「廻せ 燼・灰猫」
私が解号と共に斬魄刀の名を呼ぶと、構えていた刀が“鍔と柄も含めて全て”あっという間に灰へと変わり、渦を巻いて私の周りを立ち上った。
それと同時に両手には、手の甲側に装甲の付いた黒いガントレットが嵌められていた。
魂が融合した影響なのか、原作の松本乱菊の始解とは解号も名前もその姿も違うものとなっていた。
「な、何だその姿?!刀はどこへやった!?」
始解の姿に、いやそれとも私が生きていた事にか、敵が大きく動揺する。
「悪いけど、説明はしないわ。一気に決着をつける!」
(こう見えて、こっちももう限界なのよ)
「ちぃっ、こんなもの!」
鳥人型の
一瞬、相手が躊躇した隙を突き、別々の方向から灰たちをその四肢に纏わりつかせていく。
「くそっ……!?」
灰たちはどんどんマルガリーダの姿を包み込んでいき、遂には全身をすっぽりと覆ってしまった。
「なんだ?!は、灰が貼り付いてきて……!?」
そして操った灰を通して、『バッドランズ・プレデター』の力を行使し、貼り付いた箇所から敵の霊子を奪う。
「ま、また霊力が……しかもこれ、か、体が……?!」
霊子が奪われ、霊子構造の脆くなった箇所は灰と一緒に体から剥がれ落ちていく。
「な、なんだこれ!やめろ!やめろおおお!」
奪った霊子を霊力に変換し、その霊力で更に灰を生み出していく。
「う、うわああああああ!!!」
再び恐慌状態に陥ったマルガリーダは視界を塞がれていたものの、私自身の霊圧を目印にしたのか、真っすぐにこちらへと突っ込んできた。
迎え撃つ体勢の私の手には、灰と霊圧を押し固めて生成した一振りの刀。
――灰刀・黎
唐竹割りに放った霊子略奪を伴う斬撃は、中級大虚を易々と切り進み、その体を真っ二つに引き裂く。
「……!?……!」
何か言葉を発しようとしていた虚は、しかしその声を紡ぐことなく全身が灰となり崩れ去っていった。
――静寂の中、自分の呼吸の音だけが耳につく。
「はあ、はあ、はあ……ダメ、もう……限界……」
私は敵の霊圧が完全に消えた事を知覚すると、そこで意識を失ったのだった……
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
少女の瞼が落ち、灰の全てが幻の様に消え去った。
頭がぐらりと傾き、その体が落下を始める。
速度がぐんぐん上がり、あっという間に海面が近づいてくる。
しかし、すんでのところで少女を抱き止め、静かに水上へと降り立つ影があった。
「ふぅ……危機一髪じゃったのう」
夜闇に溶け込むような褐色の肌と濃紫色の髪に、猫の目を思わせる黄金色の瞳。
刑戦装束と呼ばれる、刑軍統括軍団長にのみ着用を許された死覇装に身を包むのは、
護廷十三隊二番隊隊長にして、隠密機動総司令――
瞬神 四楓院夜一 その人だった。
彼女は乱菊を抱えたまま、その初動の起こりさえ感じさせない瞬歩で、一足飛びに穿界門まで戻ってくる。
「夜一様、何をなさっているのですか!」
門の前には、夜一を追いかけ一足遅く現世に到着した、直属護衛軍の砕蜂が待ち構えていた。
「何って、救援じゃ救援。大前田から隠れておったら、偶々飛諜隊に向けた天挺空羅が聞こえての。
瀞霊廷の未来を担う若者たちの窮地とあっては、迅速果断に行動せんとな!」
「だからと言って、派遣許可も限定霊印も無く、軍団長自ら現世に赴くなど!」
「大丈夫じゃって。渡航許可は砕蜂がとってくれとるじゃろ?」
「うっ……後追いですが……」
「それに、儂が到着した時、
「いえ、そういう問題では……!」
夜一に詰め寄ってきた砕蜂が、その腕に抱えられた霊術院生の制服を着た少女の姿に足を止める。
「待って下さい……この娘がトドメを?だとしたら、院生が大虚を倒したと言うのですか?!」
「ああ、そういう事らしいの。詳しいことは現場周辺の痕跡を調査してからになるが……」
(これから大変じゃぞ……お主)
この後彼女を待ち受ける事後処理の対応を思い、夜一は腕の中で寝息を立てる少女に憐憫の目を向けるのだった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆
