その菊、手折られず   作:もちがゆ

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其七 ザ・リーパー・ウェアーズ・シハクショウ

 

 雲が切れ、月が顔を出した。

 

 冷たくも柔らかな光が地に降り、暗闇に蓋されていたその顔を照らす。

 

 崩れ落ち、焼け焦げた住処の跡。

 泥と血が混ざり、腐臭を放つ土。

 打ち捨てられ、或いは山のように積み重ねられた白い魂の抜け殻。

 

 誰もが必死に目を背け寝静まる中、月だけがそれを見ていた。

 

 その中に一つだけ、動く影がある。

 

 銀光を強く跳ね返す金色の髪と、この世の何よりも黒く染め抜かれた着物を身に纏った少女。

 洗練されたその居住まいから、高等女学校に上がっていてもおかしくないであろう彼女の腰には、しかし少女に全く似つかわしくないものが差してあった。

 

 そんな彼女の後方で、突如地面から白い仮面を着けた異形が這い出てくる。

 

 少女が立ち止まり佩いていた刀の鍔に指をかけると、異形は2体3体とあっという間に数を増やしていき、遂には一群となってその周囲を取り囲んでいた。

 

 大小様々な仮面の怪物たちは少女のその白く柔らかな肢体に食らいつく時を今か今かと身構える。

 対する娘の手には立ったひと振りの刀のみ。

 誰の目にも窮地だと映っただろう光景。

 

 しかし意外なことに口火を切ったのは、少女の口から出た鈴を転がすような声音だった。

 

 

 

  廻せ  『燼・灰猫』

 

 

 声を切っ掛けに異形の一団が一斉に飛び掛かるのと同時、周囲を灰の嵐が舞った。

 吹き荒れる暴風は徐々にその密度と色の濃さを増していき、一面を文字通りの灰色に染め上げる。

 すると今度は人ならざる悲鳴が一度に沸き起こった。

 そして一際甲高く、尾を引く声が完全に消え去るのを最後に、大量の灰もピタリと動きを止め地に落ちていくのだった。

 

 後には抜いた時と同じ流麗な動作で刀を鞘に納める少女の姿のみ。

 

 その姿も、一瞬だけ雲が月影を遮ったと同時に消えていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 私が正式な死神となって幾ばくかの月日が流れた。

 

 曳舟さんが抜けた十二番隊の隊長には、原作通り夜一さんの推薦で当時二番隊三席だった浦原喜助が就任。

 最初はひよ里さんと一悶着あったみたいだが、何だかんだ上手くいってるらしい。

 

 その他も概ね原作過去篇通り。

 流石に死神になる動機が無くなっている市丸ギンは霊術院にも姿はないみたいだけど……

 

 同期に関しても、白哉は予定通り六番隊へ。

 隊長は祖父の銀嶺さん、副隊長は父の蒼純さんなので、三席として迎えられたとの事だった。

 

 そして勇音も同じく原作通り四番隊へ。

 

「……勇音、なんか窶れてない?」

 

 都が両手で勇音の頬を挟み、顔を覗き込んでいる。

 私も都の後頭部越しに彼女の目を見れば、その下瞼にはくっきりとクマが出来ていた。

 

「ちゃんと睡眠と栄養取ってる?言っとくけど、またおかゆしか食べてないなんて言ったら……」

「ああっ、食べてる食べてるから!」

 

 私が腕まくりの振りをすると、勇音は大慌てでそれを制してくる。

 

 以前在学中に、これ以上大きくなりたくないからおかゆしか食べていないなどと抜かした時に、霊子体の霊力と食について、そして栄養素の重要性をこんこんと説教したのが余程効いているらしい。

 因みにそのあと滅茶苦茶夕食を振舞った。都も巻き込んで。

 

「じゃあ、原因は心労や気疲れと言ったところかしら……人間関係の」

 

 都の言葉に、いかにも図星ですといった様子で固まり息を詰まらせる勇音。

 

「何?卯ノ花隊長ってそんなに厳しいの?」

「――!?卯ノ花隊長はとっても優しくて素敵な女性で隊長です!……偶に凄く強引だけど……」

 

 私の場合どうしても初代剣八の顔がちらついて怖いイメージがあるのだが、勇音は違うようだ。

 

「私の聞いた限りだと……隊長と副隊長の折り合いが悪い、と言う事だったけど……もしかしてソレ?」

 

 またも都の言葉に小さく呻いて固まる勇音。

 

 ……四番隊の副隊長は確か山田清之介、だったっけ?

 四番隊とは勇音以外にあまり親交が無いから良く知らないのよね……原作でも話には出てこなかったし。

 勇音が苦笑いしながら濁している言葉を聞く限り、仕事は出来るけど人間性に難ありって感じなのかな。

 

「まあ、同じ隊の仲間、それも上司を悪く言いたくないって言うのは分かるけどね……それでも溜め込みすぎちゃって貴女自身が決壊したら本末転倒よ」

「都の言う通り。そうなる前に、どんな形でもいいから私たちにぶちまけなさい。友達なんだから」

 

 都が手を取り、私が腕を組んでうんうん頷いていると、勇音が頬を赤くして首肯した。

 

「それにしても、都……なるほど、そうやって十三番隊を誑し込んでいるのね……」

「人聞きが悪いわね。前にも話したけど、私が席官なのは浮竹隊長の体調管理と神事絡みよ。」

 

 都は十三番隊で席官になり、その席次を順当に上げていっている。

 本人は自分が逆骨の人間だからと謙遜しているが、事実十三番隊では志波海燕に次ぐ戦力として認識されている。

 

