その魔法少女、死霊魔術師につき   作:やーなん

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特別病棟

 

 

 

「よう、落ち着いたか?」

 

 希来里の様子が落ち着いたのか、モルグの重苦しい空気から抜け出てきた三人を、冷たい廊下で出迎えたのはエンバーマーだった。

 

「あなたが、エンバーマー様ですわね」

「おう、そう名乗ってる。安っぽい奇跡を売り歩いてる、まあ詐欺師みたいなもんだ」

 

 希来里の、正気を取り戻した虚ろで胡乱な瞳が自分を捉えると、エンバーマーはなぜか心底嬉しそうに口角を上げた。

 

「……誇り高き一族の末裔として、よくもこんな辱めを、と激昂すべきなのでしょうが。

 女神様の神託を無下にするわけにもいきません。身内の恥は、私が雪がなくては」

 

 感情を押し殺した希来里の物言いは、付き添っているイグニスと紫織の胸にも間接的に重く響いていた。

 彼女の肉体を死者として蘇らせたのはエンバーマーだが、この過酷な現世に彼女を引きずり戻すと決断したのは、他でもない自分たち二人なのだから。

 

「いいな、お前。後ろの能天気二人よりいい作品だ。冒涜的(アーティスティック)だ!!」

「私にはあんたがなんでそんなに楽しそうなのか分からないんだけど……」

 

 他人の悲劇を前にして、楽しげに狂気的な笑みを浮かべるエンバーマー。その倫理観の欠如にもはや慣れてきたイグニスは、呆れたようにため息をついた。

 

「だってお前、私は最古の死霊術を完成させたんだぜ?

 死者を通じた神託を得る原初の死霊占い(ネクロマンシー)……。私は魔術師として偉業を為したんだ。

 前世にあった魔術研究特区なら魔術史に残るレベルの御業として発表で来たんだけどなぁ」

「こいつ……」

「いえ、まあ、実際学術的に偉業ではあるとは思います。

 錬金術師が本当に鉛を黄金に変えるようなモノでしょうから」

 

 己の偉業に陶酔するかのようにうっとりと微笑むエンバーマー。彼女を冷たい目で睨むイグニスを他所に、紫織は複雑そうな表情を浮かべつつも、学術的な観点からの一定の理解を示していた。

 

「死者の蘇生は人類の夢です。実際に行われたそれが、こんな倫理を無視した冒涜的なものでなければ、私も……」

「で、怨霊だった時の記憶はあるか?

 お前は自分を殺した奴に気づいたから、亡者となったはずだ」

「……わかりません。ただ、強い憎しみと、相反する自制心だけがおぼろげに記憶に残っていますわ」

 

 エンバーマーの容赦のない聴取に、希来里は伏し目がちに応じた。

 

「やはり、霊体になった時間が長すぎた。ラノベやアニメじゃ死者蘇生は肉体を軽視されがちだが、肉体が無いってのは目や耳と言った感覚に大幅な制限が掛かるってことだ」

「霊体は視覚や聴覚で他人を感知してるわけではないのですね」

 

 彼女の語る言葉に、紫織は納得したように頷いた。

 アニメや創作の幽霊は、やたらと人型で話しかけたり襲ってきたりするが、そう言ったモノは人間の勝手な先入観に過ぎないようだった。

 

「それが出来たら霊障事件はもっと世間に知れ渡ってるだろ。

 怨霊が誰かを呪い殺す時は、大体背後に死霊術師がいる。私より低俗な、って枕詞が付くが」

「要するに、あんたも同じことが出来るってことでしょ」

「ああ。出来るぜ。だが殺したりはしないさ、てか今世でも何度かやってるしな。精々毎日悪夢で眠れなくする程度だが。

 さっき“供物”にした、あの強姦魔にもあとでそうしてやるつもりだったんだぜ」

「ああそうですか」

 

 エンバーマーは悪びれもせずへらへら笑ってる。自供だけで証拠が無いのでイグニスは追及はやめた。

 

「ともかく、希来里ほどの魔法適性なら霊的感覚で犯人を知覚できていたのは間違いない。

 だが正気を失う過程で、その記憶を失った。

 お前の証言からすると、親しい人間だったんだろうな」

 

