三番隊隊長、松本乱菊を使った転移による
「
あの藍染をして完璧と言わしめたその実験結果は、以降の彼らの方針を決定づけるものだった。
つまり、霊王の欠片を有した改造虚を用いた転移による死神の虚化である。
そのため彼らはその後数年をかけて、核となる虚の改良に注力した。
特に転移のプロセスは、より確実性を高める為にそれまでの急激な変化からある程度の潜伏期間を設け、霊威の高い死神であれば徐々に虚化が馴染んでいくよう改変と調整を加えていった。
今も東仙要が操作する端末には、現世駐在任務に就いていた死神を対象に、改良を重ねてきた転移能力の経過観察が行われ、その様子が映し出されていた。
『転移ヨリ75時間経過、観察対象二十等霊威隊士ノ魂魄消失ヲ確認』
無機質な機械音声が研究室内に木霊する。
「やはり霊威の低い一般の隊士ではこれ以上の改善は見込めないようです」
「いや、もう十分だよ。実際十等から六等までの席官クラスの実験では魂魄自殺までの時間が飛躍的に伸びている」
「では、いよいよ……?」
「ああ、実験の対象を隊長もしくは副隊長に移す。その為にも霊王の欠片を用いて、より強力な死神の魂魄をベースとした虚の製造を始めよう」
平子達への虚化実験から既に半世紀と更に四半世紀。
藍染惣右介の計画、その第一段階が結実の時を迎えようとしていた……
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
早いものでルキア達ももう護廷十三隊に入隊し、死神として日々の業務と研鑽の毎日を過ごしている。
入隊先は原作の通りとなり、恋次・雛森・吉良の三人は今のところ五番隊に。
懸念していたルキアも十三番隊に入隊していた。
実は彼女に関しては入隊先を最後まで悩んでいたらしく、白哉に相談までしたらしい。
彼女は当初、三番隊への入隊を希望していた。だが、一回生の実習以降、私が改造虚に傷を負わされたことを自分の責任だと悔やみ続けていたらしい。このまま新兵として隊の世話になるのではなく、せめて席官クラスの実力と業務実績を積み、隊長である私を支えられるだけの力を身につけてから、改めて入隊を希望したいと考えていたそうだ。
そう一言一言、噛みしめる様に語った、と嬉しそうに話す白哉から聞かされた。
それから、白哉は霊王の欠片の事も含めて、同じく霊王の右腕をその身に宿した浮竹隊長にルキアを託すことにしたようだ。
私はそんなルキアのいじらしさに今すぐ入隊させたい気持ちをぐっと堪えて、一先ず原作通りになった現状に胸を撫で下ろしていた。
そして、浮竹隊長には改めて私の方からも挨拶に伺おうと、そう思っていた時――
まさかの浮竹隊長自身と、それから京楽隊長から、食事のお誘いがあったのだった。
「死神代行制度……ですか!?」
その名が浮竹の口から出て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
死神代行は、原作で黒崎一護がそう呼ばれる事になる肩書だが、もちろん彼が生まれるのはまだ先の話。
そして、その代行者には前任もいた。
つまりこの話は……
「実は十三番隊の管轄地で、以前松本が関わった事例と似たような事が起こってな……今回は
そう言って浮竹隊長は一枚の写真を取り出した。
「名前は銀城空吾。今年に寺子屋……失敬、小学校を卒業したまだほんの子供だ」
やっぱり、という言葉を喉の奥に引っ込めて、机に置かれた写真を覗く。
浮竹の言う通り、子供らしい幼い顔立ちだったが、やたら凛々しくて長い黒眉が特徴的な風貌は、原作『死神代行消失篇』に於いてラスボス的立ち位置となっていた
彼の話によると、銀城は少し前より所在の掴めなくなっていた、ある十三番隊隊士の現世での隠し子であり、死神と人間のハーフ。
そして、半月ほど前に目の前で死覇装だけを残して消えてしまった父の代わりに、虚狩りを行っていたとの事らしい。
死神代行消失ではなく、死神消失して代行、という訳ね……
「なるほど……つまり、この子の行いが
「さっすが乱菊ちゃん、話が早くて助かるよ」
浮竹十四郎という人間は普段、子供が争いの場に赴くのを良しとしない。
そんな彼が、その信条に目を瞑ってまで死神の代わりに虚と戦う制度を確立させようとしている。それほどまでに銀城少年を取り巻く現状は逼迫しているという事なのだろう。
そして、この場に京楽隊長と一緒になって私を呼んだという事は……
「もちろん隊首会等での審議の際は協力させてもらいますよ。お二人には以前、滅却師保護の件でもお世話になりましたし」
「そう言ってくれると助かるよ」
「……でさあ、迷惑ついでにもう一個お願いしたいんだけど……」
