その菊、手折られず   作:もちがゆ

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其二十五 フェイス・オフ 2

 遮魂膜を突き抜け、四方へと分かれた光の軌跡を、それぞれの隊士たちが追った。

 

 そんな中、決められた配置から外れていた二人の死神のもとへ、そのうちの一つが落ちてきた。

 

「夜通し巡回させられたから、サボる気満々だったけど……」

「向こうから来てくれるんなら、話は別だぜ」

 

 ツイてるツイてると妙な鼻歌を歌いながら、落下地点を見下ろす十一番隊・班目一角と、同じく十一番隊の綾瀬川弓親。

 

 土煙が晴れ、二人の前に姿を現したのは、彼らと同じ死覇装を身に纏った、オレンジ頭の少年と黒髪を結った女だった。

 

「あれ、君は確か……」

「なんだ弓親? あのつんつん頭、知り合いか?」

「違う。女の方だよ……というか、忘れちゃったの?」

 

 弓親が半ば呆れながら、黒髪の女性を指差す。

 

「彼女……十三番隊の三席だよ。一角と同じ席次じゃないか」

「はっ、他隊の席官なんか、いちいち把握してられっかよ」

 

 鼻を鳴らして腕を組む一角。

 

 そんなやり取りをしていた二人の前へ、件の女死神が歩を進めた。

 

「ねえ、お二人さん。サボってたなら、そのついででこのまま行かせてほしいんだけど……」

「御冗談を……志波都三席。流石に、目の前に現れた旅禍を放っておくわけにはいかないじゃないですか」

「だな。旅禍の味方してるってんなら、アンタも捕縛対象だ。そっちこそ大人しく、俺たちの手柄になりな」

 

 一角が、納刀したままの刀を突きつける。

 

 互いの視線が鋭く交差し、二人の霊圧も険を帯び始めていく。

 

「まあ、そうなるわよね……一護、片方任せていい?」

 

 問いかけられたオレンジ頭の少年が、返事代わりに背中の大刀を引き抜き、志波都の隣に並び立った。

 

「弓親……お前、どっちだ?」

「じゃあ、志波三席かな。っていうか、一角があのオレンジ少年と戦りたいだけでしょ?」

「ああ……同じ『一』の字だしな……!」

「という訳だから、志波さん。僕らはあっちで戦りましょう」

 

 都が頷くと、一足先に弓親がその場から姿を消した。

 

「……一護、彼は強いわよ。志波家の地下で教えたことを忘れないで」

 

 それだけ言い残し、都も瞬歩でその場を後にした。

 

「志波? 志波っていやあ、お前……」

 

 改めて自分と向き合う形となった少年の風貌と、記憶にある人物の姿が結びつき、一角が言葉を漏らす。

 

「まあ、他人の空似だと思うが……一応、名前を訊いとこうか」

 

「黒崎一護……」

 

 構えた一護に合わせ、一角も斬魄刀を鞘から抜き放つ。

 

「十一番隊第三席副官補佐、班目一角だ。一の字同士、仲良くやろうぜ!」

 

「やだね!」

 

 

 

 

 一角と一護から離れた弓親は、迷路のように路地が入り組んだ一帯へと移動していた。

 

「随分と手狭な場所を選んだのね? 十一番隊らしく、派手な斬り合いを好むのかと思ったけれど……」

 

 追いついた都が、正面に回り声を掛ける。

 

「別に派手な斬り合いが嫌いなわけじゃないさ。ただ、君と戦うなら、こういう身を隠す場所が多い方が有利だと思っただけ」

 

 思わせぶりな弓親の物言いに、都が眉を僅かに上げた。

 

「志波都……始解の名は“一条睡蓮”……個人ではなく、家系に伝えられた斬魄刀。その能力は、鞘から抜き放った最初の一太刀を相手に必中させるというもの……。でも、その能力も、こういう入り組んだ場所なら果たして当てになるのかな?」

 

「へえ……よく調べてるのね」

 

「そりゃあね……だって、三席の君を倒せば、僕の力がそれ以上だっていうことの明らかな証明になるだろ? 実際、こうやってその機会が巡ってきたわけだし……」

 

 得意気に話す弓親だったが、自分の言葉に黒髪の女死神がくすりと笑みをこぼしたのを見ると、今度は彼が怪訝そうに眉を顰めた。

 

「そう……簡単にいくかしら?」

 

 瞬間、鳥肌が立つほどの霊圧が彼女から噴き出した。

 

 弓親は反射的に解号を済ませた藤孔雀を構える。

 

(……これは、この場所を選んで本当に正解だったかも……。最悪、瑠璃色孔雀を使うことになりそうだ……)

 

 弓親と都が戦いを始めた頃、一角と一護は、互いに一太刀を浴びせ合っていた。

 

 奇しくも同じ位置に傷を負い、一角は血止めの薬を、一護は流れ落ちる血を袖で拭っている。

 

 その光景に、一角がふっと息を漏らした。

 

「妙な形だと思っちゃいたが……斬魄刀まで同じ、常時解放型とはな!」

 

「あん? あんたのもそうだって言いてえのか? それにしちゃ、なんか……普通だな」

 

「今見てただろ! この薬が能力なんだよ!」

 

「……そうか」

 

「あ! 今お前、しょぼっ……て思っただろ!? 顔に書いてあんだよ!」

 

 真顔で首を横に振る一護に、青筋を立てて捲し立てる一角。

 

「まあいいさ……見た目は確かに地味だが、今すぐお前の体に教えてやるよ――」

 

 言葉尻が霞む。

 

 目にも留まらぬ速さで、一角が間合いを詰めた。

 

「鬼灯丸の真の力をな!!」

 

「――!?」

 

 咄嗟に一護が、斬月の大ぶりな刀身で斬撃から身を守る。

 

 ――が。

 

(さっきより、重い……?!)

