遂に……遂にきた……
隊首室に伝令神機が……!!
ようやく現世で家庭用電話が富裕層を中心に普及を始め、技術開発局がそれに合わせて伝令神機の改修を実施。
それに合わせて、各隊の隊首室と執務室にダイヤル式固定電話型の伝令神機が設置されることになったのだ。
正直これでもスマートフォンが当たり前だった私からしてみれば、まだ不便さを感じるが、今までの伝令と地獄蝶頼みの通信手段からすると格段に連絡が取り易くなっていた。
今のところよく使用する相手は、何かとやり取りの多い四番隊、人目が無い方が話し易いと言っていた七番隊。
それ以外だと九番隊なんかも取材関係に重宝しているらしい。
それから、何故か私の在室を把握している十二番隊とかね……ああ、でも掛けてくるのはネムが多いからそこは幸いか。彼女低めで落ち着いた声だから聞き取りやすいし。
そして、この通信機に掛けてくるのは、何も瀞霊廷の中に限った話でなくて……
時刻はお昼ごろ。
午前の書類仕事を終え、一息入れようかというタイミングで室内に甲高いベル音が響いた。
「はい、もしもし、三番隊松本です」
『……おお、本当に繋がるとは……』
「もしもし?どちら様ですか?」
『いや、失敬、石田宗弦だ』
「ああ!宗弦さん!お久しぶりです!」
電話の相手は現世
諸々の環境を整えたすぐ後に私が十番隊を離れる事になってしまい、頻繁な情報交換は出来ていなかったのだが、先日、一心から私へのホットラインを伝えてもらっていたのだ。
『いずれ我々の事は耳に入るだろうと思ってな。先んじて松本殿にはお伝えしておこうと思ったのだが……この度第一子となる男子を設けた』
「あら!おめでとうございます!お相手はやっぱり依澄さんですか?」
『ふっ……やはり女子と言うものはその辺り敏いのだな』
「前にお引越しの時にお会いした時は、宗弦さんと話しているだけですごく睨まれちゃいましたからね」
『そうだったか……?あれは情愛の深い女でな。悪気があった訳ではないのだ』
「いえいえ、宗弦さんこそ、修練場に籠ってばっかりいないで、奥さんや息子さんとはきちんと団欒の時間を取ってあげて下さいね」
『やれやれ耳が痛い話だな全く……』
その後も宗弦さんと現世の情勢や
すると――
「お邪魔してます、松本隊長」
いつの間にか隊首室の応接用椅子に涅ネムがちょこんと腰かけていた。
「あれ、ネムちゃんどうしたの?」
意外な来客に軽く驚きつつも、彼女の向かいの席に腰かける。
「お電話がずっと話中だったので、直接おうかがいしようかと思いまして……」
「そうだったの?ごめんね」
知らず長電話してしまったようだ。
一応隊の通信回線だったわね……個人用の端末が開発されるまで長電話は自重しないと……
「あ、じゃあ、これからお昼だから一緒に来る?用向きも良ければそこで聞くっていうのはどう?」
「はい、ぜひそれで」
わざわざ出向いてもらったお詫びも兼ねて食事に誘ったら食い気味でOKしてくれた。
原作だとクールなイメージだったからこういう反応は新鮮に感じる。
でもまだまだ子供って感じだし、らしくはあるのかな……?
あれ、そもそも女性死神協会でははっちゃけてたんだっけ?
