暗闇の中、モニターと計器類の灯りに照らされた二つの影がぼうっと浮かび上がる。
一つは褐色の肌にコーンロウの死神。
そしてもう一つは眼鏡をかけ柔和な笑みを浮かべた優男風の死神だった。
「試作品の準備はどうだい要」
「はい、斬魄刀の消失効果を切った代わりに
東仙はそこまでは力強く揺るぎない調子で言い切ったが、一度言葉を切ると、藍染から顔を逸らしその後を続ける。
「ただ……あの松本乱菊相手にどこまで通用するか……近づくこともままならずやられる可能性も……」
「いや、その点は心配ないよ。その為にお膳立てをしておいたんだ……」
眼鏡の奥で藍染の瞳が怪しく光る。
そのまま踵を返しながら放たれる主の声に、確かな愉悦の色を東仙は感じ取っていた。
「では、私はそろそろ霊術院に戻って救援要請を待つ……後の事は頼んだよ、要」
「はい、お任せください藍染様」
東仙は、霊圧遮断外套のフードを深く被り去って行く藍染の後姿を見送ると、モニター前の椅子に腰かけ、手元のコンソールパネルを操作していく。
目の見えぬ彼の為に、機械音声が入力された命令を復唱する。
『メタスタシア
『――封印解除完了。個体識別名“アッシュ”起動シマス』
墨色の空に獣が解き放たれた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
ルキア達特進クラス一回生の現世魂葬実習。
そこに垂らされた藍染の釣り針に、私はまんまと食いついていた。
「ま、松本殿、どうしてこちらへ?!」
「偶々霊術院に来ていたら救援要請を受けたの!それより残っているのは貴女だけよ、早く穿界門へ避難しなさい!」
私は驚くルキアを背に庇い、斬魄刀を始解させる。
眼前には、本来ここでは登場しないはずの改造虚……
“ホワイト”にそっくりの虚がいた。
魂葬実習の当日、私は藍染に霊術院へ呼び出されていた。
呼び出し自体は初めてという事も無く、今期の院生は皆試験会場で見た私と総隊長の試合から、実戦指導の特別講師枠を要望する声を上げていて何度か呼ばれた事があったのだ。
今回もその関係だろうと思っていたところ、檜佐木から霊術院への緊急通信が発せられた場面に出くわし、今日が藍染の仕組んだマッチポンプ襲撃の当日だという事を知った。
藍染と一緒になって救援に向かった私は、またもや原作での市丸ギンと同じ立ち位置になってしまった訳だが、知識があった分、到着してすぐに重傷を負ったと知っていた蟹沢六回生と、同じく青鹿君を救助することが出来た。
二人に応急処置を施し、穿界門内まで来ていた四番隊に託す。
不在のギンの分も働いてもらおうと、ちょっとした意趣返しのつもりでいたのだが……
「――え、ルキアがいない?!」
恋次、雛森、吉良が口々に襲撃された際にルキアと逸れてしまった事を告げた時、背筋に戦慄が走った。
私はすぐさま飛び出した恋次を押さえつけると、ルキアを連れ戻す事を約束し、彼らを藍染に託す。
「お願いしますよ、
「ああ、すまないが頼む、松本隊長……」
藍染のその頷きが果たしてどの意味だったのか、考える余裕も無く、私は寸暇すら惜しんでルキアの霊圧を探し、飛んだ。
――そして、振り下ろされる凶刃と彼女の間に、体を滑り込ませたのだった。
(良く見れば所々に差異はある……けどやっぱり似てる……!?)