 

 押し返される刃の峰を右手で掴み、どうにか押し返そうとする一護だったが――。

 

 一角の刃が火花を立てながら斬月の刀身を滑り、そのまま振り抜かれる。

 

「ぐっ!?」

 

 右腕に走った激痛を必死に噛み殺しながら、一護は刀を振り下ろした姿勢の一角を蹴り飛ばし、距離を取った。

 

 袈裟に斬られた腕からは派手に血が流れていたが、幸い、そこまで傷は深くないようだった。

 

「力を増したコイツの一撃で腕が飛ばないなんてな。良い霊圧してんじゃねえか」

 

「……力を……増した……?」

 

 血振るいした鬼灯丸を肩に担ぎ、一角は高揚した声で話す。

 

「鬼灯丸は、柄に生成される薬で俺の傷を癒す度に、その攻撃力をどんどん増していく。直接攻撃系じゃねえが、長く戦いを楽しみたい俺にはぴったりの能力なんだよ」

 

「そういうことかよ……」

 

 荒い息を吐き、腕から流れる血を見つめる一護。

 

 変形に頼らない鬼灯丸の新たな戦闘スタイル。

 一護は知る由も無いが、一角が卯ノ花との修行の中で編み出したものだった。

 

「痛えか? その手じゃ、もうロクに剣も握れねえだろ。俺は心優しい男だ。普段なら、ここで生かして捕えるところだが……」

 

 さらに得意気に言葉を続ける一角をよそに、一護は斬月の柄布を解くと、己の右腕を柄に縛り上げていく。

 

「悪いな。てめえは殺さねえと手柄にならんらしい……って、あ? 何して――」

 

 その言葉尻を待たず、今度は一護が音もなく一気に間合いを詰め、大刀を振り下ろした。

 

「なっ……!?」

 

 間一髪、身を逸らした一角。

 

 その背後で路地の壁が、勢い余った斬撃によって、地面までも豆腐のように真っ二つに裂かれる。

 

「もう終わったみたいな口きくなよ。俺の剣をまだ見せてねえ」

 

 斬月を引き抜き、立ち上がった一護。

 

 そのさらに奥では、通路越しにもう一枚の塀壁も崩れていくのが見える。

 

「今度はあんたが剣を握れなくなる番だ」

 

 一方――

 

 石畳の地面に、弓親が倒れ伏した。

 

「瑠璃色孔雀が効かない……いや、相殺したのか……?」

 

 辛うじて首だけを持ち上げると、そこには彼を見下ろす志波都の姿があった。

 

 視界までも霞む弓親とは対照的に、彼女は息一つ乱した様子を見せていない。

 

「同じ系統の能力だったとでもいうのか……情報が間違っていたと……?」

 

「いいえ、合っていたわよ……一条睡蓮の方はね」

 

 都が口元に薄い笑みを浮かべる。

 

 勝ち誇るでも、嘲るでもない。

 

 ただ静かに、どこか穏やかな笑みだった。

 

 その表情を最後に、弓親の意識は途絶えた。

 

「さて、一護の方はどうなったかしら……」

 

 弓親が気絶するのと同時に、勝利の余韻など微塵もないまま、女死神は慌ただしくその場を後にした。

 

 

 

 

 ――もう一方、一角と一護の戦いも、決着の時を迎えていた。

 

 力を増した一角の斬魄刀、鬼灯丸から放たれる斬撃。

 

 その必殺の一撃を、一護は正面から迎え撃ち、極大の霊圧を込めた斬月で力尽くにねじ伏せたのだった。

 

「……くそ……強えなあ、てめえ……まさか隊長以外に、力負けするとは、よ……」

 

 胸からの出血によってできた血溜まりに、一角が沈む。

 

「あの人に、霊圧の引き出し方を聞いとかなきゃ……ヤバかったかもな……」

 

 対する一護も、きつく縛り上げたはずの右腕から血を溢れさせながら、荒い息を吐く。

 

 彼は重い身体を引きずるように一角へ近寄ると、その手に握られていた鬼灯丸の柄尻から血止め薬を拝借し、自分と一角、二人の傷へと塗り込んでいくのだった。

 

 

 

 

「ちっ、もう戦闘は終わっちまったか!?」

 

 海燕が一護たちの落下地点へ辿り着いたのは、それからしばらく後のことだった。

 

 クレーターのように抉れた地面と、その傍らに仰向けで横たわっている一角の姿を目に留めると、彼はすぐさま駆け寄る。

 

