚の話からすると恐らく……
「私は緋真との結婚の為に多くの者の反対を押し切った。両親はもちろん賛成してくれたが……朽木家ほどの大きな家ともなると、我ら血縁だけで全てを取り回すことなど出来ぬのだ……」
白哉の絞り出すような声にしばらくその場を静寂が支配する。
緋真さんは申し訳なさそうに。
勇音は沈痛の面持ちで。
卯ノ花さんは貴族社会を憂いてか。
そして私は……
「……それで?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「そうやってその後どうしたの?まさかそれで自分に出来る事は全部やったって言いたいわけ?だから彼女が治らなくても仕方ない。だからこのまま見殺しにしても仕方ない。そう言いたいわけ?」
「なん……だと……!」
「乱菊……!」
思わず頭に血が上ったのだろう白哉が私の胸倉を掴んでくる。
……本当に、こいつは変わらない。
根は熱くて、情にも篤い。
なのにそれを表に出すのが、人に伝えるのが極端にヘタクソだ。
私は襟を掴む白哉の腕を掴み返す。
「頼れつってんのよ。自分だけじゃ駄目なら家族、親族。それでも駄目なら友達、仲間……それが人間社会ってもんでしょうが」
白哉の手が僅かに緩む。
「少なくともここには、アンタと奥さん以外に友達が二人と護廷十三隊の隊長の仲間がいるはずだけど?」
襟からは指が離れていくが、私は掴んだ腕を離さない。
「アンタだって道に迷ったら、その辺りの知らない人間に尋ねるでしょう?それとも何?私らはそんな見知らぬ人間以下の存在ってわけ?」
ギリギリと音がする程白哉の腕に指を食い込ませる。
「友達だと思っていたのは私らの方だけだったのかよ!朽木白哉!」
自分の声が鼓膜を打ち、その強さに我ながら驚く。
知らずに漏れ出た霊圧が病室を震わせ、思わず自分で呆気にとられる。
肩に触れた感触に我に返ると、それは勇音の手だった。
私は、そこで漸く握りしめていた拳を開いた。
「……すまぬ」
赤く腫らした手首をだらりと下げ、白哉が呟いた。
「では、現実的な話をしましょうか」
再び静かになった病室に卯ノ花隊長の凛とした声が響く。
「朽木隊長の奥方、緋真さんの場合、魂魄の損傷という表現が近いかと思いますが、この症状は霊圧治療や霊子縫合でどうにかなるものではありません。口惜しいですが今の四番隊、いえ、私の回道では治すことは出来ません」
勇音の診断結果から出した卯ノ花隊長の結論。
要は四番隊の得意とする回道は人間の医学で言うと外科の分野であり、内科に属するであろう緋真さんの病状はどうすることも出来ないという事だ。
確かにそれが出来ていたら今頃、浮竹隊長はとっくに完治していてもおかしくはないわよね……
(でも、それなら……)
「じゃあ、何とか山田副隊長……いえ、清之介さんに診てもらえないか掛け合ってみますか?」
「そうですね……私から打診してみましょう」
「あ、都に言えば海燕さんを通して志波家からも話を通してもらえるかもしれません!」
勇音と卯ノ花隊長が話を進めていく様子を、どこか眩しそうな表情で見つめている白哉。
私はそんな白哉と目を合わせるとふっと僅かに口角を挙げて見せた。
「ありがとうございます、二人とも。ただ、今回は私にも心当たりがあります」
白哉から視線を外し、勇音と卯ノ花隊長に向き合うと、私は表情を引き締め直して告げる。
「そして私の思った通りなら、恐らく緋真さんを普通の生活を送れるまでに回復させられるはずです」
私の言葉に三者三様の驚きの声が上がる。
そんな中、卯ノ花隊長だけは考えるように目を伏せ、「松本副隊長が……まさか彼女の?」と呟きを漏らしていた。
「その前にまずは、緋真さんに聞いておかなければならない事があります」
「わ、私に……?」
ゆっくりと緋真さんに近づき、彼女の寝台の傍に腰を落とした。
「はい。私の考えが間違っていないか、確認する上でとても重要な事なんです。貴女にとって答えづらい内容になるかもしれませんが、どうか可能な限り正直に答えてください」
真っすぐに彼女の瞳を見つめる。
緋真さんは少しの逡巡の色を浮かべた後、徐に私の手を取った。
彼女の冷たい手が重なった私の右手は、まだ先程の白哉の腕を掴んでいた名残で赤みと熱を帯びていた。
「分かりました、お答えします」
意を決した彼女が頷くのを見て、私は緋真さんの、白哉と出会うまでの話を尋ねていった。
原作では白哉の口伝てにルキアに話された姉の話。
緋真さん本人の口から聞いても、その内容はほぼ同じだった。
しかし……
「じゃあ、現世で虚に殺された時の記憶は殆ど無いんですね?」
「はい……その前の暮らしも、曖昧で……」
「では妹さんの事も?」