ネムを連れて食事に出た私はその最中、彼女の、霊術院に行く代わりに死神として鍛えて欲しいというお願いもあって、食後も一緒に修練場へ向かう事にした。
(今日は確か卯ノ花隊長とだったわね)
予定を振り返り、四番隊隊舎へ向かって歩いていると、通りから突如灰猫が駆け寄り飛びついて来た。
灰猫は私が卍解を習得済みな事が知れ渡ってからは、戦闘任務が無い限り基本自由にさせている。
日中であっても出かけるのに飽きると刀に戻って来る事も多いので、こうしてばったりと出会うのも不自然ではないのだが……
「な、なに?!ちょっと!くすぐったいってば!?」
今日は何故かなかなか斬魄刀に戻ろうとせず、隊長羽織ごと死覇装の襟を衣紋みたいに広げて頭を突っ込んでみたり、胸元に潜り込もうとしたりしてくる。
当然だが原作の私よりは慎み深いと自負している私は、普段から動きの邪魔にならないようにその大層なブツをきちんとインナーで固定して、合わせも鎖骨が見えないようにぴっちりと整えている。
それをこんな真昼間の往来でグチャグチャにされたらたまったもんじゃない。
私は襟が緩んでまろび出そうになる上半球に視線が集まるのを感じ、恥ずかしさから灰猫ごと両腕で胸元を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
そんな状態の私の元へ、息せき切って現れた男が一人。
「あ、その猫!松本っ……隊長のだったかよ!」
「へ、あ、班目三席……?」
丁度、日光を照り返す眩しい頭を見上げる形になる私。
そしてその谷間からは灰猫も頭を出し、一緒になって一角の顔を見上げている。
「って、うおっ!なんて格好してんだよ!?」
大げさに驚く一角に周辺の視線が集まった隙に、私は何とか灰猫を隣に来ていたネムに預け、急いで身だしなみを整えた。
「……それで、班目三席、この子が何か?」
あくまで何事もなかったかのように……努めて平静に一角に向き直る。
「んあ、そ、そうだよ!その猫には今までも散々コケにされてきたけどなぁ!今日は俺の財布を加えて逃げやがったんだぞ!?」
え……なにその国民的アニメの歌詞みたいな状況……
思わず灰猫に視線を向けると、猫の目と口で器用にテヘペロを再現してくる。
これ絶対ワザとやってるやつだわ……
「はい、これです」
隣ではネムが灰猫から取り返したらしい革製の財布を一角に返している。
「お、すまねえな……じゃねえ!おい松本隊長さんよ?ペットの不始末は飼い主の責任って言うよなぁ……?」
「いや、灰猫はペットじゃなくて、家族と言うか、私自身の半身と言うか……」
「なお悪いじゃねえか!?」
ヤンキーの言いがかりの様に聞こえる全く正しい抗議を受ける。
その後も彼が灰猫に受けた仕打ちを散々聞かされ、流石に飼い主としての罪悪感を感じ、一角の要求を飲む事にしたのだった。
「え?私とヤりたい?」
「ワザとか!戦うの方な!?」
前々から、時折剣八に呼ばれて試合して、そのまま他の誰も相手にせず帰っていくのが気に入らなかったらしい。
だから今回の詫びに俺にも一発ヤらせろという事みたい。
正直、一角の残念卍解は何とかしてあげたい、千年血戦篇でも戦力になって欲しいとは思っていたから、この申し出は吝かではないんだけど……
「……一応聞いとくんだけど、それって貴方自身の戦闘能力向上の為よね?溜まりに溜まった鬱憤を気持ちよく発散させたいって事じゃないわよね?」
「だから、誤解を招くような言い方するんじゃねーよ!俺は強くなりてえって言ってんだろ!」
その言葉に私は頷くと、一角に付いて来るよう言い、先を歩き出す。
そして、彼とネムを伴い向かった先は予定の通り四番隊隊舎。
受付に軽く挨拶し、言伝を頼むとそのまま屋外にある四番隊の修練場へと足を運ぶ。
「おい、何で態々四番隊なんかの修練場を使うんだよ?」
森を切り開いて作られた、来た道以外は背の高い木々に覆われた広場に到着すると、それまで大人しく着いて来ていた一角が声を上げた。
「貴方より先に約束があったからよ」
「なるほどな……だが、そいつがここに来るまでは俺を優先してもらうぜ!」
早速斬魄刀を始解し、構えを取る一角。
「悪いけど、貴方の相手をするのは私じゃないわよ」
やる気満々の彼に対し、私がにべもなく答えていると、修練場の入り口付近から声をかけてくる者があった。
「松本隊長、本日は趣向を変えた鍛錬にしたいとの事でしたが……彼がそうですか?」