京楽が苦笑を浮かべながら徳利を差し出し……私は自分のお猪口でそれを受けた。
「あくまで、死神代行制度が認められたら……なんだが……」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
涅ネムが松本乱菊に師事するようになってから、しばらくの時が経った。
その間に、彼女の死神としての能力は、創造主である涅マユリの予想をも上回る成長を見せていた。
今では身体も大きく成長したネムは、隊長であるマユリから十二番隊の副隊長に任ぜられている。副隊長としての職務に加え、マユリの実験にも日々付き合う多忙な身となり、幼い頃のように乱菊のもとを訪れる機会は次第に減っていた。
それでも、暇があれば何かと理由を付けて、こうして三番隊隊舎を訪れている訳だったのだが……
隊士から行方を教えられ、ネムが三番隊の修練場にやって来てみれば、威勢の良い少年の声と共に楽し気な乱菊の声が風に乗って流れてきた。
「ほらほら、乱暴に振り回してるだけじゃ何時まで経っても当たらないわよ?」
「ぐっ、くそ……こいつ、動くなって……!」
ネムが声の元へ辿り着くと、人間の子供が乱菊の灰猫相手に身の丈はあろうかという大剣を豪快に振るっているところだった。
「あら、ネム、いらっしゃい」
「あ?誰だよ?」
彼女に気づいた二人と一匹が動きを止める。
その息の合った動きに、ポンっと手を打ったネムが得心顔で頷いた。
「……乱菊様に……隠し子が……」
「違うわよ!」
「はあ……それで乱菊様がこの子の面倒を見る事になったと……」
一旦稽古を中断し休憩に入ると、乱菊は事の経緯をネムに話して聞かせた。
乱菊が浮竹と京楽から頼み事をされて間もなく開かれた隊首会で、二人から死神代行制度の議題が持ち上がると、流石と言うべきか、二人は老練な話術と手腕を発揮し、代行制度はあっさりと承認された。
中央四十六室でもすんなりと承認されたことを考えれば、副隊長である志波海燕の力添えもあったのだろう。
その後、頼まれていた通り、件の死神と人間のハーフとされる少年は、現世での生活の合間を縫って尸魂界へ招かれ、松本乱菊から死神としての戦闘法を手ほどきされることになった。
「じゃあ、改めてこちら死神代行の銀城空吾くんよ」
「ど、どーも、っす……」
乱菊に紹介され、銀城が地面にへたり込んだまま顔だけでネムに会釈する。
「それにしても……なぜ乱菊様が?霊術院に通えないのは何となく分かりますが」
「ちょっと色々事情があってね……ごめん、聞かないでくれると助かるわ」
彼女にしては歯切れの悪い物言いに、釈然としないものを感じながらも、ネムは素直に頷いた。
その様子に乱菊は苦笑を零し、「ありがとう」と言ってネムの頭を撫でる。
涅ネムは見た目の年齢だけで言えば、もはや乱菊とそう変わらないほどになっていた。それでも乱菊には、ついつい幼少期のネムにしていたような接し方をしてしまう癖があった。
それからしばらくはネムが相手となり、空吾が彼女に投げ飛ばされたり、ドリルで風穴を開けられそうになったり、と主に白打の稽古が続く。
「イヤ、ドリルってなんだよ!アンタ本当に人間か?!」
「いえ、死神ですが……」
「そうだけど、そうじゃねええええええ!!」
銀城少年の悲痛な叫びが修練場に木霊した。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「よし、じゃあここからは
ネムが副隊長業務で修練場を去り、再びの休息を取った後で私は銀城空吾に向き直った。
恐らく、浮竹隊長が彼を私に託した一番の理由はこれだろう。
自分が死神でありながら完現術が使えるという事は、当然だが誰にも教えていない。
しかし、同じ霊王の欠片を持つ彼には何かしら感じるものがあったのだろう。
私が浮竹自身やルキアとはどこか違うという事を察している節があった。
私の声に空吾が頷き、改めて
元が死神と人間のハーフだからなのだろうか、その大剣『クロス・オブ・スキャッフォルド』は完現術でありながら、斬魄刀の性質も併せ持つという特殊な剣だった。
そうでなければ死神代行制度もここまでスムーズに確立出来なかったかもしれない。
恐らく本編の銀城と同様に、将来は卍解も習得できるのだろう。
私といい、一護といい、やはり魂魄が混じり合った存在というのはその能力もイレギュラー化する傾向にあるようだった。
だから、私がそうであったように、まずは完現術と死神の力、それぞれの使い方を身につけてもらい、その後に両者を組み合わせた力の使い方を習得してもらう。そういう方針で鍛錬を積んでもらっている。