「そう言えば、旦那に頼まれていた欠員が出た地区の一掃は済ませて来たわよ。隊の方にも伝えてあるから戻ったら伝達あると思う」

「ああ、あれ乱菊が行ってくれたのね、助かったわ。去年からの爆発的な(ホロウ)の増加で隊の損耗が激しいし、私や海燕さんみたいに大量に捌ける人なんてそんなに……って!?」

 

 そこまで言って私のにやけ顔に気づいたのか、都の頬にサッと朱が差した。

 

「だ、旦那って!乱菊、貴女前々から勘違いしてるみたいだけど、私と海燕さんはそんなのじゃ……!?」

「あら、聞きました勇音さん?」

「う、うん。海燕さんって……志波三席のこと」

 

 それまでと打って変わって目を輝かせた勇音が都の前にずい、と身を乗り出してくる。

 

「ちょ、ちょっと……二人とも……」

 

 それからは勇音が質問を続け、私が合いの手で茶化すといった流れが解散まで続いた。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

「ご苦労様です。ただいま戻りました」

 

日も落ちかけてきた頃、執務室の扉が開き松本乱菊が入室してきた。

彼女は腰を浮かしかけた席官に一礼だけすると、真っすぐに奥の一際大きな上座席に向かう。

その霊術院上がりの新入隊員とは思えない程引き締まった相貌と、それと対を為す発育の良い身体に件の席官がその動きを眼で追っていると、

 

――ゴホンッ

 

上座から大きな咳払いが聞こえ、その席官は慌てて腰を下ろし業務に戻った。

 

「長木曽三席、報告があります」

 

乱菊の言葉に十番隊三席、長木曽秋嚞は頷くと隣の応接室へと促す。

 

「あ、いえ、丁度席官の皆さん揃っていますしここで」

 

やんわりと長木曾を制し、上座の机脇から執務室を見渡す乱菊。

 

「昨年の春から続いていた現世での虚大量発生ですが、本日我々十番隊と十三番隊で受け持っていた大陸側の担当地区一掃を以ってほぼ収束したと、十三番隊第三席と意見が合致しました。

 よって、明日より現世駐屯組の順次撤収作業の伝達、並びに帰還手続きをお願いします。

 四番隊にも治療室の空きを確保してもらいましたので、現地で応急処置を受けている負傷者から優先で頼みます」

 

 そこからは長木曽三席に確認の後、それぞれの席官たちに追加の任務と、残務の整理・引継ぎの支持を出していく少女。

 その様子を本来隊長が座るはずの上座席から眺める長木曽。

 

 

 彼女が来るまで、長木曽は所詮自分は斬術しか能のない死神だと、隊長が戦死し副隊長も不在のこの隊を回していけるはずは無いと、自嘲とも諦めともつかない感情を抱いていた。

 だから松本乱菊が来た当初も、始解を習得したとはいえ所詮は霊術院上がりの新米。

 既に持てない荷物の上にもう一つ余計なものが乗っかって来たと、そう思っていた。

 

 事実入隊当時、松本は業務を覚えようとするよりも先に、長木曽に斬術の稽古を付けてくれと口にした。

 しかも過去の瀞霊廷通信から長木曽の斬術大会入賞履歴まで引っ張り出し、それをあろうことか隊士たちの前で披露して。

 武に身を置くものが過去の栄華を誇るなど言語道断と激昂したのだが……結局折れ……稽古当日、隊舎訓練場には彼の予想に反し多くの隊士たちが集まっていた。

 てっきり松本にだけ指導をすると思っていた長木曽は、十番隊隊士たちがこれほど斬術に興味があったのかと瞠目する表情を隠しきれなかった。

 そして、そこで指導をする内に自分の得手とするものだと、こんなにも若者とも対話がし易いものだと気づかされた。

 更にそれは稽古時以外にも波及していった。

 いつしか長木曽は席官や平隊士たちによく相談事を持ち込まれるようになり、自分もまた他人を頼れるようになっていった。

 自身への指摘や助言に、怒りや羞恥を覚える事も無く素直に受け取る事が出来るようになっていったのだった。

 

 そんな事を取り留めも無く、ぼんやりと思い出していると、指示を出し終えた松本が皆に一礼をするところだった。

 

「それでは皆さん、もうひと頑張りです。明日も引き続きよろしくお願いします!」

 

 あの時と同じ屈託のない笑顔で告げる彼女に自然とその場の席官たちの応答の声が揃う。

 

 

  「「はい、松本副隊長!」」 

 

 

 

 

 業務が終了し、長木曽も帰り支度をしていると、おずおずと松本副隊長が声をかけてきた。

 

「あの……長木曽さん……このあと、お暇だったりします?」

 

 いつもの副隊長らしくない、妙にもじもじとした上目遣いで、だ。

 

(こ、これは……もしや松本副隊長はわ、儂の事を……?!)

 

 長木曽は浮竹や京楽程ではないがそこそこ長い事護廷に努めている。が、未だ妻を持ったことはなかった。

 

(いや、しかしこんなに若い容姿の……いや、儂はもうそのような些事に羞恥を覚える事はなくなったのだ!)

(それに、死神の生は長い。松本副隊長の霊力が成長していけばその内見た目の年齢的にもつり合いがとれるように……!?)

 

「ええ、特段の用向きはございませんが……」

「でしたら、お付き合いお願いできますか?」

 

(きたああああああああああああああああああ!!!!)

 

「稽古」

「もちろn、は?」

 

「今日はもう朝の全体を逃してましたから、諦めようかと思っていたんですが……

 もう一週間は現世で虚狩りでしたからずっとヤりたくてヤりたくて!

 これからお帰りの様だったのでご迷惑かとも思ったんですけど、思い切ってお声かけて良かったです!」

「え、ええ……お任せください、副隊長……」

 

 

このあと無茶苦茶斬術した。

 

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