今回もAIイラストを使用しています!!
苦手な人は右上の観覧設定からOFFにしてね!!
あの日の事は、今も忘れられずにいる。
私はかつて、魔法少女だった。
魔法少女としての名前は、コールドミスト。
だがそれはもう終わった話だ。
──ああ、赤黒い空が見える。
あの日の夢だ。この凄惨な悪夢は、魔法少女を辞めてただの人間になった今でも、私を逃がしてはくれない。
ゲダモノ寄生体のステージ3。通称、魔人。
その個体は後に、“
魔法少女はステージ2の寄生体、通称・怪人を徹底的に駆り尽くす。
それは各国政府も同様の対応をしているように、少なくともステージ3への移行を恐れての事だった。
だが極めて稀に、ステージ2の段階が非常に短い個体が存在する、らしい。
そうでないと説明がつかないから、とされている。
実際にどうだかはわからないけど。
ともかく、ステージ3の寄生体は“別物”だ。
とにかく“
空に穿たれた無数の穴からゲダモノの粘液が滝のように流れ落ち、それが脈打つ肉塊へと変貌した頃──奴は、それらを喰らい始めたのだ。
それを確認した天使様は、日本中の魔法少女に緊急の警告を送った。
ゲダモノが、ステージ4へと移行しつつある、と。
ステージ4。未だ地球の誰もが見知らぬ、大災害。
これを許せば日本は滅びる。そう無機質な声で、そう告げられた。
現場に最初に駆け付けたのは、私とイグニスだった。
私とイグニス──陽菜は偶然にも近所に住んでいる者同士だった。
当然、いつも一緒に現場へ駆けつける。
だから私と彼女は世間的には相棒と認知され、マスコミに対応する時はいつも隣同士で笑っていた。
それが前回が最後になるとは、私も思っていなかったけど。
ステージ4。
それは天に伸びる肉の主柱のような何かだった。
最早何に寄生したのか、原型がわからないほど肥大化したグロテスクな化け物。
それは上へ、上へ、と。ゲダモノなんて名前なのに、そいつは天へと手を伸ばそうとしていたんだ。
そして何より、そいつは私達を敵であると認識した。
漢字の『大』の字を想像すれば良い。
まるでそのように手足を広げたようなおぞましい支柱が、私達を容赦なく攻撃してきた。
その時、私は驕りを正された。
イグニスと一緒なら、どんな敵でも怖くない、と。
私達は日本最強のタッグだって、マスコミの前で何度か言ったことさえある。
私達は羽虫のように叩きのめされた。
誤解を恐れずに言うのなら、魔法少女として魔法を振るうのは、ゲームのUI画面でどういうコマンドを選ぶのに似ている。
自分のリソースが数値化されて表示され、あとどれくらい戦えるのか、視界に克明に表示されている。
私は歴戦と呼ばれるまでゲダモノと戦っておいて、心のどこかでまだゲーム感覚だったのだ。
でも、イグニスは違った。
「コールドミストッ!! 冬華ッ!!」
私と違って、イグニスは大ダメージを免れていた。
彼女は私を抱えて少し離れたビルの屋上へ退避したのだ。
痛い。苦しい。
魔法少女に変身している最中は、システムを操作して痛覚を遮断できる。
激痛の中でそれを思い出し、私は痛みで鈍った思考で、視界のUI画面から『痛覚遮断』を実行した。
痛みが消える。意識がハッキリする。
だけどそれは、自分の状態を直視するのと同義だった。
「あ、ああ、ああッ」
魔法少女は魔法である程度感情を抑制することが出来る。
動揺、恐怖、嫌悪感。戦闘中にそれを抱いたら、死に直結するからだ。
だが、強力な感情補正がかかってなお、私はパニックを隠せずにいた。
私の身体は血だらけで、フリルだらけの衣装は見るも無惨に裂けていた。
腹部からは夥しい血が流れ出し……内臓は恐らく、ズタズタだった。
イグニスが懸命に回復魔法で私に処置をしていた。
彼女の必死な表情が、今でも目に焼き付いている。
彼女の表情を見て、私もまた自力で自分を回復魔法で処置をした。
それで何とか、身体を起こせる程度には治癒できた。
『コールドミスト。身体を動かすな。
回復魔法で処置をしたが、それは仮初だ。魔法で治癒した分を療養に当てなければならない』
天使様が淡々と言った。
そう、私は未だ、重傷者だった。
「天使様、どうすればいいの!?」
『……増援を待つほかない。日本中の魔法少女の総力を結集し、ステージ4への移行を阻止する』
