「おい……おいって」
「うっさい……なんや?」
「ええんか、来とったで……」
「……良いも悪いもあるか……ウチら死んだ事になってんねんぞ」
「……」
「……」
「あの娘、隊長になってたで」
「覗き見しとったんか、きっしょ」
「……」
「なんにせよ、藍染の奴をしばき倒さんとしゃーないやろ。戻るにしろ、そうせんにしてもや……」
「戻る気、あったんやな?」
「……っさいわ、ハゲ」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
その独房と言うには広すぎる板張りの牢の中で、ルキアは一つだけ備えつけられた椅子に腰かけていた。
同じく天井付近の高い位置にぽつんと浮かんだ窓を見上げる横顔に憂いの色を宿して。
「よお、ガチへこみしてる顔ってのを見に来てやったぞ」
背中側、鉄格子越しに掛けられた声に、ルキアが振り向く。
「恋次か……」
「うわ、本当にひでー顔してんじゃねーか……人がせっかく面倒な手続きして面会に来てやったってのに」
松本乱菊によって現世より連れ戻された彼女は、そのまま三番隊の牢に拘置されていた。
「……乱菊さんも言ってたと思うが、今回の沙汰はどっかおかしい。そう思ってお前んとこの隊長や……うちの朽木隊長も動いてくれてる」
「うん?待て、
漸く瞳に色が戻ったルキアに、恋次がニッと笑顔を向ける。
「おう、俺は今、六番隊の副隊長だ。出世したんだよ、お前が現世に向かってすぐな」
「おお、そうだったのか……!」
「因みに、吉良は十番隊の副隊長だぜ?」
「それは目出度いな……そうか、同期4人の内3人も……!」
「本当は――」
恋次が両手で鉄格子を掴み、身を乗り出す勢いで顔を近づける。
「本当はお前もだったんだ、ルキア」
「え……」
「俺たちとほぼ同時に、お前にも辞令が出てた。お前が一か月の駐在任務から帰って来たら、副隊長になるはずだったんだよ……しかも、へへっ、聞いて驚け、お前がなりたがってた三番隊の副隊長にだ。本当ならお前の居場所はこんな檻の中じゃなくて、あの人の隣だったんだよ!」
鉄の柵を引き千切らんばかりの勢いで、恋次は両の手に力を込めた。
「……いいか、絶対諦めるんじゃねえぞ。俺たちが絶対に極刑になんてさせねえ。だからお前もぜってえ望みを捨てるな……じゃないと、お前を副隊長に指名した乱菊さんに、死んでも合わす顔なんか無くなるぞ」
決意と、覚悟を宿した瞳がルキアの双眸を真っすぐに射抜く。
ルキアは、しばし口をつぐんだ後で、ゆっくりと頷くのだった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
喋る黒猫を伴って現れた井上織姫と茶渡泰虎。
共同のレッスンの申し出を断った石田雨竜だったが、去り行く彼らを一度だけ呼び止めた。
「ヨルイチさんだったか?一つ聞きたい……松本乱菊という死神を知っているか?」
雨竜の口から流れた、懐かしい響きに夜一が目を細める。
「……ああ、知っておる。古い馴染みじゃ」
「そうか……貴方から見て、アイツは……他人を平気で害する人間だと思うか?」
「今は知らんが、儂の知っておるあやつなら、理由もなしにそんなことをする娘ではないのう……ふふっ……」
言葉尻に、堪え切れずに漏れ出た笑いが混じり、雨竜が怪訝そうに眉を顰める。
「いや、すまん。余りに久しぶりに聞いた名じゃったからつい、な……」
「そうか……」
その声色に雨竜は顔を逸らし、口を噤んだ。
「石田くん……また、気が変わったらいつでも言ってね……待ってるから」
去り際に井上織姫が声を掛けるが、雨竜は無言のまま彼女らを背中で見送るのみだった。
「なあ、浦原さん……あの乱菊って死神、どんな奴なんだ?」
「どうしたんスか黒崎サン、藪から棒っスね」
