「おい、ルキア!お前どこ行くんだよ?!」
「だから厠だと言ったろう!いちいち言わすな馬鹿者!」
受験者の待機室から漏れ聞こえる大勢の含み笑いを背に、ルキアは顔を真っ赤にしながらトイレに向かった。
席を立つ際に隣の恋次に伝えたつもりだったが、どうやら思いの外喉が掠れて声が出なかったらしい。
いや、それでもお前は察しろよなど、心の中で恋次に理不尽な怒りをぶつけながら、やや乱暴に個室のドアを閉める。
(大体、なぜあやつはああも平然としていられるのだ……)
ルキアは今朝ここに来るまでの意気揚々とした自分と、試験開始を待つ間にどんどん言い様のない不安や劣等感が込み上げて来た自分を比較して深くため息を吐いた。
用を足し終え、洗面台の蛇口から流れる冷たい水に手を晒す。
眼前の鏡面には強張り、キュッと寄せた眉根の下で瞳が揺れている少女の姿。
ルキアはしばらくその少女と目を合わせていたが、やがて意を決したように流しっ放しだった冷水を掬い、何度も乱暴に自らの顔に押し当てた。
蛇口を捻り、着古しくたびれた着物の袖でぐいぐいと顔を拭う。
再び鏡の中の少女と顔を合わせてみれば、固さは相変わらずだったが、幾分かその目に力が戻ったように感じ、「よし」と独り言ちトイレを後にした。
しかし――
「む。待機室は……どこだ?」
極度の羞恥と緊張のせいだったのだろうか……
自分がどこをどうやってこのトイレに辿り着いたのか、ルキアは分からなくなっていた。
「しまったな……取り敢えず片っ端から開けて、そこにいた者に尋ねてみるか……」
慌てるでもなく、そういった考えがすっと出た事に自分が冷静さを取り戻したと安堵していたルキアだったが、真っ先に見つけ手を掛けた扉に書かれていた『来賓』の文字は目に入っていなかったらしい。
――ガラリ。
音を立てて開いた引き戸の向こうには……
「受験生かな?ここは待機室ではないよ?」
一斉に自分に向けられる目と、そして穏やかだが圧倒的な霊圧。
室内にいたのはたった数人の筈なのに、自らの体が芥子粒にまで圧し潰される錯覚すら覚えるほどの力の奔流を感じ、思わず意味のない言葉が口から漏れ出て、後退る。
「総隊長、藍染隊長も、ここは私が……」
一番入口に近い位置に座っていた金髪の女性が腰を上げ、動けずにいたルキアの肩を抱き廊下に出る。
女性が引き戸を閉め、部屋から少し離れたところで、漸くルキアは呼吸する事を思い出し硬直も解けたのだった。
「落ち着いた?」
しばらく様子を見ていた先程の女性がルキアと目線を合わせ、顔を覗き込んでくる。
「あ、え、は、はい……」
彼女から薫ってくる花のような甘い香りがルキアの鼻腔をくすぐる。
「じゃあ、待機室まで案内するわ、る……えーと……?」
「あ、受験生のルキアと言います!」
「私は松本乱菊よ。行きましょうか、ルキアさん」
そう言って乱菊は無造作に括ってはいるが、きらめく黄金の絹糸の様な髪を揺らして立ち上がった。
そうして、二人並んで歩き始めてもルキアはその横顔から目を離せずにいた。
化粧っ気はないが清麗で端正な顔立ち。
すらりとした長身に白い羽織を持ち上げる豊かな双丘も、小柄なルキアにとっては羨望を覚えるものだった。
「うーん……」
ルキアが見惚れていると、急に松本が立ち止まり、何やら難しい顔で唸り出した。
しまった……不躾にじろじろと眺めてしまっただろうか!?