 そこで初めて、エンバーマーは憐れむような表情になった。

 憎悪と、自制心。その相反する感情は、憎しみと愛情が同伴していたことを示していた。

 

「恐らく、お父様かお兄様達のうち四人の誰かです……」

「容疑者は四人か。大分絞られたな」

 

 自身の血縁者を疑い、力なく項垂れる希来里に目もくれず、エンバーマーは顎に手を当てた。

 

「えーと、確か、お母さんは……」

「ええ。お母様を疑わずに済むのが唯一の救いでしょうね」

 

 父親、兄三人。その家族構成から母親がいないことの理由は明白だった。

 念のために、と確認したイグニスは必要な事とはいえバツが悪そうだった。

 

「一番可能性が低いのは、希来里さんのお父様でしょうか」

「え、どうして?」

「初歩的な事ですよ、陽菜さん」

 

 紫織は少しでもこの暗い雰囲気を和らげるために、おどけたように名探偵の台詞を口にした。

 

「金剛寺家は代々、女系当主の一族なのは有名ですから。そうですよね、希来里ちゃん」

「ええ、お父様は婿養子です。当家の当主にはなれません」

 

 紫織の推理に、希来里は頷いて見せる。

 

「え、希来里のとこって凄い名家なんでしょ?

 なんで男の人が当主になれないの?」

「我が家は戦後、財閥が解体された折りに実家と企業経営を分けたのです。

 それを内外に示す為に、当主は代々女性が務めることになったのですわ」

「あ、なるほど……。昔は女性が経営者なんてありえないもんね」

 

 イグニスは本当に、目の前にいる年下の痛々しい少女が、歴史と権力に縛られた名家の人間なのだと実感した。

 

「ん、あれ、ちょっと待って。じゃあ、希来里が生きてたら、次期当主ってこと!?」

「お前、今更それに気づいたのかよ」

 

 点と点が繋がり、急に素っ頓狂な声を挙げるイグニスに、エンバーマーは心底呆れたような声を漏らした。

 

「え、じゃあ、次期当主は誰になるの……?」

「恐らく、お兄様達の伴侶の誰かになるでしょうね。

 次代に血筋を残せるのならば、他家や分家の人間が当主になっても問題はありませんから」

「当主とか分家とか、私と生きてる世界が違う……」

 

 あまりのめんどくさい事情に、自分は一般人で良かったと思うイグニスだった。

 

「で、家族仲は良好だったのか? 次期当主のお前からその座を簒奪しようとしてる奴は居そうか?」

 

 エンバーマーが率直に問うた。

 紫織は、もうちょっとオブラートに、と言いたげな表情をしていた。彼女も聞くタイミングを窺っていたようだ。

 

「良好、の筈です。お兄様たちはそれぞれお父様から事業を受け継いでグループ会社を経営していますが、催事には必ず全員実家に集まります。

 私はお兄様たちからすれば歳の離れた妹だったので、随分と可愛がられている……と思っていました」

「つまり父親にとっても、ようやくできた念願の一人娘ってわけか。

 それをよく思わない年上の兄貴の誰かが、グサってとこか?」

「エンバーマーさん」

 

 まるで三文小説でも読むかのように楽し気に推理を話すエンバーマーを、紫織は咎めるように鋭くその名を呼ぶ。

 

「えーと、とりあえずその四人で確実ってわけでもないし、それ以外の可能性を潰さない?」

 

 家族を疑わなければならない希来里を不憫に思ったイグニスがそう提案した。

 

「お前にしては正論だな。

 実際に殺害現場を確認しないと、実は家族の四人がミスリードって可能性も出てくるかもな。あの性格の悪い女神ならあり得そうだ」

「私にしてはってどういう意味よ」

 

 ともかく、現場のセキュリティを把握しなければ始まらないと言うことになった。

 

「希来里さん。自分が運ばれた病院の場所はわかりますか?」

「ええ。幼い頃から何度かインフルエンザで入院したことがありますから」

 

 紫織の問いに、希来里は頷いて即答した。

 インフルエンザで入院って、とイグニスは戦慄していたが、口には出さなかった。

 

