その菊、手折られず   作:もちがゆ

8 / 8
其八 アイム・ノット・ゼア 1

 入室を促す声が響き、湯呑と茶菓子を盆に乗せた雀部長次郎が現れた。

 

「元柳斎殿、お茶が入りました。どうです、ここらで息を入れられては?」

 

 その言葉に頷きを一つ返すと、護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國は筆を置き机上を空けて雀部を迎えた。

 

「ほう、銅鑼焼きか」

「ええ、十番隊の松本副隊長が、こちらと一緒に……」

 

 そういって、お茶の隣に置かれたのは今月の瀞霊廷通信だった。

 

「九番隊が間が悪く手が足りぬからと、久南副隊長から頼まれたと申していました」

「例の事件か……それで……雀部、お前から見てどうじゃ?」

「事件の方ですか?」

「いや、松本乱菊の方じゃ」

「……良くやっていると思いますよ。中級大虚(アジューカス)を単独で撃破した院生の伝聞に違わぬ腕前。しかも十番隊や他の隊長・副隊長の評判から推して、武辺一辺倒という訳でもなさそうです。」

 

 雀部は一度言葉を切ると、元柳斎が頬張ったどら焼きに視線を落とし、微笑んだ。

 

「そのどら焼きも手作りだと申してましたよ」

「む……そうか、あやつは曳舟の預かり者だったな」

 

 元柳斎はどら焼きを飲み込み、お茶を啜る。

 

「……来月の茶会、茶請けを頼めるか打診してみるかのう」

 

 珍しく頬を緩ませた元柳斎の様子に、雀部も笑みを強めた。

 

「そこまで見越しておられたとは……いつもながら元柳斎殿の御慧眼には感服いたします」

「雀部……おぬしは相変わらずじゃな」

 

 山本が嘆息しつつも、和やかな時間が一番隊に流れていた。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

「おお、砕蜂!丁度良かった」

 

 夜一が帰舎した気配を察した砕蜂が部屋の入口前に現れるや否や、夜一は手にしていた冊子の束を彼女に渡してきた。

 

「夜一様、これは……今月の瀞霊廷通信、ですか?」

「ああ、いつもの談話室の所に頼む。さっき乱菊に渡されてのう、隊舎に戻るのならついでにと。」

 

 松本乱菊の名前が出て、砕蜂の双眸が俄かに険を帯びた。

 

「なんのついでですか」

「え、ああ、言っておらんかったかのう?鍛錬じゃ、何でも白打に不安があるからと……」

「それは夜一様が、私に秘密にしておられる例の修練場で、ですか?」

 

 更に鋭さを増した眼光で迫ってくる砕蜂に、夜一にしては珍しく気圧され後ずさる。

 

「……お、おお、そうじゃ、砕蜂!今度一緒にどうじゃ?背格好も儂より近いし、お互いに得るものが……」

 

「以前より申し上げようと思っていたのですが、夜一様はあの者に甘すぎます!現世でのあの夜以降、何かにつけて乱菊が、乱菊がと――!

「いや、そこまでは……」

「現にあの地下修練場を教えているではありませんか!」

 

 なんでお主が秘密の場所を知っておるんじゃ、という突っ込みが喉元まで出かかったが、今の砕蜂が纏う気迫が夜一に一切の口を挟む余地を与えてはくれなかった。

 

(こ、こやつめ、こんな一面があったとは……)

 

 かつて、一見すると軟派でちゃらんぽらんに見える喜助に対し、苦言や提言を示した時でさえここまで感情的ではなかったはずだ。 

 

 松本乱菊と言う、見た目の年齢感が近い少女に対し、自分がされたかった特別な扱いをやってしまったから……という事なのであろうか?

 

(いや、待て!そもそも砕蜂は刑軍で十分な訓練を受けておるではないか!?それに、そういう扱いをされたかったのなら、もっと主張をしてくるとかじゃな……!?)