死闘と始解習得の夜から数日が経ち、すっかり傷の癒えた私は、何と緊急の隊首会に出頭命令が出た。
どうやら私の回復待ちだったらしく、曳舟さんを始め知り合いの隊長の誰とも連絡を取る間もなく、四番隊の病室を出たその足で一番隊へ向かう羽目になった。
「真央霊術院5回生、松本乱菊、入ります!」
原作でも何度も登場したあの、隊首会を開くにしては広すぎる板張りの部屋に入室する。
一斉にこちらを振り向く11人の視線。
その威圧感に流石に固まっていると、曳舟さんが両肩に手を乗せてきて、山本総隊長の対面に立つよう私を誘導する。
私が所定らしい位置に立つと、山爺から自分の顔が見えないようにウィンクをして、曳舟さんは自分の立ち位置に戻っていった。
伏し目がちに周りを見回すと、
11人中、5人が知り合いという事実のお陰でようやくガチガチだった肩の力が抜けてきた時だった。
カツンッ
と、木の杖が打ち鳴らされ、護廷最古の死神が口を開く。
「松本乱菊5回生、これより先日現世魂葬実習中に起きた大虚襲撃事件について幾つか質問をする故、嘘偽り無く答えるように。よいな?」
「は、はい!」
最強の死神から放たれる霊圧に、再び私が身を固くしていると、
「ごめんね、何もかも急で。あまり肩肘張らずに、正直に答えてくれるだけでいいから」
笠を持ち上げ、八番隊隊長、京楽春水がにこやかな笑顔を向けてくる。
「では、隠密機動からの調査報告を元に儂から事件について話そう」
そう言って、隊列から一歩進み出たのは二番隊隊長の夜一さん。
「まず経緯じゃが、班に分かれそれぞれが魂葬の実習をする中、その補助に付いていた松本5回生が大虚の霊圧を感知し、その場にいた全員に避難を勧告。ここまでは相違ないかのう?」
「はい、間違いありません」
「では、次に、これは後に霊圧の痕跡を解析した結果じゃが、現場に現れた大虚は……中級相当。これも間違いないか?」
「は、はい……ハーピー・マルガリーダと名乗っていました」
隊長たちに僅かに緊張が走った。
「……では、次じゃ。問題はここからなんじゃが……」
夜一はそこで言葉を切ると、改めて私の目を見て訊ねてきた。
「松本、お主は相手方の初撃の
今度こそ隊首会室が色めき立った。
みんな声にこそ出さないが、穴が空きそうなくらい凝視されているのを感じる。
知り合いの隊長たちですら驚いてたぐらいだ。
その場の空気に、すぐに返答する事が憚られた私は思わず曳舟さんの方を見た。
――曳舟さんが微笑んで頷いてくれる。
それで意を決して、私は答えを口にした。
「はい、間違いありません」
「では、霊術院生の身ではあるが、既に始解、若しくはそれに至れる程の力を有しているという事じゃな?」
「はい、その通りです。彼の中級大虚と戦闘の最中に始解に至りました」
その言葉に夜一は我が意を得たりとばかりにニヤリとする。
「なるほどのう……儂からは以上じゃ」
夜一はそれだけ告げると隊列に戻っていった。
それと同時に再度山爺が床板を杖で打つ。
「では、ここからが本題じゃ。」
再び場の空気が引き締まった。
「松本乱菊、分かる範囲で良い。彼の虚はどうやってその場に現れた?」
――どうやって、か。
私は霊圧を感知して接敵に気が付いた。
偶々そうだったのか、或いは……
「最初からそこに隠れとったか、誰かが連れて来たっちゅー可能性もある訳か……」
私が記憶を振り返りながら、考え付いた事を踏まえて話していると、平子隊長がぽつりと呟いた。
恐らく今、平子と私の頭の中には同じ人物の顔が浮かんでいるはずだ。
でも……
「なあ、松本。君はさっきの話の中で、虚が自分を狙った可能性について話していたが……もしそうだったとして、何かそうなる心当たりはあるのか?」
「……ない、と思います」
嘘ではない。
証拠がないし……憶測にしても、私があの彼に抱いている印象と何か違う気がした。
あの男が態々アドバイスをした相手の結果も待たず、強硬な手段に出るだろうか?