そして彼の完現術の神髄とも言える、他人の能力を奪い、それを自他に分け与える力については、私から何も語らず、彼自身の手で身につけてもらうことにした。
幾ら銀城がこれからあの惨劇に遭う可能性が限りなくゼロになったとはいえ、あの一護を、人目も憚らず泣き崩れるまでにさせた能力を私の口から教えることには、どうしても抵抗があった。
それに、この銀城空吾ならば、この能力にもっと前向きな意味を見出してくれるかもしれない――そんな期待もあったからだ。
一通りの修練を終え、私が終了の合図を出すと、空吾はその場で大の字になって寝転んだ。
「よーし、今日も良く頑張ったわね」
ネムの時にクセになってしまったのか、私は荒く呼吸を繰り返す空吾の頭をわしゃわしゃと撫で繰り回す。
「触んなよ……汗で汚いぞ」
「あ、それもそっか」
ピタリと手を止めると、三白眼で睨んでくる空吾。
「じゃあ、家でお風呂入ってく?」
「は?」
「ついでに夕食は?お腹空いてる?」
「お、おう……そりゃ、まあ……」
「あ、でも流石に家族に何も言ってないとまずいか」
「あん?言ってなかったっけか?」
意外そうな顔をした空吾はよっ、と息を吐き跳ね起きると、その軽い調子のまま後を続けた。
「親父……は知ってると思うけど、その時におふくろも虚に殺されちまってさ、今は俺独りなんだ」
あくまでも平静に。
そう捉えられるように。
けれど、その瞳は私を見ているようでいて、どこか遠くを見つめていた。
軽々しく口にしてしまったことで、少年の心に土足で踏み込んでしまったことを、私は後悔した。
咄嗟に二の句も、取り繕う言葉も出てこなかった私は、ただ感情に突き動かされるまま、そのまだ幼い身体を抱きしめていた。
唐突な行為に少年が苦笑する。
「いいって、気にすんなよ……それより汗で汚れるって言ってんだろ」
口ではそう言いつつも、身じろぎ一つしない彼を……やっぱり掛ける言葉は見つからないまま、ただ腕に包み続ける。
その時、私のお腹のその下辺りから腹の虫が鳴いている音がした。
「……ねえ、空吾……貴方、好物は何かある?」
思わず頬を緩ませて尋ねると、空吾は頬を掻きながら答える。
「ラーメン……」
その日はお風呂を済ませ、最近『瀞霊廷通信』に載るようになったグルメ情報を頼りに二人で店を厳選してラーメンを食べ、最後は私の家で黒と白の猫に挟まれながら、銀城空吾は眠りについた。
直接の原因はもうこの世界には存在しなくなってはいるけれど……
それでもこの子にあんな未来を味わわせたくはないと、改めて心に誓い……
私もその隣で微睡んでいくのだった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
朝食を掻っ込み、制服に袖を通して玄関へ向かう。
靴を履こうと腰を下ろした時に、ふと鞄の上に置いておいたそれが目に留まった。
死神代行証。
現世と尸魂界を行き来していたある日、浮竹と乱菊から渡された物だった。
浮竹は申し訳なさそうに、どうしても中央四十六室とか言うお偉いさん方が、これを持たせる事を条件にしてきたと言った。
そして一通りコイツの説明をした後で、隣にいた乱菊がしれっととんでもない事を言い出したのだ。
『で、後付け加えると、それには監視と霊圧の制御機能が付いてるわ』
『松本、お前なぁ……』
『いいじゃないですか、例えこの子を守る為の物であっても黙ってやられると気分悪いですよ絶対』
乱菊が言うには、代行証にはまず、死神代行の霊圧を制御する機能が付いており、これは浮竹や乱菊が現世に来る際に施される限定霊印と同じ様なものであるらしい。
こちらは安全性を考慮して、俺が代行証の通信機能を使って予め申請を行えば、限定解除されるようにしてあるとの事だった。
次に、監視機能は尸魂界側で俺の霊圧を逐一追跡し位置を把握するものらしい。
『最初は盗聴機能まで付けろって言われたんだけどね』
『その点は海燕のお陰だな。志波家から四十六室に圧力をかけてもらった』
ほっとした顔で言葉を吐き出す浮竹だったが、乱菊はそんな浮竹を尻目に顔を寄せ耳打ちしてきた。
『まあ、代行業務じゃない時は家にでも置いてっちゃえば良いのよ……最悪どうしても嫌なら技術開発局にこっそり頼んであげるから……』
『あー、俺は何も聞いてないぞー……』
要は便利な事が増える代わりに、相応に不便も強いられるらしい。
確かに尸魂界の決定には思うところが無いわけじゃなかった。
けど……
「心配しなくても裏切らねえさ……少なくとも、あの二人がいてくれるならな」
俺は代行証をズボンのポケットにねじ込むと玄関の扉を開ける。
空は高く、その気になればあの世まで見通せそうほど、澄み渡った晴天だった。