「それ、何人死ぬと思う?」
『君たちには申し訳ないが、全員が死亡してでも阻止して貰う』
イグニスの問いに、天使様は巨大な肉の柱を見据えた。
地上はもう、酷い有様だ。逃げ遅れた一般市民が、きっと千人単位で死んでいるはずだ。
肉の海が蠢き、空は幾つも孔が開き、粘液が垂れ流されている。
その中央に、あの肉の主柱があった。
それはまるで、何かの儀式のように、グロテスクでありながら一種の神秘性さえ秘めていた。
絶望が、私の心を黒く塗りつぶしていく。
「……天使様」
『なんだ?』
「最初に魔法について説明をしてくれた時、教えてくれたよね」
イグニスが、日本最初の魔法少女が、震える私に背を向けた。
「魔法少女には、最期の切り札があるって」
『あれは不適切な説明だった。君達の犠牲を前提にするわけにはいかない。なので、君以外には誰にも教えていない。
今ならまだ間に合う。命を投げ捨てるような真似はするな』
それは天使様にしてはひどく人間臭くて、必死な引き留めだったのだと思う。
「天使様、“契約”をお願い」
『…………良いだろう。だがこの魔法は、我が主より『禁忌』と指定されている。
それの使用を許せば私も処分を免れぬが……今更か』
「へへッ、やっと一蓮托生って感じだね」
──待って、行かないで!!
そんな簡単な言葉さえ、恐怖と絶望に心を折られた私は、口に出すことができなかった。
喉が痙攣し、ただ彼女の背中を見つめることしかできない。
『すまない。君の献身を、人々は忘れないだろう』
「いいよ。正直、もう疲れたから」
天使様が、イグニスの額に触れる。
すると不思議なことが起こった。
魔法少女なんてやっているのに、それは本当に神秘的で、息を呑むほど美しかった。
イグニスの身体から、光の粒子と共に、彼女の背丈よりも大きな『剣』が引き抜かれたのだ。
『これなるは、“魔剣”。魔剣イグニス。
この世界とは異なる世界に存在した、お前と同じ魂が宿ったもう一人のお前、その可能性である。“魔剣”という名称だが、それは魂の宿った物品全般を指すもので、実際に剣の形状をしているのは稀だ』
「うん、わかるよ。これは“私”だ」
イグニスと、顕現した大剣が共鳴するように明滅している。
その時、その瞬間、この世界にイグニスという存在は“二人”いた。
「行こう、もう人の私」
イグニスが飛んだ。
彼女はすぐに真っ白な炎に包まれた。
それは、地上に出現した太陽だった。
あらゆる不浄を焼き尽くす、彼女の命の灯火だった。
グロテスクな柱が、まるでそれを厭うように身じろぎし。
私の視界を白く、真っ白に染め上げた。
次に目を開けた時、地上には何も残っていなかった。
あのグロテスクな肉の柱も、地上を蠢いていた肉塊の海も。
……日本は、世界は救われたのだ。
イグニスという、英雄の死という事実を遺して。
§§§
「──ッぅ!?」
私は、弾かれたようにベッドから跳ね起きた。
全身が脂汗に塗れている。悪夢だった。……いや、あの日、あの絶望の地獄から生き延びてしまった私に科せられた、一生消えない呪いなのだ。
「はあ、はあ。うっく」
痙攣する手で枕元に置いてあった薬瓶を引き寄せ、錠剤を何粒か手のひらに出す。
それをペットボトルのミネラルウォーターで無理やり胃の奥へと流し込み、私は胸を強く抑えて荒い息を整えた。
最近、処方された精神安定剤と睡眠薬の効きが、ひどく悪い。
私はあの日、イグニスの公葬以来、私に与えられた魔法を天使様に返上した。
それを聞いた天使様は、そうか、としか言わなかった。
私の引退は、政府の公式サイトに掲載されている『魔法少女一覧』の名簿から、「コールドミスト」の名がひっそりと削除されたことから、すぐに世間に知れ渡った。
世間で物議を醸したのは、言うまでもない。
『あの凄惨な光景を見たなら仕方ないよ』
『大怪我を負ったって聞いたし、これまでよく頑張ってくれた。ありがとう、コールドミスト』
『また魔法少女が使命から逃げたぞ!』
『これでまた大勢が死んだらどうすんだよ! 役立たずッ、俺の両親も親戚も、全員死んだんだぞ! 責任取れよ!!』
SNSやニュースに溢れる無責任な同情も、心無い罵倒も、すっかり空虚になった私の心には何も響かなかった。
私の心はあの日、あの地獄で、すでに死んでいたのだから。