そうルキアが思っていると――
「やっぱりまだガッチガチみたいね……」
再びしゃがみ込んできた乱菊がルキアの両肩に手を置いた。
「あれだけの霊圧に中てられちゃったら無理も無いか……」
「あ、いや……はは」
ルキアが曖昧に返事をしていると、乱菊はよしと短く呟き人差し指を顔の前に立てる。
「さっきのお詫びに、緊張が解けて、ついでに試験も上手くいく集中法教えてあげる」
「集中法……ですか?」
得意げな彼女に対して、きょとんとした顔で言葉をオウム返しするルキア。
「ルキアさんは鎖結と魄睡は知ってる?」
「は、はい。一応受験前に勉強しました」
「そう。じゃあこの魄睡と……」
乱菊が人差し指をルキアの臍辺りにつける。
「鎖結に意識を集中して……」
今度は指を胸の中央へ。
「ここに一本線を通して魄睡から鎖結への霊力の繋がりをイメージしてみて」
彼女の甘やかな低音の声に導かれるまま、ルキアは瞳を閉じて自分の中に霊力の通り道を想像する。
「じゃあ、今度はそのまま体全体に意識を広げて、どこでもいいから一番熱を感じるところを探してみて」
「…………あ……」
「探せたら、そこから鎖結へ、もう一本線を繋ぐイメージよ」
「……ん……」
「後は二本の線から流れる力を鎖結で混ぜ合わせて両手へ……」
(混ぜ合わせる……)
瞬間、ルキアは今まで感じた事もない霊圧が自身の体から溢れ出すのを感じた。
「ま、松本殿……これは!?」
驚きに目を丸くするルキアと、その様子を見て満足げに微笑む乱菊。
「それが貴女の本来の実力って事よ」
そう言って再び歩き出した乱菊の後を、慌てて霊圧を引っ込めて追いかけるルキア。
「もし試験中に緊張する事があったら、今のを思い出してみて」
「は、はい!」
「私は試験中に口出しは出来ないけど、会場で見守っているから」
「ありがとうございます!」
思いがけない霊圧の増幅法を得て、自信を取り戻したらしいルキアがすっかり明るくなった声で返事をしていると……
「あ、いたいた……ルキアさん……だよね?戻りが遅いから心配したよ」
廊下の向こうから後ろ髪を左右でおさげに結った少女が駆けて来る。
歳はルキアとそう変わらなく見える、愛らしい顔立ちの娘だった。
「それは済まなかった……確か……」
「雛森桃よ、ルキアさん」
「そうだった、雛森殿」
どうやら試験開始の時間が迫っても、トイレから中々戻ってこないルキアを探しに来てくれたらしい。
「ふふ、迎えが来たならもう大丈夫ね。じゃあね二人とも、試験頑張って」
乱菊が応援の言葉をかけると、二人は揃って一礼して、駆け足で待機所の方向へと去って行く。
彼女はその背を見送ると、自分も来賓室へと戻るべく歩み出した。
――が、すぐにその足を止めると、思い出したかのように呟いた。
「そうだ……一応先に連絡しときましょうか」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
私が朽木邸に電話を入れ、来賓室に戻ると丁度試験会場までの誘導係が来たところだった。
その指示に従って私と、山本総隊長、東仙隊長、そして藍染が移動を始める。
藍染は隊長になって以降は真央霊術院で特別講師として普段から教鞭を執っており、私達三人はそんな彼に本年度入学試験のゲストとして招かれていたのだ。
創設者の総隊長は分かるとして、なぜ私と東仙なのかと思っていたが……
先程偶然遭遇したルキアの事を考えると、目的は彼女の霊王の欠片か……
でも彼は既に綱彌代家が収集していた欠片を手に入れた……なぜ今更?
