現れた海燕を振り切った一護だったが、懺罪宮に入ってすぐにその足は止められてしまっていた。
怖気立つほどの巨大な霊圧を伴って立ち塞がった男――
十一番隊隊長・更木剣八
最初は傷一つすらつけられなかった。
ようやく刃が通る様になったかと思ったら、相手の刀も更に鋭さを増した。
致命傷を負わされ、斬月のおっさんの手も借りて、止血とパワーアップを経ても、尚も倒れない。
それどころか、眼帯を外して霊圧を増した。
でも、負ける気はしない。
握った斬月からおっさんの声が流れてくる。
散々斬り結んだ相手方の剣からは孤独の悲鳴が聞こえる。
(全部アンタの言った通りだったな……)
一護が、決着の一撃を放つために、極限まで力を研ぎ澄ませる……
一方、更木剣八もまた、何度切り伏せても立ち上がってくる異例の存在に、高揚感を増幅させていた。
やはり、切っても死なない、壊れないというのは良い。
(まるで、アイツと戦ってる時みてえだ――)
ふと、己の中に湧き上がった思い。
そう言えば――どこか、あの女の剣に似ている。
師事したというほど濃い関係ではない。僅かな、匂い程度の気配。
ただ、獣の直感がそう確信させた。
剣八は、浮かべていた獰猛な笑みをさらに深める。
眼帯に食われていた霊圧を、刀へと込める。
それに呼応するように、一護もまた霊圧をさらに高めた。
「ほう! ここまできて、まだ霊圧が上がるのか! 面白え!!」
「昇がるさ。俺は斬月の力を借りて、斬月と二人で戦ってんだ」
――ほらな。
「自分一人でしか戦おうとしねえあんたには……絶対に敗けねえ」
やっぱり、アイツと同じことを言いやがる。
一護の宣言を戯言と一蹴した剣八は、彼と同じように、最後の一撃のために霊圧を高める。
ぶつかり合った力の奔流が、懺罪宮の東半分を吹き飛ばした。
「おい、あれだけの霊圧が消えちまったぞ。お前の仲間だったんだろ、あの旅禍」
「あちらには既に救援が向かいましたから大丈夫ですよ」
鮮やかな手並みで、極卒の番に就いていた二名の隊士を昏倒させた海燕と――
その視線の先で微笑む都。
「なら……いいけどよ……」
海燕は向けられた笑顔にどこかバツが悪そうに頭をガシガシと掻きながら、ルキアの捕らえられている牢の扉を開放した。
中では扉の方へ振り返ったままの姿勢でルキアが硬直していた。
「いよお、朽木」
「か、海燕殿!?それに、都殿まで?!」
思いがけず現れた同隊の二人に声が上擦っている。
「ルキア、助けに来たわよ――」
「うおっほん!」
「――って言ってあげられたら良かったんだけど……」
海燕にジロリと睨まれ、都が申し訳なさそうに苦笑する。
「すまん、朽木。必ず出してやるからもうしばらく辛抱してくれ」
「は、はい……それにしても、どうしてお二人はこちらに?」
「それはね――」
ルキアの疑問に、都が答えようとした時だった。
――!?
突如、息苦しさを覚えるほどの霊圧が周囲を覆った。
「敵を、見定める為よ……」
既に後方――開かれた扉の向こう。
渡り廊下を歩いてくる人影へと視線を向けながら、都が答える。
「ちっ……マジかよ……」
都に続いて外の方を睨んだ海燕が呟きを漏らす。
ルキアもまた、その威圧感に耐えながら歩を進め、何とか人影を視界に収めた。
「あ、ああ……そんな……」
せっかく進んだ道をヨロヨロと後退るルキア。
三人の前に現れたのは――
「そこまでよ。ルキアは牢の中へ、他二人は外へ出なさい」
三番隊隊長・松本乱菊だった。
「あら、松本隊長……初めまして」
「ふふっ……旅禍の振りをしてもダメよ都。霊術院からの付き合いに、『初めまして』もないもんだわ」
「そうかしら……?」
どこか噛み合っていないように聞こえる二人の会話をよそに、ルキアは先ほどの都の言葉を反芻していた。
(敵を見定める、と都殿は言った……ではここに現れた者が敵……乱菊殿が敵、ということか……?いや、そもそも、敵とはなんなのだ……?)