イグニスの公葬は、盛大に行われた。
まだ魔法少女だった私や、他の魔法少女も沢山、いや殆どが参列していた。
都合が合わなかったり、幼い年齢の魔法少女以外は、ほぼ全員だったと思う。
会場となったのは、首都圏にある巨大なドーム型のセレモニーホールだった。
入り口には黒いスーツを着た政府の役人たちがズラリと並び、物々しい警備が敷かれている。
体育館をいくつも繋げたような途方もなく広い空間の正面には、何万本、いや何十万本という真っ白な菊の花で築かれた、山のような大祭壇が設けられていた。
その花畑の中央に掲げられているのは、イグニスの巨大な遺影。
生前の、マスコミの前で見せていた太陽のように明るい笑顔の彼女が、そこから私達を見下ろしている。
あの時、全てを焼き尽くす光となった彼女には、遺骨の欠片すら残っていないというのに。
ホールの最前列には魔法少女たちのための特別席が用意されており、私はその一つに腰掛けていた。
参列者の海が真っ黒な喪服で埋め尽くされる中、私達の席だけが、色とりどりのフリルやリボンで装飾された魔法少女の衣装で埋め尽くされている。それがひどく場違いに思えた。
祭壇の脇では、喪主ということになっているメロースパークが司会席に立ち、沈痛な表情で公葬の始まりを待っていた。彼女の顔色は遠目からも悪かった。
「なんで、なんでですの、イグニスさん……。私はまだ、貴女を超えられていないのに……」
私のすぐ近くでは、ゴールドシャワーがパイプ椅子に座ったまま、顔を両手で覆い、悲嘆に暮れてボロボロと涙を流していた。
彼女とは度々、特異事象災害の対応の現場で一緒になったことがある。
プライドの高い彼女が人目も憚らずに泣きじゃくる姿に、私は居た堪れなくなって視線を逸らした。
「えー、みんな。おはサマー。マジカルサマーでーす……。
特対庁の広報課から許可貰って配信させてもらってます。
都合が悪くてこっちに来れない人も多いでしょうが、私の配信で良かったらどうかイグニスさんを弔ってください。
え、不謹慎だって? ちゃんとスパチャ切ってるよ。あー、悪いけど今日はアンチとバトる気分じゃないんだわ。コメント欄消すね」
いつもは強気な毒舌キャラで生配信をしているマジカルサマーが、今日ばかりはしおらしい様子でスマートフォンを構えていた。画面を持つ彼女の手が、微かに震えているのがわかった。
私はと言うと、ただ俯いて、息を殺すようにパイプ椅子に座ったままだった。
顔を上げれば、祭壇の上の彼女の笑顔の写真と目が合ってしまうから。私に気を遣って声を掛けようとした子も何人かいたけれど、私の全てを拒絶するような様子を見て、誰もが何も言えずに席に戻っていくばかりだった。
ホールを取り囲むように、外には長大な列が出来ていた。
その日の一般参列者は、数千人規模だったと言われている。大勢が、イグニスに直接救われた人間ばかりだった。
私と同じようにあの絶望的な場所に居合わせた数少ない生存者や、それ以前の災害で私達に命を拾われた人々。
少なくとも、そうした経歴を持つ人々の参列を政府が優先したと聞いている。
すすり泣く声と、人々の騒めき、そしてフラッシュを焚くマスコミのシャッター音が、巨大な空間に重苦しく反響していた。
そうして、いよいよ葬儀が始まる少し前だった。
「隣、良いか?」
覚えている。彼女が隣に座ったのだ。
異様な出で立ちの少女だった。
一見して伝統的な黒いシスター服を纏っているが、ベールからこぼれ落ちる髪は色素の抜けたような白銀色で、覗く肌は病的に白い。
そして何より、その顔の下半分には、中世の医者が身につけるような漆黒のカラスの嘴──不気味なペストマスクが張り付くように付けられていた。
胸元には銀色の逆十字が下げられている。マスクの上から直接こちらを射抜く色素の薄い双眸は、どこか荒んでいて、氷のような冷たさを孕んでいた
「……ええ、どうぞ」
知らない魔法少女だった。魔法少女と言うよりも、海外の呼び名である“聖女”の方が的確な表現であるように思える。
そんな彼女が厳重な警備を抜け、特別席のこの場所に堂々と居るということは、彼女もまた我々と同じく天使様に選ばれた者なのだろう。
少なくとも、この席に居ると言うことはそうなのだろう。
「あんた、コールドミストだろ?