(何にせよ、この試験が終われば緋真さんか白哉がルキアを迎えに来る。そのまま彼女が朽木家に入れば藍染もそう簡単には手を出せなくなる筈……)
そう思いはしつつも、何か得体の知れない不安のようなものを胸中の隅に感じつつ、誘導係に促されるまま私は歩を進める。
懐かしの校内グラウンドに設けられた実技試験会場に到着し、会場が一望できる席に通されると、同席した学院長より受験生一同に軽く私たちの紹介をされた。
そして代表として山本総隊長が彼らに向けて挨拶と激励の言葉を送ると、それを合図として試験が開始された。
自分が受けた事が無かった為、その内容に興味を惹かれた私は、先程の警戒心は残しつつも
好奇心の赴くままに隣の藍染に質問を繰り返す。
その説明によると受験者は、身体能力や霊力の測定を受ける組と、受験者同士が一対一で持ち時間いっぱい実戦形式の試合をする組に分かれる。
それぞれ組が一通り終了すれば、組を入れ替えてまた同じ事をする、といった流れのようだ。
受験者の総数はかなりのもので、一人一人の試験をつぶさにチェックする事は流石に難しかったが、そんな中でも、やはり原作の副官四人は目立っていた。
まずは試合組の一角で上がる歓声。
そちらに目を向けると、派手な赤色の髪に特徴的なパイナップルヘッドをした少年が、倒れ伏した対戦相手を前に得意気な様子で木刀を肩に担いでいるところだった。
周りの反応を見るに、どうやら気絶して担架で運ばれていったのは名のある貴族家の子息だったようだ。
この場合の評価はどうなるかと藍染先生に訊いてみると、持ち時間前に相手を制圧したと見做されその分は評価の対象になるようだ。
実技の後には学科もあるらしいが、そこでよっぽどの低得点でも合格はまず間違いないとの藍染の談だった。
次に目を向けたのは、同じく試合組の中で鬼道による閃光が走った場所だった。
先程、ルキアを迎えにきたおさげの少女が間合いを詰めようとする対戦相手を寄せ付けまいと次々に破道を浴びせ掛けている。
藍染先生によると、破道自体は下位のものばかりだが、それを実戦で使える受験者はまずいない為、彼女も合格するだろうとの事だ。
(やっぱり得意分野のある恋次と雛森は強いわね……後は……)
測定組ではちょうどルキアが霊圧の計測器の前に進んだところだった。
彼女は深呼吸を繰り返し、目を瞑ると私が教えた事をなぞる様に霊圧を解放していき……
――突如計測器が異音と煙を吐き出し、試験官役の教師がルキアを止めに入った。
当のルキアは慌てて霊圧を引っ込めると、まるで異世界モノの主人公みたいなぽかんとした表情で立ち尽くしている。
突然の事態に測定組では霊圧計測はおろか身体能力の測定までもストップし、教師陣が右往左往している。
因みに、測定が中断する直前に霊圧と身体能力で二位に圧倒的な差をつけ、暫定一位を叩き出した下級貴族出身の金髪の少年がいたりしたのだが、この騒動にすっかり注目を奪われてしまっていた。
事の成り行きを見守っていた私達だったが、一人の教師が学院長の元へ走り寄り何かを伝えると、彼は更に隣に座っていた山本総隊長と何やら相談を始めた。
……心なしか、総隊長と目が合った気がする。
山本総隊長が頷き二人の話し合いが終わると、学院長が足早に観覧席を離れていく。
私がその様子を目で追っていると……
「――松本」
唐突に名前を呼ばれ、私は総隊長に間の抜けた返事をする。
