その菊、手折られず   作:もちがゆ

22 / 28
其二十二 オン・ユア・マーク

 その日はまだ明け方から、自室に備え付けた伝令神器のコール音でたたき起こされた。

 迷惑そうに鳴き声を上げる黒と白の猫たちに急かされるまま、寝ぼけ眼で受話器を取る。

 

「……あい、松本です……」

「松本隊長……俺です……十番隊副隊長、日番谷冬獅郎です」

「ああ、冬獅郎……そっちからかけてくるなんて珍しいじゃない……どうかしたぁ?」

「……隊長が……志波隊長が戻って来ないんです……何か聞いてませんか?」

 

 冬獅郎の沈んだ声が紡いだ名前に、脳が一気に覚醒する。

 

 私はすぐに電話を切ると、支度もそこそこに十番隊隊舎を目指した。

 

 

 

 日番谷冬獅郎は原作の通り、私が死神にスカウトする形となった。

 出会った時点で巨大な霊圧を持っていた彼は、真央霊術院に入学後まもなく始解を習得し、志波海燕以来の飛び級での卒業を果たす。

 十番隊に入隊してからも、仕事の覚えは早く丁寧で、実力も申し分無しと判断され、あっという間に副隊長にまで上り詰めてしまった。

 何事にも冷静沈着で、実戦においても強力無比な斬魄刀、氷輪丸で(ホロウ)を圧倒する、正に天才少年死神。

 

 その彼が、沈痛な面持ちで失踪前の志波一心の様子について語る。

 

 担当地区の鳴木市でひと月毎に起こった隊士の事故死。

 原因不明とされたその事故を解明する為に、隊長の一心自らが単独出撃し、その原因と目される虚を撃破。

 

 これは私も出席した隊首会で一心本人から報告されていた内容と同じ。

 

 そして原作の通り、黒崎真咲について触れる事もなかった。

 

 あの日、現世の滅却師(クインシー)からは応援も出撃許可の要請も無かったのだ。

 その事で、自分の恩人が余計な罪を負う事になる可能性を避けたかったのだろう。

 

 そしてその数日後、隊首室に現世に行くと書置きを残し、失踪した……

 

 きっと今頃はもう、浦原喜助の作った特殊義骸に入って真咲を魂魄自殺から救った頃だろう。

 そして死神の力を失い、恐らく技術開発局を以てしてもその消息は掴めなくなっている筈……

 

 それでも私は、すぐさま十二番隊へ協力を仰ぐ連絡を入れ、一番隊にも事の次第を報告した。

 そして、緊急の隊首会が開かれるまで、冬獅郎の傍にいた。

 

 隊首会では、失踪したと目される鳴木市と、その周辺地区を管轄する隊へ捜索命令が下された。

 

 だが、流石は浦原喜助と言うべきか……その後も捜索は一向に進展せず、有力な情報が得られることもないまま、ただ時間だけが過ぎていったのだった……

 

 

 

 

 そんな中、明るい話題もあった。

 

 砕蜂が二番隊隊長並びに隠密機動総司令官に就任したのだ。 

 

 元々刑軍出身であり、卍解まで習得した優秀な死神ではあったけど、四楓院家以外の人間が統括軍団長の座に就くのは前代未聞の事。

 しかし、そこは現当主である四楓院夕四郎と、夜一フリークとして馬が合ったのが功を奏したのか、彼の方から四楓院家へ働きかけがあったらしい。

 

 そして私の時と同じ様に、新しい女性隊長の誕生をお祝いしようと言う話になり、その設けられた宴席中、草鹿やちるが場の勢いそのままに女性死神協会を発足。

 あろうことか、その場に出席していた者たちを片っ端から理事にしてしまったのだった。

 しかも、原作での活動内容を思えば意外なことに、それなりに求心力があったらしく、その後はあっという間に会員が増え、気が付けば雛森やルキアも会員になっていた。

 

 そういえば、その時に聞いた話では、二人ともそれぞれの隊で着実に席次を上げていっているらしい。

 恋次はすでに五番隊を離れ、十一番隊へ。吉良もまた四番隊へと籍を移していたようだった。

 

 

 

 

 最近、一日を終え、床に就く度に考える事がある。

 

 あの日、この世界で、私が私になった時に胸に燈った熱。

 

 その熱はあれから消える事も燻る事も無く、今もこの身の内側で赤々と熾り続けている。

 

 ここから先の未来に対する期待と、それと同じくらいに膨らんだ不安。

 