あの場に居たって本当か? いやイグニスには助けられたぜ。“俺”みたいなバックアップ専門まで召集されかけたんだ」
彼女はそんな清純な見た目からは想像がつかないほど粗暴で、当事者への配慮を欠いた態度だった。
「死体も残らなかったんだろ? 残念だったな。
死体さえ残ってりゃなぁ。
何が言いたいのか、彼女はペストマスクの奥でケタケタと笑っていた。
「悪ふざけはやめてください。そんな気分じゃありません」
「そうか? そいつは悪かった。
じゃあ、真面目な話をしようぜ」
彼女は行儀悪く姿勢を崩してパイプ椅子に背を預け、こう言った。
「なあ、ここ、気持ちわ悪りぃよな?」
「は?」
思わず顔を上げて、彼女を見やった。
彼女はペストマスクの下に、明確な嫌悪感を隠そうともしていなかった。
「どいつもこいつも、イグニスの死を美化しようとしてやがる。
だがイグニスは良い死に方をした。死体も残らなかったんだ」
私が信じられないものを見るような目を向けていることにも気にも留めず、彼女は淡々と語り続ける。
「お前、首つり死体がどういう状態で発見されるか知ってるか?
筋肉が弛緩してな、全身から糞尿が垂れ流しになるんだ。
つまり、人間ってのは魂が抜けると血と肉塊と汚物になるんだ。
わかるか? 死体ってのは汚いもんなんだ。だからこそ、昔は疫病の温床になった」
「……何が言いたいんですか?」
「死に際は誰もが美しくありたいもんだ。これでも“化粧”には詳しいからな。
だが、俺は知ってる。死は、醜いもんだ。そうでなくちゃならねぇのよ。ここにいるどいつもこいつも、思い出の中で勝手に綺麗に補完しようとしてやがる。誰も“イグニス”なんか見ちゃいねぇ」
ハッキリ言って、物申したいことは幾らでもあった。
だが、彼女は少なくとも、この葬儀そのものがイグニスへの愚弄だと感じているようだった。
「……そうだ。決まったぞ」
彼女の目が、きっと口の端も、三日月のようにつり上がって嗤っていた。
「次なる
私は背筋に這い上がるような怖気が走り、それ以上彼女の方を見ないようにして、葬儀が終わるまでただ息を潜めてやり過ごした。
§§§
「ねえ、冬華。何で私だけ死んじゃったの?」
「──!?」
真っ暗な自室。締め切ったカーテンの隙間から差し込む僅かな月明かりの中に、イグニスが立っていた。
違う、彼女はもうどこにも居ない!!