「場繋ぎの余興じゃ……儂と試合え」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「面白い事になりましたね藍染様……まさかここまで読まれて?」
「いや、流石に欠片持ちの少女が測定器を壊す程とは思わなかったよ……だが、確かに面白い事になったね」
計器の故障により、試験の一時中断を告げる学院長の声が屋外修練場に響く。
異常事態に最初こそ静まり返っていた受験生たちも、中断という言葉面に漠然とした不安が漂い始めていた。
しかし、その反応を読んでいたのか、学院長が次に発した言葉に試験会場は例年に類を見ない熱気に包まれる事になる。
『計器交換の間、来賓の護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國殿と、三番隊隊長、松本乱菊殿による特別立ち合いを行う!』
歓声が上がる中、先程まで試合組が使っていた試験場に二人の死神が進み出た。
方や、護廷生みの親にして最古参・最強の死神と謳われる山本元柳斎。
もう一方は、院生時代に
二人は審判役の教師からそれぞれ木刀を受け取ると、間合いを取りお互いに一礼。
事前に審判から告げられたルールは、斬魄刀と鬼道及び類する術の使用禁止による、純粋な斬術・白打・走術の勝負による一本先取。
元柳斎は悠然と右手の木刀を脇に広げた構え。
対する乱菊は基本に忠実な正眼の構え。
「来い、松本」
「胸をお借りします、総隊長」
言葉の端が聴衆の耳を打つより早く、乱菊が踏み込む。
序立には気配すらなく、抜脚は砂の一粒も巻き上げない、静寂にして神速の瞬歩だった。
(そう言えば、こやつは逆骨の娘と旧知の間柄じゃったな……)
元柳斎が木刀で逸らしたところで、漸く受験生たちは乱菊が突きを放っていた事を知覚する。
しかし、その時には既に乱菊は姿勢を低くした位置から元柳斎の腹部目掛けて後ろ廻し蹴りを放っていた。
元柳斎はそれすらも左手で軽く受け止め、動きの止まった乱菊の頭目掛けて、木刀を振り下ろす。
金髪を靡かせる小さな頭蓋に鋭い風切り音を響かせて吸い込まれていく木刀。
観衆の中から幾つかの悲鳴が上がる。
しかし――
「ほう、隠密歩法まで使うか……!」
真っ二つになった残像と反対方向、元柳斎の背後に後頭部を狙った横薙ぎが迫る。
だが、彼は左腕を盾に木刀の刃を止めると、正確な霊圧感知で後ろ飛び蹴りを放つ。
(機転良し……気迫も十分……)
元柳斎は叩き込まれた霊圧で痺れを残す左手を一度だけ軽く振った。
対する乱菊も、咄嗟にクロスガードで蹴りを受け、そのまま大きく飛び退る事でダメージを抑えていた。
こちらも二三度両手を振り、再び正眼へと構え直す。
(恐らく、次辺りじゃろうな)
先に仕掛けたのはまたもや乱菊だった。
しかし、その瞬歩は先程と異なり、衝撃で砂埃を巻き上げるほどの激しいもの。
(一合目より更に速い!じゃが狙いが見え透いておる……ならば囮か!)
目前に迫る乱菊の姿がぶれると、そこに追い縋った砂埃が一瞬だけ彼女の姿を隠す。
(上……)
黄土色の靄を突き破って直上に、木刀を上段に振り上げた乱菊の姿。
(じゃが霊圧は感じぬ……本命は……!)
直後、元柳斎の背後に乱菊の霊圧の気配。
そこへ目掛け、振り向きざまに木刀を振るう。
――だが、
(手応えが、ない!?)
元柳斎の正面。
砂埃が晴れたその場所から最初の突進の勢いのまま、袈裟切りに木刀を振り下ろす乱菊の姿があった。
(霊圧だけを後方に飛ばしよったか……見事――じゃが!)
