その魔法少女、死霊魔術師につき   作:やーなん

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キャラロスト

 

 

 

 すっかり日が沈んだ七時頃。

 特異事象災害の被災地からほど離れた場所に、此度の災害対応を行った魔法少女達は夕食を取りに来た。

 

「え、何でも食べていいの!?」

「うん。ありがとう、お姉ちゃん!!」

 

 サンダーメロウこと、紬はタブレット端末でお子様ランチを注文しているアルスレギオン──彼女は『黒鐘 真白』と名乗った──を微笑ましく見ていた。

 

「なんかゴメンね、奢って貰っちゃって」

 

 魔法少女ヴェスタこと葦原一花は、少し居心地が悪そうに頭を掻いた。

 無理もない。彼女は高校一年生の十六歳。対して紬は中学三年生の十五歳。一花から見れば、紬は一つ年下の後輩に当たるのだ。

 

「ううん、厳密には私のお金じゃないから」

「え、どういう意味?」

「両親から活動資金として預かったものだから。

 私の両親はゲダモノの被害者の会の顔役っていうか、お姉ちゃんがメロースパークだったから、レジェンド幹部みたいな扱いでさ。

 その上、魔法少女になっちゃったから……」

 

 ああ、とヴェスタは彼女の複雑そうな表情を見て色々と察した。

 

「……寄付金なんだね」

「うん。でも正当な対価だと思うよ。実際、日常生活での結構負担もあるし。

 今時ボランティアでも職員なら給料は発生するし。ほら、チャリティー番組でアイドルが何千万のギャラを貰ってるってよく批判されるじゃない? あれって的外れだよ、結局お金持ちに対する世間の僻みでしょ」

 

 紬は“メロースパーク”の妹として、いつの間にか身に付いた世間に対する理論武装を展開していた。

 

「そうだよ、頑張ったんだから沢山褒めて貰わないと割に合わないよね!!」

 

 お子様ランチの到着を待ちわびる真白が、底抜けの笑顔で言った。

 その無垢な言葉に、年長組の二人は思わず微笑んでしまった。

 

「……そうだね。じゃあありがたく、皆さんのご厚意に甘えようか」

「うん。もし他の魔法少女にも会ったら、活動費を出すから領収書貰っておいてって言っておいてほしいな。

 なんか、魔法少女の横繋がりってないみたいでさ。天使様は無報酬で働けって言うから、あの方には言いにくいし」

「確かに、そうだよね……」

 

 領収書、という言葉に一花は苦笑しつつも紬の言葉に頷いて見せた。

 天使の行動原理は、未成年の保護を前提としている。彼女達は若いなりに、自分達はそれに守られている側面は強いことは実感しているのだ。

 だが、それが魔法少女達のコミュニティの形成を阻害している部分もあった。

 

 ともあれ、一花はようやくタブレットでメニューを注文する気になった。

 

 

「それより、これから二日は怪人の発生を警戒しないといけないんだよね?」

 

 各々の食事を終えて一息をついた時、紬は確認するように二人に尋ねた。

 

「うん。そうだよ」

 

 真白は当然のように頷いた。

 

「でも、一応念のために三日は見た方がいいと思うよ。大体二日で怪人に変異するけど、それで三日目に出てきちゃったら言い訳できないし」

「そうだね。私達の活動は、失敗しました、なんて言えないし」

 

 真白のしっかりした対応に、一花も真剣に頷いて見せた。

 

「実はさ、私も最初の現場の後、普通に直帰しちゃってさ。その後近くで怪人が出たんだってさ。血の気が引いたよ」

「それって、大丈夫だったの!?」

「うん。天使様が言ってた。念のためにと警戒してくれていた魔法少女が対応してくれてたみたい。

 だから、もう他人に迷惑かけたくないって言うか」

 

 紬がホッと胸を撫で下ろした。

 意外と多いのだ、自分のせいで誰かを助けられず、心を病んで引退を表明する魔法少女は。

 

「でも前の時は大変だったよ。

 他の魔法少女二人と順番に寝ずの番をしてたんだけどさ、私が寝てる最中に怪人が出て、慌てて飛び出して行ったんだ。でもさ、もう一人がネカフェで待機してたから、今料金払うから待ってて、って言ってさ。

 そんなの認識阻害で抜けてきて後から戻って払えばいいでしょ、って現場の子が」

 

 一花のそんなぐだぐだなエピソードに、紬は可笑しそうに笑った。

 

「いや、笑ってるけどさ、三日間の食費とか滞在費ってバカにならないって、凄く困ってたんだよね。

 私バイトとかしてないしさ。どうしようって」

 

