吾輩は猫である。
猫ではあるが斬魄刀でもある。
因みに、格好つけて吾輩、などと言う一人称代名詞を使ったが歴としたメスだ。
……いや、昔はオスだった事もあったのか……?
どうも我が主の特異な出自の影響を受けて、刀である私までその辺りが曖昧になっている。
そういった自我というものは生まれてすぐにあったのだが、こうして表を自由に出歩けるようになったのは、主が始解を会得してからだ。
いや、最初の内に許可されていたのは主の部屋だけだったか。
隊長就任と同時に人前に現れても咎められなくなったので、それ以降は瀞霊廷中を散歩する事が日課になった。
今日もこうしてお気に入りの散歩コースを回っている。
「おお、クロ!?いつの間に……毎度毎度一体何処から入ってくるのだ」
私が壁をすり抜け、空いている座布団の上で座って待っていると、それまで書き物をしていたらしい部屋の主人が驚きの声を上げる。
この男のマズルが上下にかっ開いて目を丸くする様を見る事が最近のマイブームとなっていた。
あと因みに私はクロではない。毛並みは黒だが。
「むぅ……相変わらず言葉は分からぬが、嬉しそうにしておるのは分かるぞ。どれ、こっちに来て撫でさせてくれ」
この男はつい先日、不在だった七番隊の隊長に就いた狛村左陣。
主の知識によると、動物と会話をすることが出来るようだが、本質が斬魄刀である私とは会話ができず困惑していた。
しかしこうして会いに来るたびに私を抱き上げ撫でたがる辺り、無類の動物好き、そして器もその身体に比例してでかい男なのだろう。
私もこの男の匂いは好きだ。
正確にはこの男に染み付いた、斬魄刀の匂いの方か……
どことなく懐かしい感じがして、狛村の掌に顔を埋めてしまう。
「後で五郎にも会ってやってくれ、きっと喜ぶ」
ひとしきり堪能すると、私は狛村の隊首室を離れ少しだけ彼の飼い犬と戯れた後、散歩を続ける。
次にやって来たのは流魂街。
中でも戌吊と呼ばれる地区を流れる川の広瀬に膝まで浸かり、魚を獲ろうと悪戦苦闘している少年少女がいた。
「ん?チャッピーではないか!おい恋次、チャッピーが来たぞ!」
黒髪の少女の方が、川岸に寝そべって様子を見ていた私を指差した。
「お前のその気色悪い名付けはもうちょっとどうにかなんねえのかよ……」
「何を言うか、どう見てもチャッピーという感じがするだろう!?」
「いや、普通そこはクロとかだろ」
「ふん、安直な奴め。どうせ貴様の事だからこれが犬でも、ゴローなどと言うありきたりな名しか思い浮かばんのだろうな」
「いや、そこはタローかポチだろう普通……」
以前、隣にいる赤髪の少年と共に彼女の事を記憶していた私はすぐに主に伝えたが、主は見つけるのが早すぎると頭を抱えていた。
その時に、本人たちが自主的に真央霊術院に入学するまで接触を控えるように言われたが、何となく面白そうだからこうしてちょくちょく様子を見に来ている。
そうして、日々磨かれていく夫婦漫才を一頻り堪能すると、私はまた散歩に戻った。
次はあのおかっぱ娘の所にするか。
そう思い、瀞霊廷の塀の上を歩いていると……
「あー、一角、あの猫だよ!」
塀の下から私に指を指してくる……奇しくもおかっぱの、男の姿があった。
「あん?なんだよ弓親、ふつーの猫じゃねーか」
「違うよ!ほら、見てよあの眼!絶対に僕の事バカにしてるでしょ!?」
弓親と呼ばれたこの男の事も、この前初めて出会った、それ以前から記憶にあった。
何しろ己の斬魄刀の能力と性格が気に入らないからと、自分で勝手に偽の名前を呼んでその真の姿を隠させているのだ。
我ら斬魄刀からするととんでもない暴君と言えよう。
しかもこいつの斬魄刀は私の能力と似た、相手の霊力に作用する性質がある為、尚の事主人に恵まれなかった事に同情を抱く……
そして、隣のコイツもだ。
このパチンコ頭はもっと酷い。
この男の持つ斬魄刀の本質は治癒能力にある。
本人はそれを知ってか知らずか、裂けろだの伸びろだのと言って無茶な変形をさせ血止めの力をおまけ扱いし、自在な戦い方が出来る刀だと思い込んでいる。
挙句の果てには将来手にする事になるあの卍解だ……
我々は唯の道具ではない。
意志と魂を持った、死神と生死を共にする言わばその半身なのだ。
それをこんな非道な扱いをされれば、臍を曲げて真の名を明かさないのも当然だろう。
……もしかして恋次はこの男に師事したから、最終局面まで半分しか名を教えてもらえなかったのではなかろうか……
やはりパワハラ&モラハラ男は駄目だな。
「……確かに何となくバカにしてる風な面してるなぁ、あの猫」
「でしょ!?」
思えば十一番隊は隊長もそうか……
初めて会った時からやっちーは不憫な娘だと思っていたが……
端っから至っていたと言うのに名を呼ばれず、始解の声すら未だに届かない。
唯一の救いはそれをやっちー本人が楽しんでいる事か……
彼女は彼女の主が戦って悦んでいる姿が好きなのだ。
だからいつも傍で彼が本当に戦いたい……斬りたい相手を見極め続けている。
主の思いに何時でも応えられるように……
うん。やっぱムカつくからこいつらだけにはツバ吐いとこ。
「うわぁ!あの猫ツバ吐いて来たよ?!」
「ムダに器用なやつだな?!猫のくせに!?」
奴らが驚いているうちにすぐにその場を離れた。
十二番隊を通り過ぎようとした時、珍しく中庭に人の影を見かけたので寄ってみると、小学生ほどの見た目の少女が七輪で何かを焼いていた。
猫の鼻を蠱惑的にくすぐるこの匂いは……!