 

 砕蜂の口から次々に紡がれる松本乱菊への恨みつらみ(ついでに喜助にも)をじっと聞き続け……

 ていたら怒られたので適度に相槌を挟むようにしながら……

 

 最終的には夜一の生活態度への忠言にまで発展してしまった事態に、駆け付けた他の二番隊隊士も固唾を呑んで見守る外なかったという……

 

(女って面倒くさいのう……)

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 鳳橋楼十郎は音楽を愛していた。

 

 隊士時代から給与の殆どを音楽に費やし、楽器を買い揃えるのも趣味の一つだった。

 

 鳳橋楼十郎は音楽作る事も愛していた。

 

 執務中もインスピレーションが湧けばギターを手に取り、源泉の湧き出るままに奏で、

『あら、乱菊ちゃんいらっしゃい!』

 譜面に書き留めていった。

『瀞霊廷通信?悪いわね~態々』

 鳳橋楼十郎はもちろん音楽を鑑賞する事も愛していた。

『あ、そうだ!乱菊ちゃん干し柿好きって言ってたわよね?』

 蓄音機なる物が開発されたと聞いた時は、いの一番に現世に買いに向かった。

『作りすぎちゃったから貰ってちょうだい。今持ってくるから!』

 そうして手に入れた蓄音機から流れる旋律に身を委ねながら、

「――ちょっと、隊長!五月蠅いですよ!また仕事もしないと音楽ばっかり流して!止めますからね!」

 ギターを握り、

「はい、楽器も没収!全くいっくら没収してもすぐ次の持ってくるんだから!」

 ……

『お待たせ~はい、これ!もし多かったら十番隊の皆さんでどうぞ~』

 ……

『え?いいのよ、そんな~!……ついでだからって?あら、そう?なんか悪いわね~』

 ……

『じゃあ、こっちもまた何か用意しとくから!うん、じゃあまたね、は~い、お世話様、は~いじゃあ』

 

 

「また乱菊が現世に出征の時に買って来てもらわないとな……」

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

「それじゃあ、乱菊お疲れ様~」

 

 隊舎玄関口で手を振っていた勇音が、冊子の束を抱えて戻ってきた。

 

「勇音、どうかしましたか?」

 

 気持ちいつもより足取りが軽い席官の様子が気になり、四番隊隊長、卯ノ花烈が通りすがった足を止めた。

 

「あ、卯ノ花隊長。松本副隊長が今月号の瀞霊廷通信を届けてくれまして……」

 

 そう言ってロビー状の隊舎入口に備え付けてある雑誌棚へと運んで行く。

 

「あら、十番隊の副隊長がなぜ?」

「九番隊が手が離せないらしくて、久南副隊長から頼まれたらしいですよ?」

 

 (そうか……例の魂魄消失事件……九番隊が動いたのですね……)

 

 卯ノ花の胸中に、連日流魂街の様々な地区で起こっている不可解な事件がよぎった。

 

「そう言えば……勇音、あなたは松本副隊長と随分親しいのですね?」

「は、はい。彼女とは霊術院でずっと同じ特進組でしたので……」

「いえ、貴女にも気の置けない友というものがあったのだと、少し感心しまして」

「ちょ、卯ノ花隊長、どういう意味ですか?!」

 

 隊長の自分に対する評価に困り眉を更に寄せる勇音。

 この愛らしい部下を困らせて反応を見るのが、最近の卯ノ花の密かな楽しみなのであった。

 

 一方で、虎徹勇音もまた、多忙極める四番隊を纏め上げる隊長が可愛らしくころころと微笑う姿をとても好ましく思っているのだが。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

『あっ、あー……藍染副隊長、今月の瀞霊廷通信をお持ちしました』

『ああ、松本副隊長、お疲れ様です。態々すみません』

『いえいえ、じゃあ、平子隊長にもよろしくお伝えください~』

 

 冊子の束を抱え藍染惣右介が執務室に戻ってきた。

 

「なんや惣右介、乱菊来とったんかい?」

「ええ、九番隊の代わりに瀞霊廷通信を届けてくれたみたいで……」

「上がって休んでもらったったらええのに。気の利かんやっちゃな~」

「はは……他の隊にも届けないといけないと、急いでおられたようなので……」

 

 藍染は苦笑いを浮かべると、隊士を呼び止め冊子の所在を任せると、副隊長席に着いた。

 

「うん?……ん~……」

 

 急に眉根を寄せて奇声を漏らしだした平子の様子に藍染も怪訝そうに声をかけた。

 

「隊長、どうかしましたか?」

「いや、なーんか言う事あった様な気がしたんやけど……なんや思い出せん……」

 

 そうしてしばらく自分の眉間を叩いたり揉んだりしていた平子だったが、

 

「まあ、ええやろ、多分大したことやないわ」

 

 そう言って処理中だった書類作業に戻っていったのだった。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 白哉が用向きから戻ると、隊舎には妙にニコニコとした顔で父、蒼純が待っていた。

 

「とう……蒼純副隊長、どうされたのですか?」

 