 まさか学生のバイト代でホテルに泊まるわけにもいかない。

 かといって野宿も躊躇われるし、切実な問題だったのだ。

 

「レシート残ってるなら、こっちで活動費として補填するよ?」

「本当? マジ助かるよ……。確か財布に残ってたはず……」

 

 これが現役の魔法少女の会話である。実に世知辛い。

 

「へぇ、よくわからないけど、大変なんだね。

 私はブタさん達を置いておけば、そこを目印に魔法の扉でワープできるんだけど」

 

 二人の話は齢九歳の小学三年生には少し難しいようだった。

 ちなみにこの三人がこうしてリラックスして夕食を食べてられるのは、そのブタさん達が周辺で警戒しているからでもある。

 

「それってズルい。私も魔法少女なんだから、ワープっていうか、転移魔法とかアニメであるじゃんって思って恒常魔法のアセットを探して試してみたら、凄くヘトヘトになってさ……」

 

 天使様も基本非推奨だ、って一花は体験談を添えて語る。

 真白のように、自らの魂に根差した固有の魔法は常識を超えるらしい。

 

「お姉ちゃんも言ってた。転移魔法は消耗が激しいって」

「飛行魔法も音速を超えてるらしいけど、やっぱり距離の限界はあるよね」

「魔法少女が初期対応に駆け付けるのは平均して十五分くらいだって、言われてるけど……それでも場所によっては三十分掛かる子も居るって聞いてるよ」

 

 実際に魔法少女に成ってみると、ままならないことが多すぎると感じる二人だった。

 

「十五分と三十分は、全然違うよね……」

 

 ゲダモノは、街中に突如として現れる津波のようなものだ。

 最初は空から降る粘性の液体で、生物を取り込めば増殖を優先するため、面で広がるスピードはいくらか落ちる。だが、それでも毎回百人単位で被害者が出てしまうのだ。

 紬も、被害者の遺族が「魔法少女が手を抜いていた」「もっと早く来られたはずだ」と批判したくなる気持ちが分かってしまったのだ。

 誰もが最善を尽くそうとしている。でも人間には限界がある。魔法という超常の力を手にしてさえも。

 

 いや、超常の力を手にしたからこそ、人間の限界と理不尽さがより克明になるのだ。

 

「怪人の出現の警戒も、重要なアフターケアだよ。

 葦原さんは学校、大丈夫なの? 特異事象災害は大体夕方に起こるけど、怪人は違うから」

 

 自分の姉が結局それで大学を辞めている。その経験から紬は尋ねた。

 

「私は大丈夫。学校と親に許可は取ってるから」

「わぁ、自分から言うなんて、凄い勇気だね……」

「なに言ってるの。あなたのお姉さんのお陰でしょ?」

 

 日本で魔法少女関連の法制度を明確にするきっかけを作ったのは、メロースパークだった。

 公的機関の魔法少女の個人情報の取り扱いなど、プライバシーの保護を最優先にするべき、と。

 

「まあ、クラスメイトは薄々気づいてるっぽいけどね」

「そうなんだ。私は政府公式サイトの魔法少女一覧に名前が掲載された次の日には学校中に広まってたし、記者が校門に待機してたよ」

「うわ、最悪……」

「有名人の家族ってそういうものだよ」

 

 紬は完全に諦めきった淡い微笑みを浮かべていた。

 

「そうなの? 私のクラスメイトは全然気づいてないよ」

 

 真白に二人の苦労はよく理解できていないようだった。

 

「くぅ、ワープ能力持ちめ……」

「それよりね、今日は天使様も帰っていいって言ってたよね。どうしてなの? 私はいつも魔法の扉で戻って来れるから、すぐ帰っちゃうけど」

「やっぱりズルい……」

 

 召喚したブタさんを起点に長距離移動を一瞬で出来る真白は、二人の苦労は無縁のようだった。

 そんな魔法少女の能力格差に羨む二人だった。

 

「……ええと、天使様が言ってた奴ね。

 私達の負担軽減の為に対怪人用の魔法少女部隊を編成したっていう」

「じゃあ、私達も、帰る?」

 

 紬と一花の間に、沈黙が落ちる。

 

「……眠い」

 

 真白がしょぼしょぼし始めた目を擦り始めた。

 時間はもう、八時ごろになる。どれほど凄惨な現場をくぐり抜けてこようと、齢九歳の子供の肉体は抗いがたく眠気を訴える時間帯だろう。

 

