その菊、手折られず   作:もちがゆ

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其三 グラッシー・ブロンド 2

「そいで、霊術院は順調なんか?」

「ええまあ、ぼちぼちってとこです」

「なんや、あんま上手くいっとらんのか?」

「いやいや順調ですよ。ただ、周りがすごいので」

 

 お互いに視線を交わす事も無く忙しなく鍋を振りながら、私とひよ里は近況をおしゃべりする。

 

「ああ、確か同期が朽木と逆骨んとこのガキゆうとったな。」

「あと回道もすっごく優秀な娘がいるので」

「邪魔くさいやっちゃな~。そんなんお前の霊圧で全部黙らせりゃええやろ」

「嫌ですよ。せっかく特進組のみんなと馴染めたのに」

「そういやお前、なんや小細工しとったなぁ。霊圧操作したりダッサイ眼鏡かけたり」

 

 夕食の最後の一品を片付け配膳班に渡し、ひよ里は三角巾を外す。

 

「仲間と勉強するのが楽しいんならそれでもええけどな」

 

 ひよ里はそこで言葉を区切ると、洗い物が終わり腰かけた私の前にお茶を出しながら言葉を続けた。

 

「のんびりしとって間に合わなくなっても知らんで。何となく聞いとるやろ?ほぼ毎日来とるんやし」

 

 言葉遣いは乱暴だが、彼女はこうやって色々気を回してくれる。

 破面(アランカル)篇で一護の指南役を買って出た事と言い、元来面倒見の良い人なんだろうな。

 

 そして彼女の言う通り、私は霊術院に入学以来、授業後は特段の用事がない限り十二番隊に通い、手伝いをしていた。

 それは推薦状のお礼というのも勿論あったが、曳舟さんの料理を学びたかったからだ。

 

 最初の食事以降、手伝いで試食を繰り返す度に私の霊圧は上がり続けた。

 彼女の料理に使われているのは、義魂と呼ばれる仮の魂の技術。

 その材料は曳舟さんの能力により、彼女の霊力を元に産み出されている。

 『バッドランズ・プレデター』の、霊子を霊力に変換し自分のものにする能力が唯一成功したのは初回の他者の魂魄を偶然取り込んでしまった時だけ。

 それ以外の植物や無機物などの、動物ではなはい魂ではダメだった。

 

 これらの事から私は、同じ霊子で出来た魂でも動物とそれ以外では明確な差があるという考えに至ったのだ。

 そしてこの違いが、力の階層や霊格というものなのだろう。

 (ホロウ)が物の魂を食べようとしないのも、これに起因している気がする。

 

 思えば、食事という行為も不思議だ。

 霊子の変換吸収では腹は満たされなかったのに、食べるという行為は、それこそ植物であっても霊力としてこの死神の体を満たしてくれる。

 この点も私が料理に興味を持つ要因の一つだった。

 

 義魂と食事。

 これらについて学ぶ事ができれば、私の完現術を使いこなす事が出来る。

 そう考えて十二番隊に通い詰めている訳だ。

 

 今では曳舟さんが不在の時には、義魂食材を使った調理を任されるまでになっていた。

 まあ、ひよ里を始めとした席官の人達に混じって、だが。

 

「曳舟さん、今日も呼ばれてましたもんね……」

 

 私の手伝いがどれ位役に立っていたかは不明だが、義魂の研究が順調に行けば行く程、曳舟桐生は隊舎を空ける事が多くなっていた。

 恐らく、呼びつけられている先は……

 

「……ああ。ウチが訊いてもはぐらかしとったけど……多分昇進の話はもう出とるやろ……」

 

 ひよ里の声は浮き上がってきた茶柱とは正反対に重く沈んでいく。

 

「せやから、隊長から教わるんやったら、もう時間無いで。」

 

「……、……すみません、ひよ里さん」

 

「あほ。何ウチに謝っとんねん」

 

 二人の間にしばし静寂が落ちる。

 他の隊士の人たちも片づけを終え既に去っているせいか、広い厨房は余計に静かだった。

 

「あーあ、体冷えてもうたな!帰る前にちょっと温めていこか」

 

 残りのお茶を流し込み、勢い良く立ち上がったひよ里が両手でファイティングポーズを取る。

 

「白打の稽古の成果、久々に見たるわ!」

「あ……はい!よろしくお願いします!」

「あ、でもさらし巻き直してこいよ?顔の前でソレがぶるんぶるんすんの気ぃ悪うてかなわんからな」

「ちょっと、どういう意味ですか!」

 