乱菊の顔と、「敵」という言葉が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
次第に早鐘を打つように暴れ出した心臓の音に眩暈を覚え、ルキアの足がもつれた。
「大丈夫か、朽木」
脇を支えた海燕の言葉も耳を通り抜け、ルキアの意識は、向かい合う二人の女死神へと吸い込まれていった。
「さっきの命令……ノー、と答えたら、どうなるのかしら?」
「ちょっと都……あまり困らせないでくれる?」
「その言葉……そっくりそのままお返しする、わ――」
――瞬間。
都が白刃を閃かせ、乱菊に斬りかかった。
海燕ですら起こりを捉えられなかった初撃。
しかし、乱菊はそれを悠々と己の斬魄刀で受け止めていた。
「あら、一条睡蓮は使わないの?」
「冗談。
「戦時特例ってヤツよ」
「あ?」
鍔迫り合う二人の霊圧が弾け、互いに距離を取る。
「ああ、ごめんなさい。それは明日……だったかしら」
「……まるで未来でも見えてるかのような物言いをするのね」
「まさか……」
剣先、視線、言葉。
そのどれもが鋭く相手へと向けられている。
思わずルキアが、薄氷の上に立って睨み合う二人を幻視した――その時。
今度は乱菊が仕掛けた。
先程の都同様、知覚すら出来ぬ瞬歩。
現れた姿は都の直上。
しかし――
(霊圧は既に背後!?)
ルキア、そして海燕も、本命は後方からの一撃だと直感していた。
「随分と舐めた真似してくれるじゃない」
だが、都は背後など微塵も意に介さず、ただ真っすぐに正面へと刃を振るった。
自分に向けて袈裟切りに放たれた斬撃よりも速く――
「!?」
乱菊が驚愕に目を見開く。
その目の下を、都の切っ先が掠めるように通り過ぎた。
身を捩り、後方へ飛び退いた乱菊の頬を、裂かれた傷口から赤い血が伝う。
「やるじゃない……」
「当たり前でしょ……」
依然として続く攻防の中、油断なく構える都。
その彼女とは対照的に、乱菊は頬の血を拭うと、溜息を吐き出し――薄く嗤った。
廻せ 『燼・灰猫』
今度は都が表情を驚愕で染め上げる。
だが――
「……やれやれ、物騒だな」
灰へと変じ始めていた斬魄刀。
その柄を握る手を、横から掴む者がいた。
「それくらいにしといたらどうだい、松本隊長」
その長い白髪を目にしたルキアが、驚きに目を丸くする。
「う……浮竹隊長!!」
「おーす、朽木!少し瘦せたな、大丈夫か?」
浮竹がルキアへ笑顔を向ける。
同時に、その手が乱菊から離れると、彼女は解放しかけていた斬魄刀を鞘へと納めた。
「浮竹隊長……」
「ウチの奴らが面倒掛けたな、松本」
続けて自分へ向けられた微笑に、乱菊は短く息を吐き出す。
そして、そのまま踵を返すと、牢とは反対方向へと歩き出した。
やがて、その姿が懺罪宮の白壁の向こうへと消えていく。
それと同時に、それまで辛うじて立っていたルキアが膝から崩れ落ち、その場に倒れ伏した。
「朽木――」
「いえ、私が……」
隣にいたはずの海燕よりも素早く駆け寄った都が、ルキアを優しく抱き起こす。
そして、その身体を両腕で抱き上げると、そのまま牢の中へと入っていった。
「浮竹隊長も、わざわざすみません」
「いや、お前からの連絡を受けた時は半信半疑だったんだが……」
駆け寄ってきた海燕から目を逸らし、浮竹は牢の中へと視線を向ける。
そこには、牢の中へ寝かせたルキアの髪を、そっと撫でる志波都の姿があった。
「厄介なことになったな……本当」
浮竹のぼやき声は風にさらわれ、瀞霊廷の空へと消えていった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「事態は火急である」
再度、緊急に招集された護廷の隊長たち。
その九名を前に、総隊長・山本元柳斎が重々しく告げる。
――九名。
そう、九名である。
山本を含め、本来十三名いる護廷の隊長たち。
そのうち、六番隊・朽木白哉は、度重なる処刑日程の前倒しを受け、義妹のため中央四十六室へ嘆願に赴いている。
十三番隊・浮竹十四郎は持病の発作に見舞われ病欠。
そして――
「遂に護廷十三隊の隊長の一人を欠く事態となった」
十一番隊。
歴代最強と名高い、更木の剣八が旅禍の少年に敗北を喫した。
事ここに至り、山本総隊長は、副隊長を含む上位席官に対し、廷内での斬魄刀の常時携帯及び、戦時における全面解放を許可した。
これにより旅禍たちは明確に
そしてそんな中、剣八を下した件の少年はと言うと……
『おぬし……しばらく会わんうちによく育ったのう……』
『うわ、夜一さんおじさんみたいなんですけど……』
『何を言うか、女同士で』
『その割に目線がイヤらしいんですよ……あと揉むな!』
(俺は何も見ていない……耐えろ俺!傷が治ったら即、風呂を出る……それだけの事だ!)
