「……う、ここは……?」
目を覚ますと畳の匂い。
落ち葉を並べた物とは段違いにふかふかの布団。
そして見上げると……
「知らない、天井d」
「おや、目が覚めたかい?」
「あ、はい」
すぐ傍に人が座っていたらしい。
柔和な笑みを浮かべ、こちらを覗き込んでくる女性死神。
隊長羽織にゆったり広がる紫の髪からは花の様な甘い香りがする。
「ここは護廷十三隊十二番隊隊舎。そしてアタシはその隊長、曳舟桐生だよ」
「あ、どうも、松本乱菊です」
「なに和やかに自己紹介しとんねんクソガキがぁああああ!!」
そしてもう一人。
薄れゆく意識の中で聞こえた関西弁から、何となく察してはいたが……
「こら、ひよ里ちゃん、落ち着きなって」
曳舟さんの膝上で短い手足をぶんぶん振り回している、金髪を左右で括った少女。
吊りあがった勝気な瞳にそばかすと八重歯が特徴的なこの娘は、十二番隊副隊長、猿柿ひよ里。
原作では乱菊が襲われた時期がはっきりと描かれてなかったと思うけど……
この二人がまだ隊長と副隊長なら今は……
「お前のせいで昨夜の配膳めちゃめちゃになったんやぞ!?どないしてくれんねん!!?」
「でも、大半がダメになったのはひよ里ちゃんがこの娘を吹っ飛ばしたせいじゃなかったかい?」
「うっ……ち、ちゃうやん、隊長!そもそもこんガキが盗み食いなんてしくさるから!」
曳舟さんの突っ込みにひよ里の勢いが弱まる。
「あ、す、すみません。あまりにもお腹が空いていて……」
そこを見計らって、すかさず丁寧に頭を下げた。
「ああ、いいんだよ、100人分も200人分も大して変わらないからさ」
「ぐっ……いや、変わるやろ、2倍やぞ2倍」
バツが悪そうに私から視線を逸らし、曳舟さんに小声で突っ込み返すひよ里。
(この感じ、本当にひよ里と曳舟さんは仲が良かったんだなぁ)
原作では実現しなかった二人揃った光景に私が感動していると、
「それより、乱菊ちゃん。体の調子はどうだい?」
「……え?」
体の調子?
ああ、そうだ。言われるまで気づかなかった。
まともな食事のお陰か、空腹感が治まっており、一晩で体調は万全に戻っていた。
(それと……この感じ……)
思わず掛け布団から両手を抜き、目の前で軽く力を込める。
「……霊圧が、上がってる」
思わずこぼれ出た私のつぶやきに、曳舟さんは口の端を軽く釣り上げ、得心がいったと言わんばかりに何度も頷いた。
そしてひよ里を立ち上がらせ、私の両肩に手を乗せると、打って変わった真剣な眼差しで瞳を合わせてくる。
「乱菊ちゃん、アンタ、真央霊術院に行ってみないかい?」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
松本乱菊が退室してしばらくの間、猿柿ひよ里はしかめっ面で腕組みをしたままになっていた。
「……よいしょっと!」
隊長自ら布団を押し入れにしまい、予定外の食材消費に急遽の買い出し予定を呟いているのは曳舟桐生。
彼女が目の前を横切り、戸に手をかけたところで、ひよ里はその背に声をかけた。
「なんでや?」
振り向いた顔が小首を傾げる。
「おや、意外だったかい?」
「……いや、霊術院のことやない。あれだけの霊圧しとるやつを首輪も嵌めんと野放図にしとく方が危険やしな」
ひよ里は片手をひらひらさせながら立ち上がり、桐生の隣までやってくると、真剣な眼差しでその顔を見上げた。
「あいつなんで無事やったん?隊長の飯あれだけ食って」
桐生の穏やかな眼差しが僅かに細くなる。
「平隊士用に薄めとったとは言え数十人分は食うとったぞ。並の死神やったら文字通り腹はち切れとるんと違うか?」
「並の魂魄じゃないって事だろ?」
微笑んでいた口の端が更に上がった。
「いいねぇ……義魂の神髄をどう食事に昇華するか、そこが課題だったんだけど……あの娘がいればその道筋を立てるのが捗りそうだよ」
「しっかり裏あったんやないかい……」
早くも実験体としての席が確保されそうな少女に、ひよ里は心の中でほんの少しだけ同情をするのだった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
――真央霊術院。
約2000年の歴史を誇る、作中唯一の死神養成機関。
ここを卒業した者は護廷十三隊、鬼道衆、隠密機動のいずれかに配属される。
いずれ訪れる血戦に備える為、また、死神の高みを目指そうとする私にとってもここへの入学は喫緊の課題だった。
修業年限は6年。
市丸ギンや海燕殿のような例外はあるみたいだが、基本的にはそれだけの時間がかかる。
ならば入学するのは早ければ早いほどいい。
仮に藍染の部下が、魂魄強奪を返り討ちにした私をまだ追っていたとしても、霊術院生ともなればおいそれと手を出せなくなるはずだ。
後は知識に無かった、入試をどうクリアするかが問題……そう思っていたのだが……
「流石に都合よく事が運びすぎじゃない?」
私は握っていた書類に視線を落とす。
当てもなく森を逃げ回り、空腹のあまり侵入した先が、偶々、時の曳舟桐生が舵ならぬ包丁を握る十二番隊。
そしてそこで盗み食いしたら、何故か霊術院に推薦状を出してもらっていた。
え、これも藍染の策略?