それならば先日、二人きりになった際に直接的な行動に出たんじゃないか?
そして……
もし、本当に彼だった場合……
――私が告発する事で、万が一……藍染惣右介がここで退場する事にでもなったら……
結局私のその返答に、質問してきた十三番隊隊長、浮竹十四郎は一先ず納得し引き下がった。
その後は……何とかなったとは言え私の行いは暴虎馮河である、と説教モードに入った山爺を宥める京楽と浮竹……
夜一から鍛錬の事を聞かれ、それも話したら……曳舟さんと仮面の軍勢組の隊長たちに、一人の院生を護廷の隊長格が寵遇するとは何事か、とこれまた説教モードに入った山爺を先の二人が宥め、と言った事が続き……
結局隊首会が終わったのはお昼をとうにまわった頃だった。
「乱菊ちゃん、疲れたろう?甘いものでもどうだい?」
隊長たちを見送り、外に出た私を曳舟さんが呼び止めた。
本当に久しぶりに、瀞霊廷内を二人で歩く。
その事を話すと曳舟さんも笑って頷いていた。
そし私たちはどちらからとも無く、出会ったばかりの頃の話を始めた。
料理の試食で何故かひよ里と大食い対決になり、ひよ里が四番隊に運ばれた事。
総隊長のお茶会でお茶請けを頼まれ、みんなで徹夜で考えて用意した事。
曳舟さんが能力の使いすぎでミイラみたいになって……次からは事前に、樽みたいに蓄えてからやろう、なんて冗談を言い合った事。
たった数年前の事のはずなのに、二人して懐かしいと言い合い、笑い転げ合う……
「――乱菊ちゃん、アタシね、零番隊への昇進が決まったんだ」
あんみつを食べ終わり、出されたお茶を啜っていると、曳舟さんがぽつりと呟いた。
「十二番隊のみんなにはもう話したんだけど、乱菊ちゃん入院してたから……」
「はい」
「正式に事例が出るのは来年の頭頃、多分霊術院の卒業と同じくらいになると思う」
「……はい」
「後任の隊長については、アタシから信頼の置ける人に相談をしておいた。だから、乱菊ちゃんがもしウチ……十二番隊に入りたいって思ってるなら、話を通しておく事はできる。」
「でも、それって……やっぱり十二番隊は今までとは変わっちゃうって事……ですよね?」
「そうだね……新しい隊長次第って事になるだろうね、良くも悪くも」
二人の間にしばしの静寂が下りた。
何を答えるかは、既に決まっていた。
ただ……一度この、声と表情に乗ってしまいそうな感情を落ち着けるために、息を吐く……
彼女は私にとっての大恩人だ。だからその喜ばしい門出は笑顔で送り出してあげたかった。
「……私、十二番隊には入りません」
曳舟さんはその答えが意外だったのか、僅かに眉を上げた。
「だって私が来ちゃったら……頑張りすぎちゃうと思うんです、ひよ里さん」
「そっか……そうだね……ふふっ」
眼を閉じ、曳舟さんが形の良い唇を薄く引き伸ばして微笑む。
また、二人の間にしばしお茶を飲む音だけが響いた。
「すまないね……乱菊ちゃん」
「それ、どれの事ですか?」
私が些か大げさな苦笑混じりにそう返すと、曳舟さんも、態々実際に指を折って数えるふりをしながら……
「全部かな」
豪快に笑って答えた。
「じゃあ、私も……ありがとうございます、曳舟さん」
「それって……」
「もちろん全部です」
それからしばらくして、時の護廷十三隊十二番隊隊長、曳舟桐生は、『義魂』という新しい概念を生み出し尸魂界の歴史そのものになったと認められ、史上5人目となる王族特務零番隊へと異動になった……
そして私、松本乱菊は特進クラスのみんなと真央霊術院を無事卒業後、
正式に護廷の、死神となった。
ストックが無くなったので次回投稿は少々時間空きます。