必死に目を瞑り、夜一に連れてこられた地下修練場の温泉で傷と修行の疲れを癒していた。
『しかし、ここに来たという事は、一護の卍解習得に付き合うつもりか?』
『それもありなんですけど、ちょっと顔を出さないといけない所ができましたので』
『なんじゃ……明日からはもっと効率よく転神体を稼働できると思うとったのに』
『その点はご心配なく。助っ人を呼んでありますので』
『なんじゃと……?』
二人分の水音と、衣擦れの音が聞こえる。
それらが完全に止むのを待ってから、ようやく一護は目を開けた。
「なんじゃ、本当に目を瞑っておったのか……つまらん奴じゃな」
「当たり前だ!」
「そうです夜一様!子供とは言え、このような輩に玉体をお晒しになるなどあってはなりません!」
いつの間にか真上から自分の顔を覗き込んでいた夜一に、一護が顔を真っ赤にしながら声を荒らげる。
そして、その彼の声に重なるように、もう一つの怒鳴り声が響いた。
「ん?」
それに反応した夜一が湯船から顔を上げる。
すると――
「お、おぬし……砕蜂か?」
「夜一様!」
夜一すら反応できない速度で、砕蜂がその胸に飛び込んできた。
「ああっ夜一様!やっとお会いできた!私は、私はこの日を……一日千秋の思いで!」
「わっ、こら、待て砕蜂!ステイ!ステイ!?」
まるで戦地から帰還した軍人にじゃれつく大型犬のようだ、と――
物陰でそそくさと着替えてきた一護が、その様子を呆れたように見下ろしていた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
一先ず引き剥がされ、正座で待機を命じられた砕蜂は、腰を浮かせ気味にしながらも大人しく従っていた。
「――では、乱菊からの知らせを受けて、ここにやって来たという訳じゃな?」
「はい!直接ではなく手紙でしたが、夜一様の手助けをして欲しいと……そう言えば松本のやつはどこに……」
きょろきょろと辺りを見回す砕蜂。
その視線が夜一、一護、それから――
「なんだ、志波。お前も来ていたのか」
都のところで止まる。
「え、ええ……」
曖昧な笑顔を浮かべながら、都が答える。
「……して、砕蜂。瀞霊廷の現状はどうなっておる?」
「は、はあ……先刻、総隊長より戦時特例が発令され、旅禍狩りに本腰を入れる気になったようです」
「ふむ……どちらにしろ、処刑が取り止めになるか、決行日までは身動きが取れんか……」
夜一の口から改めて処刑という言葉が出て、砕蜂が眼差しを鋭くした。
「その事ですが、夜一様。此度の朽木ルキアの極刑……どうあっても四十六室は決行の意志を曲げるつもりは無いようです。」
一護が拳を強く握るのが、夜一の視界の端に映った。
「あれだけ持ち上げていた志波家と、同じく四大貴族の朽木家からも再三の減刑や助命嘆願が出ているにもかかわらず、それらに取り合う様子が全くありません」
「誰かさんの時とは全くの逆ね……」
志波都が皮肉気に呟く。
「松本の時か?懐かしい話だ……」
砕蜂と、そして夜一も、どこか遠い目をして苦笑を漏らした。
しかし、三人とは対照的に、オレンジ髪の少年はその瞳に焦れるような光を宿し、砕蜂の両肩を掴む。
「なあ、あんた乱菊さんに頼まれたんなら、卍解修行手伝ってくれんだろ?今からでも頼めないか!?」
見知らぬ男に触れられ、露骨に顔を顰める砕蜂。
それを夜一が宥める。
確かに、一護には疲労が蓄積している。
だが、それ以上に――ここに来て更に高まった彼の意気が、修行に良い結果をもたらすかもしれない。
そう判断した夜一からも頼まれ、砕蜂はその日の転神体制御の役を、彼女から引き継ぐこととなったのだった。
一護が卍解習得の修行を再開した頃。
隊首室で書類仕事を片付けていた浮竹のもとへ、志波都が訪れていた。
「あら、緊急隊首会を病欠したと砕蜂から聞いていたんですけど」
「お前なあ……その仮病の元が、よく言うよ」
苦笑して出迎えた浮竹に会釈をし、都が座布団へ腰を下ろす。
ちょうどそこへ戻ってきたらしい海燕が、戸を引いて姿を現した。
「隊長、戻りました……って、お前も来てたか」
都の姿を目に留め、一瞬複雑そうな表情を浮かべた海燕が、その隣の座布団へ腰を下ろした。
「どうだった、海燕」
「はい、空鶴と、念のために岩鷲にも確認させたんで、ほぼ間違いないっすね」
「そうか……」
浮竹が小さく息を吐き出し、机の脇に置かれた封筒へ目をやった。
「それで……どうします、隊長」
「私と海燕さんはもう派手に動けないでしょうね」
しばしの沈黙。
やがて、浮竹が口を開く。
「二人は天賜兵装の解放を頼む。持ち出しの許可は俺が取っておく」
「じゃあ――!?」
「敵の狙いは未だに見えないが、だからといって朽木を見殺しには出来ない。いよいよとなれば……」
――双殛を破壊する。
しばらく更新量落ち気味になります。