霊圧同士の衝突が突風となって試験会場に吹き荒れた。
受験生が、手伝いの在校生が、教師陣までもが、固唾を飲んで見守る中……
「両者一本!それまで!」
元柳斎の左肩に入った乱菊の木刀。
そして乱菊の右脇腹を突いた元柳斎の木刀。
試合の結果は、両者の相討ちであった。
「友と共に良く研鑽を積んでおる。これからも精進せよ」
「ぐっ……あ、ありがとう、ございました」
両者が再びの一礼を取ると、それまで息をするのを忘れていた観衆から割れんばかりの歓声が湧き上がったのだった。
私と総隊長とのエキシビションマッチの後は恙無く実技試験も進み、次の筆記試験で受験生たちが全員教室の方へ移動し終えると、我々隊長陣も藍染を残して解散となった。
私は総隊長に回道をかけ終え、校門まで見送るとその場でしばらく待つことにし、やって来た緋真さんと合流した。
白哉は今日はまだ六番隊の業務がある為、先にルキアを連れて朽木邸に戻っておいて欲しいとの事だそうだ。
「あ、緋真さん、あの娘ですよ!」
校門内のキャンパスモールで緋真さんと時間を潰していると、試験を終えた受験生の一団がぞろぞろと学舎から出てきた。
そしてその中に、今日だけで見知った霊圧になった黒髪小柄な少女と、その隣を歩くレッドパイナップルを見つける。
私は早速緋真さんを連れ、二人に声を掛け近寄った。
「ルキアさん、試験お疲れ様」
「松本殿!お陰で実技では十二分に力を振るえました!」
「力有り余ってぶっ壊してただろうが……」
「そちらの子は?」
うっかり名前を口に出さないよう、初めましてを装って恋次に視線を移す。
「自分は阿散井恋次っす!あ、あの、山本総隊長と試合してた隊長さんっすよね!?あの時俺もう体が震えて……!」
あまりに威勢のいい声で恋次が捲し立てるものだから、周りの受験生たちの注目を浴びてしまった。
私一人ならまだしも、今は緋真さんもいるし、何より早いとこ落ち着いた場所でゆっくり話をした方がいいだろうと思った私は、慌てて恋次を制すると二人を連れて霊術院を後にしたのだった。
朽木邸へ向かう道すがら、最初は私に試験での事や、護廷十三隊の事についての質問をスイッチしながら矢継ぎ早に話しかけてきた二人だったが、貴族街に入り、周辺の様相が変わってからはすっかり大人しくなってしまっていた。
そして朽木邸の門をくぐると、緋真さんに促されるまま私と一緒に応接間へ。
白哉が帰るまでの間、そこで緋真さんからルキアへ詳しい事情を話してもらう事になった。
移動中はただ瞳を潤ませながら、ルキアの話す様子を見つめていただけだった緋真さんが口を開く。
自分とルキアは実の姉妹であり、流魂街に流れ着いた後、生活苦を理由に幼子だったルキアを置いて逃げてしまった事。
その後は朽木白哉と出会い、惹かれ合い、夫婦になった事。
それから今日までルキアの事をずっと探し続けていた事を、涙と後悔を滲ませながら語った。
全てを語り終えると、今度はルキアの方が押し黙ってしまう。
自分の出生を知り、困惑すると同時に話された怒涛の情報を必死で飲み込もうとしているようだった。
恋次は恋次で、少なからずショックを受けたようで、同じく沈黙を貫いている。
そんな折、応接間の扉を開け放って白哉が現れた。
表情は普段とあまり変わった様子は無く見えるが、その肩は軽く上下し、心なしか息も荒い。
「ちょっと、幾ら嬉しいからって扉は優しく開けなさいよ。二人がびっくりしてるじゃない」
「む……済まぬ」
突然の大貴族様の登場に再び身を固くしていたルキアと恋次だったが、白哉が素直に二人に謝罪をした事で幾分か警戒心が和らいだらしい。
緋真さんがルキアを促すと、白哉の後に続く形で三人が退室し、応接間には私と恋次が残された。
出されていたお茶の残りを飲み干す私の目の前には、胡坐のまま、組んだ両手の上に顎を乗せ、畳の縁をじっと見つめている恋次。
「何考えてるか当ててみましょうか?」
彼は突然話しかけた私の言葉に怪訝そうに眉根を寄せる