「真白ちゃんは帰っていいよ。私は初陣だし、残ってみるよ」

「じゃあ私も残るよ。他の魔法少女が来ていても、人手はあった方がいいでしょうし」

 

 若干過剰戦力のような気もするけど、と一花は少し笑った。

 紬は彼女が自分を一人にしないよう気遣ってくれたと察し、小さく頷き返した。

 

「じゃあ、ブタさん達は残しとくから、私は先に帰るね……お姉ちゃん達」

「うん、おやすみ」

「またね。バイバーイ」

 

 二人は手を振って、お眠な真白を送り出した。

 

「じゃあ、私達も見晴らしの良いところで警戒しよう」

「うん。近くのビジホも探しておかないと」

 

 そして、二人の長い待機時間が始まろうとしていた。

 

 

 

 §§§

 

 

「なんだお前ら、戻って来たのか」

 

 喧騒から遠く離れた、街外れの廃病院。その冷たい静寂を切り裂くように、一足先に帰還していたエンバーマーが、戻って来た二人を意外そうに迎えた。

 院内には、先ほどのファミレスとは対極にある、ツンとした薬品と死の匂いが澱みのように沈殿している。

 

「うん、今日はアルスちゃんが出てるみたいだから」

「アルス? ああ、アルスレギオンな。オーク軍団の」

 

 紫織の言葉に、エンバーマーは思い出し笑いを浮かべた。

 

「私みたいな火力一点特化じゃなくて、支援特化だけど色々出来ていいよなぁ。私も一度は会ってみたかったな」

「可愛らしくて良い子ですよ、アルスちゃん」

 

 そんなイグニスと紫織のやり取りをしていると、エンバーマーは言った。

 

「で、アルスレギオンとお前の妹に現場は任せて来た、と」

「おや、知っていたんですか?」

「ああ。ニュース番組で世間様相手に決意表明してたからな。姉の遺志を継ぐって」

 

 エンバーマーは面白がるようにニヤニヤ笑っている。

 

「……正直、複雑な気持ちです。妹には、魔法少女の世界に入って欲しくなかったですし」

 

 ただ、からかわれた紫織の表情はほの暗い。

 

「まあ、紫織さんも顔を合わせずらいだろうし、オーク軍団も街中に大勢いるからね。

 私達が出くわして騒ぎになるとアレだしね」

「ははは、見事に出鼻を挫かれたな」

「人海戦術を取れるのはそれだけで強いってことだよ。それより、希来里の方はどうなってるんだ?」

 

 意地悪く笑うエンバーマーに、お前の仕事の方はどうなんだ、と睨みを利かせる。

 

「丁度その準備をしてたところだ。来いよ、これから始める所だ」

 

 そしていよいよ、三人目を迎える準備が出来たのだ。

 

 

 

 放置された旧病室のひとつ。そこに、エンバーマーは希来里の『器』となるツギハギの身体を横たえていた。

 部屋の中央の床には、赤黒く変色した血で精緻な幾何学模様の魔法陣が描かれ、彼女の肉体はその中心に安置されている。

 周囲には手作りらしいアロマキャンドルがいくつも燭台で燃えており、剥がれかけた壁紙をチラチラと不気味に照らし出しながら、甘ったるくも鼻をつく得体のしれない匂いを醸し出していた。

 

 器の前に深く膝をつき、エンバーマーは精神を集中し始めた。

 

「……なんだか、魔法と言うよりも黒魔術のように見えますね」

 

 始めてこの儀式に参加する紫織は、部屋の端でそう呟いた。

 

「実際、魔術の類だよ。お前らみたいなキラキラキャピキャピしてるなんちゃって魔法と一緒にするな」

「いや、キラキラもキャピキャピもしてないでしょ」

 

 自分の活躍で世間に魔法少女の名称が定着してしまったイグニスは不服そうだった。

 

「天使様が下さった魔法とは根本的に違うと?」

「歴史を感じねえ。文字通り、天から降って来たみてぇだ。人間業じゃねえってことだ」

 

 紫織の問いに、エンバーマーは祈りの姿勢をわずかに崩し、暗がりの中で二人に向き直った。

 

「私らにとって魔法ってのは、長期間の修行を前提するもんだ。

 元々、人間ってのは魔法を使えるように出来てないんだとよ。だから時間を掛けて使えるようにするわけだ」

「でも、私達のは違うと」

「まるでシンデレラのようじゃねえか。踊ったことも無い小娘が舞踏会で王子様と踊れるようになる。本当の意味での“魔法”だよ」

 

 エンバーマーは、理解の及ばない異物を観察するような目で二人を見ていた。

 

