その菊、手折られず   作:もちがゆ

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其四 グラッシー・ブロンド 3

「なるほど……斬魄刀に出会えず、対話が上手くいっていないんだね?」

 

 逃げる訳にもいかなかった私は、開き直って藍染に悩みを打ち明ける事にした。

 

 だって、あの作中屈指の霊圧と知力を誇る藍染だぞ。

 いくら原作を読んだからって、死神としては未熟も未熟の私なんかより、よっぽど解決策を知ってそうじゃないか。

 もちろん、最大限警戒はしておくが、下手にこの先避け続けるより、自然な先輩後輩関係を築いた方がこの先の展開も読みやすくなるってもんよ。

 なんなら護廷を裏切るのが分かってる分誰よりも付き合い易いまである……は流石に言いすぎか。

 

「それにしても、平子隊長からは斬拳走鬼の稽古だって聞いてたけど……なんで僕に話してくれたんだい?」

 

 傍から見ると爽やかな、私目線だと底冷えするような笑みで疑問を口にする藍染。

 いや、やっぱ怖いって!最大限警戒でもあかん不用心やって!

 どれだけ不自然でも鏡花水月だけは絶対見ないようにしとこ……

 

「ああ、すまないね、困らせてしまったかな。しがない副隊長の僕に頼ってくれたのが嬉しかっただけだよ」

「いえ、そんな。副隊長や隊長なんて私みたいな院生からしたら雲の上の人ですから……」

 

 すかさず憧れアピールでヨン様ポイントの減少を図る。ダメージコントロールは大事だ。

 

「……では、そうだな。まずは原因を探ろうか。君の霊圧を見せてくれないか?」

 

 急に某懸賞金ハンターみたいな事を言い出したけど、確かに普段の私は並の霊術院生くらいまで霊圧を抑え込んでいるから、それが原因とされてもおかしくはない、か……?

 ただ、これ半分だけ出すとか器用なこと出来るやつじゃないんだけど……大丈夫かな……

 場所は瀞霊廷から離れた修練用の岩場だから良いんだけど、藍染に見せるってのが……

 

(――ええい、ままよ!)

 

 あまり躊躇してるとそれはそれで余計な探りを入れられるかもしれないと思い、私は意を決した。

 

「じゃ、じゃあ、いきますね?」

 

(外すぜ、曳舟さん……)

 

 心の中で(アンテ)と呟いて……霊圧の枷を一時的に切った――

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

「……これ程とは……!」

 

 目の前の、まだ霊術院を卒業もしていない少女が放つ霊圧に、韜晦と雌伏の男は感嘆の声を漏らした。

 

(霊圧だけなら既に隊長クラス……これが曳舟桐生の……いや、それだけではないな)

 

 藍染は少女の拳からうっすらと漏れる緑光を見逃さなかった。 

 

(なるほど……おそらく原因は……)

 

「ありがとう、もういいよ」

 

 片手を挙げて制すと少女、松本乱菊は鬼道をかけ直し霊圧を抑える。

 あれも曳舟の仕業だろうか……施された縛道は限定霊印よりもより強固なものの様だった。

 

(ふ……曳舟桐生、やはり同じ穴、か)

 

「ど、どうでしょうか……自分では始解するには十分じゃないかと思ってるんですが……」

「いや、素晴らしい。正直驚いたよ。これなら卒業後はすぐに席官クラスだろうね」

 

 他の人間にそうするように人の好さそうな笑顔で応える藍染。

 

「でも……どこか纏まりきっていないようにも感じたね」

「纏まり、ですか?」

「うん。例えるなら、右手は箱の下から持ち上げようとしているのに、左手は取っ手もない側面から頑張って補助しようとしている、という具合に」

 

 藍染の言葉にしばし少女が腕組みをして押し黙る。

 

「……同じ方向じゃないってこと……力が……?」

「ああ、ごめん。却って分かり辛かったかな」

 

 少女はそうしてしばらく独り言を呟いていると、突然――

 

「――そうか!」

 

 跳ね起きる勢いで頭を上げた。

 

「ありがとうございます藍染副隊長!ちょっといい案が思いついたかもしれません!」

「おや、そうかい、それなら良かった」

 

 興奮する少女は今すぐにでも走り出したそうにうずうずとした様子を繰り返している。

 