 元来体が弱くいつもどこか青白い顔した父が珍しく血色のいい顔で手招きする様子に、実子の勘とでも言おうか、どこかイヤ予感がする白哉。

 しかしそんな父を無碍にする訳にもいかず、大人しく副隊首室に同行するのだった。

 

「先程、松本副隊長に会ってな」

「は?」

「あちらが現世に隊長代行にと忙しい様子で、また私もこの体で中々副隊首会等に顔を出せていないものだったから、実は会うのは初めてだったんだ」

「は、はあ……」

「いや、本当はお前の方から紹介されるのを待っていた、と言うのもあるんだが……」

「あの、父様……」

「器量が良くて気立ても良さそうないい娘さんじゃないか。私は、白哉はもっと大人しくて慎ましやかな女性が好みだと思っていたんだが……」

「父様は何か思い違いをしていらっしゃいます!」

 

 白哉が声を荒げて、ようやく語りに熱の入った蒼純が止まった。

 

「何だ。違うのか?私はてっきり……」

「違います!彼女は好敵手であり、切磋の友、そう何度もお伝えしているではありませんか!」

「いや、一種の照れ隠しでは無かったのか?私にも覚えが……」

「断じて違います!」

 

 先程までの蒼純以上の熱量で、顔を真っ赤にしている白哉。

 その必死の否定をどう受け止めたのか、彼の父は軽くため息を吐くと目を伏せ茶を啜りだした。

 

「……仮に、万が一、私が彼女の事をそういう風に想っていたとしても、彼女は流魂街の人間です。

五大貴族の一角たる朽木家に入れるなど……」

「――白哉」

 

 それまでの蒼純とは違う凛と張った声に、白哉は思わず口を紡ぎ父の顔を見た。

 

「お前が時期朽木家当主として、日々精進している事は父としてとても嬉しく思っている。

しかしそれと、お前がそれだけに縛られるのとはまた別だ」

 

 それは、白哉が初めて聞く父の言葉だった。

 

「朽木家たる者、全ての死神の模範とならねばならず、規律を重んじて世界を金城鉄壁とすべし。

これは朽木家として、貴族として当然果たさなければならない責務だ。

……しかし、至上の務めではない」

 

 その言葉に白哉は信じられない物を見たという表情で大きく瞳を見開いた。

 

「白哉、父とそして母がお前に望む一番の事は、お前自身の幸せなのだ」

「父、様……」

「本当は、私が当主を継いだ折に話そうと思っていた事だったが……私は見ての通りの有様でそれまで体が保つか分からんからな。

 それに……」

 

 蒼純は一度そこで言葉を切ると、白哉と視線を合わせ眦を下げた。

 

「お前は霊術院で期待を超えて大きく成長したようだ。今の言葉の意味を正しく理解できると、判断するのに十分な程に」

 

 白哉は、ここに至って初めて聞いた父の本音に対する驚愕の頂から降りて来られずにいる。

 

「だからこの先、お前が朽木家全てから異を唱えられる決断を下したとしても、この父と母だけはお前の味方だ……ずっとな」

 

 そう言い残し、立ち上がり退席する父を白哉は丸くなったままの瞳でただただ追いかける。

 

 蒼純は扉に手をかけたところで、そんな息子を一瞥すると思い出したように声を上げた。

 

「そうそう、今の話、お爺様には内緒で頼むぞ?」

 

 今度こそ退室する蒼純を目で見送ると、白哉は未だ痺れを伴った頭で、いつまでも先程の父の言葉を反芻するのだった。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

「いやぁ、忙しいとこ態々悪かったね、愛川君。」

「構わねえよ京楽さん。じゃあ、最初はウチから何人かを結界役の監督につけるってことで」

「ああ、助かるよ。魂葬実習を早く再開させろって声が五月蠅くてね・・・・・」

「――と、お前らどうした?」

 

 応接室から出てきた八番隊隊長、京楽春水と七番隊隊長、愛川羅武が八番隊隊舎入口で談笑をしていた、矢胴丸リサ、伊勢七緒、そして頭にねじり鉢巻きを巻いた院生の三人に声をかけた。

 

「乱菊が拳西んとこの代わりに瀞霊廷通信届けに来たんや。それで、さっきまで4人で一服しとった」

 

 奇しくも、先程までの打ち合わせで何度も名前が挙がった人物の名前に、京楽と羅武は顔を見合わせ苦笑する。

 

「京楽隊長、どうかされましたか?」

「あ、ううん、こっちの話だよ……七緒ちゃん」

 