浦原の課したレッスンを紆余曲折はあったが、結果的に早々とこなした一護はここ数日間、浦原喜助と模擬戦を繰り返していた。
そして、それも本日で終わりを迎え、帰宅の為に浦原商店の上がり框に腰かけ靴を履いていた一護が、ふと背後の浦原に尋ねたのだった。
「だってよ、向こうに行ったら戦うかもしれねえ相手だろ?そりゃ他にも死神がわんさかいるんだろうけど……でも情報があるなら知っとくに越したことないんじゃねえか?」
「残念ながら、アタシが彼女について知ってる事は多くありません。仮に知っていても、その情報だけで貴方と彼女の差が埋まるとは到底思えない……そして、黒崎サン――」
浦原の声が一段と低くなったところで、一護が彼を振り返る。
「先日の一件でキミが彼女に何を感じたかは知りませんが……もし協力を仰ごうと考えているなら、その考えは捨てて下さい。」
鋭い視線と――見開かれた瞳が交差する。
「
きっぱりとした口調で言い含める浦原に対し、その時の一護は曖昧に頷いた。
だが……
「ダメよ……」
民家の屋根程はあろうかと言う巨大な人の腕が宙を舞う。
「門番は門を開ける為にいるんじゃないの」
涼やかな声と対照的に、巨人から絶叫と血飛沫が上がった。
「兕丹坊さん……貴方は豪傑で名を馳せ、重病の少女も放っておけない仁の人……でも、門番としては失格ね」
膝を突き、片腕と首で、その巨躯すらも超える白道門を支える兕丹坊。
「オラは負げだんだ……負げだ門番が門を開げるのは……当だり前のこどだべ!!」
荒い息を吐きながら、それでも堂々たる声で言い放つ彼に対し、その女死神は溜め息を一つ。
「負けた門番は門なんか開けないわ」
一歩、金の髪が揺れる。
「門番が負けるっていうのは……」
二歩、白魚のような指が刀の柄にかかる。
「“死ぬ”という意味よ」
一護の脳裏に、浦原の言葉が思い出され――
「……!?」
その瞬間にはもう、彼は斬月を抜き、松本乱菊に斬りかかっていた。
「やっぱり……俺が甘かったみてえだ……来いよ、そんなにやりたきゃ俺が相手になってやる」
「鎖結と魄睡を壊したのに、死神に戻ってるなんて……本当に面白い子ね一護」
「あん?」
拮抗した膂力にお互いが弾けるように間合いを取る。
「でも、ここまで来ちゃったら、私も手加減できないわよ?」
「へっ、やってみろよ……今度は後ろを取られたりしねえぞ!」
大刀を構える一護に対し、妖艶ともとれる仕草で乱菊がくすりと笑う。
――廻せ 『燼・灰猫』
乱菊が、斬魄刀の力を解き放つ。
「なっ……!?」
瞬きすらする間もなく、斬月を構えたままの姿勢で、一護が大量の灰に吹き飛ばされる。
濁流となった灰はそのまま、後続の石田たちと兕丹坊の巨体すら軽く押し流していった。
誰かの悲痛な叫びと共に、支えを失った白道門が唸りと共に下りる。
「バイバーイ♡」
ひらひらと手を振る乱菊の姿が見えなくなると、降ってきた時と同じく地響きを立てて、門は完全に閉じた。
幸いにも無傷だった仲間たちは、一際遠くへ飛ばされた一護のもとへ駆け寄り、お互いの無事を確かめ合う。
「悪い……俺のせいで、門が……」
「いや、おぬしを責めても始まらぬ。相手が乱菊ではのう……我々が五体満足なだけで御の字というやつじゃ」
「あっ! そうだ! 兕丹坊のやつ!?」
腕を斬り飛ばされていた彼のことを思い出し、一護は咄嗟に振り返った。
「――来て早々、随分派手にやられたみたいね」
その視線の先に、巨大な腕を抱え上げる人影があった。
驚愕に目を見開く一護の脇をすり抜け、前へ出る夜一。だが、彼女もまた、その猫の瞳孔を丸くした。
「なっ?!なぜお主がここに……!?」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
(副隊長は副官章をつけて、二番側臣室に待機せよ、だと……?)