「僕の事は気にしないで、試して来るといいよ」

「す、すみません!あの、本当にありがとうございました!」

 

 パッと踵を返すと瞬歩で文字通り矢のように飛び出していく。

 

「やれやれ、本当はここで奪っても良かったんだが……」

 

 嘆息しつつ、藍染は先程の少女の表情を思い出していた。

 それと同時に、幼い頃の自分の姿も。

 

「ふふ、もう少し見させてもらうよ……松本乱菊」

 

 男はレンズの奥に瞳を隠し、宵闇に去って行った。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 私はこれまで、死神の力と完現術(フルブリング)の力を全くの別物として扱ってきた。

 事実、原作で一護は失った死神の力に代わる力として完現術を習得しようとした。

 そのイメージがあったから完現術を、死神の力を使う際、外付けのサポーターとして利用していた。

 

 しかし、藍染の言葉に思い出したのだ。

 BLEACHの世界では一つの種族に別種の力が入り込んだ時、その力を束ね、融合させるとより大きな力になることを。

 

 一護や仮面の軍勢(ヴァイザード)、崩玉と融合した藍染などもそうだろう。

 曳舟さんがやろうとしている事もそうなのかもしれない。

 私は、食事によって霊圧が上がる死神の戦力増強の部分にばかり目がいっていたが、それは副次的なもので……

 本来の彼女の目的は、魂の融合により魂魄をより高次元の、それこそ霊王に近づけるものだったんじゃないか?

 

 思えば死神の力も完現術も元は霊王から分かたれた力。

 融合させられないはずは無いし、一つになればより霊王の霊格に近づき、大きな力を得るのも当然。

 

 そして……

 

 「あの世界に灰猫がいなかったのは多分……」

 

 

 

 

 藍染に相談をしてからしばらくの月日が経った頃、

 私はようやく自分の中の霊王の力と死神の力を融合させることに成功していた。

 

 着目したのは霊王の力、完現術の出力方法だった。

 完現術は物体の魂に働きかけその使い手を助ける力を引き出す。

 特に愛着の強いものに働きかければ、更に特殊な能力も引き出せる。

 そのどちらも引き出した力を自分の魂魄の力で増幅させ、より大きな力とするのだ。

 

 これは死神も同じだった。

 死神は自らの魂魄の力を斬魄刀に注ぎ、力にする。

 その注ぎ込む力、霊力が多ければ多いほど扱える力もブーストされ大きくなる。

 

 共通するのは増幅させるという部分。

 料理で例えると……ステーキと野菜の付け合わせ、ではなく、一緒に煮込んで、ルーを入れ、一つの味にまとめ上げるイメージ……

 いや、ステーキもカレーもどっちも美味いよな……

 

 お腹減ってきた……

 

 腹の虫も盛大に鳴き始めたので、私はそれまで自習室に向けていた足の向きを学食へと変えた。

 

 無論、早く刃禅を行い、灰猫と対話したいと逸る気持ちはあったが、その後は始解の修練もしたい。

 となれば腹ごしらえは大事なのだ。

 

 そうして私が学食で大盛のカレーライスを食べている時だった。

 

「あら、何それ?」

 

 物珍しそうにカレーライスを指差しながら都が現れた。

 

「最近、現世で流行ってるカレーライスよ。霊術院の食堂でも置くようになってさ」

「ふぅん、乱菊って意外と新しがり屋なところあるわよね」

「新しがり屋って……どっちかと言うと庶民的でしょ?カレーは。おふくろの味って感じで懐かしいし」

「懐かしい……おふくろ味……?それが?」

「ああ、うん、いや、こっちの話……それで、何か用なの?」

 

 胡乱げな様子で私を見下ろしていた都は、その言葉に思い出したかのように口を開けると、隣の席に座り込んだ。

 

「実は、急に実家の方に呼ばれちゃってね。それで乱菊にこの後代わりを頼めないかと思って」

「この後って?」

「一回生の魂葬実習。今回は私と勇音が引率組で6回生の先輩の補佐なのよ」

「あー、もうそんな時期かー。ってそう言えば今年の一回生って……」

「そう、勇音の妹の清音ちゃんがいるわよ」

 

 

 

 