幻覚だ、幻聴だ。そんなことはわかっている。
イグニスは、陽菜はそんなこと言わないのだから。
「寂しいよ、冬華」
「やめてッ」
「冬華もこっちに来てよ……」
「いやッ」
「本当はわかってるんでしょ?」
イグニスの幻影が、私に語り掛ける。ずるり、と冷たい手が私の足首を撫でたような気がした。
「どうせこの世界はゲダモノに滅ぼされるのよ。
このままだと、貴女もあの気持ち悪い化け物に呑まれて、死んじゃうって」
「……」
それは、どうしようもないほど私の心の底にある絶望を代弁していた。
イグニスの葬儀から、私はずっと部屋に引き籠ってばかりだった。
両親も重度のトラウマを抱えた私に気を遣って、腫れ物に触るように何も言わない。当然、学校にも行っていない。
ゲダモノが存在する限り、世界に明日なんて来ないのだ。もう将来の心配なんて、する必要すらないのだから。
私はただ、暗い部屋のベッドの上で、死体のように腐って死ぬのを待っているだけなのだ。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「……うん」
虚ろな声で応え、私はフラフラと立ち上がった。
死ぬのに、大がかりな準備などいらない。
ベッドの頑丈な柱にシーツを括りつけて、それを首に巻けばいいだけだ。
「遅くなってごめん、陽菜……私もそっちに行く」
シーツの輪に首を入れ、床に向かって身体を投げ出す。
全体重が首の一点にかかり、私の気道はそれだけで容赦なく締め上げられた。
苦しい。一瞬にして酸素が取り上げられ、顔に血が上り、眼球が破裂しそうなほどの圧力がかかる。
生理的な防衛本能で手足が痙攣し、シーツを掻き毟ろうとするが、意識は急速にブラックアウトしていく。
ふと、葬儀で会ったあの魔法少女の言葉を思い出した。
自分はイグニスのようになれなかった。
イグニスとは違って、醜く死んでいくのだ。
……
…………
…………
気づけば、私はどこかの部屋の、パイプ椅子に座っていた。
横を向けば老若男女問わず、私と同じようにパイプ椅子に座った人間達が並んで座っていた。
まるで町内会の集会所か、味気ない葬式の待合室のように、誰もが顔を俯かせてガタガタと怯えていた。
「なに、ここ。どこなの……」
「なんだ。こんな若い子が、……嫌だねぇ」
私の隣の席には、多分アメリカ人らしい金髪のおばさんが座っていた。
「ここは死後の世界らしいよ」
「死後の世界……」
「なんでも、奥の方じゃ女神様が私達の生前の罪を裁いておられるとか」
悪趣味なおどろおどろしい内装、薄暗い部屋。
私は何も理解できないまま、ただ座るほかなかったのだ。
そして、私の番が来た。
「朝霧 冬華。またの名を魔法少女コールドミスト」
執務机の奥から、奈落のように深い紅い瞳をした冥府の女主人が、私を冷たく見据えた。
先ほどから彼女によって裁かれ、悲鳴を上げて引きずられていく罪人を何人も見てきた。
私は大丈夫、私は大丈夫、と私は何度も内心で唱えながら沙汰を待った。
「地獄行きだ」
「──え?」
「さっさと連れて行け」
悪魔の獄卒が、私の腕を掴んだ。
「な、なんで、どうしてですか、女神様!!
私は生前、魔法少女として大勢を救ったはずですッ!!」
「ああ。そうだな」
彼女は、私の人生が記された分厚い資料をトントンと机の上で叩きながら、事務的に頷いた。
「だが、お前には自覚がある筈だ。自殺は“悪”だと」
「それはッ」
「私はお前達の望むことをしているだけだ。
お前は罰を欲している。だから地獄行き。
とは言え、それ以前に自殺者は例外なく地獄行きと決めている」
私の目の前の扉が開く。
「ひッ!?」
私は息を呑んだ。
そこにあったのは、ゲダモノだった。あのおぞましい肉塊が床を埋め尽くし、壁から無数の臓器や手足を生やし、無数の目玉が一斉に私をギョロリと見つめていた。
「ケダモノに殺されるのが嫌なのだろう? これは最近作った疑似ゲダモノ地獄だ。
では存分に、そうだな……お前の本来の残りの寿命の分だけ、そこで苦しむがいい」
女神の無慈悲な声が、私に告げられる。
「いや、いやだッ、それだけはいやぁぁ!! 私はあんなに、あんなに頑張ったのに!!」
「そうだな。お前は間違いなく、大勢を救った」