昼を回った頃、瀞霊廷内にけたたましい警鐘の音が鳴り響いた。
それと同時に、護廷十三隊の隊長各位へ、緊急の隊首会への招集命令が届く。
そして副隊長たちにもまた、所定の場所での待機命令が下された。
隊首会室前で十三番隊隊長・浮竹十四郎と別れた同隊副隊長、志波海燕は、任期中に起こった初めての事態に眉を顰めていた。
席官、それも副隊長ともなれば、その業務内容は多岐に渡る。日夜、尸魂界中を忙しく飛び回っているのは、隊長も副隊長も同じだ。
そのため、海燕たち副隊長が集められ、隊首会開始の報が届いた頃には、夜空高くに月が浮かんでいた。
浮竹を通して、隊首会自体の目的は聞いている。
先刻、白道門で起こった旅禍侵入の騒ぎ。
その対応に命令も待たず当たった松本乱菊が、あまつさえ件の旅禍たちを取り逃がすという失態を犯したことへの事情聴取。そのために開かれた会だった。
海燕は、彼女が十番隊の副隊長だった頃に、現世での
その時の乱菊の手際や、浮竹から聞いた話、さらには彼女の学友であり、海燕の妻でもある都の話と照らし合わせても、今回の彼女の行動にはどこか不自然さを感じていた。
(……まあ、あれでいて偶にヌケてるところもあるから、ただの凡ミスってこともあるだろうが……)
何にせよ、旅禍たちの足取りが掴めていない以上、乱菊から急ぎ話を聞く必要があること自体は理解できる。
だが、それにしても――
副隊長までも全員集める必要があるだろうか?
すっかり待機に飽きてしまった草鹿やちるや大前田希千代らが雑談に興じる中、海燕は一人、壁を背にして、この不可解な状況について考えを巡らせていた。
しかし、結局納得のいく答えは出ないまま、その思考は再び鳴り響いたけたたましい警鐘によって中断を余儀なくされる。
『瀞霊廷内に侵入者有り!!』
草鹿やちるが獰猛な笑みを浮かべ、いの一番に動いた。
それに負けじと、海燕も側臣室を飛び出す。
他の副隊長たちも、次々と瀞霊廷内へ散っていった。
恐らく、隊首会でも同様の動きになっているだろう。
ただ、そのことが妙に気にかかる。
海燕の胸中には、走り出した時から感じていた嫌な予感が、渦を巻くように広がっていた。
「随分と都合よく警鐘が鳴るものだな」
隊長たちが退室していく中、乱菊とすれ違った藍染が、その足を止める。
「よく分かりませんね藍染隊長……おっしゃってる意味が」
「それで通ると思っているのか?」
小声で交わされる二人の会話に、気づく者がいた。
「僕をあまり、甘く見ないことだ」
そう言い残し、再び歩き出した藍染。
その背を微動だにせず見送る乱菊を、十番隊隊長・日番谷冬獅郎と――
二番隊隊長・砕蜂だけが見ていた。
結局、一晩中探し回ったものの、侵入したという旅禍を発見することはできなかった。
「無駄骨に終わっちまったか……」
明け方の、白く刺すような陽光に海燕は目を眇める。
念のため警報を鳴らした隊士の元を訪ねてみたが、松本や誰かに指示されたわけでもなく、あくまで人影を見たと思い、本人の意思で警鐘を鳴らしたようだった。
「……俺の思い過ごしだったってのか?」
勘が外れたことに、海燕は溜め息を一つ漏らす。
そして、何の気なしに――
本当に、ただ偶然に、昇りゆく朝日を見上げた。
「あん?」
何かが、飛んで来る。
人間大の、玉のようなもの。
その球体にどこか見覚えがあると感じ、海燕は目を凝らした。
「――?!」
玉が一回り大きく見えた瞬間、その中にいくつかの人影が浮かび上がる。
そして、そのうちの一つが、彼の見知った人物のように思えた。
いや、まさか……
そう頭では否定しながらも、海燕の足はすでに連なった屋根の上へと向かっていた。
下の往来では、ようやく上空を飛来する丸い塊に気づいた隊士たちが、騒ぎ始めている。
まだだ。
まだ、よく見えない。
舌打ちした海燕は、霊子を足場に瀞霊廷の上空へと駆け上がる。
その時――
轟音とともに、雷のような閃光が辺りを駆け抜けた。
遮魂膜に衝突する球体。
――いや。
――そして、海燕は見た。
遮魂膜を突き破り、崩壊していく霊子隔壁。
その内部から、大小六つの影が飛び出してくる。
そのうちの一つ――
「……おいおい……なんの冗談だ、ありゃあ!?」
オレンジ頭の少年。
栗毛の少女。
ひょろ長いのや色黒のゴツイの。
挙句に猫まで……
そして、その中に混じって――
長い黒髪に死覇装を纏った、彼の妻。
志波都の姿があった。