 一生懸命首を伸ばして尋ねてくる眼鏡の少女、伊勢七緒に腰を屈めてにこやかに応対する京楽。

 

「お、お名前覚えていただいて光栄です!」

「ははは、若い女の子の名前はね全員覚えてんの僕」

 

 頬を赤らめて喜ぶ七緒の後ろでは、目を細めたリサが何事か呟き、それに対して羅武が拳骨でツッコミを入れていた。

 

「あれ、そう言えば、七緒ちゃんも乱菊ちゃんとお友達なのかい?」

「なんや、知らんかったんか……七緒は乱菊の鬼道の師匠や」

「そういや、あいつが院生の頃は毎日みんなで稽古つけてたよな」

「最初はウチが教えとったけどな。七緒がいた日に試しに教えさせたら、教師よりも分かり易いって言いだしよって……」

 

 リサの思い出話に小柄な体を更に小さくして恐縮する七緒。

 

「なるほど……彼女の武勇伝の裏には七緒ちゃんの力添えがあった訳だ」

 

 隊長からの望外の賞賛に、感情の容量が飽和してしまったのか、七緒は慌てたように一礼すると隊舎の奥に去って行く。

 

「七緒!また明日な~!」

 

 その背にリサが声をかけると急停止し、またもや一礼、今度こそ廊下の角に消えていった。

 

「……と、それで、お前は?」

 

 それまでの間、七緒以上にガチガチに緊張で固まってしまっていた、ねじり鉢巻きの院生に羅武が尋ねる。

 

「は、はい、自分は霊術院6回生、小椿仙太郎です!父が瀞霊廷通信を受け取って先に隊舎に帰るから、愛川隊長に代わりに同行するように言われました!!」

 

 ビンッと音が鳴りそうなほどの気を付けで答える仙太郎。

 

「お、そうか、お前が刃右衛門の息子か!」

「……6回生って事は、もう入隊希望は出してるやんな?」

 

 妙にニヤニヤしながらリサが仙太郎に話を振る。

 

「ん?お父さんの小椿副隊長がいるから七番隊じゃないのかい?」

「い、いえ……自分は……う、浮竹隊長に憧れてまして……」

「ばっか!お前そこは勿論です愛川隊長って言うとこだろ!」

 

 その日はいつもより少しだけ騒がしい八番隊隊舎なのであった。

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 九番隊隊長、六車拳西はようやく日中の激務を乗り切ったことに安堵し、長い溜息をついた。

 

「白、ちょっと茶を淹れてくれ……」

 

 背もたれに体を預け、疲労混じりに副官に声をかける。

 

「えー、やだよー。拳西が自分で淹れればいいじゃんー!お茶汲みなんて副隊長の仕事じゃないもん」

 

 ソファに寝そべったまま、九番隊副隊長、久南白はにべも無く答えた。

 

「今朝……」

「えーなにー?」

「今朝もお前はそう言って、瀞霊廷通信の配達を乱菊に押し付けてたな……」

「あれ、そうだっけ?」

「それからこれまで、お前ここで何してた?」

「隊長の……補佐?」

 

 その場に他の隊士がいたら、間違いなく血管の切れる音が聞こえたであろう。

 

「そこに座って菓子食って茶ぁ飲んでるだけなのを補佐って言うんならそうなんだろうなあああ!!!」

 

 隊首室が震えるほどの怒声が白に浴びせられる。

 

「もー、拳西うるさいー!」

「ゴチャゴチャ言ってねーで手を動かせ!流魂街中に送った先遣隊からの報告でも纏めてろ!」

「そんな事言っても、やっと割り振り終わったばっかじゃん!すぐに調査結果なんて出ないよー!」

「うるせぇー!!」

 

 一部の席官を残し、ほぼ空の隊舎に二人の言い争う声がいつまでもこだましていた。

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 十二番隊隊長にして、技術開発局局長、浦原喜助は兼ねてより要望の多かった、尸魂界(ソウルソサエティ)と現世を結ぶ通信手段、その試作機の調整に勤しんでいた。

 外見は現世派遣組が写真機で撮ってきた絵姿の物を参考にした。

 通信機器である以上現世にも同じ物を設置する必要がある為、なるべく違和感の出ないような意匠にする必要があったのだ。

 そうして、一通りの調整を終えた時……

 研究室の扉が開き、副隊長の猿柿ひよ里が倉庫から運び出してきたものを両手に抱え現れた。

 