私が弾き返した事で大きく飛び退り、その両手から伸びるブレードクローを構え直す虚。
腕の差異と、鎧こそ着てはいなかったが、その身はホワイト同様に胸の穴が埋められており、仮面の意匠も似通っていた。
ただ、その仮面と、彼の名前の由来となった表皮は、白ではなく色褪せた銀を思わせる鈍色だったが。
(都と海燕さんを殺した
灰で作った刀を握り、油断なく相手を見据えながら、静かに後ろのルキアに声をかける。
「いい?私が仕掛けたらすぐに穿界門まで走りなさい」
「し、しかし……!」
「問答をしている暇はないわ。ここで貴女に出来る事がないのは分かるでしょ。いいから行きなさい!」
最後の言葉尻をルキアの肩が震えるほど強く発し、それを合図に私は敵改造虚に突っ込んだ。
繰り出される爪の突きを躱し、刀で受け止め、ガントレットで殴り飛ばす。
ちらりと視線を送れば、後ろ髪を引かれながらも、ルキアは穿界門の方向へ駆け出していた。
(後は……避難完了まで、コイツを殺さないように引き留めておかないと……)
ここまで外見が似ているのだ。
十中八九コイツの能力は転移による対象の虚化だろう。
そして藍染はその対象に私を選んだ。
ここでそれを失敗させれば、またルキアを囮にされかねないし、その対象が原作の通りに都や海燕さんに向くかもしれない。
加えて最悪の場合、集大成となるホワイトの完成も危ぶまれるかもしれない。
恐らく、この転移が成功すればコイツをベースにより強力な改造虚を作り、その実験結果を以って死神の虚化技術を完成させる、という段取りなのだろう。
その証拠に、強奪した霊子は、死神の魂魄を元に作られたというホワイトと違い、純粋な虚に近いものを感じた。
とすれば……何より一護の為に、ここは避けて通れない……
その為の準備も出来ている。
後は、頃合いを見て奴の転移攻撃を受けるだけ、だったのだが……
――破道の三十三 蒼火墜
突如、横殴りの爆炎が改造虚を襲った。
「しまった……!?」
ブレードクローの刺突を弾くだけのつもりが、鬼道を受け、相手がよろけた事で灰刀がその片腕を斬り飛ばしてしまう。
虚の上腕から鮮血が噴水の様に迸った。
私は、たたらを踏んだ相手がそのまま後退した隙に、後方を振り返る。
「ルキア!どうして戻ってきたの!?」
そこには破道を撃った姿勢のまま固まっているルキアがいた。
「ま、松本殿……わ、私は……私は……!」
今になって実戦の緊張と恐怖が襲って来たのか、瞳だけをこちらに向けカタカタと震えだすルキア。
そして、この状況を前に、手負いの獣は……
突如、霊圧の高まりを感じた私は視線を改造虚へ戻す。
――奴はもう、私を見ていない。
「ま、待ちなさい――」
次の瞬間、視界からも霊圧探知からも、まるで最初からいなかったかの様に虚が消える。
私は脇目も振らず、霊子の足場を全力で蹴った――
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
空気の壁を叩く衝撃音と爆風に、思わずルキアは両腕で顔面を庇った。
しかし、先程の放心で既に抜けてしまっていた腰では立っている事が出来ず、その場に尻もちを突いてしまう。
風が収まり、腕を解いた頬に何かが当たる。
――ぽたり。
反射的に手でそれを拭い、目を開く。
ぬるりとした感触、鉄錆の臭い……
そして……
「ま、松本……殿……?」
見上げた視線の先、両手で虚を抱え込んだ松本乱菊が、首筋に深々とその牙を突き立てられ、赤い雫を滴らせていた。
ルキアの脳が状況に追いつくのを待たずして、虚の体が膨張を始める。
「松本殿――」
爆発する!?