「これで実は医者や看護婦が犯人でしたー、なんてつまらないオチじゃないといいが」

「あの御方の性格からして、それはないでしょう……」

 

 エンバーマーと紫織は、そんなメタ的な推理を交わしながら、他の面々と同様に変身魔法を起動した。

 夜の闇に紛れるように窓を開け放ち、彼女たちは真実が眠る病院へと空を飛び立った。

 

 

 §§§

 

 

 辿り着いたその場所は、少なくともイグニスの知る『病院』という概念から大きくかけ離れていた。

 

 

 巨大な総合病院の裏手にひっそりと存在する、関係者専用の地下駐車場。そこから直通する専用エレベーターを上がると、最上階の特別病棟に進入できるらしい。有名人の治療を受け入れる為の配慮が伺える。

 

「あの受付から、事前に予約のある患者しか受け入れない仕組みです。ここ以外はスタッフ専用のエレベーターを病院内使わねば、特別病棟に進入できないようになってますわ」

 

 地下駐車場の入り口と受付は警備が常駐している。

 当然ながら監視カメラによって常時監視され、入退室には受付で発行される専用のカードキーが必要になるようだ。

 

「医療機関だから管理も徹底されているね」

「よし、わかった。ここから無理に入る必要もない。最上階に直接乗り込もうぜ」

 

 入退室がシステムと人目の双方で完全に管理されていると分かったため、正面突破に意味はない。

 四人は屋上へと飛行し、静かに降り立った。

 

「で、どうやって入るの?」

「魔法による転移を使う。認識阻害を使えばスタッフか何かに思われるだろうぜ」

「なるほど……その手があったか」

 

 イグニスはエンバーマーのやり方に納得して見せた。

 基本的に魔法少女は、魔法の私的利用を推奨されていない。

 

 そう、推奨されていない。そう言っていた天使の言葉を、紫織は世間に向けて『私的利用は禁じられている』と伝えた。

 実際は飛行魔法を始めとした、悪用以外の魔法の使用に一々天使は警告などしてこない。

 そうでなければ、市民にとって魔法少女は銃を隠し持った隣人と変わらないからだ。

 

 とは言え、悪用すれば魔法を取り上げられるのは本当だが、そもそもそんな相手に天使は魔法を与えないし、自分達の使命感などを理由に活動を続けたりはしない。

 少なくとも、現段階はそういった“質”を重視できる段階ではあるということだった。

 

 四人が転移魔法で特別病棟の内部へ移動する。

 

 空間が歪み、視界が晴れた先。そこは、全体がまるで五つ星ホテルのような重厚な静寂に包まれていた。

 

 消毒液の匂いは一切しない。床には足音を吸い込む分厚いペルシャ絨毯が敷かれ、壁には間接照明に照らされた名画が飾られている。

 ナースステーションの代わりに、コンシェルジュデスクのような無機質なカウンターがあり、そこには白衣の医師ではなく、鋭い目つきをした黒服の男たちが立っていた。

 

 イグニスは目を丸くして思った。本当にここ、病院なの、と。

 

 内部は病室エリアと、それ以外の居住エリアで完全に分離されていた。

 リラクゼーションルームには簡易なフィットネスジムが完備され、談話室はちょっとしたお酒やドリンクを楽しめる高級バーのような佇まいを見せている。これなら面会に来た身内や関係者が、何時間でも快適に滞在できるだろう。

 

 しかし、この辺りまでくると、意外なほど監視カメラの類は見当たらなかった。

 各施設にスタッフが常駐しているのもあり、出入りできるのは身分がハッキリしているVIPだけだからなのか、彼らのプライバシーに徹底的に配慮しているのが見て取れる。

 

 病室も専用のカードキーによる電子ロックを転移魔法で突破すれば、もう長い廊下の両端ぐらいにしか監視カメラは存在しなかった。

 

「……希来里、あんた本当にここでインフルエンザ治してたの?」

「ええ。ルームサービスも充実していて、とても快適でしたわ」

 

 イグニスは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。文字通り生きてる世界が違う。

 そして、希来里は一番奥の病室を示した。

 