 魂葬実習にはその年の6回生が引率係になるのが通例だ。

 しかし、卒業前の大事な一年。前の世界で言う大学4年生みたいなものだ。

 インターンシップで希望先の隊に就業体験に行く院生も少なくない。

 そうやって実習監督生の規定人数に満たない場合は、その下の、特に特進クラスにお鉢が回ってくることがままあった。

 

 斬魄刀で穿界門を閉めた私は、既に腰の辺りで後ろ手を組み気をつけの姿勢で立っている勇音の隣に同じく並んだ。

 目の前には、やや緊張の面持ちで集合している1回生たち。

 

「すみません、乱菊さん。急にお願いして」

 

 小声で勇音が詫びを入れてくる。

 

「気にしないで。勇音が全部用意してくれてたから寧ろ楽だったし」

 

 勇音は私の言葉に安堵の息を吐くと、その視線の先を1回生たちのある一点へ向けた。

 視線を追うと、ボーイッシュな短髪とキリッとした目元に加え、体型までも姉と正反対に小柄な少女、虎徹清音がいた。

 清音は姉の視線に気が付いたのか、6回生の説明中だと言うのにこちらに手を振ってくる。

 

 当然そんな様子は私達よりも一歩前で声を張り上げていた6回生の目にも映るわけで……

 

「うおっほん!」

 

 わざとらしい咳払いでそれを咎めてきた。

 

 そしてその6回生こそ、後の二番隊副隊長、大前田希千代だったのだ。

 

(まさかの1コ上なんてね……意外だったわ)

 

 老け顔と金のネックレスやら指輪のイメージからもっと上の世代かと思っていたのだが……あ、でもこれも私が早めに霊術院入りした影響なのか……まあでも、原作の乱菊も小馬鹿にしてる感じあったしやっぱり元々近い世代なのかも。

 

 大前田が一しきりの説明を終えた後、私と勇音でくじを配り、原作の檜佐木たちがやってたみたいに3人1組の班を作ってもらう。

 まずはその班で魂葬の実習を終え、その後、用意されたダミー(ホロウ)を撒いて戦闘実習に移るという流れだ。

 

 

 

「……っと、こんな感じですか?」

 

 浅打の柄をスタンプの様に(プラス)の頭に押し付ける清音。

 整は最初不安そうな顔をしていたが、清音が優しく声をかけると、安心したように胸を撫で下ろし、光とともに消えていった。 

 

「……それにしても言うほど気安いところですかね、尸魂界(ソウルソサエティ)って?」

「それは言わないお約束ってもんよ」

 

 清音の班には私が付いていた。

 彼女たちはつつがなく魂葬を終え、今はお互いにこの後の戦闘での連携について話し合っていた。

 

「松本さんは実戦経験はどれ位なんですか?」

 

 おもむろに清音が話題を振ってくる。

 

「私?全然。みんなとそんなに変わらないわよ」

「でも、十二番隊で実務もやってるって、お姉ちゃん言ってましたよ?」

「ああ、あれは、調理のお手伝いしてるだけだから、清音ちゃんが思っているようなものじゃないわ」

 

 私が苦笑していると、同じ班の男の子がでも、と声を上げた。

 

「僕も噂なんですけど聞きました!松本さんが三番、五番、七番と九番の隊長たちと勝負してるって!」

「えっ?!いや、それは勝負じゃなくて稽古ね、稽古」

「しかも勝った事あるって!」

「そりゃ、稽古なんだから、偶にそういう事もあるけど……!」

 

 どんな噂だよ!?

 隊長たちが言いふらすわけ無いし、場所もなるべく人目につかない所でやってたのに!

 

「とくに五番隊隊長なんてぼこぼこだって!」

 

 あんのクソ眼鏡――!!いや、クソ眼鏡割り!!

 

 私はずっこけてずり落ちてきた黒縁眼鏡を押し上げると、興奮して目を輝かせている少年の肩に両手を乗せた。

 

「いい?そんなのは根も葉もない噂、振り回されちゃ駄目。

それに、護廷の隊長は皆が思っている以上に別格なの。霊術院で過ごす内に嫌でも知ることになると思う。

まだ始解も出来ないような私じゃ、逆立ちしたって勝てっこないんだから」

 

 実際、それは手合わせをしてみて分かった。

 彼らの長年の積み重ねによる技術を。実戦の経験で培ってきた戦術眼を。

 逆立ちしたってって言うのは文字通りだ。

 今の私では逆撫でを完全攻略したとしても平子に勝つ事など出来ないだろう。

 

 そして、そんな彼らも膝を折る相手がこの先何度も現れるのだ……

 

 やはり最低でも卍解は習得しないと。

 その為にも、今日は帰ったら始解を……!