「ご苦労様です、ひよ里サン。場所分かんなかったっスか?」

「うん?いや、そうやない、乱菊が来とってん。瀞霊廷通信届けにな」

 

 普段より若干機嫌の好さそうな返しに、ああそれでと独り言ちると、浦原は再び試作機に向き直り……

 

「そう言えばひよ里サン、ボク……松本さんに避けられてるような気がするんですけど……何か聞いたり知ってたりします?」

 

 すぐに反転するとふと浮かび上がった疑問をひよ里に投げかけた。

 

「はぁ?そんな事あったか?アンタの思い過ごしと違うか?」

「いやいや、そんな事あるんスよ」

 

 浦原は乱菊が副隊長に就任してから、隊長代理として出席している会合や行事で一度も彼女とまともに会話をしたことがない事、十二番隊への伝達もいつも浦原不在時か、ひよ里や涅マユリを通している事を話した。

 

「ひよ里サンや皆さんの話を聞くに、内気な人という訳でもなさそうですし……現に夜一サンとは最近仲が良いみたいなんで」

 

 その寝耳に水な話に、ひよ里はしばらく腕組みをして考えていたがやがて――

 

「ふっふーん、そうか……乱菊にも苦手な人間がおったちゅう事やな……」

 

 浦原喜助が十二番隊隊長になってからしばらくの間、ひよ里は何かにつけて乱菊を捕まえて、職場と喜助の愚痴を吐き続けた時期があった。

 乱菊はその度に、最初は共感しつつも最終的に正論で窘めにきていた。

 

 その後今の形に何となく丸く納まる事となったのだが、ひよ里としてはその時の乱菊の優等生面が若干気に食わなかったという気持ちもあったのだ。

 

(ここいらでもう一辺、ウチの方が先輩やって事を思い出させるのもええな……)

 

 質問の答えも返さずニヤニヤし出したひよ里に浦原が何度か呼びかけていると、

 

「まあ、ウチに任しとき。きっちりと場を設けたる……」

「は、はあ……?」 

 

 その日だけはマユリや阿近にどれだけ嫌味を吐かれても涼しい顔で受け流すひよ里であった。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 

 十三番隊隊舎の中庭に面した縁側では、隊長、浮竹十四郎が三席、志波海燕に副隊長就任を打診している最中だった。

 そこへ縁側に出る障子の一つが開き、逆骨都が一礼と共に現れる。

 

「隊長、本日はこちらにいらっしゃったんですね」

 

 嫋やかな微笑と共に盆に乗せた湯呑を浮竹と海燕に差し出す。

 

「ああ、最近は一昔前より随分体調が安定しているよ。逆骨のお陰だな」

「都、どうしたんだ?」

 

 疑問の声を上げた海燕に、都は懐から瀞霊廷通信の冊子を取り出した。

 

「先程、松本副隊長が届けてくれまして。隊長には直接お渡しした方がいいかと思い、雨乾堂の方に寄ったのですが、ご不在でしたので」

「なるほど、今月号の瀞霊廷通信か……いつにも増して味気ないというか、面白みに欠けるというか……」

 

 差し出された表紙を手に取り、パラパラと中身を流し読みしながら、海燕はその堅すぎる内容をぼやく。

 

「そうだ、いっそ隊長が一筆書いてみたらどうですか?こういうお堅いのじゃなくて、現世の新聞に載ってる連載小説みたいなやつ!」

「いや、私にはそういうのは無理だろ……」

「案外向いてるかもしれませんよ?体を動かなせない時の暇つぶしにも――」

 

 ――コホン。

 

 我ながらいい案だと舞い上がる海燕に釘を刺すかのように、都がわざとらしい咳ばらいする。

 

「そういう事は我が振りを見ておっしゃった方が良いんじゃないですか、海燕さん?」

「あっ、てめえ、都、さっきの話聞いてたな?!」

 

 都から思わぬ援護を受けて、浮竹がそれまで苦笑していた表情をがらりと変える。

 

「そう言えば……松本副隊長は逆骨の同期だったな?」 

「はい。当時、霊術院卒業したての若輩の身でありながら、今では見事に職務を全うしていますね」

 

 会話を続ける二人が言葉尻に妙な強調を付け、その度に海燕に視線を送ってくる。

 

 敬愛する上司と、惚れた女を前にしているはずが……まるで針のむしろの様な気分を味わう海燕だった。

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 夕間暮れを過ぎると、尸魂界はたちまちに夜の帳が下りる。