「ルキアにやっと家族が出来る。だから流魂街で一緒に生活していただけの自分は大人しく身を引くべきだ」
「――!?」
「せめてルキアが後ろ髪引かれないよう気持ちよく送り出してやろう」
目を丸くしていた恋次が目を伏せ、絞り出すように答える。
「……だってよ、その方があいつも幸せだろ、実際」
「知らないわよそんなの」
「ああ?」
私の物言いにカチンときたのか恋次の語気が荒くなる。
「ここで私が今の言葉を否定しても肯定しても、結局それは私がルキアの気持ちを予想して答えた私の感想。貴方の言う“あいつの幸せ”ってやつと同じくね」
「……」
「あの娘の幸せはあの娘が決めるものよ。他人が決めつけていいものじゃないわ」
「じゃあ……じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ!?」
恋次が震わせた握り拳で激しく自分の膝を打つ。
「そうね……今の話をした手前、私から言える事は……朽木白哉はいい奴よ」
「は?」
「あの表情だから冷血漢みたいに見えたかもしれないけど、義理人情に篤くて、相手の貴賤に関わらず意見や訴えを無下にするような事はしないわ」
「――誰が冷血漢だ」
私の声に唐突に重なって来た声に、恋次が咄嗟に顔を上げ応接間の入口へ目を向ける。
「阿散井恋次だな?ルキアが
一瞬目を合わせてきた恋次に私は口角を上げて応える。
「は、はい。もちろんです!」
白哉が彼を連れ立って屋敷の奥へと向かうのを見送ると、私は応接間を抜け出し、お手伝いさんの一人を捕まえて貴族街を出る手続きをしてもらう。
(あの様子なら、原作みたいにルキアと恋次がすれ違う事もないでしょう)
その予想は当たっていたらしく、後日話を聞くと、白哉の義妹として朽木家に入ったルキアは、彼女の希望により霊術院で六年間きっちりと学び、在学中は院寮で生活する事になったらしい。
そして、これも原作と違った事だが、試験で類稀な霊圧を披露した彼女は、恋次や雛森、吉良と同じ特進クラスに編入されることになったそうな。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「きゃあああああああああ!!?」
霊術院の廊下に絹を裂く様な悲鳴が上がった。
「何をするのだ、恋次!?」
通行中の院生が何事かと振り返ると、悲鳴の主らしい少女、朽木ルキアが臀部をさすりながら彼女の後方に立って足を蹴り上げていた、阿散井恋次を睨みつけている。
「何ぼーっとしてんだよ手前ぇ。魂葬実習の準備はちゃんと済んでんだろうな?」
「見れば分かるであろう!」
そう言ってルキアは、壁に立て掛けてあった己の浅打を納めた袋と、その傍の風呂敷包みを指差した。
「だったら何で――」
「お待たせ~朽木さん」
二人の元へぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってくるのは、同級生の雛森桃。
「阿散井君、幾ら幼馴染とは言え女性を足蹴にするのは感心しないよ」
その反対方向からは、二人そして雛森と同じ刀袋を背負い手に包みを持った、吉良イヅルが歩み寄って来た。
「大事な実習の前に腑抜けた面してたから活入れてやったんだよ」
「口で言わぬか口で!」
「あ、でも聞いた事あるよ。魂葬実習中に本物の
「いや、稀なのか良くあるのかどっちだよ……」
「そう言えば松本殿もそんな事を言っておったな……」
「松本殿って……あの三番隊の松本乱菊隊長かい?!」
「ああ、あの人それで大虚に襲われたんだっけか?」
「
「さ、さすがにそんな事起こるのは数百年に一回程度だと思いたいけどね……」
「それにしても、引率生は数年ぶりに在学中ながら護廷入りが内定しているという檜佐木殿なのだろう?結界班も全員六回生が担当して安全面は万全だと聞いたぞ?」
「じゃあ、安心だね」
「まあ、仮に本物の虚が現れても俺たちなら楽勝だろ」
「不吉な事を言わないでくれよ阿散井君……」
四人は時折笑い声を交えながら、賑やかに言葉を交わし歩いていく。
その先に待つ悪意など知る由も無く……