「私は師匠に師事して、魔法を教わった。

 それからは独学だが、私の死霊術は古代ギリシア式って言うより、中世ヨーロッパの錬金術を下地にしている」

「つまり、パラケルススよりも古いってことですか!?」

 

 そんな彼女の語りに、紫織が目を輝かす。

 

「おう、お前らを蘇生する際に使用している触媒は、フグ毒を主成分とするゾンビパウダーを私なりに改良した代物だ。

 実施している魔術思想も錬金術を採用してるし、それでお前たちはそうして蘇っている」

「興味深いですね……」

 

 興味津々な紫織に対し、自分らにそんなの使われたのかよ、と言いたげに顔を顰めているイグニス。

 

「だが、お前らの、魔法少女の魔法はそう言った下地や歴史が無い」

「……なるほど。以前仰っていたように、妖精の国の女王様が居た方がマシだった、と」

「そんな得体のしれないもんを、良く使えるなって話だ」

「……ねえ、お前が言うなって私が言わないとダメな流れ?」

 

 得体のしれない度で言うならどっちもどっこいだと思うイグニスだった。

 

「あ、すみません。儀式の邪魔をしました……続けてください」

「いいや、このもやもやをずっと誰かに言いたかったんだよ。気にするな」

 

 会話もそこそこ、エンバーマーは儀式の態勢に戻った。

 

「……ダメだな、一服するか」

 

 すると、彼女は懐から年季の入ったキセルを取り出し、怪しげな緑の粉を火皿に詰め始めた。

 

「ちょ、ちょっと、なんなの、それ!!」

「煙草だよ、煙草」

「どう見てもヤバい薬物にしか見えないんだけど」

「安心しろ、お前らには無害だって」

 

 イグニスは縋るように紫織を見た。

 

「まあまあ、こうして私達が実際に蘇っている以上、彼女の手順に従いましょう」

「そうだけどさ……」

 

 二人がそんな話をしているのをよそに、エンバーマーはキセルに火を入れて、深く煙を吸いこんだ。

 ぷはー、と。吐き出された煙は毒々しい色を帯びており、彼女は虚空を見つめるような恍惚とした表情を浮かべた。

 煙が這うように室内に広がり、空気が一段と重く、非現実的なものへと変質していく。

 

 そして彼女はゆらりと儀式の態勢に戻り、地の底から響くような声で、訥々と呪文のような詠唱をし始めた。

 

「トランス状態……? トリップをして集中力を高めたってことでしょうか……」

「それよりも多分非合法な代物を使ってることにツッコんでよ」

 

 それ以前に未成年が煙草はダメだと言うことに、雰囲気の異常さから気づいていない二人だった。

 

「私も肯定するわけではありませんけど、古来より薬物と芸術は密接に関わってきましたから。黒魔術も同様です。でもこの手法は錬金術というより、魔女術に近いかと」

「もう何でもいいよ……」

 

 妙に博識な視点で生真面目に分析を始める紫織に、イグニスはとうとう疲れたように思考を放棄しだした。

 

 

 それから程なくして。

 

「来た、来たぞッ」

 

 空気を震わせていた呪文の詠唱が終わる。エンバーマーが立ち上がる。

 張り詰めた静寂の中、ぴくり、と。

 血の魔法陣の中心で、物言わぬツギハギ死体だったはずの希来里の器が動いた。

 

「希来里!!」

「希来里ちゃん、聞こえますか!!」

 

 やにわに、見学をしていた二人が前のめりになる。

 

「ん? いや、待て、お前ら、これは」

 

 その直後だった。

 

「がああああああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 それは、まるで獣の咆哮だった。

 猛獣のような奇声を上げ、希来里の身体はエンバーマーに襲い掛かった。

 

「おい、押さえるのを手伝え!!」

 

 切羽詰まった彼女の声に、二人は困惑しつつも希来里を引きはがし、三人がかりで床へと押さえつけた。

 だと言うのに、希来里の肉体は異常な膂力で暴れ狂い、一向に抵抗を止めようとしない。

 

「ねえ!! これどうなってるの!! 失敗したの!?」

「いいや、私もお前たちが単純だったから失念してた」

 

 常に余裕ぶっていたエンバーマーは、かつてない焦りを顔に浮かべて、端的にこう言った。

 

「怨霊だよ。金剛寺 希来里は怨霊になってたんだ」

 

 

 

 

 

 

 




※この小説は魔法少女モノです。魔法少女モノでお薬キメる主人公って……。

なお、続きは高評価や感想によって更新速度が上昇します。

ではまた、次回!!
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