 それでも、瀞霊廷内や流魂街の一部はまだまだ宵の口。ここからが稼ぎ時とばかりに、仕事帰りの死神たちや、大衆に向けた酒場の明かりが賑わいを見せている。

 

 その明かりを避けるかのように、一心不乱に駆ける少年の姿があった。

 

 尸魂界で外見の年齢感は意味を成すとは限らないが、見た目に従えば年の頃は15、6歳といったところか。

 細くそれでいて引き締まった体に上等な仕立ての着物を纏った、長身黒髪の美丈夫だった。

 

 少年はどうやらそこが目的の場所だったのか、足を止め、息を整えると一棟の建物を見上げる。

 

 ――真央霊術院。

 

 その歴史と威厳ある佇まいに、少年は眉根を寄せると忌々し気に悪態を吐きだす。

 そして、徐に校庭へ歩を進めると、校舎目掛けて両手を構えた。

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ」

 

 少年は詠唱を完成させると意を決し、

 

 ――縛道の六十一 六杖光牢

 

「なっ?!」

 

 自分が唱えていたものとは全く違う鬼道に突然拘束されたのだった。

 

「そこまでよ」

 

 辛うじて動く首で背後に視線を送る。

 

 そこには、夜闇にも光を返す金色の髪に、少年が未だ見た事もないような大きさの果実を胸元にしまい込んだ死神の少女の姿があった。

 

「今、貴方がしようとしていた事は私の胸の中だけに止めておくと約束します。

だからこのまま屋敷までお帰り下さい」

「アンタは……?」

「心配なさらずとも護廷の死神です。何でしたら貴族街の手前まで護衛致します。最近は物騒な事件も起こっていますので……きっとお家の方も心配されていますよ?」

 

 死神のその言葉に、それまで驚きで硬直していた少年がふんと鼻を鳴らした。

 

「あいつらが俺の心配なんざするもんか。口を開きゃ本家の長男様を引き合いに出しやがって……俺のやることなす事にいちいち文句つけてくる。

だから、あいつらが大層祀り上げてる死神なんてもんは、あいつらの思ってるより取るに足らねえもんだってのを分からせてやりたかっただけだ」

「うーん……言いたい事は色々とありますが……」

 

 金髪の死神が腕組みをし、顎に手を当てるとその豊満な胸が強調され、少年の目は鋭さを保ちつつもそこへ釘付けになる。

 

「――惜しいっ」

 

「へ、惜しい?」

 

 注意が逸れていたところに鼻先に指を突き立てられ、思わずオウム返しをしてしまう少年。

 

「そこまで考えていたのなら、後は自分を大切にするだけでしたね」

「自分を……?」

「私はここが破壊される事で貴方の御両親がどう思われるかなんて分かりませんが、例えその様子を見て一時的に気が晴れたとして、その後貴方はどうなるんですか?」

 

 死神はその質問で少年が静かになったのを確認すると、縛道を解き、彼を伴って貴族街の方へ歩き出した。

 

「おい死神さんよ、いいのかよ?」

「えっ、今ので分かってくれたと思ったんですけど違いました?」

 

 青空の様な瞳に真っすぐに見つめられると少年は直前までの挑発的な態度も忘れて視線を泳がせる。

 

「……貴方はきっと、ご家族が大切なんですよ。だからそんな大切な存在から自分を否定されるような言葉が出てどうしたら良いのか分からなくなった。

 そうして考えた行動もやっぱりどうすれば家族の考えを改めさせるかだった……」

 

 不思議な女だと、少年は思った。

 自分と見た目は大して変わらなさそうなのに、より多くの時を生きているかのような……

 いや確かに尸魂界では見た目と生きた年数は必ずしも比例するとは限らないのだが、何というか、それとも違っていて……まるで人生二回目か、未来でも知ってるかのような……

 

「――そこに大切な自分の事も入れてあげて下さい。そうすれば今夜みたいな事よりもっといい方法が浮かんでくるかもしれませんよ」

 

 いつの間にか、二人は貴族街の入り口まで来ていた。

 

「それでは、私はここで……あ、念の為に言っておきますけど、次もバカな事だったらその時は――」

「分かってるって!じゃあな!」

 

 その瞬間の死神の言葉に、思わず己の母の姿を重ねてしまった少年は、ぶっきらぼうに会話を切り踵を返した。

 

「なあ、アンタ名前――」

 

 しかし名を聞いていなかった事に思いとどまり、再度貴族街入口へと視線を返す、と……

 

「……聞きそびれちまったな」

 

 夜に咲いた大輪の花の様な少女はもう姿を消していた。

 

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