 その相反する思いが一緒になって、私の中で混ざり合って……

 

 ぐるぐるとこの身を駆け巡り、熱になる。

 

 ついついそのイメージを、今目の前で寝息を立てている黒と白の猫たちで想像してしまう。

 

 ぐるぐるぐるぐる回って、溶けて一つに混ざり合う。

 

 この白と黒を強調した世界で、曖昧な色を宿して私は進む。

 

 いつしか彼女等と一緒になって眠りに落ち、また一日が始まる。

 

 そしてまた一歩、皆がそれぞれ、開幕の時を待つ袖幕の影へと近づいていくのだ。

 

 

 

 世界はヒーローが己の運命と出会うその時に向けて、着々と舞台を整えていた。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 

 そいつは、いつも凶事と共に僕の前に現れた。

 

 一度目は母と祖母、それから家事手伝いの多くが亡くなった時。

 

 弔いの為、十数名の親戚が屋敷に集まる中、あの女は中庭で一人、祖父たちの会合が終わるまで待っていた。

 家族や来客みんなが白い服で揃えているのに、アイツだけは真っ黒の着物に白い羽織を着ていて、その事が不気味だったのを覚えている。

 

 二度目は、祖父が五体の巨大虚(ヒュージ・ホロウ)に襲撃された時。

 

 この頃僕は、祖父を師匠(せんせい)と呼び、父が教えたがらなかった滅却師の技と生き方を教わっていた。

 

 師匠は勿論熟練の滅却師だったが、それでもこの時は多勢に無勢だったのか苦戦を強いられていた。

 そして、あわやと言う所でまたしてもあの女が現れたのだ。

 

 滅却師の事を教わる内に、あいつが死神である事は既に理解していた。

 

 女死神は、ひとつに結った金髪を靡かせながら、瞬く間に五体もの巨大な虚を斬り伏せ、祖父を救った。

 正直なところ、第一印象に加え、滅却師の歴史を聞かされていたこともあって、僕は死神に良い印象を抱いてはいなかった。

 それでも、この時ばかりは師匠が助かったことへの安堵と喜びが勝り、木の陰から様子を窺っていた僕は、思わず二人のもとへ駆け寄ろうとしていた。

 

 ――が、その足は、女が祖父の目の前に二つの死体を並べた瞬間に止まってしまう。

 

 一人は黒人の大男。

 もう一人は女死神と同じような金髪に、紫のメッシュを入れた若い男。

 

 そのどちらも、滅却師の纏う白い法衣を着ていた……

 

 

 この女は現代に生き残っている滅却師を殺し回っているのか?

 もしかして虚をけしかけたのもコイツなのか?

 では祖父を助けたのは何故だ?何かの脅しなのか?

 

 その時の謎と疑念はまるでしこりのように、今でも僕の心に残り続けている。

 

 そして、晴れる事のない猜疑と警戒の心を抱いたまま、僕はあの女と三度目の邂逅を果たす。

 

 

 それは師匠……祖父が亡くなった日。

 

 またしてもあの女死神は現れた。

 

  

 そして、あろう事か父に紹介される僕に対して、こう言ったのだ……

 

 ――ああ、貴方が雨竜君ね……やっと会えた……

 

 

 間違いない。

 コイツはあの時僕があの場にいた事を知っている!

 

 そう思った僕は、奴が伸ばしてきた手を振り払い、一目散に自分の部屋へ駆け込んだのだった。

 

 全てアイツが元凶だ。 

 

 父が母の遺体を切り刻んでいたのも、金にならないからと滅却師を辞めたのも、みんなあの女死神が何かしらで繋がっているに違いない!

 

 それから僕は師匠の教えを基に、より一層滅却師の修行に励むようになった。

 

 僕は父の様に臆病者にはならない。

 

 必ず最後の滅却師として、あの女を倒し、祖父の無念を晴らす。

 

 

 

 

 僕は 死神(あの女)を憎む。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

「ああ……そんなぁ……」

「ふん、嫌われたな。大体、貴様は初手が大胆過ぎるんだ」

「ええ?でも竜弦と叶絵ちゃんの時は上手くいったじゃない」

「あれは貴様の腕でお互いが挟まれ合って逃げ出せなかっただけだ。今だから言うが第一印象は最悪だったぞ」

「うそぉ……」

 

 今ではすっかり寂然としてしまった邸内に、乱菊の声が響く。

 しかし、その嘆きは当の少年に届く事はなかったのであった……

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。