……って、まさかそんな訳ないわよね。
そう言えば、霊王の意思は大局を緩やかに動かすって誰か言ってなかったっけ?
霊王の爪が私を含めて周囲に影響を与えてる、とか……?
そんな事を悶々と考えていると、
「おい、貴様。こんな往来のど真ん中で立ち尽くしていたら他の者に迷惑だろう」
背後からのやや熱の入った高圧的な声に振り替えれば……
(びゃ、白哉坊ーーー!?)
原作の過去編朽木家で出てきた時より幾分か幼い、朽木白哉がそこにいた。
「あ、す、すみません。ご迷惑をお掛けしまして……」
不意打ちの出会いに動揺し、水飲み鳥の様に何度も腰を折る私。
(そ、そうか、そりゃいるよな……なんか白哉って大人の姿のイメージが強いから……)
「む。いや、私ではなく……」
私のあまりに取り乱した様子にやや鼻白んだ白哉坊はそこで言葉を切ると、
「……いや、こちらこそすまなかったな。何となく知り合いに似た雰囲気を感じ、つい険が出た」
「え、知り合い……?」
「忘れてくれ」
そう言い残し、ポニーテールを揺らして去っていった。
向かう先は、今まさに私がくぐろうとしていた霊術院の門。
え、まさかとは思うけど……
「――それでは、続いて新入生挨拶。新入生代表、朽木白哉」
(同期になっちゃった……)
確かに朽木白哉の霊術院周りは原作で情報がなかったけども……
それでも私こと乱菊と同期ってのは無さそうよねー……
私、これ
自身の安全を確保する為と、約100年後の怒涛の戦闘に備えて急いでいたのは事実なんだけど……
今日まであれほど急いていた気持ちがスーっと引いていくのが分かる。
市丸ギンの事も含めて、これから先の展開が徐々に読めなくなっていく事に今更ながら少し怖くなる。
(い、いや!例え何が来たとしても大丈夫なように鍛錬に励めばいいのよ!元よりそのつもりだったじゃない!)