「これはダメです」
近づいた私と七輪の間に団扇を差し込み、少女がぴしゃりと言い放った。
「せっかくのいただきものですから、マユリ様に食べていただきます」
マユリという言葉に顔を上げ、よくよく少女を見てみる。
短く切りそろえた黒髪に、同色の瞳はくりくりとして愛らしいが、瞼が常に重そうにしているため少女らしからぬ仏頂面になってしまっている。
この娘は確か……
「何をしているのかネ、眠七號?」
隊舎の奥から今日も奇抜な頭飾りを付けた、十二番隊副隊長、涅マユリが現れた。
あ、いや、確か少し前に隊長になったのだったか……
「松本隊長から秋刀魚をいただきましたのでマユリ様に召し上がっていただこうかと」
「松本乱菊か……こうも律儀に釘を刺しに来るとはネ」
ああ、この秋刀魚は主からのものだったか……
朽木緋真を曳舟の義魂技術を応用して治療した後、それほど間を置かずにこの少女、涅ネムの姿を見かけた主人は、それまであまり近寄りたがらなかった十二番隊に何かにつけて顔を出すようになっていた。
「釘、ですか?」
「あの女は監視用の菌に気づいている節があるからネ。眠計画の成功要因に行き着いても不思議じゃないヨ」
ネムの目が秋刀魚から離れたのを見咎めたマユリが煙の上がる七輪を指差しながら答える。
「あるいは……お前に母性でも芽生えたか……」
「母性……」
「何しろお前の誕生の切っ掛け、その一部になったんだ。それを自覚しているのであれば、お前に対して母親の様な感情を錯覚してもおかしくはないだろう?」
自らの意思とは関係なく、己に研究資料を提示してくれた都合の良い存在を嘲り笑っていたマユリだったが、七輪の炎から舞い上がる灰をぼうっと見上げなら、「松本隊長が……私の……」と呟くネムの姿を見るや否や、心底不愉快そうに顔を歪めた。
「今のは言葉の綾だヨ!第一お前の肉体は私の遺伝情報を元にしているんだ!」
ネムはマユリの叱責に素直に頷いてはいるが、やはりまたどこか呆けた表情で網上の秋刀魚をひっくり返していく。
……これは面白くなるかもしれない。
私は秋刀魚に負けない程香ばしい匂いを放つ予感に胸を高鳴らせながら、その場をそっと後にした。
やっとおかっぱ娘の修練場に辿り着くと、そこには白い羽織に袖を通した我が主、松本乱菊と、眼鏡をかけ黒髪をうなじの辺りで結っている死神、伊勢七緒の姿があった。
二人の視線の先には件のおかっぱ、砕蜂が右手に身長の二回り程はある黄金色にして流線型の筒を抱え上げている。
――卍解 『雀蜂雷公鞭』
砕蜂が離れた位置に用意された人型の標的に向かって、金のミサイルを発射した。
推進装置で音速を超え飛来するそれは標的のど真ん中に突き刺さると、その瞬間に周囲の岩を吹き飛ばしながら大爆発を起こした。
煙が晴れ、標的周辺の視界が開けると、そこには人型の上半身部分が吹き飛んだ、的だった物が転がっている。
「ちぃっ……全壊しなかったか……」
荒い息を吐きながら悪態を吐く砕蜂。
その様子を見ていた主が、隣の七緒と何やら話し込んでいる。
「前回と比べて破壊力はどうです?」
「はい、技術開発局の計器では二割から三割ほどの威力増となっています。
それにしても……まさか私の防御結界が破られるとは……」
「七緒さんの鬼道の方もデータ出てますね……強度は高まっていたけど、衝撃吸収性や分散性が足りずに耐えられなかったみたいですね」
「なるほど確かに……ありがとうございます乱菊さん。これは一人で術の構築をしただけだと気づけない結果でした」
「十二番隊に計器借りてきた甲斐がありましたね」