 

 

 改めて私が決意を固めている、その時だった――

 

 

 ゾクリ、と。

 

 

 亡者の手が背中を撫で上げるような……冷たい死の感触が私の全神経を震わせた。

 

「この感じ……この霊圧……!?」

 

 原作を読んだ時とは違う、実際に知識として学び、死神を、虚をこの体で肌で、リアルに感じたからこそ分かる感覚……

 

「松本さん?」

 

 急に押し黙ってしまった私を不思議そうに見上げる清音たち。

 

 その声に我に返った私は咄嗟に振り返って大声で叫んだ。

 

「みんな!今すぐ演習を中断!全速で穿界門に引き返しなさい!!」

 

 和やかだった空気を引き裂くような私の声は辺り中に響いたのか、大前田や勇音を含めた他の監督生までもが私に注目してくる。

 

 

 

大虚(メノス・グランデ)が出た!!」

 

 

 

 私の叫びと同時に、視界の端に閃光が奔った。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 大前田希千代は最初、急にその5回生の少女がパニックになったのだと思った。

 大方、魂葬を失敗して整の穴を広げてしまったとか、このあとに用意していた疑似虚をうっかり起動させてしまったとか。

 

 どれ、一つ隠密機動内定済みの貫禄と余裕で以って、狼狽える後輩を導いてやるかと発した声は――

 

「大虚が出た!!」

 

 割れんばかりの少女の声と、それを追い越す虚閃(セロ)の轟音と閃光で搔き消えた。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 その声は、清音の班からは離れたところにいた姉、虎徹勇音の所にも届いていた。

 その刹那に闇を切り裂く閃光も。

 

 離れていたから見えた。

 

 彼女の良く知る友が、その凶光を必死に押し止める姿が。

 

「緊急事態です!院生は穿界門へ!」

 

 5回生になってから、勇音は四番隊隊長に目をかけてもらい、他の院生より一足先に四番隊の実務に参加する機会が、徐々にではあるが増えていた。

 そして、その時の厳しくも優しい、敬愛する隊長の言葉が彼女の足が一瞬たりとも竦む事を許さなかった。

 

「黒白の網 二十二の橋梁 六十六の冠帯

足跡・遠雷・尖峰・回地・夜伏・雲海・蒼い隊列

大円に満ちて天を挺れ」

 

 

 縛道の七十七 天挺空羅

 

 

「こちら真央霊術院魂葬実習監督班・虎徹勇音!飛諜隊通信担当官に伝令!現世魂葬実習地にて大虚出現!直ちに救援求む!」

 

 パニックになり腰を抜かしていた1回生を引き起こしつつ、卯ノ花の教え通りに通信内容を簡潔にはっきりと伝えるよう意識する。

 

『こちら飛諜隊。護廷への救援申請並びに穿界門の臨時使用を申請した。すぐに院生を連れ穿界門内部に避難されたし。』

 

 天挺空羅が正しく発動し、尸魂界(ソウルソサエティ)から返答が来た。

 勇音は声を張り上げ続け、恐慌状態なっていた一部の6回生も引きずりながら一目散に穿界門を目指した。

 

「お姉ちゃん!」

「清音!」

 

 実習開始地点まで戻ってくると、既に到着していた清音が駆け寄ってきた。

 お互いの無事に安堵するのも束の間、激しい霊圧のぶつかり合いを感じ身を震わせる。

 

「おい!穿界門が開いたぞ!1回生から順に中へ進め!」

 

 開かれた巨大な障子の前で腕を振り回しているのは大前田希千代。

 

(いない……!?)

 

 背筋に悪寒が走り、周囲を見回すが、嫌な予感の通りそこに求める人の姿はなかった。

 

「清音!乱菊は!?」

「乱菊さんは……足止めするって言って……」

 

 妹の言葉に目を見開き、霊圧のぶつかり合う彼方に視線を向け直す。

 

(乱菊……さん……)

 

満たされぬ渇きに喘ぎ続ける悪霊の咆哮が、大地を揺らした。

 

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