他の新入生たちが壇上の白哉坊に注目する中、私は一人百面相しているのであった。
現十二番隊隊長の曳舟桐生直々の推薦状という事もあって、私が通された教室は原作でも吉良や阿散井の出身となっていた特進クラスだった。
……白哉坊と一緒のね。
そりゃ、五大貴族という由緒正しすぎるくらい高貴な生まれだものね。
しかも将来はあの白哉兄様な訳だし。
そりゃ特進以外どこ行くのって話よね。
ただ……
「こ、虎徹勇音、です……よ、よろしくお願いします」
まだ幼さの残る顔立ちに不釣り合いな程に高身長の少女は、原作開始時点で四番隊副隊長を務めていた虎徹勇音。
白哉に続き、こちらもまさか同期になるとは……
でもラストには四番隊隊長まで上り詰めてたし、この娘も特進クラスは納得ね。
「逆骨都です。よろしくお願いしますね」
そして、気品と優雅さを感じさせる仕草で深々とお辞儀をするのは、後の志波都。
艶やかな長い黒髪。大人びて整った顔立ち。
なるほど、確かに海燕が惚れて、ルキアが憧れを抱くのも納得の美人だ。原作でKBTIT師匠の描いた姿が見れなかったのが残念なくらい。
(それにしても、都殿って旧姓は逆骨って言うのね……あれ、逆骨って確か……)
「次、松本」
「あ、はい」
教員に点呼された私は考え事を中断すると、都と入れ違いに教壇の前に立った。
「松本乱菊です。よろしくお願いします」
前習えの挨拶を無難に済ませる。
曳舟隊長のお陰であっさりと入学できたのは大変ありがたかったが、これ以上目につけば悪目立ちしてしまうかもしれない。
そう考えた私は霊術院ではなるべく周囲から浮くような事は控えるようにしようと決めていた。
更に容姿も人目を引かないようにと、胸にはさらしを巻き、見つけた中で一番ダサそうな眼鏡を買ってかけて来ていた。
なんかお店のおじさんに「わざわざ度無しのそんな野暮ったいの買ってくなんてお嬢ちゃんで二人目だよ」なんて笑われたけど……
まあ、これで多少は顔の印象も薄くなってくれる事だろう。
その甲斐あってか、私の霊術院生活は順調な滑り出しを迎えたと言って良かった。
いざ授業が始まれば、入学前から英才教育を受けていた白哉坊が、斬術と鬼道で注目を集め、
回道では予想通り、虎徹勇音がその才能の片鱗を見せている。
意外だったのは都殿だ。
逆骨都は本人のたおやかな印象とは裏腹に、抜きんでた走術の使い手だったのだ。
十三番隊で三席まで上り詰め、偵察任務を任されていたのはこういうところからだったのかもしれない。
そんな感じだったから、霊術院中が彼らの話で持ちきりだった。
周囲に溶け込みたいけど、目的の為には人一倍に修めたい私にとって、正直これは非常にありがたかった。
何せどれだけ研鑽を積んでも、それぞれの分野で自分より一歩先を行ってくれる人がいるのだ。
常に目標となるものがある事に、私は霊術院での生活に望外の楽しさを見出していた。
BLEACHの世界で本編で語られる事のなかった、斬拳走鬼それぞれの細かな技術体系、理論、基礎、応用。
そしてそれを我が身で体感できることの何と幸福であることか……!
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
井蛙という言葉がある。
霊術院に入る前の私は、それを五大貴族という上位の魂魄存在を理解できていない教員たちの事だと思っていた。
私の霊圧は既に護廷の上位席官と遜色なく、物心ついた頃から爺様に仕込まれてきた斬拳走鬼もそれに比肩するものだった。
現に志波家の跡取りは、入学から僅か2年で卒業したと聞く。
その実例を踏まえても、霊術院はあくまで市井に向けてのものであり、高位の者が学ぶべきものは無い。
ただ、設立当時がそうであったからと現在まで続く古臭い、悪しき習慣でしかないのだと。
しかし――
「1本、それまで!勝者、朽木白哉!」
勝利を告げる審判の声に木剣を下ろし、張り詰めていた心の糸を切るように深く礼を執る。
「また、紙一重だったな」
「随分と分厚い、紙一重ね……」
松本乱菊。
今しがた斬術の試合稽古を打ち合った相手だ。
入学当初は十二番隊隊長の推薦という事以外は特筆すべきものなどない地味な女だと思っていた。
それよりも、私の走術に比肩する逆骨都の方に注目していた。
しかし、それは学院で数か月も過ごす内に、自分の浅見を晒しただけだったという事に気づいた。
彼の女は無知を恥じなかった。
知らぬ事が見つかれば貪欲に答えを求め、また人に教えを乞う事にも躊躇しなかった。
彼の女は羨望も卑下もしなかった。
他者との違いを論理的に理解しようと努め、我が身に修めんとする際には工夫を以って励んだ。
彼の女は敗を顧みず、勇を以って踏み出すを是とした。
初めての授業や実習では率先して前に立った。
そしてそれら全てを楽しんでいた。
貴族とは、護廷の死神とは斯くあるべしと育てられた私とは余りに違っていた。
きっとそれは私には無い正しさなのだろう。
現にあの女は私を追い越さんとする勢いで急成長し続けている。
だが、だからと言って、朽木家の教えが間違っているとは思わない。
故にこの娘には決して負けられぬと思ったのだ。
松本乱菊が己の正義を貫いていくのなら、私は私の、朽木白哉の正しさを証明し続けよう。
「紙だからな。貴様が紙を一枚破る度に、私は千の紙を重ねている」
大海を知ってなお、己が清水の玲瓏さを誇れるように。