だが、と女神はその奈落のような紅い瞳を細め、ひどくうんざりしたように溜息をついた。
「これは我々の不手際の話になるが、今のところ我々は人類が望む“楽園”を創造できていない。
なので現状、人間には来世を与えていることにしている。
これまでこの事実に、多くの文明が気づいた」
悪魔の獄卒に押され、ゲダモノが蠢く地獄へと一歩一歩、追いやられていく。
「そして、多くの人間がこう思った。──ああ、今世はハズレだ、と。
では来世に期待しよう、とまるでガチャのリセマラのように自殺を図る者が数多く現れた。
我々が自殺者を例外なく地獄送りにすると気づくと、今度はトラックで事故死に見せかける業者まで現れた。
ははは!! 私にそれがわからないとでも思うのか!!」
冥府の女主人はカラカラと笑ってそう言ったが、その声に底知れぬ怒りが含まれているのは、誰の耳にも明らかだった。
「だから地獄が必要になった。
死とは凄惨で、残虐で、おぞましいモノでなければならなくなった。
死後に希望を抱くなど、あってはならないのだ。
例えそれがどれほど憐れまれるような境遇であろうと、数多の生命を救った英雄であろうと。自殺者はゴミ箱行きだ」
彼女は、私が地獄行きの理由を、懇切丁寧に説明してくれた。
「納得は出来たな? ではさっさと苦しめ。
自殺者の境遇など大体似たようなモノだ、つまらない」
絶望で、声が出なかった。
目の前から、ゲダモノの肉塊の中の声帯から、苦悶に呻く無数の人間の絶望や怨嗟の声が聞こえてくる。
そこに間違いなく、イグニスは、陽菜は居ない。
「ご、ごめん、ごめんなさいッ、陽菜!!」
それが私の最期の言葉だった。
そうなる、はずだった。
【あわや、地獄に墜ちるかと思われた魔法少女コールドミスト!!】
唐突に。
この薄暗い冥府の執務室の一角に、天井を無視して真っ白なスポットライトが差した。
その光の先には、まるで劇の壇上でナレーションを行うかのように、顔を布で隠した黒装束の存在──『黒子』が、一冊の台本を持って立っていた。
【その時です、現実の彼女の首を絞めていたシーツの布が緩んだのです。何という幸運でしょうか!!
彼女は地獄の沙汰を免れ、この体験を臨死体験として記憶することでしょう!!】
台本が、少女の声で読み上げられる。
彼女の台詞が、“真実”に書き換わる。
【コールドミストこと朝霧 冬華は、薄れゆく意識の中で、確信しました。
──自分はこれからいかなる手段を用いても、自死できない、と】
私を見ていた冥府の女神が、憐れむような視線に変わった。
【ああ、憐れなるかな失意の魔法少女コールドミスト!!
しかし、御来場の皆さん、ご安心ください!!】
いつの間にか。
地獄の待機所は、無数の空席が並ぶ『巨大な劇場』へと姿を変えていた。
【彼女は必ず、立ち上がります。そう、“必ず”です!】
台本を諳んじる黒子は、握りこぶしを作って声高らかにそう語った。
【それでは皆様、魔法少女コールドミストの再起に、万雷の拍手を!!】
パチ、パチ、パチ、パチ──。
誰もいないはずの、がらんとした暗い劇場から、割れんばかりの万雷の拍手が鳴り響き始める。
「……御身の、仰せのままに」
ただ独り残された観客。
このふざけた三文芝居を見せられ、つまらなそうに手を叩く冥府の女神を除いて。
私はその不気味な拍手の音に冥府から弾き出されるようにして、再び意識が遠のいた。
「────はッ!?」
目を開けると、私は見慣れぬ真っ白い天井の下──病院のベッドの上に居た。
すぐ傍には両親が居て、目を覚ました私を見て泣き崩れている。首には、擦り切れたような痛みが残っていた。
私は、狐につままれたような気分で、ただ呆然と虚空を見つめる他なかった。
魔法少女モノなのに、主人公の変身姿が描写されるのに18話まで掛かるってある?
とりあえずイグニスの分も作ったので、そのうち入れたいですね!!
メロースパーク、ゴールドシャワーと続いて、メインキャラであるイグニスの掘り下げ回。
イグニスは次回で終わるとして、ゴールドシャワーの件を解決した後は、うーん、どうしましょう。再び迫るネタ切れに怯える作者であります。
それでは、作者の更新速度の維持は、読者の皆様の高評価や感想によって成り立っております。
よろしければ清き高評価の一票をお願い致します。
ではまた、次回!!