その場にしゃがみ込んでうんうん唸っていた二人の元に卍解を解いた汗だくの砕蜂が歩み寄る。
そのしっかりとした足取りを見て、主が立ち上がった。
「砕蜂も、取り合えず撃った後でも戦闘は出来そうね」
「ああ、なんなら今すぐもう一発位なら撃てるかもな」
砕蜂が不敵な笑みで返す。
しかし何を思ったか、その後すぐに目を伏せ、渋い顔で続ける。
「しかし、やはり派手すぎないかこの卍解……暗殺には勿論、正面の一対一でも使いづらい気がするんだが……」
「あら、結構使い方次第だと思うけど」
主はそう言うが早いか、右肩に灰を押し固めて作った円柱を一瞬にして担ぎ上げた。
ギョッとした砕蜂が瞬時に後方へ距離を取る。
「ね?私のこれは灰の塊でしかないけど、砕蜂のあの威力が飛んで来るとなると反射的に体は回避行動に回っちゃうものよ」
「牽制と抑止ですか……だからここ最近は威力と同時に砕蜂さんのスタミナを重点的に鍛えていたんですね」
七緒も腰を上げ輪に加わる。
「そう、一発目は当たれば御の字。外れたり倒し損ねても、次が撃てるとなればそれは相手にとって脅威となる。そうすれば、後は今みたいに出し入れするだけでも敵は警戒してくれて、その動きを抑制する事が出来るってわけ」
「そこに始解の雀蜂も絡めるという訳か……」
「そう言う事。だから次は始解と卍解を瞬時に出したり引っ込めたり出来るまでやりましょうか」
「そ、そうは言うが、あの卍解は重量もすごいのだぞ?!」
「それこそ、その重さに慣れないとでしょ。それとも、あの程度の重さで動きが鈍るのが砕蜂の目指す最速なの?」
見え透き過ぎた安い挑発だったが、砕蜂はそれで反骨心に火が付いたらしい。
「いいだろう……松本、相手をしろ」
「ええ、もちろん」
「しかし、牽制すると分かっていては意味が無いからな……別にお前になら撃っても構わんだろう?」
「えっ」
「では、私もその卍解が乱菊さん以外を巻き込まないように全力で支援しますね」
「え、あれ、ちょっと……?!」
どうやら鍛錬はまだ続くらしい。
さっきの爆発で目がチカチカしていた私はもう一発撃たれてはたまらないと思い、スタコラッサッサと修練場を後にするのだった。
夜も更け、主の枕で丸くなり舟を漕いでいると、漸く主が帰って来た。
「ただいま~……うん、まずはお風呂ね……ほら、灰猫も来なさい、洗ってあげるから」
羽織を掛け、死覇装を脱いだ主が湯殿の入り口で手招きをする。
いつも無造作にひとつ結びにしている髪を解き、最近現世の海外から取り寄せたという下着を脱いでいく主の脇を通り過ぎ、一番風呂に飛び込む。
私がそうして湯を堪能している間に、主は髪と体を丁寧に洗っていく。
「へぇ、狛村隊長って部屋ではあの笠脱いでるのね。早く私もわんこ顔見たいわ~」
「ルキアと恋次も問題なさそうね……って、私行くなって言ったわよね?!」
私を洗っていた主の指に力が籠る。痛い。
「あー、一角はね……最弱って散々言われてたからねぇ……かといって今強くなりすぎると一護が……でもその後はもう少し頑張って欲しいし……」
主がぶつぶつと呟いている内に入浴は終わっていた。
「ん、なに?十二番隊が何かって言いかけなかった?怪しいわね……」
「砕蜂、漸く二番隊の隊首試験受ける気になったみたい。夜一さんへの遠慮はまだあったけど、彼女が戻るまで隊を支えるって言ってくれてたわ」
明かりを消し、床に就いても私と主は今日あった事をおしゃべりし続けていた。
そうしてそのままお互い微睡み始め、気づいたら朝になっている。
私は今日もまた寝床から這い出ると、散歩に出かける。
主が見られない側の、主が好きなこの世界の日常を、主に届けるために。