「恐らく、この部屋ですわ」

「恐らく?」

「ここの特別病棟は実質、我が家とそれに連なる人間しか入院できません。

 一番奥の病室は幼い頃より私専用でしたから」

「専用の、病室……」

 

 本家の次期当主という立場ならあり得るのか、とイグニスは金持ちに対する金銭感覚と常識は完全に麻痺し始めていた

 

「なるほどな。じゃあ実質関係者以外は立ち入り禁止か。

 だが逆に、身内なら犯行の瞬間を捉えるのは難しいな。

 患者のプライベートに配慮してるのが仇になってる、か」

 

 セキュリティの確認を終えたエンバーマーはそう結論付けた。

 

「ええ、ですが私の記憶より警備が厳重な気がします。

 病院側はきっと、私の他殺という“不祥事”を理解しているのでしょう」

「ってことは、希来里ちゃんの死因はちゃんと関係者には認知されているってことになるわよね。

 でも殺害現場は察するに、十中八九病室なのは間違いない。そこは聖域として警備を増やせなかった感じかな」

「……」

 

 紫織の鋭い推理を聞いて、自身の凄惨な死因が闇に埋もれ、伏せられているという明確な事実に、希来里は痛ましく目を伏せた。

 

「……ん、あれ」

 

 病室のある廊下の入り口から、周囲のセキュリティを確認していた四人だったが、イグニスが何気なく希来里専用の病室前へと近づいた、その時だった。

 

「ねえ、みんな。ここに誰か入院してるよ」

「えッ、本当ですね。ネームプレートがあります」

 

 イグニスの呼びかけに応じ、三人が奥の病室に近づくと、確かにドアの脇のネームプレートに名前があった。

 そこに刻まれた文字を見た瞬間、希来里は血の気を失い、足元から崩れ落ちそうになった。

 

「……お父様の名前ですわ」

 

 目を見開き、ショックと混乱が入り混ぜった様子で彼女は震える声を漏らした。

 ドアの取っ手の上には、冷酷な文字で『面会謝絶』の札が掛けられていたのだ。

 

「お父様ッ!?」

「待て」

 

 ドアの取っ手に縋りつこうとする希来里を遮ったのはエンバーマーだった。

 

「面会謝絶ってことはかなりの重病で予断を許さない状況だ。そんな中にお前が入ったところで何が出来る」

「……せめて、顔だけでも、ダメでしょうか」

「認識阻害を最大まで強めておけよ」

「ええ」

 

 希来里が紫織の助けを借りて、立ち上がった。

 その時だった。

 

「……誰か来ているのかね?」

 

 分厚い扉の向こう、病室の内側から、かすかにしゃがれた男性の声が響いた。

 いくら認識阻害の魔法があっても、“四人の人間が騒いでいる”という状況は隠せない。存在を隠す魔法では無いからだ。

 病室の人間が不審に思ってもおかしくはない。

 

「あれ? 予断を許さない状況なんじゃないの? てっきり意識が無いとか思ってたけど」

「……ああ、そうか。ここはVIP専用の病棟だ、患者のご意向ってわけだ」

「ああ、そういう」

 

 患者が面会を拒否している。それを察したイグニスは納得した様子だった。

 しかも、この病室の患者は希来里の死因を知っている。身内を警戒するのは当然の事だった。

 

「どうする? 警備を呼ばれる前にずらかるか?」

 

 エンバーマーは希来里に選択を突き付けた。

 

 希来里は、行動で示した。

 即ち、目の前のドアを開けるという行動で。

 

 一切の躊躇いもなく病室へ踏み込んでいく希来里の背中を見て、残された三人は顔を見合わせる。

 そして、ため息交じりに仕方なさそうな苦笑を浮かべると、彼女を一人にはしておけないと、共に病室の中へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

 





えー、本作の更新は未定でしたが、ちょっと現実逃避したくてこっちに戻ってきました。
前回から多くの高評価にお応えするために、しばらくはこっちに専念します。

作者は感想や高評価といった読者の皆様のレスポンスを食べて生きていますので、餌を与えれば続きを頑張って書きます!!

ではまた、次回!!
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