「おい、お前、十一番隊だろ? 志波都は何処に行った!?」

 

「あん? ……って、アンタ……」

 

 覗き込んできた海燕と視線を合わせ、一角は思わず身を起こそうとする。しかし、途端に走った痛みに顔を顰めた。

 

 見れば、死覇装ごと切り裂かれた肩口から胸にかけての傷には、軟膏がべったりと塗り込められている。

 

「志波都って……ああ、あの黒髪の女死神か……」

 

「そいつだ! 何処に向かったか分かるか!?」

 

「教えてもいいが、条件がある」

 

「あん?」

 

「オレンジ髪の旅禍の方、ありゃあウチの隊長に譲ってくれ」

 

(霊子隔壁の中から出てきた奴か……都はそいつと一緒に行動してんのか?)

 

「更木が始末をつけてくれるってんなら、別に構いはしねえよ。俺が用があるのは都だけだ」

 

「おっし、交渉成立だ……」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた一角の口から語られた行き先は、懺罪宮の四深牢。

 

 先日、捕らえられた海燕の部下、朽木ルキアが投獄されている場所だった。

 

(旅禍の目的は朽木か……それに都が手を貸しているのか……?)

 

 自分の出した結論に、海燕は反射的に舌打ちする。

 

(バカ野郎……朽木のことは俺と浮竹隊長で動くって言ってあったじゃねえか! お前が無茶してどうすんだよ……!)

 

 すぐさま懺罪宮の方へ足を向ける海燕だったが、その背中を一角が呼び止めた。

 

「なあ、アンタ……」

 

「ああっ、なんだ? 言っておくけど、俺、副隊長な」

 

「……やっぱりだ……そっくりですよ、顔が。あのオレンジ頭の旅禍に」

 

「なんだ、そりゃあ……」

 

 まさか、それが手を貸す理由じゃあるまいに……

 

 ふと胸中に浮かんだ他愛もない考えを、海燕は一笑に付した。

 

 しかし、そのことがどこかすっきりしない。

 

 喉に刺さった小骨のような、拭いきれない違和感が、彼の胸に残り続けるのだった。

 

 

 

 

  急いだ甲斐もあり、懺罪宮の入り口へ辿り着いたのは、海燕が一足先だった。

 

「まさかとは思ってたが……本当にお前かよ、都」

 

 こちらへ歩いてくる二つの影に、海燕が声を投げかける。

 

 一人は、長い黒髪を結い上げた彼の妻、志波都。

 

 そして、もう一人は――。

 

「そして隣のお前……驚いたな。本当にそっくりじゃねえか」

 

 二人が、ぴたりと足を止めた。

 

「朽木のことは俺らに任せろって言っただろ。どうして来た?」

 

「――!?」

 

 朽木という言葉に反応し、自分とそっくりな顔立ちをしたオレンジ頭の少年が前へ出る。

 

「アンタ、ルキアの仲間か!? 俺たちはアイツを助けに来たんだ!」

 

 どうやら、彼らの目的は海燕の読み通りだったらしい。

 

 その真っ直ぐで力強い眼差しを好ましく思いつつも、海燕は手にした槍を払った。

 

「だったら、なおのこと俺と隊長に任せておけ。お前たちがここで暴れ回ると、余計にアイツの立場を悪くさせかねねえ……分かんだろ」

 

 海燕の言い放った言葉に、少年が歯噛みする。

 

 その肩へ、都がそっと手を触れた。

 

「一護、ここは私に任せて、貴方は先に行きなさい」

 

「けど――」

 

「大丈夫。彼の目的は私みたいだから。私が合図したら、瞬歩で一気に駆け抜けなさい。いいわね?」

 

 短く目を合わせ、一護が頷く。

 

「海燕さん、ここで会えて良かった」

 

「あん……?」

 

「ちょっと私からお話があって……付き合ってもらえません?」

 

「……ああ、いいぜ。こっちは元からそのつもりだったしな」

 

 海燕が微笑み、槍の穂先を下げる。

 

 それを確認した都が、一歩、海燕へと近づいたのと同時に、一護の姿が掻き消える。

 

「――だが、そいつを通すとは言ってねえ!」

 

 一護が見せたものよりも数段速い瞬歩で、海燕が彼の目の前へと現れる。

 

 それと同時に突き出された槍の切っ先が、一護に迫った瞬間――

 

「あら、余所見はダメですよ、海燕さん」

 

 更なる神速の瞬歩で割って入った都が、斬魄刀の棟で槍の穂先を受け流した。

 

 その隙に、懺罪宮へと続く階段へ辿り着いた一護が、脇目も振らず駆け上がっていく。

 

 海燕はその背を追おうとはしなかった。

 

 ただ黙って、目の前に立つ都を見据えている。

 

「……こいつは驚いたな」

「話……聞いてもらえます?」

「……いいぜ……言ってみろよ」

 

 海燕が促すと、都は刀を下げ、言葉を紡ぐ。

 

「――なっ……マジかよ……?!」

 

 続いて手渡された封筒に、彼は驚愕のあまり手にした捩花を取り落としそうになるのだった。

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