 釣られて頬が緩んだ私が立ち上がったところで、厨房の戸が乱暴に開かれた。

 

「おお、こんなとこにおったんか、ひよ里!」

「なんや真子、ここ十二番隊舎やぞ。お前の方こそなんでおんねんハゲ。」

 

 会釈する私に軽く手を挙げて応えたのは五番隊隊長の平子真子。

 

「ローズの隊長就任決まったで!これから皆でお祝いに飯食いに行こうゆーてな。お前もどうや?」

「なんやて!ちゅうことは三番隊か?!」

 

 一瞬目を丸くした後、ひよ里は喜色を広げる。

 しかしまたすぐさま、今度は申し訳なさそうな様子でこちらを振り返った。

 

「行ってあげて下さい、ひよ里さん。白打の稽古はまた今度で大丈夫ですから」

 

 微笑んだ私に頭を掻きながら謝罪するひよ里。

 その向こうから平子が声をかけてきた。

 

「なんなら、お前さんも来るか?ええと、名前は……」

「松本乱菊です。いや、でも、私は隊士でもない、ただのお手伝いなので……」

「せや。お前らみたいなケダモノの巣の中に、隊長の秘蔵っ子を連れていけるかい!」

「失礼なやっちゃな、リサもおるやろ!」

「アイツは余計悪影響やろ、青少年に!」

「なら俺らの方がよっぽど人畜無害っちゅう話やんな、な~乱菊?」

「え、え~っと……」

「なんなら、俺らで稽古見たったんで」

「いいんですか!?」

 

 瞬歩でひよ里を追い越した私は、迷うことなく平子真子五番隊隊長の後を付いていく。

 その背を大声で追いかけてくるひよ里。

 

 よその隊長に指導が受けられる幸運に喜びつつ……

 

 その日私の頭からは一つの事が離れなかった。

 

 

 ――あと、2年――

 

 

 

 

 瀞霊廷通信によりローズこと鳳橋楼十郎の三番隊隊長就任が報じられる中、私は霊術院の5回生となっていた。

 

「来年で6回生ってことは……ギリギリよね……」

「えっ……や、やっぱり、私の斬術だと厳しいんでしょうか……?!」

 

 思わず呟いた独り言に、今しがた試合稽古を終えた相手、虎徹勇音が大仰に肩を落とした。

 

「あ、いや、こっちの話よ!ちょっと考え事してて……」

「考え事してた相手に負けてるって事はやっぱり……!?」

 

 ただでさえ普段からハの字の眉が、瞼に突き刺さりそうになっている。

 すっかりネガティブモードに入ってしまった勇音を前にどうしたもんかと頭を掻いていると、

 

「あたっ」

「勇音は、鬼道はもう席官級だって、先生からお墨付きもらったでしょ?」

 

 私の頭にチョップを入れ、後ろから逆骨都がひょっこりと顔を出した。 

 

「それに聞いたわよ。四番隊から声がかかってるって。しかも卯ノ花隊長直々に。」

「そ、それは、そうなんだけど……」

「そういう都だって十三番隊が内定しているでしょうに」

「まあ、私の場合は実家の兼ね合いでね。」

 

 都の姓、逆骨は東流魂街七十六地区「逆骨」で信仰されるミミハギ様と呼ばれる土着神を祀る神官の家系らしい。

 逆骨に聞き覚えがあったのはどうやらこれの事だったようだ。

 あれ、まだ何かあったような気もするけど……?

 

「そんな事言ったら、乱菊も十二番隊に行くんでしょう?」

 

 いきなり核心を突いてきた都の言葉に、私は思わず言葉に詰まり、あいまいな返事を返していると、

 

「――仲が良い事は結構だが、次は刃禅の指南。早く刀を取って来ないと間に合わなくなるぞ」

 

 既に浅打を差してきた白哉坊に視線も合わせる事無く注意された。

 彼については飛び級の話も何度か出ていたが、彼がゆくゆくは隊長を務める事になる六番隊の隊風に習い、きっちり6年かけて就学することにしたらしい。

 

「私の顔に何かついているか、松本乱菊」

 

 おっと、目は合ってなかったのにこちらの視線には気づかれたらしい。

 

「いや、頭……いつもの髪留めはどうしたの?」

 

 私の問い掛けに鯉口の辺りをぎゅっと握り込む白哉坊。

 