やって来たのは四番隊隊長、卯ノ花烈。そしてその隣には虎徹勇音の姿があった。
「ええ、そうです。彼は班目一角。十一番隊の三席を任されています」
私の紹介に、僅かに目を細める卯ノ花隊長と、まさか四番隊とやれってのかと非難の声を上げる一角。
「あら、隊長と言えど治療班風情と、泣く子も黙る十一代目剣八が率いる戦闘部隊の自分とじゃ勝負にならないとお考えですか?」
喋り口調はいつも通り丁寧なのに、卯ノ花隊長の纏う霊圧が重く圧し掛かるようなものへと変化していく。
ドスの利いた……という表現が霊圧にも使えるのなら正にこの様な状態を指すんじゃないだろうか。
対する一角もそれまでの態度が一変し、唇を真一文字に引き結ぶと、改めて槍に変化した鬼灯丸を構える。
「じゃあ、ネムちゃん、私たちはこっちで稽古しましょうか」
私は卯ノ花隊長の霊圧に怯えの色を見せていたネムの肩を抱き、少し離れた所に移動する。
するとその動きに勇音もついて来る。
「あれ、そう言えば勇音は何でここに?」
「副官になるのだから、回道以外も私が求める域にまで高めろって隊長が……」
私の疑問に肩を落としながら答える勇音。
どうやら、私のお願いを聞く代わりに勇音を鍛えて欲しいって事みたいね。
(丁度ネムも面倒見るところだったし、一緒にやっちゃいますか)
こうして私達三人と、卯ノ花隊長と一角の二組に分かれてこの日の稽古は始まった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
(速ぇ……そして一撃一撃が重い……!)
ぶつかり合って一合目、一角から慢心は消え去った。
そして彼の内心は二合目、三合目と打ち合う内に、驚愕へと染まっていった。
相手は明らかに自分の力量に合わせて剣を交えてきている。
こちらは仕掛ける隙があるし、相手の攻めにも防御が間に合う。
だというのに余りにも遠い。
これだけ明確に手加減されていると分かるのに、それでも彼は相手と自分との隔絶された力の差を感じていた。
こんな感覚になったのは久しぶりだった。
あれはそう、更木隊長と初めて会った時……
あの時は徐々にこちらの力が及ばなくなっていく事への焦燥が強かった。
そして今回はこちらが幾ら力を振り絞ってもその全てを叩き落されるという無力感。
(この人……もしかして更木隊長より強ぇんじゃ……)
剣戟の最中、ふっと湧いた思いに刹那の間身体が硬直を余儀なくされる。
そしてこの相手はそんな致命的な隙を口で言って分からせるほど甘い人ではなかった。
「ぐっ……!!」
肩口から血の華を咲かせ、一角が地面を転がった。
彼はその勢いを利用し、そのまま後退して距離を取るとすぐさま跳ね起きる。
再び構えを取り、じりじりと間合いを詰めようとする、その時だった。
「何をしているのです、使いなさい」
間違いを咎めるような声が卯ノ花から上がった。
その言葉に一角が何を言っているのか分からないといった表情で固まっていると、彼女が自分の肩口を指で叩く仕草をする。
「ハッ、必要ねえよ」
一角の強がり。
卯ノ花が彼の答えに目を伏せ深くため息を吐いた様子を、一角は彼女がそう捉えたのだと判断した。
そしてそれが彼女が生んだ一瞬の油断だと。
一角はその隙に瞬歩で間合いを詰めると、肩口を斬られた方の手を柄から放し、片手で槍を突き出した。
卯ノ花が半身でそれを躱す。
しかし、一角はそれを待っていたと言わんばかりに口の端を吊り上げると、渾身の突きを回避され伸びきった斬魄刀に更なる解号を叫んだ。
――裂けろ 『鬼灯丸』
二段階目の解号により槍状だったその刀は三節棍へと変形を果たし、卯ノ花の背後、死角に回り込む形で先端の刃を突き立てようと迫ってくる。
対して卯ノ花は視線を一角から外す事なく、握りしめた右手の甲を自ら向かってきた刃に叩きつけその軌道をずらしていた。
再び距離を取る両者。
「あんたこそ、手の傷はいいのかよ?」
裏を掻き、手傷を負わせたことで精神的優位に立ったのは自分だと言わんばかりに挑発する一角。
「手の傷?傷とはこの裂かれた布の事ですか?」
しかし卯ノ花は顔色一つ変える事無く、右腕を眼前に突き出す。
そこには確かに一角がつけた筈の、手の甲から二の腕にかけての裂傷が跡形も無く消え失せており、ただその名残であるかのように、裂かれた死覇装の袖口がだらりと垂れ下がるのみだった。
(馬鹿な……回道にしたって早すぎるだろ……?!)