ルキアが直感的にそう思った時には、二人の体を大量の灰がドーム状に覆っていた。
再びの衝撃音。
またもや視界が塞がれたが、今度は音が止むや否や、ルキアは煙が晴れるのを待たずして松本にしがみついた。
「お、お怪我は……!?」
見上げようとするルキアの顔に、また雫が落ちる。
「早く!……早く治療、を……?」
その瞬間、彼女の意志に反して、急速に意識が遠のくのを感じ、ルキアはその場に倒れ伏すのだった。
穿点。
高位の霊圧を有する者でも一瞬でその意識を刈り取れる麻酔薬。
「万が一に備えて持ってて良かったわ……」
肩口の痛みに顔を顰めつつ穿点が入った瓶を懐にしまうと、松本乱菊は背を壁に預け胡坐をかいて座り込んだ。
「結果的にどうにかなったけど……ここからは急がないと……」
呟き、精神を己の中へと向ける。
既に肉体は虚化特有の白く粘ついた泥に覆われ始めていた。
眼下に
しかし、その度に矢の様な速度で飛び回る黒猫が灰の盾でそれを防いでいた。
「ごめん灰猫、お待たせ」
背後からの声に虚が振り返る。
そこにはこの世界の主である、先程の金髪の女死神の姿があった。
「そしてアナタも……ここまで待たせて悪いけど、そんなに時間を掛けてられないし一気にやらせてもらうわよ」
傍にはルキアも寝てるからね、と付け加える乱菊。
その足元には、さっきまで虚の虚閃を防いでいた黒猫が寄り添っていた。
「さあ灰猫、ここなら死神も、
徐に乱菊が片手を掲げ、灰猫が彼女の前に進み出る。
途端、二人の姿を足元から立ち上った竜巻状の灰が覆い隠した。
それまでとは比べ物にならない、強大な霊圧の高まりに改造虚がじりっと後退る。
その耳を、幽境の静寂に打ち鳴らされる鈴の様な声が震わせた。
―― 卍解 ――
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「……キア……ルキア……」
繰り返し自分の名を呼ぶ声に、呻きと共に目を開く。
両足の浮遊感と、背に感じる人の手の温もり。
どうやら自分は誰かに抱きかかえられているらしい。
「ま、松本……殿……?」
まだ霞む視界に憧れの女死神の顔が浮かび、その名を呼びかける。
「目が覚めたのね……良かった」
松本乱菊が柔らかく微笑む。
その表情に自分も同じく安堵し、息を吐く。
「そ、そうだ……あの妙な虚は?どうなったのです?」
「アイツなら私が倒したわ」
「そうですか……それは良かっ――」
お互いの無事が確認でき、脅威が払われた事に、私は僅かな警戒心も解こうとしたのだが……
「松本殿、肩の怪我はどうされたのですか?」
ふと、そう言えば件の虚に嚙みつかれ血を流していた傷の事を思い出し、私は頭上からこちらを見下ろしていた瞳に尋ねた。
「ああ、怪我ね……もちろん治したわ」
変わらぬ表情で彼女が告げる。
「……でも、そのせいで酷く消耗してね……」
その口の端が吊り上がった。
「すごく……お腹が空いているの」
双眸が弓なりにしなる。
――だから。
口が、目が、裂け、ひび割れ、その中から灰色の仮面の様なものが露出していく。
「ルキア……アナタの魂をチョウダイ……?」
いつの間にか、松本乱菊の顔が先程の虚と同じ仮面へと変貌していた。
その、歯が剝き出しの
鼻がぶつかる位まで仮面が近づき、その奥で不気味な光を湛える瞳と目が合う。
眼が嗤い……歯が私の喉に突き刺さろうとした時――
「うわああああああああああああああ!!?」
「わっ、ちょ、ちょっと、ルキア、落ち着いて!」
思わず叫び声を上げた私の肩を押さえ、松本殿が顔を覗き込んできた。
その顔に仮面は無く、いつも優し気な表情が今は驚きに染まっている。
「へ、あ……松本殿……あれ、夢……?」
「何、悪夢でも見た?」
眦に涙を溜め、間抜けな声を出した私に、苦笑混じりに問いかける松本殿。
「まあ、こんな事になっちゃったからね、悪夢見ても仕方ないか」
私を引き起こし、死覇装が破れた首元辺りを
回道を使ったのか傷口は塞がっていたが、衣服の損傷はそのままのようだ。
それが先程まで私が見ていた光景が、本当に夢であった事の確信を持たせてくれたのだった。
(何をバカな事を……)
本物の虚を目の前にし、初めての実戦を経験した事で、思ったよりも自分は恐怖を抱いていたらしい。
幼子の様な醜態を晒した自分を嘲笑すると、私は松本殿に促され、共に穿界門へ向けて歩き出した。
そう、松本殿は私のせいで傷を負った……
それが都合よく消え去って、無かった事になっているなど、私の都合の良い夢に過ぎなかったのだ……
そして、その事を軽々しく受け入れていた私の悍ましい思考こそ、真にあれが悪夢だったと言えよう……
「なんか、難しそうな事考えてる顔ね。そういう所、白哉に似て来たんじゃない?」
「わ、私が、兄様に?」
姉様と違い、白哉兄様は血が繋がっている訳ではない。
しかし、もし、松本殿がそう感じられたのであれば……私は強くあらねばならない。
もっと、もっと強く……
今度は私が、松本殿の立場となって、窮した誰かを守れるように……
また少し間が空きます。