「……今朝、化け猫にあってな」

 

(なるほど、夜一さんか……)

 

 原作では2年後にあった描写だったが、この様子だと何度もやられてるようだ……そりゃ嫌いになるわ。

 

「じゃあ、はいコレ」

 

 こんなこともあろうかと、と言う程でもないが……私は予備の髪留めを差し出す。

 この4年で散髪に行くのが面倒だった私の髪も背中程まで伸びており、いつも邪魔にならないよう括っていた。

 その上で、最近では院外でつけてもらってる稽古の量も激しさも増していき髪留めの消耗も早くなったので、予備はたくさん持ち歩くようにしていたのだ。

 

「集中したい時に顔にかかってくると結構気になっちゃうでしょ?」

 

 そう言って白哉坊の手を取って乗せた髪留めを、彼はしばし見つめていたが、

 

「感謝する」

 

 ぽつりと呟いて足早に去って行った。

 

(さて、私も早く浅打を取って来ないと)

 

 そう思い振り返ると、何とも言えない妙な微笑を浮かべている勇音と都。

 

「……何?」

 

「「いえいえ、べつに」」

 

「きもちわるっ……」

 

 

 

 

 真央霊術院に入学して浅打の仮授与後、一番最初に教わったのが刃禅だった。

 座禅を組み、その上に刀を置く。

 そして刀に全神経を傾け、精神世界へと入る。

 斬魄刀は死神の魂を投影した、言わばもう一人の自分のようなものだ。

 それを精神世界での対話を通して名を呼ぶことで力を与え、始解へと至り、刀を通して自分の中に眠っていた力を発揮できるようにする。

 その為に尸魂界(ソウルソサエティ)の何千年という歴史の中で生み出されたのが、この刃禅だった。

 

 この事は、原作を読んでいた事で理解し易かったし、実際に精神世界や具象化の例を一護やらで見ていたから同期の子達よりもイメージし易かったと思う。

 実際に私は刃禅を教えられたその日から精神世界に入ることも出来た。

 

 しかし……

 私は未だに始解には至っていない。

 

 その理由は……

 

「うーん、相変わらず広いわねここ」

 

 刃禅の体勢に入ってすぐに目の前に精神世界が広がった。

 一護は摩天楼や水没した空座町の風景だったりしたが、私の場合は尸魂界だった。

 

 瀞霊廷、それを取り巻く流魂街、そしてその外周に広がる森や荒野。天空を見上げれば聖王宮までもが見えている。

 もちろん私の精神世界なのですぐに飛んで行って、何の障害も無く辿り着くことが出来る。

 

「曳舟さん、もうすぐ行っちゃうんだよね……」

 

 私の視点の先には、現実世界ではまだ存在すらしていないであろう臥豚殿があった。

 そしてそのずっと向こう、本来ではありえないが、尸魂界と陸続きの地平線に虚圏(ウェコムンド)があった。

 

 こちらもすぐに飛んでくれば、白い砂漠に、一護たちが激闘を繰り広げる事になる虚夜宮(ラスノーチェス)もその威容を誇っている。

 

 更に尸魂界を中心として虚圏から時計回りに現世の空座町、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)銀架城(ジルバーン)がぐるっと囲んでいる。

 

 三界に加えて、滅却師(クインシー)たちの影の国までも内包した広大な世界だった。

 

 しかし……

 

「それにしても、いったいどこにいるのかしら……」

 

 灰猫……

 

 この4年間どれだけ探しても、原作での松本乱菊の斬魄刀、灰猫の姿は見つからなかった。

 

 最初は広すぎるから出会うのに時間がかかっているだけだと思っていたのだが、それもこの精神世界の隅々まで歩いた後では焦燥に変わった。

 始解に至るまでの力が足りないから姿を現さないのかと思い、より霊圧の上昇、斬拳走鬼の修練に力を入れたがこちらも未だに空振り状態だ。

 

 結局この日も時間いっぱいまで探し回ったが、灰猫には会えずじまいだった。

 

 

 

 

 そして、良くない事は重なるもので……

 

 

 

 

 「初めまして、松本乱菊くん。僕は藍染惣右介。五番隊の副隊長です」

 

 今一番会いたくない死神ランキング堂々の1位。

 

 「平子隊長にたまたま緊急の隊首会が入ってね。約束を気にしておられたので僕が代わりに来ました。よろしくね。」

 

 BLEACH界のヨン様に遂に出会ってしまった――

 

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