「……はい。はっきりとしているのは流魂街に流れ着いてからで……妹の事も、その時には既に背負っていて……」
緋真さんは現世で虚に襲われ死亡した。
この告白には妹の存在を聞いていた白哉でさえも驚いていた。
緋真さんが妹を捨てたのは、何も暮らしに困窮したからという理由だけではなさそうだ。
彼女は恐ろしかったのだろう。
化け物に襲われ、前後の記憶も曖昧なままで、見知らぬ町に放り出され、苦しい生活を強いられる日々。
そして何より、記憶にはない赤子の存在が……
「でも、今はあの娘を置き去りにしてしまった事を後悔しております。できれば見つけ出して、そして厚顔無恥を承知の上で白哉様にあの娘をお救いして欲しいと……」
「本当だ!緋真はこの弱った体を押して毎日のように流魂街へ捜索に赴いているのだ!だから、だから……この様に……!」
涙ながらに悔恨の念を吐露する緋真さんに、いつの間にか白哉が寄り添い手を取っていた。
「頼む、松本乱菊。お前に緋真を救う手立てがあると言うのならどうか!その為なら私は何だってする!」
白哉の熱い訴えに私は頷き立ち上がる。
「それで、どうなの乱菊?」
どうやらもらい泣きしてしまったらしい勇音が目を潤ませながら聞いて来た。
「やっぱり、私の見立て通りだったみたい」
私はそこまで静観を続けてくれていた卯ノ花隊長に向き直る。
「卯ノ花隊長、厨房をお借りしてもよろしいですか?」
卯ノ花隊長の了承を得て、私と、それから白哉と勇音は四番隊の厨房に来ていた。
四番隊は入院患者も複数抱える事がある為、昔の十二番隊の様に隊舎に厨房が併設されているのだ。
しかも十二番隊の時と違って今の時代はガスコンロ!
私は調理台の火の付きを確認すると二人に向き直った。
「さて、これから私が話すことは他言無用で頼むわね。勿論、あなた達の事は信頼しているけど念の為」
私の言葉に二人は神妙な面持ちで頷く。
「まず、緋真さんの事について話すわ。彼女は勇音や卯ノ花さんが話していたように、魂魄の状態が完全じゃない、その多くを欠損している」
「ええ、今も人の形を保っているのが不思議なくらい……でもそもそも何でそんな事に?」
「恐らく、彼女が現世で虚に襲われ亡くなった時……その時に彼女の魂魄の大部分が引き裂かれてしまったのよ。生前の記憶が無いのはそれが原因でしょうね」
「馬鹿な……!そんな事になれば例え死神でも生きてはいられないぞ?!」
白哉の驚愕に開かれた口から、続けて流魂街魂魄消失事件での事例が示される。
「ええそう、普通はね……でも私はそうならなかった実例を知っている」
「え、なんでそんな事……?」
「私自身がそうだったからよ」
今日は二人の驚く顔がよく見れる。
勇音は口に手を当て、白哉も衝撃を受け半身を仰け反らせていた。
「二人とも、数十年前の貴族街虚襲撃事件はまだ記憶に新しいでしょう?」
「ええ、もちろん」
「忘れたくても忘れられるものか……」
「じゃあ、その時に滅亡した綱彌代家の非合法研究の事は?」
私が二人それぞれに視線を合わせると、勇音と白哉は弾かれた様にお互いに顔を見合わせると、再度私に目を向けて来る。
「じゃ、じゃあまさか乱菊が、あの実験の……?!」
「ええ。正確には被験者の一人だった」
「綱彌代家……悍ましき愚劣さだ……」
勇音は同情を、白哉は静かなる怒りをそれぞれ私の為に感情を沸き立たせてくれる。
私はそれをありがたく思いつつも、これから少しの嘘を交えなければならない事に心の中だけで謝罪する。
「私は霊術院に入る前、彼らの実験対象になって魂魄を奪われそうになった。幸いにして私は魂魄を引き裂かれそうになったその時、無意識の内に死神の力を使い、その襲撃者を返り討ちに出来たけど」
「そうか……それがさっき乱菊が言っていた緋真さんの身に起きた事ってわけね。綱彌代家が虚をけしかけて……」
「しかし綱彌代ほどの家がなぜそうまでして魂魄を……」
やはり白哉は知らされていなかったか……
当時、綱彌代の不祥事は中央四十六室から緘口令が敷かれるほどの大スキャンダルだった。
それこそ残りの四大貴族にすら事実を隠蔽したくらいだ。
(それでも号外の形を取って綱彌代の名を載せたのは彼なりの、貴族社会への意趣返しだったのかしら……)
私はいずれ刀を交えなければならない盲目の死神に思いを馳せる。
しかしそれもほんの一間、私はすぐに白哉の疑問に答えた。
「彼らの狙いは霊王の欠片と呼ばれる特殊な魂よ。これを生まれながらに体内に宿した者はその欠片と魂魄が強く結びつき、霊王の力の一部を引き継ぐとされているわ」
「霊王……そうか、浮竹の……伝承の類かと思っていたが……」