二の句が継げずにいた彼を尻目に卯ノ花がクツクツと喉を鳴らす。
「ああ、でも傷物にはされたのかもしれませんね……殿方に人前で衣服を剥かれ、柔肌を露わにされたとあっては……」
「だから!松本と言いアンタと言い、人聞きの悪い事を言ってんじゃねえよ!?」
「卯ノ花隊長?!」
指差して怒号を浴びせる一角と、隊長の元に飛んで来る勇音。
「この通り、治療行為は逃げではありません。戦闘を継続させる為の立派な戦術です」
卯ノ花は勇音を追い返し、刀を鞘に納めると一角に向けて歩み出した。
「さあ、貴方の斬魄刀の真価を見せて下さい」
「いや……そこまで大層なもんじゃないと思うが……」
すっかり毒気を抜かれてしまった一角は渋々鬼灯丸の柄頭から軟膏を取り出すと、未だ出血の続いていた彼の肩口に塗り込んだ。
「これは……!?」
彼との攻防では眉の一つも動かなかった卯ノ花の表情が驚きに変わる。
卯ノ花が一声かけて軟膏を指で拭うと、既に止血は完了しており、傷口も薄くではあるが塞がっていた。
(塗り込んだそばから傷口の霊子構造と結合し、血を止めた後は迅速に失った体組織に置き換わっていくようですね……)
「これ程の治癒速度は四番隊でも上位の席官くらいしか出せないでしょう。優秀な治癒型の斬魄刀だと見受けますが、なぜこれを戦術に組み込まないのですか?」
「けっ、四番隊隊長のあんたは知らねえだろうが、十一番隊には斬魄刀は直接攻撃系のみっていう暗黙の了解があるんだ。三席の俺が隊士の前でせせこましく回復能力使うなんてみっともない真似ができるかよ」
「……十一番隊に……それは初耳、でしたね……」
一角が憎まれ口を叩いた瞬間、修練場を凍てつくような霊圧が包んだ。
二人とは離れた所で鍛錬に励んでいた三人も強烈な悪寒を感じたのか、思わず肩を寄せ合って事の成り行きを見守っている。
「なるほど……松本隊長がなぜ貴方をここへ連れて来たのか、良く分かりました」
顔も目も笑っているのに笑っていない、という状態の人間に初めて遭遇した一角の頬を冷汗が伝う。
「さあ、傷が治ったのなら構えなさい。頼まれた以上は、必ずや貴方を更木剣八とまともな勝負が成り立つよう鍛え上げて見せましょう」
卯ノ花の放つ威圧感に若干及び腰になっていた一角だったが、更木の名前が出ると、足を踏みしめ直し、再び斬魄刀を抜いた。
「ああ、そうそう……貴方がその刀の能力に抵抗感が出ないよう良い事を教えてあげましょうか」
「あん?なんだそりゃ……」
「発足当時の十一番隊隊長、初代剣八の斬魄刀も……治癒型の能力でしたよ」
再び、森の静けさを切り裂き剣戟の音がその場を支配する。
その日は日が暮れるまで修練場から刃鳴りが止むことはなかったのだった。