「そして同じ物を緋真さんも持っていた、と私は考えている。それなら、彼女が虚に襲われたのに
「綱彌代家の実験と、霊王の欠片の影響……って事?」
「では、緋真が妹だと言っていた幼子は……」
「……引き裂かれた彼女自身の魂魄、その片割れって事になるわね。魂魄が削られれば人の形を保てなくなるなら、その逆が起こっても不思議じゃない」
そして、緋真さんがあんな体で毎日のように流魂街に出かけていたのも、恐らく無意識下で魂が失った半身を求めていた故の行動では、とも。
「で、ここからが本題よ。その魂魄の欠損をどうやって補ってあげるか……」
「え、乱菊、貴女まさか……」
「――!?それは駄目だ!妹を救って欲しいというのは緋真の願いでもあるのだぞ!」
……いや、アンタら私の事なんだと思ってるのよ。
「勿論そんな事はしないわ。その為に厨房を借りたのよ」
私はキョトンとする二人を尻目に死覇装をたすき掛けしていく。
「白哉、貴方さっき緋真さんの為なら何でもするって言ったわよね?」
「あ、ああ、二言はない」
「勇音、貴女はすぐに回道をかけられるよう準備しておいて」
「えっ、わ、分かった」
そして、その場にあった三角巾で髪を纏めた私は最後に、三人で囲んでいた調理台の上に現れた黒い猫に声をかけた。
「じゃあ、灰猫お願いね」
私の言葉に高く短い鳴き声で返事をする灰猫。
音も気配も無く、いつの間にか目の前に現れていたその存在に、勇音と白哉がギョッした顔で後退った。
「能力に関わる事だから詳しくは話せないけど、私の斬魄刀よ。
これからこの子に白哉の体から霊子を奪わせるから、勇音はその治療をお願い」
「えぇ……」
「くっ……それで緋真が助かるなら、致し方あるまい……」
ドン引きする勇音と、私を睨む白哉。
仕方ないじゃない、そういう能力なんだから。
これは私の卍解の能力の一端……
始解、燼・灰猫では奪った霊子を己の霊力に変換する、私の
しかし、卍解に至った事でこの能力が拡張し、奪った霊子をある程度自由に変化させることが可能になった。
尤も、卍解に紐づいた能力だから卍解状態になるか、本体である灰猫を介してしか使えないんだけど。
今回はこれで、白哉から奪った霊子を義魂に変え、それを使った料理を作り、緋真さんの体内に取り込ませる。
そう、曳舟さんの技術を使った魂の融合で、魂魄の欠損部分を補おうという訳だ。
効果は今まで私の体で実証済み。
流石に霊王の欠片込みで魂魄の大部分をルキアの方に持っていかれてるから、死神になれる位の強い体にする事は出来ないだろうけど、健康に暮らせる程度になら補強できるはずだ。
「じゃあ、覚悟はいい?大怪我はしないけど、そこまで優しくも出来ないから普通に痛いわよ?」
「構わぬ、やれ」
「私も、大丈夫よ」
最終確認を取った私は灰猫に頷いた。
その瞬間、灰猫の輪郭が陽炎の様に揺らめき、ぼやける。
そして鈍く光を放つ飛び出した爪が、仁王立ちで待ち構える白哉の肉に矢の様な速度で吸い込まれていった……
「白玉汁ですか?」
白哉が一口ずつ、匙を緋真さんの口に運ぶ様子を見守っていた私の隣に卯ノ花隊長が並んだ。
「はい、温かくて一匙ずつで食べやすいものが良いかと思いまして」
「仮の魂を作り出し、それを体内に取り込む技術、でしたか?」
「……さすが卯ノ花隊長、御見逸れしました」
「それはこちらの科白……お見事です松本副隊長。上にいる曳舟桐生も鼻が高いでしょう」
古参の女性死神の予期せぬ称賛に、思わず卯ノ花隊長を振り返る。
しかし、くすりと笑う彼女と顔を合わせている事にそこはかとない気恥ずかしさを感じ、私はすぐに視線を仲睦まじく寄り添う二人へと戻した。
「そう、ですかね……そうだったら、嬉しいです」
「最後のお食事来ましたよ~」
清音がみんなに声をかけ、仲居さんと一緒になって配膳をしている。
そうして人数分配られたのは、蓋をされた漆器の椀。
正面の席を見れば、まるで悪戯っ子の様な顔をした緋真さんが笑みを浮かべている。
「あっ、これ……!」
再び入口近くに腰を下ろした清音の隣で、椀の蓋を開けたらしい勇音の声が上がる。
「わ~これもおいしそう~」
「おお、魚は鮭か。紅白で縁起がいいな」
「甘味以外で食べるのは初めてです」
「これなら家でも作れるかも……おはぎのもち米余ってたし」
みんなが思い思いに料理に舌鼓を打っている。
「じゃあ、私も……」
椀を開けると、出汁の香りと共にふわりと湯気が立つ。
朱色の内側には澄んだスープとそこに散りばめられた色彩豊かな野菜や魚といった具材たち。
そして、それらを取り纏め、ぐっと見栄えを引き締める、真っ白な――
また次の投稿まで時間空きます。
そして明日7/25からはいよいよ禍進譚……だと……!